第33話 マリーチカの故郷・下


 

 一しきり話をして孤児院を後にした。

 また坂道を歩いて降りる。もうすぐ昼だろうか。太陽が高くて日差しが真上から照り付けてくる。少し高い位置にあるからなのか、風が涼しくていい。


 振り返ると、孤児院の建物が見えた。

 いまだにゲームの中って感覚はあるが、それでもああいうのを見るとこの世界はこの世界で存在しているんだよなと感じる。


「あんな風にいつも……」

「うん、そうだよ」


 俺達はパーティだから普段は一緒に居るが、四六時中ってわけじゃない。

 時々姿が見えないと思っていたが、こんな風に孤児院を訪ねていたんだろうな。今日が初めてって感じじゃなかった。

 

 今はそれなりに配信で稼げてはいるが、宿代とか食事代とかそういうのは常にかかり続ける。

 失業保険がある世界じゃないから、稼げなくなったら保証はない。

 ということでアタッカーたちは意外に質素な生活をしている。


 この辺もプロスポーツと同じ感じがするな。

 まあ、真理に迫る松明の連中位の確固たる地位を築いたトップランカーになれば話は違うのかもしれないが、俺達は知名度は高くなったとはいえ、この世界ではまだ駆け出しだ。


 今は稼ぎの一部を宿代とかの共通費にしてプールして、それ以外は個人の取り分として4等分にしている。

 ちなみに共通費の管理は全員一致でオードリーの仕事になった。


 俺はあまり使い道がないから、殆ど手を付けていない。日本と違って娯楽が溢れてるわけじゃないしな。

 マリーチカはこういう風に使っていたわけか。


「いつも思ってた。時々で良いからおなか一杯食べたいな、とか……誕生日に何か贈り物が欲しいな、とか」


 横を歩きながらマリーチカが独り言のように言った。


「だからね、今凄くうれしいんだ。

ボクが妹や弟たちの力になれるんだよ。きっと頑張ってるボクを見て、頑張ろうって思ってくれる」


 歩きながらマリーチカが言う。

 何というか……マリーチカはいい奴すぎて俺みたいなやつにはピュアさが少しまぶしい。


「あのね……すごく感謝してるんだよ。アトリ。本当にありがとう。こんな風に出来るのもアトリのおかげ」


 嬉しそうな口調でマリーチカが言う。


 タイムを伸ばして視聴者を増やし、稼ぎを増やす、と言うことを考えてやってきたが

 ……アストンたちのこともそうだし、この世界ではそのことがダイレクトに誰かの人生を変えていく。


 ゲームじゃそこらの通行人はNPCだったし、仲間とか友達以外のキャラのプレイヤーがどんな奴かに興味なんてなかった。

 まあもちろん自分でカスタマイズしたキャラは自分の分身として思い入れはあったが、それでもユニットだった。

 だが、この世界では人はキャラクターでもユニットでもないよな


「でもさ……一つ聞いていい?」

「ああ、いいぞ」


「あのさ……アトリだけならもっとすごい記録が出るんじゃない?」


 マリーチカが恐る恐るって感じで言う。

 まあそうかもしれない。


 単純にRTAで記録を出しに行くなら一人の方が良いかもしれない。指示したり皆で走るのはタイムロスと言えばそうだ。

 美味いことアストンたちがRTAに馴染んでくれたから良かったが、上手く対応できずにグダグダになった可能性もあったしな。


 ただ、やっぱり一人じゃないことの良さもある。

 パーティで普通にダンジョン攻略していた時、皆で同じ目標に突き進んで乗り越える達成感があった。


 一人でコツコツと記録を積み上げる楽しみはある。一人じゃないことは勿論面倒もある。

 だが、それとは別の皆でやらないと得られないものもある


 マリーチカが返事を促すように俺を見たが。

 ……流石にこれを言うのはちょっと気恥ずかしいな


「まあ、ほら、なんだ。俺一人でやって失敗したらやばいからな。いざというときは頼りにしてるよ」

「もちろん、任せて!」


 マリーがこぶしを握ってポーズをとる。

 こういうのもまあ悪くは無いな。


「あ、汽車が来てる、行こう、アトリ」


 そう言ってマリーチカが俺の手を取る。華奢な指が俺の手を強く握った。

 そのまま引っ張られる。

 向こうの方には汽車が止まっているのが見えた。


 

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