第30話 アストンたちの帰郷

「なあ、アニキ、次は休みにしたいんだが……いいか?」


 朝食の時にアストンが突然言った。

 ちなみにこの宿は朝ごはんも美味い。バゲットのような硬めのパンにトマトで煮込んだ野菜が載せられている。

 野菜が何だかは分からないが、タマネギとナスっぽい。


「別にいいが、どうした?」


 どっちかというとアタックには積極的なアストンがこういうのは珍しい。


「オードリーと二人で里帰りしたいんだよ」


 アストンとオードリーが目を合わせてから言う。

 二人は確か駆け落ちしてきたとか言う話だったが……帰っていいんだろうか


「俺たちのアタックが村でも配信されたらしくてさ……」

「父さんから手紙が来たんです」

「立派になったな、一度かえって来いって」


 そう言ってアストンが手紙を広げてくれた。


「いいかい、アニキ?一回分、稼ぎが無くなってしまうけどさ」

「まあ、俺はいいんだが……」


 疑り深い俺としては、居所が割れたからおびき出されてる気がするんだが……考え過ぎだろうか。 

 嬉しそうな二人を見るとそういう風に水を差すのは悪い気もする。


「どうしたんですか?」


 オードリーが聞いてくるが


「いや、何でもない。いいと思うぜ。俺とマリーチカは一休みしてるよ」

「うん。そうだね。二人とも気を付けて」


 マリーチカが言ってアストンたちが頷く。

 此処の所は毎週のようにアタックをしていたからな。休みは久しぶりな気がする。

 

 RTAだと戦闘は発生しないが、それでも肉体的にも精神的にも疲れは溜まる。

 それに全部のマップを丸暗記してるわけじゃないから、記憶の再確認もしている。ミスをすればアストンたちを巻き込むからな。


 そう言う意味では休みがあるのはいいことだ。



 早速、ということで、朝食の後は二人の出発準備に付き合うことになった。


「何か持っていくものとかあるのか?」

「久しぶりに親父とお袋に会うし……あんな風に出てきちまったからさ。土産を色々と買っていこうと思うんだよ」


 アストンが言う。

 宿からすぐ傍の大き目のお店に行くことにした。2階建ての百貨店のような、ちょっと高級な感じのお店だ。

 近くを通るときに目についていたからいずれ入ろうと思っていたんだが、丁度いい。


 店に入ると小さく鈴の音が鳴って、カウンターの向こうにいた40歳くらいの恰幅の良い店主がこっちを見た。


「いらっしゃい……おや……闇を裂く四つ星の皆さんじゃないですか」


 太った赤ら顔にその店主が満面の笑みを浮かべる


「貴方達に来てもらえるなんて光栄ですね。買い物ならサービスしますよ。何をお求めですか?」

「里帰りするんで……親へのお土産を何か、と思って」


 アストンが言うと、その店主に一瞬落胆の色が浮かんだ。


「ということは次回のアタックはお休みですか……それは残念です」

「すみません」

「次回は必ずやりますので」


 アストンとオードリーが店主に謝る。

 しかし本当にいろんな人に見られるようになったな。チャンネル登録数が見えるような世界じゃないから、こういう反応はやっぱりなんだかんだで嬉しい。



 あちこちで買い物をしてようやく旅支度が整った。

 アルフェリズ名物のサトウキビを使った蒸留酒に日持ちする焼き菓子。酒とお菓子がお土産の定番なのはこっちでも変わらないらしい。


 それ以外には布地や飾り紐とかの嵩張らないものがいくらか。

 この辺は独特のような気もするし、ご当地アイテムならそんなものかもしれない。


 色んな土産物を詰め込んだ大き目の段ボールくらいの木箱を乗り合い馬車の乗り場まで運んだ。

 馬車は20人くらい乗れる結構大型なもので、4頭の馬がつながれていた。

 

 その馬もまたデカい。

 日本の競馬で見かけるようなスマートな感じの奴じゃなくて、足も太くてがっしりした巨体は威圧感がある。つーかモンスターか、これは。

 

「で、どうやって行くんだ?」

「この乗合馬車でまずは王都ヴァルメイロの近くまで行って1日……その後は乗り換えて半日くらいかな」

「長いな」


 乗り継ぎ込みで1日半とは。飛行機なら地球の裏側まで行くっていうレベルだ。

 ミッドガルドじゃ町と街の移動はカーソルで選択してすぐだったが、リアルではそう簡単じゃないらしい。

 大き目の馬車に次々と旅支度をした乗客が乗り込んでいく。


「じゃあアニキ、来週には戻ってくるよ」

「ああ、気をつけてな。次のアタックは俺が勝手に決めていいか?」

「よろしくお願いします」

「悪いな、アニキ」


 そう言って二人が馬車に乗り込む。

 暫くして馬車がゴトゴトと音を立てて動き出した。


 改めて見ると、アルフェリズの街中は石畳で舗装されているが、街を出れば土を踏み固めたって感じの凸凹の道っぽい。

 あれじゃ馬車で突っ走るわけにもいかないし、時間ががかるだろうな


「よかったね、アトリ。きっと嬉しいよね」


 マリーチカがニコニコ笑いながら言う。

 若干不安な気持ちになっているのは俺だけか……いくらなんでもそんなことはないと思うんだが……俺が心配性すぎるんだろうか。


「そういえば……二人きりになっちゃったね」

「ああ、そういえばそうだな」

 

 こっちに来てずっと4人で行動していたから、二人きりってのは初めてだな。

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