第22話
第3層は、海が砂丘地帯を取りかこむという構成だ。
中級の冒険者は、海にもぐることに加え、浜辺に接近することも禁じられている。
それは人間の気配を察した海中の上級モンスターが陸に上がってくるからだ。
砂浜が大きく揺れはじめる。
「え? ダンジョン内で地震!?」
恵美が身を低くしながら周囲の様子をうかがっていた。
俺は恵美にむけて首を横に振る。
「ちがうな……これは、足音だ」
直後、山が海面を割いて、せり上がってくる。
いや、岩山のような甲羅を持つ亀だ。そのサイズはクジラにも匹敵する。
――ザラタン。第3層最強のモンスター。フロアボス以上の強敵だ。
「あぎゃああああ――!」
恵美が絶叫しながら俺の背に隠れた。
ザラタンが砂浜に乗り上げ、俺と恵美を睥睨しながら咆哮する。
「ガオオアアアア!」
俺は特大剣を手に、腰を低く落とす。
「エミル、離れてろ。サクッと片付けて――」
「その必要はございません」
何者かが俺の言葉をさえぎった。
俺の振り向いた先、美しい少女が立っていた。濡羽色の長髪を凛然となびかせている。
“おお!? なんか、めっちゃキレイな子が近付いてくるぞ!”
“助っ人登場か!?”
“性格キツそうなツリ目がよき! 踏まれながら罵られたいです!”
“ラーフ「装備のグレードからして上級冒険者のようだ。あの若さで第5層に到達しているとは……恐れ入る」”
少女が刀をひるがえし、ザラタンに切りかかった。
速い! 四方八方を跳ね回り、小山のような巨躯に裂傷を刻んでいく。
鈍重なザラタンには、まったくついていけていない。
とはいえ、ザラタンは外見相応にタフだ。小枝のような斬撃では仕留めきれない。
少女がザラタンを一瞥し、冷笑をきざむ。
「いいザマですね……私もちょうど温まってきたところです」
魔術の詠唱、そのキーワードを口ずさむ。
「補助術式展開――
少女の足元に魔法陣が展開されていく。
構築が完了する間にも、少女がザラタンの周囲を駆けめぐり、ダメージを蓄積させていく。
気のせいか……傷を与えるたび、少女の動きがするどく、スゴみを増していく。
「顕章せよ!
少女が魔術を発動させた。
ザラタンの頭上、白い粉末が雪のように降り注ぐ。ほどなく、全身を包みこむ塵煙となった。
「ゴ、アアア――!」
ザラタンが唾液を飛ばして苦鳴をもらした。少女の状態異常攻撃――毒を浴びたせいだろう。
前衛タイプでありながら上級の補助魔術を使いこなせるのか。恵美の同年代っぽいのに、たいしたものだ。パーティ前提の特化型ではなく、俺と同じ万能型とはめずらしいな。
必勝を確信したか、少女がもてあそぶように刀をひと振りする。
「さて、相手はまな板の上に乗りました……詰みといたしましょう」
息も絶え絶えなザラタンにトドメを差しにかかった。丹念かつ執拗な手際で寸刻み――生存の可能性をゆっくり削ぎ落としていく。
冷たく凍てついた表情のまま斬閃を繰り出す姿は、戦闘マシーンじみていた。
“ぐっろ! メシ食う前でよかったわ……”
“この子、絶対ドSだって!”
“よかったな、エムポルト! お前の女王様が見つかったぞ!”
「お目汚しを、失礼いたしました」
ザラタンを解体しきった後、少女がクルリと振り返ってきた。
「嗚呼……やっとお会いできました」
一瞬だけ、俺に熱っぽい視線を送ってくる。
「エミルさん、学外でお会いするのは初めてですね?」
次いで、恵美に視線を移し、声をかけてきた。
どうやら知り合いのようだ。恵美が目をパチクリさせている。
「あー、その……ここでは、なんて呼べばいい?」
恵美が少女に問いかけた。配信中につき、相手の本名を呼ぶのはためらわれたのだろう。
少女がズカズカと恵美に近付いていく。
「アゲート……それが私のハンドルネームです」
恵美がアゲートと名乗った少女に笑いかける。
「りょーかい! アゲートちゃんも冒険者だったんだね! 初耳だ――」
「なんたる無様! 恥を知りなさい!」
突如、アゲートが恵美に刀の切っ先を突きつけた。
恵美が目を丸くした。笑顔を引きつらせて抗議する。
「い、いきなし! なにする――」
「冒険者であれば、己の力量を把握し! 分不相応なエリアには近寄らぬものです! みすみす危険に飛びこんで! あまつさえ、他者に己の命運をあずけるなど!」
アゲートが烈火のようにまくし立てた。
「…………」
急展開を前に、俺は呆気にとられてしまった。このふたり、どういう関係だ?
“なんか、美少女が美少女に因縁ふっかけられてるううううぅ!?”
“この子、予想通りキレキレだった!”
“盗んだバイクで走り出したい年頃なのかもしれん”
「貴方が浮ついた配信にふけっていることは存じておりました……くだらない!」
アゲートがいまいましげに吐き捨てた。
ここまで言われたい放題、我慢の限界がきたのか。恵美が青筋を立てて怒鳴り返す。
「なっ!? ……ウチの配信はくだらなくなんかないし! なんも知らないヤツが偏見で文句つけんな!」
恵美とアゲートが角を突き合わせる。視線が交錯し、中空に火花が散るかのよう。
「ええ、ええ……どこで何をしようと貴方の勝手です――が、この御方を巻きこむのであれば話は別です!」
アゲートが俺のほうに向き直った。
今度は俺の番か。どんなケチをつけられるのか内心ハラハラする。
「アゲート、だったか? あまりエミルを責めないでやってくれ。海岸に近づいたのは俺の指示だ。俺がそばにいれば、安全だしな……エミル自身がウカツな真似をしたわけじゃ――」
「レオポルト様! 拝顔の栄に浴し、恐悦至極にございます!」
アゲートが俺の手前にひざまずいた。まるで敬虔な信者のように。
「……なにがどうなってんの!?」
話がまったく見えてこない。俺は胸中の疑問を吐き出した。
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