第23話

 アゲートが面を上げて俺を見つめる。その瞳がキラキラ輝いていた。


「申し遅れました、私の名はアゲート……貴方を崇拝し、冒険者を志した者です!」

「あっ、はい……どうも、レオポルトです」


 俺は彼女の熱量に気圧されつつ返事をした。


 アゲートが聞いてもいない身の上を語りだす。


「ひけらかすようで恐縮ですが……私は幼い頃から大抵の物事をこなせました。周囲のレベルが低すぎて、合わせる気が起きませんでした」


 ようは俺とおなじ、こじらせボッチか。


「周囲に馴染めずとも、さして困ることもなかったのですが……張り合いがなくて空虚でした。そんなとき! 貴方と巡り合えたのです!」


 刻一刻と、アゲートの口調が息荒くなっていく。


「数年前、偶然に貴方の配信を拝見いたしました! その戦いぶりたるや……伝説の英雄もかくやというもの!」


 どうやら俺が配信を始めたての頃からのファンらしい。以前の登録者98人のうちのひとりか。


“【悲報】謎の美少女、レオポルトのファンガールだった!?”

“ゆるせねえ!”


 古参とリアルで出会えたことはうれしいはずなのだが……俺は不吉な予感を覚えていた。


 アゲートが熱をこめて語っていく。


「貴方はひたすらに苛烈でした! 格上の相手にも単独で突撃し、最後には勝利する! 孤独をものともしない! むしろ孤独だからこそ、力がいや増している! 私はそう感じました! 敵わないと思った相手は貴方がはじめてです!」


 黒歴史をほじくり返され、俺は穴に隠れたくなった。


「貴方という奇跡の存在が! 私の考えのただしさを証明してくださいました! 他人など足枷にすぎず、孤高を極めることこそが人生の肝要であるのだと!」


 浮かれ調子だったアゲートの表情に陰が差す。


「だというのに! 最近の貴方は見るに堪えません! ――それもこれも彼女のせいです!」


 恵美を指差して糾弾するように叫んだ。俺の左腕にすがりついてくる。


「レオポルト様! 目を覚ましてください! エミルは貴方をたぶらかす魔女です!」


 切実な顔で俺に懇願してくる。


「貴方は孤高であらねばなりません! 貴方の人生に他者などという不純物が必要ですか!? 他者の弱さに引きずられてしまいますよ!?」


 一方的な思いを押しつけてくる。正直、俺の苦手なタイプだった。


“過激派ファンで草”

“……なんか嫉妬心なくなったわ。思いこみの激しいヤンデレはちょっと、ね”


 恵美が待ったをかけるように俺の右腕をつかんだ。


「アゲートちゃん、勝手に決めんなし! せんせーがどうしたいのかは、せんせー自身が判断すべきでしょ!」


 俺は左右から引っ張られる状態だ。両手に華というには、女性陣の空気が険悪すぎる。


“修羅場キタ――!”

“キャットファイト勃発か!?”

“勝利の景品がレオポルトって……なんかショボくね?”

“そのまま両腕を引きちぎられちまえばいいのに……”


 アゲートが恵美を視線で切りつける。


「うすぎたない手を離しなさい、魔女! ……貴方のことはもともと! 気にくわなかったのです! チャラチャラして! 大勢の人間にかこまれて! なにが楽しいのか、いつもフヌケ面をして!」


 恵美が口汚く応戦する。


「そっちこそ! お高くとまっちゃってさー! 肩肘張ってて疲れないワケ!?」

「貴方と一緒にしないでください! どうせ貴方は遊び半分でダンジョンに飛びこんだのでしょう!? ハンパな気持ちでレオポルト様を振り回さないでください!」

「ざっけんな! ウチは新しい分野にチャレンジする時いつも! マヂで取り組んでるっつーの!」


 俺はいい加減じれた。女性陣を振りほどく。


「お、お前ら……俺を置き去りに話を進めんなよ!」


 アゲートを正面にとらえ、ハッキリ断言する。


「昔から俺を応援してくれてることは感謝する……けど! 俺がどんな人間か、決めつけないでくれ!」


 アゲートが愕然と目を見開く。この世の終わりのように顔を青ざめさせた。


「そ、そんな……私はただ――」

「俺はお前が思ってるような人間じゃない! よく知りもしない他人を見下したりしない! 不必要な存在だとも思わない!」

「……っ!」


 アゲートがうつむいて歯を食いしばった。


「私のレオポルト様は! そんなこと言わない……!」


 絞りだすような悲痛な声だった。


 言いすぎたか、と俺はあせる。


「……なるほど。魔女の毒を抜く必要があるようですね。私がお救いしなければ……」


 俺が弁解するより速く、アゲートがブツブツひとりごとをもらした。

 恵美にふたたび切っ先を突きつける。


「エミルさん! 貴方にバトルアリーナでの決闘を申し込みます! 私が勝てば、二度とレオポルト様に近寄らない――そういう条件でかまいませんね?」

「上等ジャン! ウチがマヂだってこと見せつけてやるし!」


 恵美が応じてタンカをきった。


 ふたりして納得したらしく、挑発し合っている。


「ご安心ください。私は上級冒険者です。中級相手に本気で勝負しません。ハンデをつけてさしあげなければ、そもそも戦いにすらなりませんし?」

「ほーん! 負けた時の言い訳づくり、ゴクローサマ!」

「……いや、だから! コレ、どういう状況なんだよ!」


 俺は蚊帳の外で叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る