第21話

 俺はいそいで海岸にもどった。


「なんか厄介なモノを発見しちまったな……」


 足元の砂浜に目を落とし、これからどうすべきか思案する。

 ひとまず、鎮に報告しよう。あの人のことだから既に察知して動いてそうだけどな。


「調査は管理局と警察からの出向部隊が行うはずだ。一介の冒険者である俺の仕事じゃ――」

「せーんせ!」


 ブツブツとしたひとりごとをさえぎられてしまう。待機していた恵美だ。


「悪いな、エミル……待たせちまっ――でえええええエエエ!?」


 俺は顔をあげた拍子、絶叫していた。


「ニシシ……ジャジャーン! どうよ、ウチ渾身のサプライズは!」


 なぜか防具を脱ぎ去り、セパレートタイプの水着を着用している。肌の露出が目に毒だ。手甲をはめているのがアンバランスだった。


 俺はふるえる指を恵美に突きつける。


「お、おま……なんつー恰好を!? ここは戦場ダンジョンだぞ!」


 恵美が悪びれもせず腰に手を当てる。


「安心しなって! これも立派な装備の一種だし! ……じつはさ、ウチも案件を引き受けてたんよ! コンセプトはズバリ! ダンジョンの中でも開放的なオシャレがしたい!」


 なるほど。だから装備メーカーの担当者は恵美とのコラボを望んでいたのか。


「こう見えて結構、実用的なんだよ? 強化バフをかけられてるから防御力もあるし! 恥ずかしかったら下着代わりにするのもオッケー!」


 恵美が水着の生地を引っぱりながら言った。やめろ、大事なところが見えそうになるだろうが!


“ほああああああああ! とぅわっちゃあああああ!”

“海から上陸すると、そこは常夏の楽園であったってマ!?”

“ダメだよぉ、エミルちゅわあああん! そんな、あられもない恰好しちゃあ……変態オジサンにお持ち帰りされちゃうぞー?”

“通報しました”


 リスナーたちが息を吹き返したように狂喜乱舞していた。


 恵美が狼狽する俺を見て、拳をかまえる。


「あ! さては、信じてないな!? このカッコでも戦えるんだって証拠を見せたげる!」


 闘志をしめすように、拳をうならせた。


「じつはウチ……せんせーが海に潜ってる間、ここらのモンスターを片付けといたんだよね! もちろん、この姿のまま! 問題なく倒せたし!」


 恵美が俺に踊りかかってくる。


「せんせーなら、いいサンドバッグになりそう……そんじゃ実戦形式の稽古、お相手よろ!」

「お、おい! ウソだろ!?」


 こちらの気も知らず、連続でパンチを繰り出してきた。


 そのたび、たわわな果実が存在を主張するのだから、たまったものではない。俺は集中を欠いて、鳩尾に一発まともに喰らってしまう。


「あ、イタ! ……なんなん、そのカタさ!? こっちの拳が砕けるかと思ったし!」


 恵美の腕がシビれていた。たがいのパラメータの差的に、俺にダメージを通せるはずがない。


「上等ジャン! ウチってば、ハードルが高いほど燃えるんだよね!」


 恵美がなおも食い下がってきた。


 俺はやむなく応戦――するわけにはいかない。手加減を誤れば、殺しかねないから。


 ヒラリと回避するばかりの俺に焦れたか、恵美が唇をとがらせる。


「もーう! そんなんじゃ練習になんないジャン! ちょっとは攻撃してきてよ!」

「そうは言っても……」


 俺は逃げるように後ずさっていく。


 それがなおさら恵美に火をつけたようで、捨て身になって突っ込んでくる。


「こうなりゃ意地でも、その気にさせて――あびゃ!?」


 足を滑らせて転倒しかける。


「バカ!」


 俺はおもわず手を伸ばす。

 しかし、体勢が悪かった。ふたりで絡み合って砂地に倒れこむ。


 俺に組み伏された形の恵美が眉根をよせる。


「あ、アハハ……ごめーん! チョイ、ミスった!」

「……ったく! お転婆もそのへんにしと――ぐえっ!?」


 俺は手のひらの柔らかな感触に絶句した。俺の指が恵美の胸部にうずもれている。

 もちろん、物のはずみだ。故意じゃない。


「す、すすすすまん!」


 俺は弾かれたように立ち上がり、諸手をあげて降参した。


「い、イヤイヤ! 気にしないで! これは事故! しかもウチのミスだし!」


 恵美が左腕で胸をかばった。右の指でソワソワと頬をかく。


“ラッキースケベ、キタ――!”

“貴方をセクハラで訴えます! 理由はもちろん、お分かりですね!?”

“いつかやると思ってました!”

“ざっけんな! うらやま――ゲフンゲフン! けしからんすぎて憤死しかけたわ!”

“特定班! 大至急、エロポルトの住所を調べろ!”


 リスナーたちが阿鼻叫喚の坩堝を形成していた。


「…………」

「…………」


 ふたりして葬式のように黙りこむ。なんとも気まずい空気がただよった。


 そのうち、恵美のほうから肉薄してきた。リスナーに聞かせないための配慮か、耳打ちしてくる。


「ウチだって羞恥心くらいあるし……けどさ、せんせーが相手なら別にいいかなって」


 内緒だと言わんばかり、口元に指を突き立ててきた。


「……っ!」


 俺は大きくのけぞった。

 そんなコト言われて、どんな反応しろってんだ? こっちは筋金入りのボッチだぞ。色恋沙汰なんて無縁。


 そもそも、そういう解釈でいいのか? 

 ……いや、違う! 恵美は無自覚に誘惑してくる小悪魔だ。きっと俺のことをペットかなにかと思ってるのだろう。


 俺の疑問やら煩悶やらに答えることなく、恵美がそっと離れていく。


“おうおう! 今、ふたりだけで何の話したんだよ、あア!?”

“正直に吐けや、ゴラアアア!”


 俺はリスナーの追及を無視しつつ、ひとりごちる。


「ズルいだろ。こっちの心を振り回しといて……そっちの気持ちを教えてくれないなんて!」

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