第20話
ある日、俺に朗報が飛びこんできた。
最近の活躍が功を奏し、企業から製品の宣伝案件を持ちかけられたのだ。
先方によると、できれば恵美とコラボ配信でプロモーションしてほしいのだとか。
……期せず、恵美をダンジョンに誘う理由を得た。俺はこわごわとした手つきで恵美にメールを送る。
すると、恵美から二つ返事で承諾の返事が送られてきた。彼女はちょうど第2層を独力で突破したところだという。
そして――
「ワーオ! まさに南国ってカンジじゃん!」
第3層に降り立って早々、恵美が目を輝かせた。いまにも駆け出していきそう。
白い砂丘がどこまでも広がっている。天井、青空が澄み渡っている。テクスチャを張り付けたような不自然さはない。
太陽めいた光源の日差しがさんさんと降り注いでいる。遠間から潮騒が聞こえてきた
まるでリゾート地。およそ地下空洞らしくない場所だった。
「バカンス気分でいるなよ? 腐っても、ここは第3層――中級以上の冒険者が進むエリアだ。敵も相応に強い」
俺は浮き足立つ思いをおさえて、恵美をなだめた。24歳の男にハシャがれても迷惑なだけだろうから。
「分かってるって!」
恵美が屈託なく笑いかけてきた。
“エミルー! 俺だー! 養子縁組してくれー!”
“真夏の砂浜にギャルとか、無敵の組み合わせやんけ!”
“エミルみたいな美少女と浜辺で捕まえてごらんよゴッコしたい人生じゃった……”
俺のリスナーたちがエミルを見て、鼻を伸ばしていた。
俺たちは砂地を踏みしめていく。
モンスターと遭遇した場合、俺は恵美の戦闘を見守る。
「ウチもちょっとは手慣れてきたし!」
恵美が的確な立ち回りでモンスターを撃破していく。
状態異常攻撃を使ってくる相手には、耐性のあるモンスターの素材をかぶったり、身体の堅い相手には、剛力を誇るモンスターの素材を装備したり、変身スキルを駆使していた。
手のかからない生徒で助かる反面、教師として物足りなさも感じた。
「そういえば、せんせー……夢について、リスナーのみんなに打ち明けたんだね?」
連戦の合間、恵美が問いかけてきた。掘り下げられたくない部分をピンポイントで。
俺はおずおずと頷く。夢の実現に近付いているというのに、イマイチ胸が躍らないのはなぜだろう?
「……ああ、思いのたけを赤裸々に語らせてもらったよ」
俺は無理やりにテンションをあげて告げる。
「それもこれも! お前のおかげだ! お前のアドバイスがなければ! 俺は今でも第7層でくすぶってた!」
「アハハ! 日本人の最高到達地点で、くすぶってるって表現するのもおかしくない?」
恵美がわずかにうつむいた。その横顔が切なそうに見える。
「せんせーの価値観を否定する気はない……けど、どーしてだろね? せんせーの姿を見てると、胸がキュって締めつけられちゃうのは……」
ぎこちない笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「ウチは配信が大好き! 世界中の人たちと繋がれるから! ミーチューバー始めてからウチは……自分を取り巻く環境だけがすべてじゃないって理解できた! みんな異なる場所で、べつの人生を送ってる!」
恵美の口調は熱に浮かされたようだった。どこか遠い目をしている。
「ひとりひとりがどんな様子なんだろうって想像するだけでワクワクする! ウチの配信を楽しんでもらえたらメッチャうれしい!」
恵美がポツリとこぼす。
「人間はひとりじゃ生きられない」
それは俺だって承知の上だ。どんな人間だろうと、完全な自己完結は不可能。
農家など一次生産者がいなければ、まともな食事にもありつけない。
だからこそ社会というモノが必要だ。
俺の掲げるボッチ道とは、俗世を捨てて仙人になれという意味ではない。希薄な人間関係しか築けなくても楽しく生きていこうという心意気だ。
なんだか心中で言い訳している気分になり、俺は下唇を甘噛みした。
恵美が俺に顔を寄せてくる。心の奥底まで、のぞきこんでくるかのような眼差しだった。
「たとえ顔も知らない相手だったとしてもさ……同じ時間を共有したら、そこには絆が生まれると思うんよ」
俺は生唾を呑みこんで引け腰になった。
「ウチとせんせーの間にだって……トモダチじゃなくても……ねえ、せんせー? せんせーの目にはウチがどんな風に見えてる? せんせーの心の片隅に、ちゃんと映ってるかな?」
恵美の声が俺の耳朶をふるわせる。胸に迫るような、切実な響きだった。
恵美の瞳に映りこんだ俺の姿――耐えるように歯を食いしばっている。
「……なーんてね!」
恵美がフワリと俺から身を離した。冗談めかして語りかけてくる。
「いきなしワケ分かんない話ふってゴメン! 忘れて!」
俺の返答も聞かず、駆け足で先に行ってしまう。
俺がとっさに伸ばした手は空を切った。
“いかん! 憂い顔のエミルを前にすると! 美少女くもらせフェチの血が! しずまれ、俺の性癖!”
“きっしょwww”
“事情はよく分からんけど! エミルを泣かせたら許さんぞ、マゾポルト!”
今ばかりはリスナーのコメントに反応する余裕もない。
恵美が配信という行為を大切にしていることは伝わってきた。
しかし、そこに至るまでの経緯が見えてこない。彼女の過去になにかあったのだろうか?
問い詰めたいが、心の傷口をえぐるような結果になっては目も当てられない。
こういう時、どうすればいいのか。対人経験のうすさが恨めしい。
俺はどこへも行けずに立ち尽くした。
★ ★ ★
気を取り直し、俺と恵美は地平線を目指して進んだ。
しばらくすると、海岸沿いに到着する。
俺は波打ち際に立ってカメラ目線になった。
「それじゃこれから案件――冒険者向けの商品紹介をやってくぞ!」
取り出したるは、ゴテゴテしたダイバースーツ。装甲に覆われており、水中用のパワードスーツと呼んだ方が正しいか。
“おお! 待ってました!”
“老舗のダンジョン装備メーカーの新商品だっけか?”
“俺は冒険者歴5年! そこらのミーハーと一緒にするんじゃねえぞ? 使えなさそうだったら容赦なくダメ出ししてやっからな!”
俺は岩陰で着替えを済ませ、商品の概要をそらんじる。
「世界各地のダンジョンには! 水中戦を強いられるエリアも存在する! 俺でも水中じゃ身動きが取りづらい……そこで、このスーツの出番ってワケだ!」
ヘルメットじみたシュノーケルマスクを装着し、恵美と視線を交わした。
「いてらー! ガンバって宣伝してきなよー!」
手を振る恵美に背を向け、俺は海中に没した。
★ ★ ★
水中は、じつにのどかな光景が横たわっている。クリアな青色を背景に、色とりどりのサンゴ礁が
“キレイやん”
“石垣島の海もこんなカンジだったわ”
俺が防水スマホ画面をチェックすると、リスナーたちが観光気分で浮かれ騒いでいた。俺のドローンは自動潜水機能までついている。
“ラーフ「とはいえ、呑気に見物してる場合ではない。新宿ダンジョンの第3層は、地上部こそ中級者向けだが……海に入った途端、敵の強さが跳ねあがる」”
その指摘通り、水棲型モンスターが俺を見とがめて牙をむく。強さは第5層クラス。中級者にはとても手に負えないので、海中への潜水を禁じられている。
俺は足をバタつかせながら背中のジェットパックを起動する。
ポンプジェット機構が高圧水流を吐き出し、強い推進力を生み出した。
俺は砲弾となってモンスターに突貫する。
“ラーフ「まあ、レオポルトにその心配は不要だが」”
ポンプの周囲にそなえつけられたミニポンプの噴射により、軌道を微調整した。
モンスターの突進をかわしざま、俺はその側面に特大剣を滑りこませ、魚のようにさばいた。
切り身と化したモンスターが粒子の泡となって消滅する。
俺はチャット欄にコメントを打ちこんでいく。水中では、しゃべれないので。
“レオポルト「ご覧の通り、水中における機動性を確保できてるだろ? これまでの水中装備は使い勝手が悪かった! でも、この商品はちがう!」”
ポチポチと売り文句を並べ立てていく。ここでトチったら二度と案件がこなくなるかもしれないしな。
“レオポルト「このスーツには最新のCPUが搭載されてる! 索敵レーダーと対物センサー機能によって! オートで敵を見つけて通知! なおかつ攻撃を回避してくれる! ユーザーの判断を補助する優れモノだ!」”
“ほへー……ハイテクですこと”
“地上ならGの負荷に耐えきれなさそうだけど、強化された冒険者ならイケる、のか?”
“生身にジェットパックを合体させるとか、SFっぽくて中二マインドが刺激されるわ!”
評判は上々なもよう。
“レオポルト「概要欄に商品の公式ページのリンクを張っておいた! 通販で即ポチできる! よければ見てみてくれ!」”
“ほーい!”
“「ぐぎぎ! 今のところ、ケチのつけようがない!」”
リスナーの反応を待つ間、俺は次々と迫りくるモンスターを処理していく。
あちこちを行ったり来たり、あわただしくて風景を楽しむ余裕もない。
“カタログスペック見てきたけど……ダンジョン産の資源――しかも、わりと希少なヤツを使ってんな”
“なのに、あの値段……お買い得なのは間違いない”
“ぐや゛じい゛! 冷やかすだけだったのにポチってしまった自分がかなしい!”
“レオポルト「ちなみに、配信中限定のセール価格となっておりますので! お買い求めはお早く!」”
俺は購買意欲をあおっておいた。
現在の同接数は1万2000人。その内の何割が冒険者かは不明だが……どうやら数十分足らずで先行販売分が売り切れたらしい。
“レオポルト「お買い上げ、まことにありがとうございました! メーカーさん、またの案件、お待ちしております!」”
俺はガッツポーズを決める。ゴーグルの下で笑みをきざんだ。
「……?」
ふと、眼下に違和感を感じた。俺の探知スキルが第六感めいた警告を発している。
場所は、岩礁が複雑に絡み合う海底。その奥に何らかの力の作用を感じた。
俺はそこめがけて斬撃を放つ。
何もない空間、空を切るはずの刃が堅いモノにぶつかる感触。
不可視のモノがガラス窓のように砕け散った。
「――!?」
俺は酸素ボンベにつながる口から泡をもらした。
ダンジョン由来の技術を利用した魔導隔壁――結界か!? なんで、こんな辺鄙なトコに設置されてるんだ!?
陽炎めいたベールが立ち消え、岩礁の合間に黒い構造物が現れた。メカニカルな外装――あきらかに人工物だ。この地点に秘匿されていたらしい。
謎のオブジェクトの存在に気付き、リスナーたちが騒ぎはじめる。
“あ、あれは――ッ!”
“し、知っているのか?”
“うむ……分からん!”
“だと思ったよ”
“真面目な話……アレ、どこの企業が建てたモンかね? 表面にロゴが刻まれてないけど”
“たしか……ダンジョン内で建築するには、国の許可がいるよな?”
“違法くせえな、オイ”
“念のため、ダンジョン管理局に通報しとくか”
俺は構造物をためつすがめつ観察する。林立する石碑のような外観。表面に電子回路めいたスリットが走り、点滅を繰り返している。
じっと見ていると、なぜか悪寒がした。
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