第19話

 俺は配信を切り上げ、思考に没頭した。次の配信はどんな企画をやろうか?

 参考動画を見たりもしたのだが、どうにも上手く考えがまとまらない。


 というのも、本日は絶食三日目――一番苦しい時期だから。腹の虫が鳴って企画のアイディアをひねり出すどころじゃない。


 そこで逆転の発想を思いついて早速、俺はダンジョンの第5層におもむく。行動に出たくてウズウズしていたのだ。


 第5層は火山地帯だ。噴煙の下、複数のドラゴンが火山のまわりを飛び交っている。

 俺はドラゴンどもを羽虫のように払いのけつつ先に進んでいく。


“どしたん? 同じ日に二回目の配信なんて初めてじゃね?”

“上位種のドラゴンをなんでもないように撃退してやがる”

“俺の常識の崩れる音が聞こえてくるかのようだ”


 俺はリスナーたちに経緯を説明していく。


「今後の配信内容について考えたくてな……とはいえ、地上だと空腹すぎて、じっくり物事を考えられる状態じゃない」


 だからダンジョンで企画案を練ろうと思い立ったのだと明かした。我慢スキルのおかげで、頭の回転が速くなるから。


「家にこもっても気が滅入る。気分転換にちょうどいいしな……ついでに、アイディア出しに付き合ってくれたらありがたい」

“上級冒険者さえ手こずる第5層でお散歩かよ……”

“根本的に俺らとはスケールが違いすぎる”

“まあでも、オモロそうだし! ネタ作り、手伝ってやるよ!”


 どうやらリスナーの反応はよさげだ。俺にとっては当然のことでも、他人にとっては新鮮なことがある。恵美と関わるようになって得た気付きだ。


 俺は火山にうがたれた穴へと踏み入る。通路の脇に、溶岩が絶え間なく流れており、内部を紅蓮に照らしていた。


 俺はとある場所――溶岩洞の一角、奥まった広間をめざす。


“ラーフ「待ちたまえ、レオポルト! その先は――」”


 常連になってくれたリスナーが制止するより速く、俺は広間に侵入した。


 途端、岩盤がずり落ちてきた。俺の来た道を封じてしまう。

 次いで、おびただしい数のモンスターが広間を埋め尽くした。


“コレ、モンスターハウスってヤツ?”

“ラーフ「その通りだ! トラップの一種! 不用意に立ち入った瞬間、閉じ込められてモンスターの群れに襲われてしまう!」”


 モンスターに包囲されながら、俺はどっしりとその場に座りこんだ。


「さて……それじゃネタ出し会をはじめよう!」

“ンなコト言ってる場合か!?”

“清村、後ろ後ろ――っ!?”


 リスナーたちがあわてふためいた。


 無防備な俺の背を、モンスターどもが狙わんとしている。


“ぎゃあああ!? 配信禁止のスプラッタ――って、えええええ!?”


 俺は脊髄反射で動いた。片手で特大剣をひと振り、肉薄しつつあったモンスターをまとめて仕留める。


 俺には戦闘勘がしみついている。第5層のモンスター程度、殺気に反応した自動カウンターで処理できるのだ。


 座っているだけで屍の山を築いていく。モンスターは粒子になって消えるから血の臭いに困ることもない。


“ラーフ「……心配して損した」”

“なんかオートレベリング見せられてる気分になるな”

“スゴすぎて基準がマヒしてくるわ”


 俺は何でもない風を装ってリスナーに話しかける。


「おおげさだなあ……そんな大したコトじゃないだろ?」

“わざとらしい演技やめろ!www”

“お前、分かって言ってるだろ?www”

“ぜったいツッコんでやらねえ!www”


 俺はリスナーに自分のアイディアを打ち明けていく。それに対する反応の良し悪しをさぐるためだ。

 リスナーの提案に耳をかたむけ、スマホアプリにメモを取った。片手が特大剣でふさがっているので、モタついてしまったが。


 そうこうしている内、モンスターハウス内の敵が全滅していた。岩盤がせり上がり、通行可能に戻る。


「――こんなところか、みんな協力ありがとな!」


 ネタ出し会を切り上げ、リスナーと駄弁っていく。

 モンスターハウスは危険なトラップだが、利点もある。敵をすべて始末したあとは疑似的なセーフティゾーンとなるのだ。

 トラップの再発動まで数時間の猶予があるし、近隣のモンスターも近付いてこない。


 ダンジョンにありながら、ゆるい時間が過ぎていく。ネット越しとはいえ、何でもない時間を他人と共有するのは悪くなかった。


“そういやさ、レオポルトはなんで配信しようと思ったん?”

“立ち入ったことを聞くようだけど……べつにミーチューブで稼がなくても困らないだろ?”


 ふとした拍子、リスナーの疑問が俺の目に留まる。


 ……これはいい機会かもしれない。俺のチャンネル登録者数は30万人を突破した。

 地道な努力の成果だ。自分でアーカイブの編集動画を上げるのみならず、第三者に切り抜きの認可を与えるなど。

 そのおかげで、一般人の間でも俺の知名度はそこそこ高まっている。


 今の影響力ならば、俺の自分語りを受け入れてもらえるかもしれない。意を決して口を開く。


「いい質問だ! 俺が配信しようと決めたのは――」


 そうして俺はことのあらましを説明していく。ずっとボッチだったこと。ボッチにマイナスイメージがついている現状がくやしいこと。それをバネに冒険者としてのし上がったこと。

 なにより、世のボッチに勇気を与えたいこと。


「――というわけだ! 俺は社会の風通しを良くしたい! ボッチは悪いコトなんかじゃない! ボッチでもバカにされない世の中になれば……みんな生きやすくなるだろ? 我ながら青臭い理想論だってコトは分かってる!」


 俺はためらいを振り切って、ひと息にまくし立てた。


 案の定というべきか、そんなの不可能だと俺を嘲笑うコメントもある。

 しかし、多くのリスナーが好意的だった。


“ラーフ「人間は社会的動物だ。群れの一員であることが価値だと本能に刻みこまれている――が、個人的には貴方の理想に賛同したい」”

“実現可能かどうかはともかく……そういうノリ、キライじゃないわ”

“お前、結構アツい男なんだな。ちょっと見方が変わったかも”

“社会の歯車やってるとさ、人間関係にウンザリしてばっかだ……おなじ思いの奴もいるって知れて、ちょっぴりスッキリしたわ”

“いいんじゃね? お前が世界一のミーチューバーになれれば、ひょっとしたら世論も変わるかもだし?”

“面白くなってきた! お前の夢が叶うかどうか、これから見守っとく!”


 俺の胸に達成感がジワリと広がる。リスナーたちは友達でも仲間でもない。しかし、そういう関係になれなくても互いに敬意を払った付き合い方ができる。それが証明された。


 俺はうつむいた。まぶたを指でぬぐう。


“アエラス「くだらない綺麗ごとを言うのはやめてもらえませんか?」”


 とあるリスナーのコメントが俺の目についた。


“アエラス「それは貴方が持ってる側の人間だからですよね? だれもが貴方のようになれるわけじゃない」”


 文字からでもドロリとした執念を感じさせる。俺の胸をグサリと貫く威力だった。


“アエラス「どうせ僕みたいな手合いは一生、何者にもなれずに終わるんですよ。強者の論理を押しつけないでいただきたい」”


 俺にそんなつもりはなかった。単純に、ボッチに苦しむ人々の力になりたいだけ。

 ここで引き下がるわけにはいかない。


「ちがう! 俺みたいになれ、なんて……おこがましいコトを言うつもりはない! それに、俺は持ってる人間なんかじゃない!」


 思いよ届け、と俺は声を張り上げた。 


「じつは俺……駆け出し時代には落ちこぼれだったんだ」

“““え!?”””


 リスナーたちが一斉に驚いていた。


 俺はいかに自分がダメダメの低スペックだったかを力説していく。


「――とまあ、そんなカンジだ。なげやりになった時期もあった……けど、俺はあきらめなかった! 我慢スキルとの向き合いかたを理解してからは楽しくなった! 人生に張り合いができたんだ!」


 俺は両手を広げる。


「日常のささいなコトでもなんでも構わない! 本気で探せば見つかるはずだ、熱中できるコトが! そこから自分の可能性を伸ばしていけばいい!」


 俺はカメラの中心をまっすぐ見つめる。


「だからアエラスさん、頼むよ! どうか、自分にはムリなんて言わないでほしい! くじけそうになったら俺の配信に来てくれ! ちゃんと話は聞くし、出来る限りのアドバイスはさせてもらう!」


 俺の目から自然と涙があふれだす。もはや、隠しようもないほど。


“アエラス「……なんで? どうして貴方が泣いてるんですか? 泣きたいのは僕のほうなのに……」”


 俺はこのリスナーのことを何も知らない。それでも伝わるコトはあるはずだ。


“アエラス「……いいでしょう。だまされたと思って貴方の口車に乗ってさしあげます……その代わり、貴方も約束を守ってくださいね? 途中で夢をあきらめたら許しませんよ?」”

「もちろんだ! 俺が逃げられないよう見張っていてくれ!」


 それきり、アエラスのコメントがパッタリ途絶えた。俺の言葉を信じてくれただろうか?

 そう思いたい。まずはひとり、夢の第一歩を踏み出せたのだと。


 俺は配信中の号泣をほかのリスナーに茶化されてしまう。

 それに反発しながら、心に刺さるトゲを自覚した。


 リスナーへの宣言にウソはない。本気で説得した――はずなのに、脳裏に恵美の姿がチラつき始めてしまう。

 そのビジョンをかき消そうとしても、いっそう濃くなるばかり。


 俺は心の奥底で恵美を求めているのか?

 たった今、孤独でも生きていけると説いたのに?

 それが不誠実に思えてきて、俺はカメラから目をそらした。

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