第3章

第18話

 スタンピードが来る。そのニュースが駆け巡り、世間は震撼した。

 ダンジョン省を非難する声や陰謀論など……さまざまな意見が錯綜した。


 社会の混乱をよそに、俺は決戦にそなえて鍛錬にはげんだ。配信もひかえた。


 ――しかし一ヶ月を過ぎてなお、モンスターの大量発生も暴走も確認されなかった。

 通例通りであれば、イレギュラーモンスターの連続ポップ――スタンピードの兆候から一週間もかけず、起こるはずなのに。


 いつしか緊張感がほぐれていき……一連の事件は、まれな偶然と扱われるようになった。


 俺は肩透かしを喰らいつつもミーチューブ活動を再開する。


「今回は生徒エミルのミラー配信をしていこうと思う!」


 俺はパソコンに接続した配信カメラに向かって告げた。


 パソコンの画面上、配信ソフトとブラウザのタブが起動している。


 俺は自宅での配信を試みている。俺が他人の配信を視聴し、その反応をリスナーに提供する――ようするに雑談枠だ。


“おい、ワイプ画面が大きすぎんぞ! エミルの映りが悪いじゃねえか!”

“だれが野郎の顔なんざ見たいもんかよ!”


 リスナーが野次を飛ばしてきた。

 俺の配信画面には、『恵美の配信画面』と『寝室内の俺の姿』がリアルタイムに映し出されている。ふたつの異なる動画、そのサイズバランスにご不満があるようだ。


「うるっさい! こっちはリハーサルでキッチリ調整してんだよ! 文句があるならエミルの本配信に行け!」


 俺も軽口で答える。こういうやり取りが定例となりつつあった。


 画面内、恵美が意気揚々とダンジョン内を進んでいく。


『第2層に突入……気合が入るし!』


 手甲を打ち合わせる。ひさしぶりのダンジョン探索ゆえか、足取りが軽かった。

 スタンピード注意報以降、恵美はダンジョン探索を親に禁じられていたからな。


 第2層は草むらに覆われた平原だ。緑が海のように広がり、風を受けて波打っている。見通しが良く、開放感に満ちていた。


 窮屈な坑道エリアの第1層よりも難易度が低そうに見えるが、そんなことはない。

 この層から、モンスターが当たり前のように複数同時の襲撃を仕掛けてくる。


『カッコいいトコ、見せてやろうジャン!』


 恵美がモンスターどもをなぎ倒していく。当初の俺の見立て通り、第2層でも通用している。


“エミル……すっかりデッカくなっちまいやがって……”

“うう……目から汗が”

“エミルはワシが育てた”


 俺のリスナーたちが感慨深そうなコメントを残していく。

 気持ちは分かる。俺も同じ思いだ。恵美の背中を見ていると、浮き足立ってくる。


『こンのー! ちょこまかと!』


 恵美が敵をにらみつけて毒づいた。


 羽虫や鳥など、飛行型のモンスターが恵美のまわりを旋回している。恵美の打撃をヒラリとかわしていた。

 恵美の隙をついて攻撃を加えんとしている。


『そっちがその気なら! こっちだって!』


 恵美がアイテムボックスからモンスターの素材を引き出した。倒したうちの一体、ヤマオロシの毛針皮だ。


『変・身!』


 恵美がかけ声とともに毛針皮をかぶった。

 発光をともなってフォルムチェンジを行う。


 なめし革の軽装鎧をまとう狩人となった。耳が木の葉のように細長くとがる。


“うっひょおおおお! ギャルエルフ、キタコレ!”

“コレが楽しみで、全裸待機してたんじゃい!”

“露出度高くて良き”


 お待ちかねのシーンに、リスナーたちが興奮していた。


 恵美が手に持つ弓に矢をつがえてモンスターに照準を向ける。


「ゼーペックスで鍛えたエイム力、ナメんなし! ウチはソロデター踏んでるんじゃい!」


 なめらかな動作で、射かけては矢筒から補充を繰り返した。狙い過たず、モンスターどもを撃ち落していく。


“ゼぺはあくまでゲームやぞwww”

“でも上手いじゃん! 矢を全弾命中させてる!”

“FPSのエイム力は現実でも通用するって、ばっちゃが言ってた”


 恵美には射撃系のスキルはない。弓を使いこなす素養はないはずだ。

 しかしヤマオロシには、身体に生えた毛針を射出する特性がある。

 変身スキルがその特性を再現しているのだろう。弓矢という武装まで具現化させて。


 目につくモンスターをあらかた処理したあと、恵美が画面にVサインを向けた。


『せんせー、見てるー? ウチ、ガンバってるよー!』


 ミラー配信の許可は得ている。だからこそ恵美が俺に語りかけてきた。草原をバックにたたずむ姿は凛々しかった。ハツラツとした空気が俺まで届いてくるかのよう。


 俺は腕を組んで鷹揚にうなづく。


「この調子なら第2層クリアも近そうだ」


 恵美は戦いながらも配信者としての気配りを欠かしていなかった。小粋なトークやリアクションを交えてリスナーを楽しませていた。プロ意識のかたまりだ。


「負けていられないな、俺も」


 そんな器用な芸当、俺にはできそうもない。ほかの要素で補わなければ、俺は恵美の隣に立つ資格がない。

 無性に、恵美と冒険がしたくなった。


「早く登ってこいよ……俺のステージまで」


 公衆の面前で赤裸々な思いを吐露したくなかったので、憎まれ口を叩いてしまう。


“俺のステージ?www アイタタタ!www”

“中二病ですか?www”

“エラそうに言ってっけど……ミーチューバーとしてはエミルより下だからな? 調子乗んなよwww”

「いいだろ、先生ぶったって! そこはスルーしてくれよ!」


 俺は容赦のないツッコミに怒鳴り返した。

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