第9話

 紆余曲折ありつつも、配信を好評のうちに閉じることができた。


 俺と恵美は探索を切り上げ、新宿ダンジョンをあとにする。

 その足で新宿駅の構内を進んでいった。


 新宿駅は、いくつもの路線が合流している。ダンジョンさながらの迷宮だ。


 俺と恵美は人混みにまぎれてプラットホームに立っていた。

 自宅までの路線も方向も一緒らしく、並んで電車を待っている。


「今日はありがとね! 色々たすけてもらったし!」


 恵美が気負いのない声を放ってきた。


 俺も気安く応じる。


「それはこっちのセリフだ。俺は配信の何たるかをまるで理解していなかった……お前のおかげで道が見えてきた気がする」


 他人に壁を作りがちにしては珍しく、彼女には遠慮のない物言いができていた。


「フッフッフ! 油断は禁物じゃぞ? おごれるものは久しからず! 群雄割拠のストリーマー業界は! トレンドの移り変わりが激しいのだよ! 先征く者の背中は遠く! 目を離した隙、後追いに抜かれるなんて日常茶飯事!」

「……鋭意、努力します」


 道のりは険しそうだ。不安にさいなまれそうになるけれど……俺は楽観的にとらえることができていた。心に芯のようなモノが刺さって空中分解を防いでくれている。


 それとなく恵美の様子を流し見た。ノホホンとしつつも、どこか表情がぎこちない。

 俺のステータスにコンプレックスでも抱いてるのか?


 俺は彼女に道をしめしてもらった。出来ることなら恩返しがしたい。


「うまく成長できるのか、心配か? ……新米の冒険者なんて、みんな、そんなモンだよ」


 そう思ったらいてもたってもいられず、口が勝手に動いていた。

 恵美がゆっくりとこちらを振り向く。


「そうかな……?」


 俺は力強く頷いてやる。


「ああ……昔話をしようか? 俺は学生時代ずっとボッチだった……いや、今もだけどな」


 学校というコミュニティはせまくるしい。声の大きいグループのノリに合わせなければという同調圧力が強すぎる。

 俺はそれが苦手で仕方なかった。


「なぜ彼らは、自分たちと俺が異なる思考回路の持ち主だと気付かない? 自分たちの考えが絶対の正義だと押しつけようとしてくるんだ?」


 過去を振り返ったら……胸の内が自然とあふれた。


「俺には流行の音楽やファッションなんて分からない。興味もない」


 周囲とのブレは明白で、俺は孤立してしまった。


「それが無性に悔しかった。俺の人生そのものを否定されているみたいで」


 彼らを見返してやりたい。ボッチでも、やれることは沢山あるのだと証明したかった。


「だから冒険者になったんだ……自分の腕一本で稼ぐことができるから」


 いざダンジョンに乗り込んだはいいものの、最初は上手く行かないことばかりだった。


「俺さ……じつは落ちこぼれ扱いされてたんだよ」

「え!? せんせーが!?」


 恵美が愕然と大口を開けた。信じられないという風な視線を注がれる。


「『我慢』スキルはハズレだと、勝手に決めつけられてな」


 ダンジョンに侵入した瞬間、人はスキルを付与される。

 その種類は多種多様で、かならずしも戦闘向きとは限らない。


「当時の我慢スキルの性能はきわめて低かったからな。加えて、初期の汎用スキルがふたつしかなく、各パラメータも低い……大成する前に命を落とすと忠告された」


 それでも俺は折れなかった。反骨精神で挑みつづけた。


「なかばヤケになってたんだろうな……ダンジョンに通いまくって何度も死にかけてる内、我慢スキルを実戦レベルまで成長させることができた」


 自分に合った最適の冒険スタイルを確立し、ソロ冒険者として名をはせた。

 パーティ単位での攻略が当然のダンジョンにおいて異色と評されている。


「自分の可能性を試行錯誤していく日々は……大変だったけど、充実感があった」


 退屈な人生にはしていない。それだけは断言できる。


「今だってそうだ! 俺の成功体験を世のボッチたちに伝えていきたい! それが今の目標だな」


 照れくさい思いの丈をスラスラ述べた。


 俺に出来たこと、他の人々に出来ないはずはない。それは恵美だって同じだ。


「まあ。道のりは険しそうだ……っと、そうだ!」


 俺は恵美に確認しておくべき内容を思い出した。それを言葉に変換する。


「さっきの配信中なんだが……リスナーのバッドマナーを注意しちまった。お前の目から見て、そういうのアリか? やっぱマズかったか!?」


 俺が息せき切って問いかけると、恵美があ然となってしまう。


「……プッ、アハハ!」


 なぜか吹き出した。憑き物が落ちたように、彼女の肩から力が抜けていく。


 俺はけげんに眉をひそめる。


「そこで笑う意味が分からん」

「いや、だってさー! 直前までのせんせーはスゴく頼もしかったのに、たった今はアタフタしちゃってんだモン……これが笑わずにいられるかっての!」


 ひとしきり笑ったあと、恵美が自分の目元をゴシゴシぬぐう。


「えーと……リスナーをその場で注意していいかだっけ? 全然オッケー! むしろ、そうするべき! 配信の空気を正常に保つこと、それをイチバン大事にしなきゃいけないのは、せんせー自身だし! 荒らしがいると、ほかのリスナーが遠のいちゃう。どちらを大切にすべきか、火を見るより明らかっしょ? 結果的に登録者数の伸びも高まるよ!」


 俺は腑に落ちて安堵の吐息をもらす。


「そっか……肝に銘じとくわ」


 いまだ笑いの余韻を引きずっているらしく、恵美がクツクツと喉を鳴らす。


「そうだよね……誰だって最初はうまく出来ない。ウチだってせんせーだって……みんな同じ! そんな当たり前のコト、忘れかけてたし!」


 恵美がみずからを鼓舞するように言った。


 ……よかった。俺は彼女の力になれたようだ。


 ちょうど電車が滑りこんでくるところだった。


「重ね重ね、ありがとね! なんか元気出てきたかも!」


 軽快な足取りで、恵美が自動ドアの奥に進んでいく。


 俺もその後につづく。彼女に吸い寄せられるような歩幅だった。

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