第8話

 モンスターとの激闘を終えて探索は小休止。


「ウチの戦い、どうだった?」


 恵美が俺のそばに駆け寄ってきた。上目遣いに問いを投げてくる。


「あ、アハハ……たぶん全然ダメだったっしょ?」


 一時のこととはいえ、リスナーから野次をとばされていたことは、恵美自身も察しているのだろう。やや疲れた表情をしていた。


「ねえ、せんせー……お世辞抜きで教えて? ウチ、冒険者の適性ないのかな?」


 初心者ゆえに思い詰めてしまっているのかもしれない。


 俺は不安を払拭してやるべく首を横にふる。


「あせるな。まだ答えを出せる段階じゃない……あくまで俺の所感だが、お前には冒険者の素養があると思う。モンスターと対峙しても必要以上に怯えていなかった。冷静に状況を見極め、自分に出来ることを模索していた……俺が初心者だった頃より上出来だ」


 恵美がパアっと顔色を明るくする。花のほころぶような陽気がただよった。


「マヂ!? ウソとかついてないよね?」


 俺は不覚にも見惚れてしまう。誤魔化すように鼻をかいた。


「ああ、本当だ……俺がはじめてダンジョンに潜ったときなんか、ゴブリン一匹たおすので精一杯だった。ボコられて這う這うの体で地上に逃げ帰ったんだ。あの時のミジメさったら……」


 誤魔化すように鼻をかき、過去の自虐を披露した。


 恵美が自分の両手に視線を落とす。なにかを実感するように、ぎゅっと拳をにぎった。


「そっか……ここでもウチはやっていける……居場所はあるって証明してみせるし!」


 恵美がひとつ頷くや、いきなりこちらへ飛びこんでくる。俺の胸板に顔をうずめ、グリグリと揺らした。


「せんせーを選んで正解だった!」

「ちょ、おま!?」


 俺はビクリと跳ねた。恵美のぬくもりを感じる。甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 抱き留める度胸なんてない。両手を当てどなく、さまよわせる。


 こいつ、イチイチ感情表現がオーバーだな! ボッチをからかってんのか!?


「あ、ゴメン……運動したあとだし汗臭いよね」


 恵美が我に返ったように身を引いた。


 直後、俺は荒く息をついた。心臓が早鐘を打っている。頭がピンク色に染まりそうだ。

 


「いや、それは気にしなくていい……俺のほうこそ汗臭かったろ?」

「ん? そんなコトなかったよ? オトコの匂いって……嗅いでると落ち着くんだね!」


 恵美があっけらかんと爆弾発言をした。 

 だーかーら! また誤解されるようなセリフを吐くなよ!

 無自覚か!? もしかして異性との距離感が分かってないのか!?


「ウチさ、これまで色んなコトにチャレンジしてきたんだよね。その道のプロに教えを請いながら……でも弱音を吐き出せたのは、せんせーがはじめて」


 恵美の眼差しには、無類の信頼が宿っているように見えた。

 会ったばかりの俺に向けるべきものじゃない。


「だって、重い感情ぶつけてもさ……相手を困らせるだけジャン? ウチも弱ってる自分自身のコトは苦手だし……視聴者のみんなにはガンバってる姿を応援してもらいたいジャン?」


 恵美が口上の途中で小首をかしげる。


「なのに、なんで……せんせーの前だと素直に打ち明けられたんだろうね?」


 俺の腹部がキリキリと痛む。

 こいつ、配信中なのを理解してるのか?


 俺はおそるおそるチャット欄を見やる。


“くあsふじこrpwwwwwwwwwy!?”

“俺のエミルがああああ! ぽっと出の冒険者なんぞにいいいいい!”

“お前のじゃないが、今回ばかりは同意する!”

“昔のエミルをかえせやボケエエエ! 天真爛漫で純真無垢……色恋沙汰なんて無縁の! みんなのカワイイ娘なんやぞ!”


 案の定、俺への怨嗟が渦巻いて阿鼻叫喚の坩堝と化していた。


“いいか、勘違いするなよ? エミルはお前だけに優しいんじゃない。みんなに優しいんだぞ?”

“天然ちゃんだから! おもわせぶりな態度を取っちゃってるだけなんだからなあああ!”

“エミルに手を出した場合、貴様の自宅に100万人が押し寄せると思え!”


 俺はカメラに向けてブンブンと首をふる。


「ち、ちがいます! 俺とエミルはそういう関係じゃありません! あくまで契約上のつながり――ビジネスパートナーってヤツです! ……それ以上、進展するコトは絶対にありませんので!」


 俺がハッキリ断言すると、恵美がクルリと背を向けた。うつむいており、その表情はうかがえない。


「…………」


 俺はなんとなく気まずくなって下唇をかんだ。


“なんだ、取り越し苦労か……”

エミルにカレシができたとかだったら! お父さん、立ち直れなくなっちゃう!”

“お、俺はハナからそうだと思ってたし! お前ら、テンパりすぎでしょwww”

“震え声になってて草”

“その誓い、決して忘れるなよ?”

“男に二言はないな?”


 どうやらリスナー間の火消しに成功したようだ。俺は気を取り直して恵美に呼びかける。


「今後、本格的に指導をやっていこうと思う……そのためにはまず、お前の持つ手札を確認したい」


 恵美が応じて振り返った。とくに気落ちしている様子ではない。


「お前のステータス画面を見せてくれないか?」

「えっとさ……せんせーを疑うワケじゃないけど、いいんかな? 不用意にステータスを公開するのは危険だって研修で教わったんだけど……」


 恵美がためらいがちに問いかけてきた。


 ステータスの閲覧を要求することは、マナー違反だ。

 その人物の戦闘力・弱点を読みとれてしまうから。


 冒険者の中には超人になったことで調子に乗る輩がいる。

 ダンジョン内でもめごとが発生した際、そういう相手に備える必要があるのだ。


 俺はつとめて冷静にさとしていく。


「もちろん、ムリにとは言わない……けど、コーチングする対象の詳細情報を知っておくに越したことはないだろ?」


 俺にコーチング経験なんて皆無なのだから、なおさら。具体的なアドバイスをできるようにしておきたい。


「安心しろ、リスナーたちに公開するつもりはない。俺のなかにだけ留めておく……それになにより! お前がどんな力を持っていようが! 俺がその気なら一瞬だしな!」


 俺が最後のひとことを口にした瞬間、恵美がキッとにらみつけてくる。


「はい?」


 ……ん? なんか失言したか? 真摯に説得していたつもりだったんだが……。


「いくらなんでもヒドくない!? どうせ、ウチなんてザコだから……ステータスを隠すだけムダってイミ!?」


 恵美が火を吹くような勢いで詰め寄ってくる。


 俺はジリジリと後退しながら申し開きをする。


「い、いや! お前をバカにするつもりはなかった!」


 そんな風にとられるとは予想だにしていなかった。ボッチの弊害か、言葉選びをまちがえたらしい。


「わるかった! この通りだ!」


 腰に手を当てて凄んでくる恵美に、俺は謝り倒した。


「まったくもう……デリカシーなさすぎでしょ!」


 チャット欄が恵美に加勢するコメントで埋めつくされる。


“ノンデリ発言すぎて草”

“悪気はなさそうだけどなwww”

“強者ゆえのナチュラルな傲慢か”

“俺には分かる! こいつ、非モテだわ!”

“絶対、モテないだろうっていう絶妙な言葉のチョイスだったよなwww”

“同類だと分かって安心しました!”


 恵美が自分のスマホ画面を俺に突きつけてくる。


「アッタマきた! 目ん玉かっぽじって、よく見ろし!」


 俺は気圧されつつ、そこに表示されたステータスを読み解いていく。


【名前】厨松恵美/エミル


【パラメータ】

魔力感応度:ランク1

HP:43/98

筋力:8

耐久:8

敏捷:9

魔導:2

天運:9


【ユニークスキル】変身(ランク1)

効果:モンスターの皮をかぶることにより、その特性を得る。


【汎用スキル】

身体強化:ランク1

体術:ランク1

探知:ランク1

気配遮断:ランク1

状態異常耐性:ランク1

呪的耐性:ランク1

アイテムボックス:ランク1


 冒険者専用アプリの機能のひとつだ。ユーザーの体内を絶えずモニタリングしており、現在のステータスを表示してくれる。


「ウチのステータスはどんなモン?」

「……将来、有望だな」


 俺は端的な感想をもらした。

 生命力とスタミナをあらわすHPがほぼ100。初心者の平均が20~30であることを鑑みれば、破格だ。

 魔術の素養をしめす『魔導』以外のパラメータが軒並み10に近い数値を叩き出している。

 とくに天運がヤバいな。このパラメータだけは後天的にきたえられない。ほぼ理論上の最高値だ。


 はじめから汎用スキルが7つも生えているのは、世界を見渡してもレアケースだ。

 俺なんか初期の頃は汎用スキルが2つしかなかった。


 戦闘に慣れてさえしまえば、第2層でもやっていけるだろう。


「最初からここまで魔力に順応している人間なんて、日本じゃ聞いたこともない……冒険者になるために生まれてきたような才能だ!」


 俺は正直な気持ちを吐露した。


 しかし、恵美がうたがわしそうに目を細める。


「本音を言ってくれてる? おべっかだったら承知しないかんね!」

「ほ、本当だって! 初心者時代の俺が見たら、さぞ悔しがっていたと思うぞ!」


 俺がまくし立ててようやく、恵美が納得したようだ。


「ニシシ! せんせーに太鼓判を押してもらえたなら! 自信を持っていいかも!」


 恵美があどけない笑みをこぼした。

 怒ったり笑ったり……コロコロと表情を変える。万華鏡のように。


 無味乾燥とした日々をおくってきた俺にはついていけない。


 イタズラを思いついたとばかり、恵美の瞳に怪しげな光が宿る。


「とーこーろーでー! そういう、せんせーのステータスはどうなってんの? 当然、ウチみたいなザコじゃ及びもつかない数値なんだよねー?」


 俺のステータスも見せるよう、手で促してくる。


「ウチに見せろって言っておいて! まさか、断わったりしないよねー?」


 まだ先ほどのことを根に持っているらしい。そこを引き合いに出されると弱いな。


「……わかったよ。ほら、見てみろ」

「どれどれ……ショボかったらボロクソに言って――ヤバすぎでしょ!? この数値、バグってね!?」


 恵美が俺のスマホ画面を食い入るように見つめて絶句した。


【名前】江藤歩/レオポルト


【パラメータ】

魔力感応度:ランク7

HP:97998/98000

筋力:3028(×1.0)

耐久:1080

敏捷:3201(×1.0)

魔導:2573(×1.0)

天運:1


【ユニークスキル】我慢(ランク7)

効果:我慢の度合いにより、筋力と敏捷、魔導に上昇補正がかかる。また、各種スキルの精度と出力も上昇する。


【汎用スキル】

身体強化:ランク7

剣術:ランク7

体術:ランク7

探知:ランク5

気配遮断:ランク5

状態異常耐性:ランク7

呪的耐性:ランク7

攻性魔術:ランク5

防性魔術:ランク5

補助魔術:ランク5

回復魔術:ランク6

アイテムボックス:ランク7


 恵美が自分と俺のステータスを何度も見比べている。


「ランキング入りした冒険者の強さは戦略兵器以上ってウワサ……マヂっぽいね」


 しだいにバカらしくなったのか、かわいた笑いをたてた。


 俺はダンジョン攻略、日本最前線組のひとりだ。このくらいのステータスでなければ、第7層では通用しない。


「めざす先はメッチャ長そう……」


 恵美がゲンナリとうめいた。

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