第10話

 東京都港区の高級住宅街。その一角にタワーマンションが屹立している。

 俺の自宅はそこの一室だった。自分の稼ぎで一括購入した物件である。


 あまり住居のグレードにこだわりはないのだが、セキュリティが万全なので、ねぐらに選んだ。高給取り、なおかつ配信者なので身バレした時の対策だ。

 二階の一室だから価格も比較的安かったし、なによりエレベーターを使って移動する時間の無駄をはぶける。


 俺は寝室のデスクにかじりついていた。パソコン画面とにらみ合い、キーボードをポチポチ叩く。

 あーでもないこーでもないとブツブツこぼすさまは、はたから見て不気味だろう。


 別れ際、俺は教師エミから配信者として課題を与えられた。

 いわく、本日のアーカイブを編集して動画にせよとのこと。


 配信者は、ストリーミング以上に動画投稿へと注力しなければならないらしい。

 なぜならば、生配信というモノは性質上、長時間になる。シーンによっては間延びした退屈な時間をリスナーに提供してしまう。


 だからこそ見せ場を短時間に凝縮し、魅力的に演出する動画が必要なのだという。

 

 ようはチャンネルの広告看板だ。自分はこういう人間ですよ。こういう味わいをお出しできますよとアピールしていく。


 そうすることで更に、当日に配信を視聴していなかった仮想顧客を獲得できるのだとか。


 次の配信までにチャンネル登録者数を伸ばしておけば、同接数を増やせる。


 俺はがぜん張り切って慣れない作業に没頭した。パソコンに自前でインストールされている動画編集ソフトを立ち上げ、アーカイブから切り抜いていく。


 効果音SEを付け足すことも忘れない。タイトルとサムネイルも大事だよな!


「よし、できた!」


 徹夜で作業すること、十数時間。渾身の動画が出来上がった。


「カンペキだ! 自画自賛に値する!」


 俺は口笛を調子っぱずれに吹き鳴らした。


 クラウドストレージを使い、恵美と動画ファイルを共有する。連絡先の交換は事前に済ませておいた。


「ガハハ! これには文句の付け所もないだろ!」


 動画を投稿する前に、恵美がチェックすると言っていた。


 ガンバった成果を添削してもらう。それまでの時間つぶしが必要だ。


 俺は立ち上がってコーヒーメーカーの置かれた土台に歩み寄る。カフェインは不眠の友だ。『我慢』する時は、よくお世話になっていた。


 俺はコーヒーを補充してカップを口元に注いだ。


 鼻いっぱいに独特の香りが充満する。俺は満足げに呼吸を繰り返した。


「ふぅむ! じつに優雅な朝である!」


 徹夜明けのテンションでおかしくなっている。その自覚はあった。


 数十分後、パソコン画面にメール受信が通知される。


「すばらしい! 仕事が早い! 動画の出来を絶賛しているにちがいない!」


 相手がだれか、確認するまでもない。俺に連絡してくる相手なぞ片手で数えられるほどだしな。


 案の定、恵美からのメールだった。俺はマウスをクリックして文面を開いた。

 リクライニングチェアにゆったりと腰かけ、カップをかたむける、


「――ブフォッ!?」


 最中、コーヒーを吹き出した。あやうくキーボードにふりかかるところ。


「な、なんでだあああああ!」


 俺はスクリーンにしがみついた。


 恵美の文章は懇切丁寧だった。ギャルじみた口調からは考えられないほど、ビジネスマナーが徹底されている。

 そして俺の作成した動画をこき下ろす内容だった。


          ★ ★ ★


江藤歩様


 お世話になっております。動画を拝見させていただきました。

 さて、早速ですが……問題点を挙げさせていただきます。


 まず、タイトルとサムネイル。これでは視聴者の目を引くことができません。

 私は分かりやすさが大事だと申し上げましたが、その意図が十分に伝わっていないご様子ですね。


 タイトルが堅すぎます。難読漢字を多用しているところは、中学二年生を彷彿とさせました。


 サムネイルに挿入された文字が小さすぎてスマホ画面だと読めません。


 配色と配置のバランスが悪く、目に痛いです。

 ご自分で確認してみださい。クリックしたいと思えるでしょうか? 視界におさめたことを後悔せずにいられるでしょうか?


 次に動画本編につきまして。


 SEのチョイスとタイミング、テロップのロゴがイマイチです。遺憾ながらセンスに欠けております。


 切り抜きかたも雑で、不要なシーンまで取り入れてしまっております。これでは動画が間延びします。途中で飽きられて最後まで見てもらえません。


 ノイズなどの除去も不十分です。基本的に視聴者はワガママだとお考え下さい。不快感を抱かせたら終わりです。


 察するに、無料の動画編集ソフトを利用なさっておられますよね?

 有料ソフトにはお金をとるだけの機能が付いております。

 本気で勝負したいのであれば、購入を推奨いたします。


 どのソフトがおススメかについては……長くなるので割愛します。


 とりあえず今回は、私が代わりに編集いたします。


 少しずつで構いませんので、私と共に学習していきましょう。 


敬具

 

厨松恵美


          ★ ★ ★


 恵美からのメールを読み終え、俺は戦慄する。


「よ、ようするに! 俺の腕じゃ論外だから引っ込んでろってコトか!?」


 俺自身が気に入ったポイントは、ことごとくダメ出しされてしまった。

 敬語にふくまれた言葉のトゲに、俺は怯えてベッドにもぐりこむ。


「も、もしかして……エミルのヤツ、怒ってる!? マジギレしながら書きつづったのか!?」


 毛布をひっかぶって小鹿のように震えた。

 それほど俺の動画はヒドかったのか?

 人間関係をまともに築いたことがないので、恵美の胸中がまるで読めない。


「ヤバい……見離されたら俺の配信生命が吹っ飛んじまう!」


 すっかりハイテンションが消し飛んだ。


          ★ ★ ★


 俺はベッドの上で無意味にのたうち回った。


 早く恵美の心中をさぐりたい。しかし本日は月曜、すなわち平日だ。恵美はこれから学校に行かなければならない。

 その邪魔をしては逆効果になるだろう。


 悶々とすること、十時間。

 スマホが着信を告げる。


 俺ははじかれたように画面を見つめ、相手が恵美だとさとった。


「…………」


 生唾を呑みこみ、十秒近く逡巡してから通話をオンにした。ご機嫌をうかがうように第一声を発する。


「もしもし?」

『せんせー、こんばんは! 早速だけどさ、動画作ってみたよー! ファイル共有しといたんで確認よろ!』


 ……あれ? 全然おこってなくね? 内心を押し殺してる?


 俺はのろのろと起き上がり、壁際のデスクについた。

 クラウドストレージに接続、恵美の動画データを参照していく。


「……すごいな」


 戦々恐々としていた事実も忘れ、俺は動画に見入ってしまう。


 非常に分かりやすい内容だった。変に凝ったところやひねったところがない。


 俺が緊張して空回りするところがコミカルに演出されている。

 リスナーを注意するシーンが、いい話風にまとめられていた。

 アーカイブの見せ場が10分以内に凝縮されておさまっている。前後の流れが食い違わないよう、細かな配慮も随所に見受けられる。


 あらためて振り返ってみると、俺の動画はコレに比べたらゴミだ。自分から視聴者を突き放しにかかってさえいる。


『どう? 放課後に数時間で作ったモンだけど……ウチは慣れてるからね! それなりに面白く仕上がってるっしょ?』


 電話口の恵美がほこらしげに語った。


 俺はたまらず観念し、相手がこの場にいないのにペコリと頭をさげる。


「まいった! 完敗だよ! ご提案に甘えて、この動画を使わせてもらう……けど! ひとつだけ言わせろ! なんだよ、このタイトル!」


 添付された動画データは、


「【削除覚悟】日本5位が新米冒険者(美少女JK)をコーチングしてみた――結果、批判殺到!? 底辺ストリーマーの空回りがヤバすぎたwww」


 というタイトルだった。


 俺は敢然と抗議していく。


「殺到ってほど批判コメなかったろ!? 詐欺じゃねえか!

 あと、俺が底辺を自称するならともかく……お前が言うのは、なんか違う!

 ついでに、自分で自分を美少女とか言うな!」

「フッフーン! せんせー、甘いねー……ゲロ甘だし! これは詐欺じゃなくて誇張! 多少、盛っといたほうが再生数をかせぎやすいんよ! ネガティブで分かりやすく強い言葉を使うのは常套手段!

 せんせー自身が編集した体なんだから仕方ないジャン!

 それにウチってば、美人っしょ? ウソなんかついてないし!」

「お、おう……」


 俺は語気を弱めてしまった。

 なんたる自己肯定感の強さ……どうすれば、そんな風になれるのだろう?


 いや、俺とは別種の人間だと決めつけるのは早計か。

 恵美はこれまでの活動を通して身だしなみに磨きをかけていった。その積み重ねがあるからこそ、てらいなく断言できているのかもしれない。


 俺だって、他人から「お前は一流の冒険者か?」と問われたら即座に「はい」と答えられる。それだけの実績を積み上げてきた。


 冒険業と配信業、それぞれ異なるモノだと思ってきた。

 しかし、それは間違いだったのかもな。

 成長する段階には共通する部分だってある。


 最初から上手く行くはずがないと恵美にアドバイスしたのは、他ならぬ俺自身だ。

 正直、動画をダメ出しされた時はこの世の終わりかという気さえした。


 しかし、そこで思考停止してうずくまったところで何も解決しない。

 俺にはまだ伸びしろがあるのだとプラスに捉えていくべきだ。


「エミル……そういえば、俺のほうからは言ってなかったな――これからよろしく頼む!」


 恵美が一拍ほど間を置いてから口を開く。


「……うん! こっちこそ!」


 聞いているこっちまで浮かれたくなるような声調だった。負の感情はまったく感じ取れない。


 俺はそそくさと電話越しに訊ねる。


「と、ところで! ……お前、もしかして怒ってたりしないか?」

「怒る? なんで?」


 恵美がキョトンとするような声を発した。


「俺の動画が……ダメすぎて、見捨てたくなっちまったのかと……」

「んー? たしかにせんせーの動画はダメダメだったけど、初心者ならあんなモンでしょ? ウチがそんな狭量だと思ってたん?」


 ……そ、それにしては! 文面がジャックナイフのように尖ってなかったか!?

 俺の気にしすぎか!? あれくらい普通なのか!?


 女ってよく分からん! 怖い!


 ――その後、俺は自分のチャンネルに恵美お手製の動画を投稿した。

 結果、脅威の50万回再生を達成! もともとの恵美人気もさることながら、俺の人柄も意外性があってウケているらしい。


 よもや俺がエゴサする瞬間が訪れるとは……人生は本当によくわからないものだ。

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