9.君の「素敵!」を数える①


 王からの依頼で第二騎士団の演習に同行したアルベルト。紆余曲折あって、そこでアルベルトは肌身離さず持っていた愛しいリリアンのブロマイドを喪失してしまった。


「ああ……」


 その落ち込みようは凄まじく、時折こうして頭を抱えて動かなくなる。例え会話中でもだ。そうでない時は、ふう、とため息をついて憂いを乗せた表情であらぬ方を見る。ただリリアンのブロマイドに思いを馳せるだけのそれが、なんだか無駄に色気がある。そのせいで訪問者がそわそわして頬を染めるから、控えているベンジャミンは虚無の顔になった。

 しかも、あの時の事を夢に見て夜中に飛び起き、泣いてリリアンの元を訪れたりもしている。昼間もずっとそれを引きずっていて娘の側から離れない。普段から距離感が近く、幼い頃はそれこそ四六時中そうだったからリリアンは気にした様子はなかったが、レイナードを始めとする周囲はたまったものではない。情緒不安定なおじさんが、少女に付き纏っているのだ、仕方ないだろう。挙句の果てに、お茶をする時にはソファに座り、膝の上にリリアンを乗せる始末。これにはさすがのレイナードも引いた。その間にも不意に落ち込んでため息を洩らすから、いい加減鬱陶しくなってくる。

 冷めた目で見られても一向に気にする素振りを見せないものだから、今ではもう全員がアルベルトの奇行を無視している状態だ。当のリリアンが嫌がらない限り止める事もできないから、視界に収めないようにするしかなかった。


「リリー、嫌だったら我慢せずきちんと言うんだぞ」


 妹の精神衛生を案じ、レイナードはそう言ったが、リリアンはなんてことないように笑ってみせる。


「大丈夫よ、お兄様。まだちょっと不安なだけのようだから」

「そうか……?」


 レイナードから見たら、今の父は相当おかしい状態なのだが。


「じゃあ、どうしても我慢できなくなったら、引っ叩いてでも引き離すんだぞ」

「ええ、わかったわ」


 リリアンはくすくすと笑って兄に頷いてみせた。レイナードはまだ納得していなかったが、妹を信じることにしたようだ。険しい顔つきだったがその目は優しい。

 それをアルベルトは間近で見ていた。


「お前、そういうのは私の前で言うんじゃない」

「仕方がないでしょう、父上がリリーから離れないんだから」


 レイナードの言葉にアルベルトはぷいっと横を向いてしまう。それをじとりと見るレイナード。リリアンはアルベルトの膝の上で、それらを楽しそうに見ている。

 まだリリアンが楽しそうにしているので、誰もアルベルトを止める事ができない。それで仕方なく見守るしかないレイナードと使用人一同だったが、側から見たらそれはとても微笑ましい一幕であった。



 そんなわけで本日は久々のレッスンの為、リリアンは王城を訪れたのだが、当然のようにアルベルトも一緒だった。それを見る王妃の目は冷たい。


「あなたの都合でリリアンがお休みしたのは、別に良いのだけれど。どうして今日、あなたもいるのかしら?」


 早めに登城したリリアンは、レッスンを休ませて貰った礼を伝える為王妃に会うことにした。実際、アルベルトはレッスンには参加できない。もしも他の令嬢とその母親と一緒に部屋に入ろうものなら、アルベルトに見惚れてしまってレッスンどころではないだろう。別室で待機するつもりだったから、王妃と会うこと自体は都合が良かった。一部屋都合して貰って、父子はそこで王妃を待った。しばらくしてやって来た王妃シエラは、そこにアルベルトの姿を見つけて驚いていた。いや、居る事はいいが、様子がどうにもおかしい。リリアンの座る椅子に極めて近付いて、その手を握り締めている。それでにこにことリリアンを見ていたかと思うと、突然表情を曇らせて「あー……」とか言って落ち込む。けれどすぐにがばりと顔を上げて、痛みを堪えたような笑顔でリリアンを見つめる。なんなんだとシエラは眉を寄せた。


「どうしたの、これ」


 シエラは、控えているベンジャミンに向いた。ベンジャミンは若い頃からアルベルトの従者をしている為、シエラとも気安い間柄なのだ。

 ベンジャミンはシエラの問いに、まずはふう、と息を吐いてから答えた。


「どうもこうも、先の演習の影響で」

「演習の?」


 詳しい事は知らないが、第二騎士団と魔導士の演習に、アルベルトが同行して珍しく役目を果たしたとは聞いていた。リリアンが関わっていないというのに珍しい事もあるものだと感心していたのだが、どうやらそれだけではないらしい。


「どういうこと?」

「実にくだらない事ですよ。お嬢様のブロマイドを一枚、だめにしてしまって、それを引きずっているのです」

「……ブロマイド」


 シエラはじとりとアルベルトを見る。開発後、ブロマイドの技術は王家にももたらされたが、あまりに煩雑で、それでいて高度な技術が必要となる。原料も入手し難いことから、ほとんど出回っていない代物だ。


「製法が整ってようやくまともに作れたうちの一枚なのですが、どうやらそれを自分の魔法でずたずたにしたことを気に病まれているようで」

「ふうん。案外繊細なのね」

「繊細というよりただの馬鹿ですね」

「おいベンジャミン、馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!」

「これは失礼、『親』が抜けておりましたね。旦那様は立派な鹿親であらせられますよ」

「お前な……」


 ぐぬぬ、と唸るアルベルトだったが、脳裏に焼き付いたあの瞬間がフラッシュバックして、思考を遮ってしまう。一瞬で過ぎ去る幻覚に、気力という気力をごっそり持って行かれるのだ。無力感と後悔に苛まれて全身から力が抜けてしまい、うう、と呻き声を上げることしか出来なくなる。が、今は目の前にリリアンがいる。大丈夫よ、と言わんばかりに柔らかく笑みを湛えるリリアン。アルベルトは無意識のうちにその笑顔を凝視して脳裏に焼き付けていた。悪夢を本物のリリアンの笑顔で上書きしようとしているのだ。実際に目の当たりにしたリリアンの笑顔は美しい。それで思わず頬が緩む。


「鬱陶しいわねぇ」

「ええ、本当に」


 客観的に見ると短時間ではちゃめちゃに表情が変わるので挙動不審である。呻き声もため息も、こう頻繁では耳障りだった。短時間会っているだけの王妃でもうんざりするのだから、常に付き従うベンジャミンは嫌気がさすのも当然だろう。

 けれども心優しいリリアンはそうではないようだ。心配そうに父親の様子を伺っている。


「お父様、そんなに落ち込まないで」

「リリアン……」


 アルベルトは項垂れたままリリアンを仰ぎ見た。リリアンは憂いを帯びた笑みを浮かべている。が、視線が合うと、そっとそれを外してしまう。


「お父様が辛そうだと、わたくしも辛いわ……」

「リリアン……」

「わたくしは気にしていません。だからお父様も気になさらないで?」

「……!」


 でも、と否定しようとした途端、すっと向けられたリリアンの笑顔が、あのブロマイドのものと重なった。それが真っ二つに裂かれる。裂いたのは紛れもなく自分だ、リリアンの笑顔を自分が台無しにしてしまった。

 あの時のずたずたになったブロマイドの残骸はデリックとボーマンが回収していた。残骸はヴァーミリオン領に運ばれ、実験も兼ねて復元作業中である。が、きっとあれは元には戻らない。だってアルベルトは見たのだ、リリアンが真っ二つになるところを。リリアンを決して見逃す事のないよう、アルベルトは長年のうちに何があっても一挙一動を記憶する術を身に付けていた。それが如何なく発揮された結果、ブロマイドの最期を強烈に記憶に焼き付けたのである。後悔に苛まれて深いため息をついて項垂れ、またすぐに顔を上げるを繰り返す。鬱陶しいにも程がある。


「旦那様、そこまで気掛かりならば、一枚新しく描かれては如何です?」

「えっ」

「年も明けましたし、お嬢様も成長されたことですし」


 いい加減うんざりしていたベンジャミンはそう提案した。前回、リリアンの成長の記録を残すために肖像画を描いたのはだいたい半年前のことだ。なんなら仕上がったのは三ヶ月前である。記録にするには大して変わっていないだろう。でもこう言っておけば……。


「そうするか!!」


 途端この様に表情が明るくなる。活力が戻ったのか顔色も良くなっている。現金なものだ。やれやれ、とベンジャミンはこっそり息を吐いた。


「いつもの成長記録のやつは、あのサファイアの揃いの装飾品を着けたものにするか。ドレスは去年作った物から、リリアンが一番気に入ったのを選んでもらって」

「それが宜しいかと」


 うきうきと計画を立てるアルベルトを、リリアンは微笑ましく見守っている。いつまで経ってもあのままではいけないから、協力は惜しまないつもりだ。家族に喜んで貰うこと、それが何よりも大事なリリアンは、それでいいと思っている。何よりアルベルトがこのままだと、色々なところに迷惑が掛かるのだ。レイナード然り、ベンジャミン然り。何よりも、領地の運営に影響が出る。一家が王都にいる間は家令が領地で実務を行ってくれているが、最終的にはアルベルトが書類に印をしなければ何も出来ない。それが遅れてしまえば、領地の民が困るだろう。それはリリアンも望むところではない。

 そんな風に考えているリリアンの隣で、そうだ、とアルベルトが声を上げた。


「折角だしツーショットのやつも欲しいな。私とリリアンだけの」


 それに、あら、とシエラが扇を仰いだ。


「リリアンとのツーショット? いいわね、わたくしも欲しいわ」

「は?」


 ぴくりとそれにアルベルトが反応する。


「どうしてそうなる? 演習に協力した私へのご褒美なんだが」


 誰からの褒美で、いつそうなったのかわからないが、アルベルトの中ではいつの間にかそういう事になっていた。信じきっているアルベルトは強気だ。顔を顰めて睨みつけるが、シエラはどこ吹く風である。


「それとこれとは別。わたくしも欲しいというだけよ」

「だとしても却下だ、三枚は時間が掛かり過ぎる」

「んまぁ!」


 シエラはアルベルトを無視してリリアンに向くことにした。


「リリアンもわたくしとの絵が欲しいわよね?」


 突然話を振られたリリアンだったが、ぱちぱちと瞬きをしたものの、すぐにそうですね、と返答をする。

 王都の屋敷にも、領地の本邸にもリリアンの成長記録と称した肖像画はたくさんある。それ以外にも、毎年一家揃ったものを描いているし、庭の花を描かせたつもりのものにリリアンが描き加えられたりしているから、本当にたくさんリリアンの絵があるのだ。けれども国王夫妻とは、第三王子の誕生を祝う際に描かれたものが最後、それからはそういう機会がなかった。更に言えば、それすらも儀式的に描かれたもの。親族として、プライベートで描いたものは皆無であった。


「言われてみれば、シエラ様と描いた事はありませんね」

「そうなのよ。どう?」

「ええ、それも良いですわね」


 微笑むリリアンの言葉に、シエラはふふんと胸を張る。


「ほらご覧なさい! リリアンだってこう言っているわ!」


 それを、ふん、と鼻で笑うアルベルト。


「そもそも、貴女との絵を描く理由が無いだろう」


 シエラはむっとする。


「なによ、いいじゃないの。普段からこうしてリリアンの面倒を見ているのよ。そのちょっとしたお礼に描かせてくれても」

「礼だと? よく言う。知っているんだぞ、貴女はレッスンにかこつけて、ただおめかししたリリアンを見せびらかしたいだけだろう! 父親の私を差し置いてそんな真似をしているのを、黙って見過ごしてやっているんだぞ、こちらは」

「んんっ……い、良いじゃないの、つまらない事に拘るのね」


 どもりながらシエラはツンとそっぽを向く。リリアンがシエラとアルベルトとを交互に見るのを、視界の端で捉えていた。だが、今回ばかりは譲れない。美しく愛らしく成長したリリアンとの一幕を残しておきたいのだ。シエラは視線を下にして、しゅんとしおらしくしてみせる。


「ねえ、アルベルト、お願いよ。一枚くらい描かせてくれても良いでしょう? わたくし女の子も欲しかったのよ。可愛いリリアンとの絵が欲しいの」


 そう言うシエラが、下手に出ればいけるんじゃないかと思っている事を見抜いたアルベルトはふんぞり返っている。譲らないぞ、という強い意志を態度に出して威嚇した。


「だとしても私との絵の方が先だ!」

「まあ、狭量ね!」

「何とでも言え!!」

「いいじゃない、あなたはいつでも描けるんだから。公務が落ち着いている今しか、わたくしは時間が取れないのよ?」

「それこそ知った事ではないな。リリアンとの時間を公務に組み込めばいいだけではないか」

「えっ、それは…………。ちょっと待って、それでもわたくしを後回しにする気でしょう?」

「チッ。気付いたか」

「嫌だわ、舌打ちだなんて! 品の無い」


 ぎゃいぎゃいと二人が言い合っている間に、レッスンの時間がやって来てしまった。言い争う二人を残すことになるリリアンは気遣う仕草をするが、シルヴィアに促されて部屋を出る。それを見送る事なく、アルベルトとシエラは言い争いを続けていた。


「貴女に譲る理由が無い。私が先だ!」

「わたくしが先に描いた所であなたに不都合は無いでしょう!? わたくしよ!」

「私だ!」

「わたくし!」

「ぬうぅぅぅぅぅ」

「むうぅぅぅ」


 一歩も引かないアルベルトに、シエラはむくれる。もうぷりぷりだ。


「では、勝負よアルベルト。どちらが先にリリアンとのツーショットを描くか、勝負で決めましょう!」


 シエラはびしっと、アルベルトを閉じた扇の先で指す。だがアルベルトの方は別の意味でむくれていた。なぜならシエラの分も絵を描く理由がないのだ、どちらの分を先にするかなんて、そもそも決める必要がない。


「なぜ? 貴女に譲る理由がない。私が勝負に乗るとでも?」


 それに、シエラは再び扇を開いて口元に添えた。敢えて口元を隠さず、口角を上げているところを見せつけてやる。挑発する為だ。


「あら……あなたともあろう者が、自信がないの?」

「……何?」


 ぴくりとアルベルトは眉を動かした。


「勝負の内容は簡単よ。『どちらがより多く、リリアンに「素敵!」と言わせられるか』。これにしましょう。分かるかしらアルベルト、リリアンの好みが分からなければ、あの子に「素敵」と言って貰えないのよ」


 シエラはなおも扇子をばさばさと扇ぎ、アルベルトを煽る。


「わたくしは、この通り普段からリリアンとはよく過ごしています。だからあの子の好みはよく把握しているわ。けど、そのわたくしよりもあの子を理解していないと思うから勝負には乗らないのよね? 嫌だわ、それであの子の理解者でいるつもりだなんて、とんだお笑い種ね」


 聞き捨てならなかった。アルベルトだって、リリアンの事はいつも見ている。どんな衣装が好みで、どんなお菓子が好きかなんていくつでも答えられる。


「私にそんな勝負を挑むと言うのか。勝算があるとでも思っているのか?」

「ええ。当然でしょう。だってわたくしは、リリアンの伯母ですもの」


 その言葉がアルベルトの闘志に火を点けた。


「それを言うなら、私はリリアンの父親だ! 私の方があの子の好みを知っているに決まっているだろう!」


 シエラは笑みを浮かべ、開いていた扇子を掌に打ちつけて閉じた。ぱしん、と軽い音が鳴り響く。


「決まりね」


 まんまとシエラに乗せられたアルベルトは怒りに我を忘れており、周囲が目に入っていない。もう少し冷静だったら、視界の端で呆れ散らかしたベンジャミンが哀れなものを見る目でいたことに気付いたろうに。そしてそれが見えていれば、きっと無駄な勝負になど乗らなかったのに。乗ってしまったが故に、自分とリリアンとを描いた絵が手に入るのが遅れるかもしれないと言うことに気付かないアルベルトは、ずいっと身を乗り出した。


「どうやって勝敗を決めるつもりだ?」

「簡単よ。常にリリアンに付き従っている者が居るでしょう。彼女に審判をお願いするの。どう?」


 それはシルヴィアの事だ。常にその側に控えている彼女であれば、いかなる場合でもリリアンの発言を聞き逃したりはしないだろう。それだけは確かなのでアルベルトも異を唱えることはなかった。


「負けると分かっていて勝負を挑むか。愚かな事だ」

「言ってなさい、吠え面かかせてあげるわ」


 火花を散らす二人。ましく本気の目だ。ベンジャミンは、引き続き残念なものを見る目でそれを見守った。

 シエラは自分の侍女に、リリアンに付いて部屋を出て行ったシルヴィアを呼び寄せるよう指示をした。それに頷いた侍女はすぐにシルヴィアを伴い戻って来た。リリアンの側から離れなければならなかったシルヴィアは、やや不満気な表情で王妃とアルベルトとを見ている。


「お呼びでしょうか」

「急にごめんなさいね」


 シエラは一言そのように詫びると、早速先程アルベルトと決めた勝負についてシルヴィアに聞かせた。


「それぞれ一日ずつ時間を取って、リリアンと過ごす。その間に何回あの子に「素敵」と言わせるか、それを競うの」

「なんですかその勝負……」

「決して勝利は譲らんからな」

「旦那様もなんでそんなにやる気なんですか……」


 軽く頭痛のする思いでシルヴィアはシエラとアルベルトの顔を交互に見た。残念ながら双方共にやる気満々で、自信に満ちた表情をしている。


「リリアンのそばに一番いるお前に審判を任せる」

「はあ……」

「よろしくねシルヴィア」


 どうしてこんな事になったのかと首を捻るのを止められなかった。解を求めるように視線を合わせたベンジャミンが呆れ顔で頷いて寄越したから、それで、暴走を収めらなかったのだと把握した。仕方なく頷いて、シルヴィアは了承する。


「お嬢様の事でしたらお任せください。お世辞かどうかも見抜いてカウントしますので」


 それにちょっと引っかかったアルベルトはムッとする。


「リリアンが私にお世辞を言うはずがないだろう」

「そんな事はありませんよ。現に……おっと」


 シルヴィアは、視界の端でベンジャミンが険しい顔つきになったのを見て口を継ぐんだ。


「なんだ!? おい、そこまで言ったのなら最後まで言え!」

「ああいえ、なんでもございません」


 どうにかしてシルヴィアの口を割らせようとするアルベルトだったが、シルヴィアは頑としてそれ以上は言わなかった。彼女なりの意趣返しなので、実際いつ何があったかを言うつもりはなかったのだ。それに、実際にリリアンが言ったお世辞なんて片手で数えられるだけ、それもささやかなもの。それをはっきり伝えるより、疑心暗鬼の状態の方がよりダメージを与えられるだろう。よく分からない大人達の諍いに巻き込まれることになるリリアンを憐れんで、シルヴィアはちょっとしたいたずら心で黙りこくっている。シルヴィアの忠義は王妃でも公爵家当主でもなく、麗しのお嬢様にあるのだ。

 細かなルールと日時を決め、意気込む二人は本気だ。それがたいへん残念に感じる。なにより馬鹿馬鹿しい。

 シルヴィアとベンジャミンは、揃って表情を消した。スン、と一気に冷める顔には呆れも何もかもが消去されている。虚無と化したそれは、レッスンを終えたリリアンが戻ってくるまで継続されたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る