9.君の「素敵!」を数える②


 そんなわけで勝負開始。本日は王妃と過ごす一日だ。

 週に二回あるレッスンのうちの一回を潰して、特別に王妃とのお茶会に充てられた。名目は春までのスケジュールの再確認である。季節ごとの行事でどんな装いをするのかの調整、という事にしているが、それにかこつけて様々な装飾品をリリアンに奨めるだけの会になっている。王妃シエラはこの日の為に、仕事を前倒しで片付けていた。鬼気迫るその姿に王が困惑していたのは記憶に新しい。


「どうかしらリリアン、これも素敵でしょう?」

「ええ、とっても素敵だわ!」


 リリアンの言葉にシエラはにんまりと笑みを深める。


(よし、一ポイント貰ったわ! 幸先良いわね)


 シエラは手の中の生地をぎゅっと握り締める。リリアン好みのパステルグリーンは滑らかな肌触りで、初夏にはぴったりのものだった。

 リリアンが身に付ける物は、アルベルトがその為だけに開発させており、ぎっちりスケジュールを組んで製作される。実際には今後の行事に使われるものはヴァーミリオンの領地で作られるが、いつもそればかりでは新鮮味に欠ける頃合いだろうとシエラが無理矢理捩じ込んだのだ。

 ヴァーミリオン領で作られるのは一級品も一級品、なんなら王家であっても手にする事が難しいくらい高品質で高価な品物ばかりだった。とは言え、いくら素材が良くても同じ人間達が同じ人間に向けて作るのであれば、その意匠には偏りが出る。それを突いたわけだが、思いの外リリアンの食い付きが良かった。それに助けられ、順調にポイントを集めるシエラはご機嫌だ。


「今の流行は、淡い布地に、自然のモチーフを合わせたものなの。モチーフは好みのもので良いのだけれど、生地は抑え目にしてモチーフを豪華にする事が多いわ。淡い水色に、複数の青い糸で海を刺したりだとか」


 言われてリリアンは、そうなのですかと溢した。そのドレスには心当たりがあったのだ。

 年末に友人達がやって来て挨拶を交わした際に、そういうドレスを他でもないリリアンが着ていたのだ。その時のものは、ごくごく薄い紫に白の糸で雪の結晶を刺繍したものだ。友人達からの評判は良く、特に気に入った子は早速作らせると言っていた。それから一月とちょっと、すでに流行となっているようである。仕事の早い彼女達を思い浮かべて、リリアンはちょっと笑ってしまった。

 職人達も年明け早々頑張ったようだ。いくつもあるサンプルを、リリアンはそっと撫でる。


「本当に素敵」


 思わず、といったようなリリアンの呟き。それを拾ったシエラは咄嗟にシルヴィアへ視線を向けた。

 シエラと視線の合ったシルヴィアは、黙って頷いた。


(やったわ、また一ポイント!)


 シエラは両手を軽くぐっと握り締める。

 こんな風に、シルヴィアはリリアンが溢す「素敵」という言葉を聞き逃さず判定をしていた。今回は可と評価された。これが文脈上不可だと、ポイントとして数えて貰えないのだ。

 狙ってはいなかったが、うまくポイントを稼げた。うきうきが止まらないシエラである。


「どれか良いものはある?」

「この赤のものが気になります」

「あら、華やかでいいじゃない。シルヴィア、あなたから見てどうかしら」


 シエラは控えているシルヴィアを呼びつける。好みはもちろん考慮するが、リリアンに相応しいかどうかを判断するのにシルヴィアの確認は欠かせない。

 シルヴィアは、リリアンが指した布地を手に取って、質感と細工を観察した。


「リリアン様のドレスにするには、レースをいくつか重ねて柔らかい色合いにしたいところですね」

「なるほどね。いいじゃない」

「赤の衣装は少ないですから、こういった色もお好みだと知れば、旦那様が喜んで仕立てそうです」

「そうねえ。どう、リリアン。強請ねだってみたら?」

「ふふ、そうですね」


 くすくすと笑うリリアンは、シエラとシルヴィアが冗談を言っていると思っているが、二人はそれが冗談でもなんでもないと知っている。リリアンを見守る目は優しいが、どことなく乾いた笑いになっているのはその様子がありありと目に浮かぶからだ。

 脳裏に浮かぶ浮かれた男を振り払い、シエラは並べられた宝飾品に目を向けた。


「宝石は……うーん、なんだか変わり映えしないわねぇ」


 ドレスはその年によって様々に変わるが、宝飾品はなかなかそうもいかなかった。石の色に合わせた金属はどうしたって同じものを使うことになってしまうし、奇抜なデザインのものは衣装に合わせづらい。個性的にしたいなど、狙ってそういうものを作ろうとしない限りは定番のものになってしまう。ただそれでも石を変えたり組み合わせを変えたりと、ありきたりにならないようにする工夫が見て取れた。

 とは言え、そんな物いくらでも見てきた王妃からすれば、些細な違いにしかならない。工夫も試行錯誤も評価はするけれど、王族やその親族の公爵家の者が使うにはイマイチなものばかりだった。

 勝負のことはあれど、その辺の妥協はしない。シエラは頬に手を添え首を傾げた。


「リリアン、気になるものはある?」

「ええっと、そうですね」


 リリアンは手近なブローチを手に取り、角度を変えてみる。日の光をちらちらと反射する大きな石はカットが工夫されているようで、今までの宝石よりも輝いているように見えた。


「これも工夫があって素敵ですけれど、わたくしはおうちにある物の方が好きですね」


 シエラはちらっとシルヴィアを見た。視線が合うと、シルヴィアは目を伏せて小さく首を横に振った。残念だが、今のように例えとして使われた場合の「素敵」はカウントされないのだ。それの確認をしたシエラはリリアンに向かって笑む。今のリリアンの言葉は、「ここにあるどれも好みではない」ということだ。それはそうだろう、娘命の父親が、彼女好みのものを最高級の素材を使って作っているのだから、大衆に向けた物など興味を唆られないだろう。リリアンが普段身に着けている装飾品を見ているシエラはそう思った。


「そうねえ、わたくしもここにあるものはいまいちね」


 言って、シエラは今度は自分の侍女をちらりと見る。「片付けてちょうだい」と言うと、侍女は数人がかりで装飾品を片付けていった。


「今日のところはこんなものかしら。そう言えば、リリアン、これは知っていて?」


 すっと出したのは両手に乗るサイズの小箱だ。浅い平たいもので、何かしらとリリアンは覗き込む。シエラがそっと蓋を開けると、そこにあったのは様々な花を模った飾り砂糖だった。


「まあ、素敵!」


 ぱっと表情を明るくするリリアン。思わずといったような声は実に軽やかだった。


(やったわ……!)


 シエラはその反応にも言葉にも満足して笑みを深める。累計ポイントがどんどん増えていく。良い調子だ。


「とっても自然な色合いで、それでいて繊細な作りですわね。これはどちらのお店のものですか?」

「隣国で流行り出したものだそうよ。わたくしも最初見た時は驚いたわ。綺麗よね、細工も細かくて」


 飾り砂糖は、主にお茶に入れる為の砂糖を、花や動物の形に加工したものだ。単調な形のものから複雑な形状をしたものまで様々なのだが、これは型に嵌めて形を作ったもののようだ。それでも今まで見た事が無いと感じるのは、箱に収められているのが大輪の薔薇の花だったから。薔薇の花弁一枚一枚を色付けた砂糖で表現しているらしい。白い角砂糖に食用の花弁を乗せたものや、小さな花を表現したものは見た事があるが、箱に収められた状態でひとつの花に見えるものは無かった。


「ベリーで色と香り付けをしているそうよ」


 それを聞いて更に驚いた。お茶の香りを損なわないようにするのが主流となっているところを、この砂糖はジャムの代わりにもなるらしい。目で楽しめ、紅茶自体もこれを加えることで別の楽しみ方ができる。なんとも素晴らしい発明だ。


「凄いわ。素晴らしい発想ですわね」

「そうね。今は薔薇とダリアしか無いそうだけれど、これからはもっと種類が増えるでしょうね」


 具体的には、リリアンがこれを気に入ったとアルベルトが知れば、何十と増やすだろう。奴ならば間違いなくやると、シエラは自信を持って言える。

 そんなわけで順調にポイントを稼ぎつつ、楽しげなリリアンと有意義な時間を過ごすシエラは、純粋にその時間を楽しんでいた。さり気なく今後の行事だけでなく、リリアンとのツーショットで着るつもりのドレスまで選ぶのだから流石だなと、それを眺めるシルヴィアは思っていた。

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