6.メリー・クリスマスは事件の後で 前編③

「先週被害に遭った場所を見る限り、やはり例の三人組と見て良さそうです。通称は『インビジブル』、目に見えない、そういう手口を使うそうで」


 その報告にマクスウェルは腕を組んだ。


「目に見えない——というより、犯人の姿が見つからないんだそうだ。誰も犯人を見ておらず、それで目に見えない、という風に言われるようになった、と」


 机の上に置かれた資料には、そのように書かれていた。トールゲン国を荒らしていた宝石泥棒が他国に渡った。それからしばらくして、ここトゥイリアースでも宝石泥棒が出るようになった。年末のこの時期、トラブルは多いが、それでも泥棒が出ることはそうなかった。このタイミングで、しかも宝石店が連続して狙われている。年末のプレゼントはこの国の国民にとっては大事なもので、どうしたって高価な物を贈るから、宝石店に揃っている品物は良い物ばかりだ。大抵半年か、下手をしたら一年かけて準備する贈り物を盗まれた国民の怒りと悲しみは想像にかたくない。

 銀行の金庫に預けず、宝石店で保管しておいてそれを間際に受け取り、相手に贈るのが一般的だった。そうできるのは宝石店の金庫が銀行並みの設備だからだ。だが、どこの金庫も同じくらいの設備であるということは、一箇所開けられたら他も開けることができるということでもある。これは相当危ういことだが、トゥイリアースで流通している施錠の為の装置はかなり複雑だった。だから今まで被害に遭ったことはないが、その分高価でもある。今日までに狙われた宝石店では旧式の鍵が使われていたそうだ。

 被害があった店によると、知らぬ間に従業員や警備の者が縛り上げられていて、無力化させられるのだという。どうやってか解錠した金庫の中から、価値の高いものだけを抜き取って消える。その手口は聞く限り『インビジブル』のものと同様だった。

 これはもう間違いないだろうと、報告を受けたマクスウェルもそう思った。王都の問題はすべて中央騎士団に集まってくる。それでマクスウェルの耳にも入ってきた情報だったが、改めてよくよく調べてみるとおおよその次の目標が絞り込めたのだ。それで今日、関係者が集まっての会議となった。

 王都の警邏を担う第四騎士団だいよんの副団長とその部下、マクスウェル、それからマクスウェルの補佐官のレイナード。六名ほどが机を取り囲んでいる。


「目を付けられていると分かっているだろうに、この二週間で三件。なかなか図太い連中だな」

「短期間で盗みを働いて、すぐに国外に出るつもりなのでは」

「可能性はあるな」


 マクスウェルは、レイナードの言葉に頷いた。


「ともあれ、被害の拡大は防がないと。野放しにできないし、なによりこれからは街中のトラブルも増えるだろう。騎士団から、次のターゲットになりそうな場所に人員の派遣が決まった。人員は後で通達するから、対応を頼む」


 副団長が頷き、目配せすると、二人の騎士が部屋を出て行った。方針を団内に通達するのだろう。


「しかし、風貌がわからないのでは、捕らえようがありませんね」


 老年の騎士の指摘はもっともだ。それがこの『インビジブル』の厄介なところで、そのせいでトールゲンでも捕まえきれなかったようだ。唯一の手掛かりは先日盗品をポケットから落とした男の似顔絵だったが、もしかするとこれも正しくないかもしれない、とのことだった。似顔絵に良く似た男が見つかったが、その人物は同時刻、まったく別の場所に居たそうだ。同行者が数名居たために裏付けが取れたそうだが、この絵が当てにならないことが確定してしまった。


「仕方がないさ。それに、現行犯で捕まえるのには変わりない」

「それもそうですね」


 そう、どのみち街中で捕えるのは難しいのだから、犯行時、または逃亡時に逃さなければいいだけだ。未然に防ぐことは難しいが、犯人が確保できてしまえば問題ない。


「よし、それじゃあ人員と配置を決めよう。あとは、巡回の順路も考え直す必要があるな。その辺は第四の方で決めて貰えるか。応援が必要なら、俺はそちらの調整をしよう」

「は、承知しました」


 副団長が応え、部下との調整が始まると、マクスウェルはレイナードを振り返る。


「とりあえずこんなもんか。お前、この後はどうする」


 年末ということもあり、しばらくの間ずっと仕事の予定でいっぱいだ。だが今日は、珍しくなんの予定もない時間が少しあった。レイナードはこの時間に所用を済ませるつもりだったから、それを伝える。


「この後の時間でちょっと用事を済ませるつもりだ」

「そうなのか。じゃあ、また午後に」

「ああ」


 そうして部屋を後にして、レイナードは廊下を進む。元々慌ただしい時期に今回の泥棒騒ぎ。そのせいでしばらくまともに休めていないから、さすがのレイナードも疲労が溜まっていた。思わず、ふう、と溜め息が何度も出てしまう。そのことに気付くと、ますます疲れが滲み出る気がした。


(思っているより疲れているようだ)


 だが、これも役目のためなので仕方ない。毎日リリアンの顔を見れていて挨拶もできているからまだいい方だ。これからはこうはいかないだろう。

 そもそも、そのリリアンも今は多忙にしている。年の終わりは家族で過ごすことから、王都を離れ領地に戻る貴族もかなりいるのだ。リリアンの友人は多い。親と一緒に領地へ戻る彼女らが挨拶に訪れるので、その対応に追われている。リリアンの場合、仕事ではないが、必要な社交には違いないから手を抜くわけにもいかず、やはり大変そうだ。ただまあ、友人がやってくるだけなので苦ではないようだった。

 レイナードは、通りがかった廊下の窓を見た。そこに写っている自分は、やはりどこか浮かない顔をしている。


(体調は悪くないが)


 リリアンと少しでも長く居られるよう、根を詰めたのが良くなかったかもしれない。疲労で動けなくなるわけにはいかないから、予定を変更して少し休もうかと、そう思った時だった。廊下の向こうから、年の離れた従兄弟がやってくるのが見えた。

 ルーファスは、従者の持つぴかぴかの荷物を見ながら、うきうきと歩いている。よそ見をしているせいで、正面にいるレイナードに気が付いていないようだ。

 彼が見ている荷物は、きっちりと包装がされている。薄いピンクに銀の差し色、それとこの時期だから、きっと年末のプレゼントだろう。誰に贈るかなんて、彼の表情から丸わかりだ。ちょうど一言言いたいこともあったことだし、レイナードはルーファスに声を掛けた。


「ルーファス。今日は出掛けるのか?」


 マクスウェルと兄弟同然に育ったレイナードにとって、ルーファスもまた弟のような存在だった。小さい頃のルーファスは、よくマクスウェルとレイナードの後をついて回っていた。面倒見のいいレイナードは彼をよく構っていたから、そのせいもあって気易い間柄だ。が、それもここ数年、とある事情によりぎこちなくなっている。レイナードは正直なところ、今のルーファスのことは気にくわない。実の弟のように親しくはあるが、表情と声が硬いのはそのせいだ。

 レイナードの声に驚いたルーファスが、びくっと肩を跳ね上げた。そっと視線をこちらに向けたが、その顔を見て、レイナードは自分の予測が正しかったことを悟る。


「れ、レイナードか。うん、そう、今日はちょっと、予定が」

「そうなのか。ところでその荷物、見たところ贈り物のようだが、贈る相手はセレスト嬢なんだろうな?」

「…………」


 ルーファスの気まずそうな表情に、レイナードは深く溜め息を吐く。


「……その荷物はリリーに贈るものなんだろう。お前、それが正しいと思っているのか」


 この数年の事情はまさにそれだった。婚約者のいる身でありながら、リリアンに想いを寄せるルーファスはそれを一切隠すことなく、リリアンに言い寄っている。言い寄る、というのは不適切かもしれない。淡い恋心を消化しきれず、昇華もできず、それで思いのままに振る舞っているのだろう。

 だがそれも、本来の婚約者であるセレスト・アズール公爵令嬢の心を傷付けるだけだ。そのせいでひと騒動あったばかり、それでもなお行いを改めない。不誠実な行動にリリアンが巻き込まれることが、レイナードは我慢ならなかった。だからどうしても言動に棘が含まれてしまう。

 ルーファスは、レイナードの言葉にぎりっと奥歯を鳴らした。


「正しくはないかもしれないけど、やっていけないことじゃないだろう!」

「そうか。とんでもない屁理屈だな」


 表情が変わらないことに定評のあるレイナードだが、彼の気分は意外とわかることが多い。簡単なことに、声を聞けば今どんな気分なのかが分かるのだ。それで言えば今の気分は最悪だった。他を寄せ付けない絶対零度の冷え切った声が、廊下を這っていく。


「そんな屁理屈で済むことであると、そう思っているわけだ」

「そ、そんなんじゃない」

「じゃあどういうことなんだ。説明できるか?」


 レイナードの知らないことであるが、この時の問答は先日アルベルトがルーファスに行ったものとそっくりな状況だった。それでルーファスは少なからず動揺していたのだが、怒りと呆れでいっぱいのレイナードはそれには気付かず、冷たい目つきのまま言い放った。


「お前が不誠実であれば、それだけお前はリリーには相応しくなくなっていく。それでも態度を改めるつもりはないんだな?」


 その言葉にルーファスは目を見開いたから、ますますレイナードの溜め息は大きくなった。

 そうなのだ、何よりも気高く美しいリリアンに、不誠実な行動を取るルーファスは不相応、まず相手にできないのである。

 もちろんこれはリリアン当人の意思ではなく、レイナードが思う条件のひとつでしかない。だが、ルーファスはリリアンを神聖視している節がある。ルーファスも同様のことを思っていたとしたら、これは大事な要素だ。

 ルーファスの表情から、似たような考えでいたことを見抜いたレイナードは、改めて息を吐いた。こんなことにも気が付かない、思い付かない。そのことが哀れで腹立たしい。リリアンを追い回すよりも、まずは己を磨けとそう言いたくなる。

 だがそれを言ってやるほど、レイナードはお人好しじゃない。ことリリアンに関する事柄になるとより厳しくなるのは自覚している。じろりと険しい目で、言ってやった。


「不誠実な男であり続けたいのなら、好きにするといい。でもせめて、婚約者にも贈ってやれ。でないと本当にリリーの前にも出れなくなるぞ」

「う、うるさい!」


 顔を真っ赤にしたルーファスは、涙目で捲し立てる。


「そんなこと、言われなくてもわかってる! セレストにはちゃんと準備したさ、それでリリアンにも贈るって決めたんだ! だいたい、レイに言われたくない! レイだって滅多に婚約者に会わないって、母上も兄上も言っていたぞ!」


 レイナードは普段動かない眉がぎゅっと寄るのを自覚した。それに、ルーファスが、ひっ、と息を飲んだ。別段ひどく怒っているわけではないが、鋭い目付きと相まって、かなり険しい表情となっていることだろう。正直都合がいいと思った。


「僕とお前とでは、立場が違う」


 きっぱりと言い放つ声は静かに響いた。


「それに、会わないんじゃなく会えないんだ。僕は仕事があるし、彼女は彼女で役目があるから。マクスとシエラ様が言っているのは、もっと時間を作って会えと、そういうことだ」


 レイナードは真面目だから、いちいち正論で返すのだが。それがルーファスの神経を逆撫でしていることは否めない。どうしたって小馬鹿にされているように聞こえるものだからたまったものではなかった。

 青くなったり赤くなったり忙しいルーファスは、リリアンとは一歳も離れていない。だというのにこの体たらく、いかにリリアンが聡いかがわかる。

 だがそれはリリアンが優れているというだけであって、ルーファスを乏しめていいということにはならない。もしも本当にリリアンを望むなら、お前はそのリリアンの賢さについていかなければならないんだぞと、レイナードは目を瞑る。


(それはきっと、途方もなく大変だぞ)


 何せリリアンは国中の知識者が舌を巻く才女だ。もしもその彼女を妻にしたならば、その有能さを間近で見ることになる。矜持が高いだけの男だったら、きっとその賢さを疎ましく思うだろう。ルーファスがそうなるかはわからないが、レイナードはリリアンにはこの世の誰よりも幸せであって欲しいと思っている。だからこそ、ルーファスの現状を重く見ているのだ。


(まあ……無理だと思うけど)


 ただし、レイナードはリリアンが振り向くことはないと、ほぼ断言できた。それはリリアンを見ていればわかるのだが、それをレイナードの口から言ってやる必要は無いだろう。


(リリーはこいつのことは、弟としか思ってないだろうからな)


 当人には分からないだろうから、もうこれ以上は追及してやらないことにした。何より休憩時間が勿体無い。

 レイナードはふう、と息をついて雰囲気を和らげてやった。


「まあ、親族に贈る分には構わないだろうから、僕からはもう何も言わない」

「……ふん」


 ぷいっとそっぽを向くルーファスは、そのまま何も言わずに立ち去っていった。従者が申し訳なさそうに頭を下げて、その後を追っていた。

 それを見送って、少し大人げなかったかもしれないと、レイナードは思った。


(やっぱり少し疲れているのか)


 そう感じた時、ふととある言葉が浮かんだ。それは成人後、やっぱり仕事が忙しくてなかなか休めずにいた時言われたことだ。

 その言葉と声を思い出して、レイナードは視線を上げる。


「……僕も行くか」


 確か彼女も、今日は一日家にいるはずである。しばらく会っていないことだし、手土産を持って行った方がいいだろうと、レイナードは急いだ。

 婚約者の好みはクリームたっぷりの甘いケーキ。それならあの店がいいな、と、その手の情報には詳しいレイナードは迷う事なく、流行りの店に向かうのだった。



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ストックが尽きてしまったので、毎日の更新はこの③と④で最後になります。

次回の更新予定は④でお知らせ致します。

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