第5話 反体制派との交渉


 反体制派の潜む地下墓地に戻ったラッツは、ソウル兵器で武装した集団に囲まれていた。



「いったいどんなつらを下げて戻ってきたのかしら? 恩知らずさん?」


 その声の主は、ミカ・ウィンターフェルだ。彼女は反体制派の中でもそれなりに立場があるらしく、ラッツに武器を向ける部隊の中心に立っていた。



「悪かったよ。あと俺の名はラッツだ」

「……へぇ、そう。随分と可愛らしいお名前ね」


 言葉とは裏腹に、彼女の瞳には敵意が宿っている。要するに汚いドブネズミと同じであるという嫌味だ。



(この様子だと、正直に言わないと殺されそうだな)


 そう思いながらも、彼は余裕のある態度を崩さなかった。


 命の危険? そんなもの、この二十年で何度も経験してきている。



「それよりも、お前さんたちは国に恨みがあるんだろう?」

「……何が言いたいのよ?」

「俺が『ソウルドライヴ』の情報がある研究所へ案内してやるよ」


 その言葉を聞いた瞬間、周囲の兵士たちがざわついた。きっと彼らにとって予想外の発言だったのだろう。


 だがその反応を見てもなお、ラッツは言葉を続ける。



「そこで得た情報は、お前たちが好きにしろ。自分たちで『ソウルドライヴ』を利用してもいいし……『ソウルドライヴ』が持つ真実を国民に伝え、英雄になることもできるだろうな」

「……っ!?」


 ラッツの言葉を聞いた瞬間、ミカの表情が一変する。



「何を馬鹿なことを……そもそも、それで貴方に何のメリットがあるっていうのよ!」


 激高するミカを嘲笑あざわらうかのように、ラッツは言葉を続ける。



「俺は組織に裏切られたんだよ。残された命も少ないだろう……だから、なんつーか。最後に一発ヤリ返してぇんだ」

「ふざけないで! そんな理由で、私たちが協力するとでも思うの!?」


 なおも言いつのろうとするミカを、一人の男性が手で彼女を制した。



「落ち着け、ミカ」

「でも! 第一、そんな身体で案内なんてできるわけがないじゃない!」

「どちらにせよ、まずは彼の話をもう少し聞いてからにしようじゃないか。そもそも満身創痍な彼でも、僕たちじゃ手も足も出ないからね――あぁ、すまない。僕の名はイーサン。反体制派のリーダーをやらせてもらっている」


 彼はそう言うと、金髪の頭を軽く下げた。歳はまだ二十代後半だろうか。だがただの一般人とは思えない。ラッツは間近で見たことは無いが、まるで王族のような気品さを纏っている。


 ――彼が何者なのかはともかくとして。どうやらイーサンはラッツの話を聞くつもりのようだ。他の者たちも、彼に従うように武器を下ろす。



「では、ラッツさん。本当の理由を聞かせてくれないか?」


 そう言って差し出された手を一瞥いちべつしたあと。ラッツは静かに目を閉じ、俯いたまま口を開いた。



「別に大した理由じゃねぇよ。ただ、俺も孤児だったからよ。無関係な女子供が『ソウルドライヴ』で苦しむのを放ったまま、無為に死にたくねぇんだ」


 それは紛れもない本心だった。自分はいつ死ぬかも分からない状況なのだ。それならせめて、自分のできることをしたい。それがたとえ自己満足だとしても、何もせずにはいられなかったのだ。



「もし俺に怪しい行動があったときは、遠慮なく殺してくれ。だから――頼む」


 その声はあまりに弱々しく、その場にいた全員が言葉を失った。そして同時に、彼の言葉が嘘ではないことも感じ取ってしまう。


 もはや死にかけの男が、自分たちを騙す価値があるのだろうか――。


 しばし沈黙が流れる中、最初に言葉を発したのはミカだった。



「……いいわ。貴方の口車に乗ってあげる」




 それからラッツは反体制派の面々と共に、王都に隠された研究所へどう潜入するかで話し合った。


 その後、各々は戦闘準備を始めた。驚くべきことに、彼らが所持する『ソウルドライヴ』製の武器は豊富だった。その数と種類の多さに、ラッツは目を見張った。


 どうやら反体制派たちは、これらを国の軍部からこれらを奪っていたようだ。近いうち、大規模なクーデターでも起こすつもりだったのかもしれない。



(ソウルドライヴを嫌っている連中が、その武器を使うのは矛盾なんじゃないか?)


 ラッツはそう感じたが、敢えて野暮なことは聞かなかった。他国が所持するような刀剣や弓矢などでは、ソウルドライヴ製の武器には到底、太刀打ちできないのだから。



 ラッツは自分もソウル武器の整備を始めた。


 用心はどれだけしても、し過ぎということはない。僅かな違和感でも無視してはならない。――過去にそれで大事な人をうしなったから。


 それをミカがジッと見つめていた。



「ねぇ。人を殺すのって心が痛むの?」

「あ? なんだそりゃ?」


 突然の質問に、思わず手を止めてしまう。


 しかし、その質問の意図をすぐに理解した。おそらく彼女は自分やイレイヌのように裏社会で生きてきた人間なら、人殺しなど躊躇ちゅうちょしないと思っていたのだろう。



「私は毎日のようにお父様を刺してやりたいと思っていたわ。お兄様を軍の都合で殺したから」


 ミカいわく、彼女の兄は『ソウルドライヴ』を国民が広く使えるよう訴える活動をしていたようだ。つまりは反体制派と同じことをしていたわけだ。兄を尊敬していたミカも同調し、反体制派との繋がりを持ったそうだ。


 だが兄は父の手によって処断されてしまった。



(国のためなら息子をも殺すか。手段を選ばないのは、どの組織も一緒だな)


 ラッツは一瞬だけ手を止めるが「そうか」とだけ返すと、そのまま何事もなかったかのように作業を続ける。


 素っ気ない態度を取る彼に、ミカは更に質問を変えて声を掛けてきた。



「――ねぇ。私も貴方みたいな、立派な兵士になれると思う?」

「ごほっ!? な、なにを言い出すかと思えば……」


 突拍子もない問いかけに咳き込んでしまうが、彼女の表情は真剣そのもの。冗談のたぐいではないと分かる。だからこそ、今度は慎重に言葉を紡いだ。



「お前さんは、俺とは立場がまったく違うだろうが。そもそも今回の作戦だって、ここで待機してりゃ良いじゃねぇか」

「死ぬのなんて怖くないわ! 私はお兄様みたいに、誰とでも立ち向かえる強さが欲しいの――!」

「死を恐れねぇ兵士は兵士に向いてねぇよ。安全なところに居て、今回の件が終われば、お前さんは教師にでもなればいい」


 その言葉にミカは思わずムッとするが、何も言い返さずにそっぽを向くだけだった。


 彼女の反応を見て、自分が何か変なことを言っただろうかと首を傾げるラッツだったが、特に思い当たる節はない。



(まぁいいか。それよりも今はこっちに集中しないとな)


 それからしばらくして準備が整ったところで、ラッツたち一行は研究所へと出発したのだった。

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