第6話 いつかの夢


 王国の民たちが寝静まった頃。


 ラッツと反体制派の二十名は、研究所へと疾走していた。



「できればソウルバイクでもあれば、移動も楽だったんだがな」


 ラッツは『ソウルカクテル』の毒により、吐き気や筋肉の疼痛を覚えていた。その度にソウル煙草で症状を誤魔化してはいるのだが、次第にその効果時間が短くなってきている。


 さらには煙草の連続使用の影響か、時たま過去の幻惑を見るようになっていた。



 拾われた孤児院で虐待を受けていたこと。

 ガレスに拾われ、訓練と称して何度も殺されかけたこと。

 任務中に命を預け合い、初めて信頼することができる仲間ができたこと。


 ――そして、愛した女との死別。



 それらの記憶が走馬灯のように駆け巡っていく。思えばちっともまともな人生じゃなかったが、不思議と心は穏やかだった。


 貯めた金で孤児院を作るという夢こそ叶わなかったが。

 反体制派に協力することで、多くの子供たちを救えるのならば。これまでのことも、まったくの無駄ではなかったかもしれない。


 この手は随分と血で汚れてしまった――。

 そんな俺が無垢な子供を育てるなんて、元々無理だったのだ。ついに震えだした己の腕を見やりながら、そんなことを考えていた。



「ちょっと、大丈夫なの?」

「……心配するな。任務の達成率だけは、組織で一番なんだ」


 心配そうな表情を浮かべるミカに対し、ラッツはそう強がるしかできなかった。



「そう……でも、無理はしないでね」

「へいへい、分かってますよっと」


 彼は適当に返事をしながらも、内心ではミカの言葉に感謝していた。


 長らく特殊部隊にいたせいで、赤の他人から優しくされたことがほとんどなかった。どんな反応をすればいいのか分からなかったのだ。


 だからついぶっきらぼうな態度をとってしまったのだが……彼女はそんな態度にも嫌な顔一つせずに接してくれる。それが少しこそばゆかった。


 ましてやミカの父親を手にかけたのはこの自分である。本人は一度も責めることは無かったが、気にしていないはずがない。


 それなのに、彼女は自分に最期のチャンスを与えてくれた。



「……これをお前にやるよ」


 ラッツは走る速度を緩め、自身の首に掛けられた銀のチェーンを外した。そしてそれを隣を並走していたミカに投げ渡す。



「なにこれ? ……ドッグタグ?」

「普通は軍人しか持たないんだがな。ある奴との記念に作ったんだ」


 自身が何者かバレてはならない。だから名前の代わりに牙の向いた、とても可愛いとは言えないネズミが彫ってあった。それと数字の羅列が小さく並んでいる。



「大した額じゃねぇが、その数字の口座と暗証番号に金が預けてある。もし俺が死んだとき、どこか適当に寄付でもしといてくれると助かる」

「……分かったわ。でもちゃんと生きて帰るのよ。そして貴方の手に返すわ」


 ミカはどこか複雑そうな表情で、それを受け取った。




「ここが例の研究所……まさかこんな所にあったなんてね」


 ミカは目の前の建物を見上げながらそう言った。


 研究を担当するラムダチームが根城としていたのは、王城の北、森の中にある洋館のひとつだった。


 当初は王族の別館として建造されたようだが、現在は使われなくなった。


 とはいえ屋根や壁は朽ちておらず、ソウルドライヴを使った設備は未だに稼働しており、警備する部隊が建物の内部にいることもラッツは知っていた。



「それで? どうやって中に入るつもりなの?」

「そうだな……」


 ラッツは少し考えてから口を開いた。



「――正面突破だな」

「はぁ!?」


 あまりに予想外な言葉に、ミカは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。



「いや、いくらなんでもそれは無謀すぎるでしょ!」

「そうか?」

「当たり前じゃない! 相手は貴方と同じ、人殺しのエリートなのよ!?」

「――こっちにだって、ソウル煙草がある」


 ラッツの言葉に、思わず言葉を失う。


 たしかに彼の言うように、この作戦を成功させる鍵は間違いなくソウル煙草だろう。その効果は絶大であり、使用すれば身体能力を劇的に増強させることができる。しかし、同時にデメリットも存在する。



「幸いというか、今いる人数分ぐらいの用意はある。使わずに死にたい奴がいるっつーなら、オススメはしないがな」


 彼はそう言って腰元にあるポーチの蓋を開ける。そこには虹色に光る筒状のものが、ぎゅうぎゅうに詰められていた。



「僕は有難く、使わせてもらうよ」


 反体制派のリーダーである青年、イーサンがそう言うと、他の仲間たちも同様に頷いた。それを見たミカは小さくため息をつくと、諦めた様子で言った。



「……仕方ないわね。私も協力するわよ」

「いや。お前には渡さない」

「――は?」


 てっきり彼女も貰えると思っていたのだろうが、ラッツから返ってきた答えは否定だった。


 一瞬何を言われたのか理解できず、固まってしまう。だがすぐ我に返ると、食ってかかる勢いでラッツに詰め寄った。



「どういうこと!? 私だけけ者にするつもり!?」

「違うっての。むしろ逆だよ」


 ラッツは今にも噛みついてきそうな彼女を手で制すと、さとすように言った。



「ソウル煙草を使うと、たしかに一定時間は肉体や感覚の強化ができる。だが、そのあとに反動で動けなくなることがある。だからお前はここで待機。そして『ソウルドライヴ』のデータを無事に持ち帰ってくれ」


 その言葉に、ミカは再び言葉を詰まらせた。



(あぁ、そういうこと……)


 彼女もおそらくはラッツの嘘を察したのだろう。彼の言い分は間違っていないし、筋が通っている。けれど、本当の理由はきっと別にあるのだ。



「分かったわよ。でもちゃんと約束は守りなさいよね?」


 彼女は自身の首元に掛けたドッグタグをラッツに見せつけながら、呆れたように微笑んだ。

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