第31話 別れの時と紙一重

地球にたいしての最終確認と、

培養した地球に適した体に、問題がないか、

すべての項目の確認が終わり、ついに、

BNで、ジッタを移動させる日が来た、

つまり、地球に戻る日だ。

いよいよリアム達が、地球の大地へ降り立つ

時が、刻一刻と近づいてきた。

それは同時に、悲しいし寂しいけれど、

いよいよリアム達との別れの時が、

刻一刻と近づいてきた、ということだ。

みんなが培養した地球に適した体に、

ジッタを移す時、僕はジッタを移さないから

不審に思われてしまうのでは?

と心配していたら、

「宇宙船の出入口を入ったところに、BNが置いてあって、ここで培養した地球に適した体にジッタを移すと、すぐに眠たくなるし、念のために、スカイのダミーの体を用意しておいたから、大丈夫だよ」

サミュエルさんが言ったので、

僕は、それならよった……とホッとした。

アムズ内に、

「地球に適した体へ、ジッタを移します。ヒューマンレベル6の地球人は、中枢機関塔の裏にある広場、『レエニーリ』に集まって、AIヒューマンの指示に従ってください」

電子音声のアナウンスが流れた。

続々と、ヒューマンレベル6の人達が、

中枢機関塔の裏に集まってきて、

レエリーニの中へ入るための列に並んだ。

「ここに、並んで。ヒューマンレベルの確認をします」

AIヒューマンが誘導していた。

レエニーリには、船内が地下シェルターにあった運動広場になっている、ドーム型の

建物がいくつも設置されていた。

僕は、ぽぽぽの飛行タイプの宇宙船だと

分かっていたけど、

みんなは、ジッタを移すための建物、という認識だった。


広場の出入口に入るための列に並んだ。

「手首を見せて」

複数のAIヒューマンが、並んでいる人達の

ヒューマンレベルを順番に確認していた。

「ここに、ヒューマンレベルが6ではない人っているのかな? みんな判定日に、6になっていたよね?」

リアムが、素直に感じたことを言った。

「うん。ヒューマンレベルの判定日に確認が終わって、ヒューマンレベル6の人しかいないから、 あの確認は、完全に無駄だよ」

レオも、思ったことを素直に言った。

「地下シェルターに入る時もだけど、ヒューマンレベルの確認が、本当にしつこいよね。ごまかせる人なんて、いないと思うけど」

エドが苦笑いをした。

「そうだよね……ナノスタンプには小細工はできないと思う」

ステファンが、冷静に分析して言った。


みんなの話を聞いて、

僕は、確かに……と思った。

15年かけて、地球に戻るための体を準備

していたのに、もしこの確認でヒューマン

レベルが6ではなかった場合、

用意していたその人の体はどうするの?

堆肥ボックスへ入れる?

それはないか、再生化計画は、完了したし。

ん? なんか違和感がある。

アムズにいる人、全員がヒューマンレベル6になった、という認識に感じる……。

そう言えば、この瞬間まで、忘れていたと

いうか、気にしていなかったけど、

ヒューマンレベルの判定日の前日に、

「まだヒューマンレベル4だよ……」

悲しそうな表情をしていたアヌの顔が、

頭の中に現れた。

思い返せば、ヒューマンレベルの判定日以降アヌの姿を見ていない……どこへ行ったの

かな?

「考えない方がいいよ……」

サミュエルさんとルーカス室長の言葉が、

頭の中に響いてきた。

あの噂通り、

判定日に……消えてしまったの?

ヒューマンレベルが6にならなかった人も

いるよね?

だとしたら、どうなったのかな?

念のために、ヒューマンレベル6以外の人が紛れていないか、確認をしているの?

先ほどから頭の中にいる、アヌの体から

ジッタが抜けて、脱け殻になった体は、

その場に倒れて、消えてしまった。

僕は、怖くなってきた。

考えないようにしよう……まさに、そう、

これは、ミステリーだ。

「ミステリー」

僕は、心の中で、何度もつぶやいた。


「うわぁ」

「キャー!」

なぜか、列の先頭付近から、

悲鳴が聞こえてきた。

「何事?」

みんなか騒然とした。

近くにいたAIヒューマンに、

何があったのか尋ねると、

「なんのこと?」

人々の悲鳴には、気にもとめていない様子

だった。

「あそこで、何が行われているのかな……ただヒューマンレベルの確認を、するだけだよね?」

レオが困惑した表情をした。

「あ……分かったかも」

エドが言った。

「何?」

リアムが聞くと、

「ヒューマンレベルの確認をしているよね、あそこで。もしかしたら、レベルが6ではなくて、『そんな、バカな!……嘘でしょう!?』の悲鳴かも……」

エドが、青い顔をした。

「まさか……そんなことある? 判定日に、確定したと思ったけど……違ったの!? 地球に戻れないの?」

レオの顔も青ざめた。

「どうしよう……火星で畑作業をした日、少し、ほんの少しだよ……おさぼりしてしまった。ヒューマンレベルが、下がっていたら、どよう……」

リアムの顔から血の気が、さっと引いた。

「そこで、何をしているの? 早く、進んで」

列の整理を担当していたAIヒューマンが

言った。

いつの間にか、僕達の前に並んでいた人達がいなくなっていた。


僕達は、緊張と不安が入り交じった気持ちで

前に進み、

レエニーリの出入口で、立ち止まった。

「手首を出して」

AIヒューマンに言われたので、

僕達は恐る恐る、手首を見せた。

「ヒューマンレベル6確認。あなたは、『8番』と出入口の横に表示がある建物へ行ってください」

とみんな、同じことを言われた。

「よかったぁ」

「地球に戻れないのかと思って、一瞬、悲しい気持ちになった」

僕達は、心の底からホッとした。

「8番」の建物、宇宙船がどこにあるのか、

AIヒューマンに聞こうとしたら、

僕達の足元に、人の足首が一組現れた。

「ギャア!」

リアムが悲鳴をあげた。

「え? お、おばけ!?」

僕達が騒いでいると、

「早く進んで。後ろがつかえている」

AIヒューマンが言った。

「あ、あれは……何!?」

レオが聞くと、

「あれは、出現させた道しるべ。ついて行けばいい。手首を見せて」

AIヒューマンは、僕達の後ろに並んでいた

人のヒューマンレベルの確認を始めた。

「なんだ、出現させたやつだったのか」

僕達は、安心した。

「よく見たら、透け感があるね」

リアムが言うと、

「本当だね。出現させたものなら、まえもって、そう言って欲しいよね。無駄に怖い思いをさせられた」

少し離れたところにいたAIヒューマンに

向かって、レオが言った。

「うん。道案内をしてくれるなら、足首ではなくて、矢印でいいよね?」

エドが言うと、

リアムとレオが、何度も頭を縦に振った。

「そうだね。みんなが叫んでいた理由が分かったね」

ステファンが言った。

僕達は、少し文句を言いつつ、

足首について行った。


しばらく進むと、足首が立ち止まり、

その場で何度かジャンプをしたあと、

消えてしまった。

足首が立ち止まった近くには、

「8番」と表示されている建物があった。

建物の形に沿って、列ができていたので、

僕達は、最後尾に並んだ。


この中に入ったら、いよいよ……本当に、

本当にお別れか……。

目に涙が込み上げてきた。

みんなに涙を見せないようにしようと、

必死で、もう最後だというのに、

まともに顔を見ることができなかった。


「久しぶりの地球人の体だね」

リアムが嬉しそうに言うと、

「時差ボケならぬ、『重力ボケ』をしちゃうかも!」

「確かに! 地球とここでは重力が違うから、重たく感じるかな、体? これは、重力ボケになること、間違いなし」

レオもエドも、楽しそうに言った。

「重力ボケ、すぐに治るかな?」

「待って! それだけではなくて、『体ボケ』もするのでは?」

エドが言うと、

「わぁ、本当だね! 体ボケもすること、間違いなし」

「肺呼吸、うまくできるかな?」

リアムとレオが言った。

ワイワイ話ながら、いつものように

ふざけ合っている3人を、

僕とステファンも、いつものように、

3歩下がって見ていた。


みんなに、「ありがとう」や「大好きだよ」と伝えることなく、別れるのは、嫌だな……でも……「地球には戻らない」と打ち明ける

こともできない。

でも、愛おしい、大切な僕のかけがえのない仲間……。


もう、たまらなくなって、

「リアム、大好きだよ。色々あったけど、乗り越えられたのは、リアムのおかげだよ。ありがとう」

僕は力いっぱい、抱きしめた。

「あ、ありがとう……どういたしまして?

突然、何? またスカイが変だよ? 別れの挨拶みたい…… 」

リアムが言ったので、

「ち、違うよ。えっと、だから……そう!

このアムズの不老不死の体のリアムに、お別れを言おうと思って」

どうにかごまかした。

我ながら、いい思いつきだと、

自画自賛してしまった。

「あ、なるほど!」

と言ってリアムも、

「本当に、『あの日』以来、色々あったよね。土星にも行ったし、木星のプールでの水泳大会は大変だったけど、カフェやスタンプラリーは、楽しかったね。アムズのスカイ、ありがとう! 大好きだよ」

僕のことを、抱きしめてくれた。

僕は、この流れで、

レオ、エド、ステファンにも、「ありがとう、大好きだよ」と伝えて、抱きしめた。


別れの挨拶が終わった時、ちょうど僕達の

番が来た。

滝のような涙が、目から出そうだったので、

「ほら、僕達の番だよ。早く入ろう!」

僕は元気よく言って、

リアム達の背中を押した。

すると、

「許可します」

建物の出入口の手前に設置されていた

アーチを通過するたびに、電子音声が

聞こえたので、

「もしかして、また確認されたのかな?」

「間違いないね、ヒューマンレベルの確認だよ。あの文言は」

リアム達は、本当にしつこいね、と笑って

いたけど、僕は、涙が出そうになるのを

必死に堪えていたので、みんなのうしろの

方で、

「そうだね」

静かに言った。


「8番」の建物、宇宙船の扉のない出入口を

くぐって中へ入ると、

「中に、識別番号が記載された帽子型の機器をかぶせた、培養した地球に適した体があるので探して、見つけたら自分の識別番号と顔が合っているかを確認して、間違いでなければ、BNとつながっている線をいつも通り首のうしろに差し込んで、右側に寝転んでください。その瞬間、ジッタが移動します。今までの体と違って、肺呼吸になります。ジッタに肺呼吸をすることを教えて慣れてもらうのに、安静にする必要があるので、地球に到着するまで、眠っていただきます」

ジッタを移す係をしていたスピキュールが

言った。

僕達は、自分の体を探した。

「空っぽのリアム、見つけた!」

レオが言った。

「どこどこ?」

レオがこっちだよ、と手を振った。

「これが、地球人の僕か……久しぶり」

リアムが、横たわっている自分の体に

話しかけた。

「エドも見つけた!」

「スカイ、ここにあるよ。僕の隣」

ステファンが、

僕のダミーの体を見つけてくれた。

比較的、近い場所に僕達、五人の体は

置かれていた。

地球人の体は、頭部以外はエメラルド

グリーン色の布に包まれていた。

コンコン。

「あれ? 布だと思ったら、すごく硬い」

リアムが、拳を作って地球人の体の自分を

たたいた。

「本当だね。布にくるまれているとおもったら、カプセルに入っているみたいだね」

僕達が話していると、

「早く、右側に寝転んで、線をさして」

室内にいたAIヒューマンに注意を受けて

しまった。

「どうして、硬いもので包んでいるの?」

レオが聞くと、

「裸だから、気まづいでしょう? 配慮した」

AIヒューマンが言った。

「え?」

僕たちは一瞬、裸だとなぜ気まずいの?

と思ったけど、すぐに気がついた。

「確かに! アムズでは男女ともに同じ体の構造で、洋服売場のマネキンのようだったから、忘れていたね」

「うん、忘れていた。体を移す時、いつも新しい体は裸だったけど、気にならなかったものね。でも、地球人の体は男女で違う体の構造だからね」

僕達がまた、話に夢中になっていると、

「早く、寝転んで、首の後ろにさしなさい」

また、AIヒューマンに注意を受けた。


僕達はそれぞれ、自分の地球に適した体の

右側に座って、BNとつながっている線を

首のうしろにある挿し込み口にさして、

みんなで顔を見合わせて、

「またのちほど、地球で会いましょう」

声をかけあったあと、寝転んだ。

その瞬間、みんなのジッタだけが、地球に

適した体に移動して、寝息が聞こえてきた。


僕の目からついに、堪えていた涙が、

こぼれ落ちてきた。

4台のAIキュープがやって来て、

ジッタが移動して空っぽになった、みんなの

アムズ用の体を、一体ずつアームでつかんで

浮上した。

寝転んだままの僕の目の前を、

リアム、レオ、エド、ステファンの脱け殻が

通過して行った。

僕は、ひとりずつに、

「元気でね、大好きだよ」

とつぶやいた。

みんなの脱け殻を見送った僕は、

ゆっくりと起きて、立ち上がった。

地球人の体に戻ったみんなに、

「さようなら、元気でね。大好きだよ」

と言いながら、抱きしめて、

建物の外へ向かった。



涙が、次から次へと流れてきて、

止まらなかった。

僕は、人目につかないところで、リアム達が地球へ旅立つのを見送ろうと思ったので、

みんなが、中へはいるために並んでいない

方向へ行こうと、歩き始めた。

「スカイ」

声をかけられて、振り向くと、

サムさんがいた。

僕は列に並んでいるサムさんのそばへ

行った。

僕の様子を見て、

「レオはもう、行ったのね」

と言ったので、

僕はうなずいた。

「姉さんの娘のエルザを、頼むわね。エルザの体についての研究はまだ途中なのに、地球に戻る決断をして、ごめんなさい」

サムさんが、申し訳なさそうに言った。

「エルザのことは、心配しないでください。時間がかかっても、必ず、『代わりの何か』を、突き止めて取り除きます」

僕が言うと、

「スカイになら、安心して任せられるわね。ありがとう」

僕とサムさんは、抱きしめ合った。

「そろそろ、みたい」

サムさんが、「8番」の建物の出入口を

向いて言った。

「エルザをよろしくお願いします! 元気でね、行ってきます!」

サムさんは、涙を流しながら、

笑顔で出入口をくぐって行った。

「気をつけて、行ってらっしゃい! レオと楽しく暮らしてね、見守っています!」

サムさんの姿が見えなくなっても、

僕は列から少し離れた場所で、

しばらく手を振り続けた。


「スカイ」

また声をかけられて振り向くと、今度は、

サミュエルさんとルーカス室長だった。

「宇宙船に乗る前に、スカイに伝えたいことがいくつかあって」

「エルザのことですか?」

「もちろん、それか一番だけど、言わせて欲しいセリフもあって。聞いてくれる?」

サミュエルさんが言ったので、

「もちろん、いいですよ。なんですか?」

と僕は答えた。

「娘のこと、末長くよろしく頼むよ。スカイがそばにいてくれれば、エルザは幸せだから。それと……いつか定住したい天体がスカイにも見つかるだろうね。その時、後継者と一緒に過ごしたい人が現れる。それは、偶然ではなく、必然だよ」

サミュエルさんは、

満面の笑みを浮かべて言った。


以前なら、エルザが僕のことを好きだとか

いう類いの話になると、あたふたして

しまっていたけど、お互いの気持ちを確かめ

合っていたので、僕は堂々としていた。

「一緒に過ごしたい人は、もういるので、その日を、エルザと楽しみに待ちますね」

僕は、笑顔で答えた。


サミュエルさんが、僕に近づいて来て、

耳元でひそひそと話を始めた。

「内緒だよ。実は以前、スカイや複数の人が、体内だけ老化してしまったという出来事があったでしょ? あれには、表向きの話と裏向きの話があって……」

その内容は、以前、僕や複数の人達が、

体の中だけが老化してしまった出来事に

関しての話だった。


三日月ベンチや三角ベンチのチューブでの

移動で、体が分解されて、復元した時に、

「老化スイッチ」が入るという誤作動が

起きて、内蔵だけ老化してしまうから、

チューブでの移動は廃止して、

コロニートンネルでの移動方法に変えた。

これは、みんなに余計な心配や不安を与えないように、パニックを起こさないようにと、配慮された表向きの話で、

実は、生体培養室に所属していた、

ルテティアの仕業だった。


ルテティアには、地球にいた時に結婚した夫ヒューマンボウルの体のセルゲイがいた。

セルゲイのレベルが5になって、

生体ヒューマンの体になれたら、

子供を授かりたいと考えていた。

でも、待てども暮らせども、

決められた人数の上限から、

生体ヒューマンの人数は減らなかった。

やっと人数が減った! と思っても、

生体ヒューマンの人が、子供を培養して、

減った生体ヒューマンの人数は、

すぐに上限いっぱいに戻ってしまった。


そこで、ルテティアは、考えた。

生体ヒューマンの数を、意図的に減らそうと……。


ルテティアは、培養している間に、

あからさまな細工をすると、

メティに生えている、部分AIロボットの

ヴイに気づかれてしまうリスクがあるし、

自分が担当している、していた体の培養が

上手くいかないことを不信に思われるかも

しれないし、

完成した時の検査で引っかかって、培養した

自分が犯人だと、すぐに明らかになって

しまう恐れがあるから、時間はかかるけど、

チューブでの移動を利用して、体の内側

だけを老化させることを思いついた。

具体的な方法は、

チューブで移動する時に、体が

ナノサイズに分解されて、復元をした時に、

老化を止める遺伝子の電源ボタンのような

部分に、誤作動が起きるように、

メティの果実に老化を止める遺伝子の

止める力を弱める効果がある薬を作って、

ヴイには、完全に機能が停止する時間がある

ので、この間に、他の人の目を盗んで、

薬を果実に注入していた。

でも、完全に老化を止める力をなくして

培養したわけではなかったので、僕のように

症状が出た人と、リアム達のように何事も

なく元気な人がいた、ということだった。


さらに他にも、医務室へ侵入して、

治療中の生体ヒューマンの人の体に、老化を

止める遺伝子を攻撃する薬剤を注射器で

注入したり、特別管理空間に保存されている

生体ヒューマンのオリジナルのジッタを

取り出して消去をしようと思ったけど、

ジッタの出し入れをするためには、シクを

通さないとできないので、

生体ヒューマンの人が、生体培養室に来て、

ジッタを取り出す時に、便乗して、他の人の

ジッタも取り出して、ただ単に消去するだけ

では、すぐに事が露呈するので、少しでも

発覚を遅らせるために、ジッタのコピーを

作ってから、オリジナルのジッタを

消去したり、

檻と中身を交換して混乱を招かせたり、

ジッタを保存する時に、

BNの上部に出現したジッタが、

BNの画面に吸い込まれる寸前に手に取って

手際よく誰にも気づかれないようにコピーを

作って、それをBNの画面に吸い込ませて

いたそうだ。


このような行動に至った背景は、

理解できない訳ではないけど、

理由はともあれ、人の生命を危険にさらした

ルテティアの罪は、とても重かった。

だから本来なら、「あの権利の強制行使」と

いう処分が下るはずだったけど、

ルテティアの境遇が一部、自分と重なって、

不憫に思ってしまい、アムズのルールを

いくつも破った自分に、人を裁く権利がある

のか? 疑問を抱いたサミュエルさんは、

次に重い、「アムズからの永久追放」という

処分を下した。

そして、残されたセルゲイは、ルテティアが

小型の宇宙船に乗って、

アムズから追放されるのを見送ってから、

あの権利を、自らの意思で行使した。

これが、パニックや不安を与えないために

伏せられた裏側の話、

あの出来事の真実だった。


サミュエルさんは、僕から少し離れて、

「いくらヒューマンレベルが高くても、善と悪は、紙一重な部分かあると思う。だから、用心することや警戒することを忘れないで」

心配そうな表情で言った。

「そうかもしれませんね……忘れません」

僕が言うと、サミュエルさんは、安心した

表情をして、うなずいた。


あの出来事に、あんな事情があったなんて、

僕は想像もしていなかったので、

とても驚いた。


突然、サミュエルさんが、

「両方の手のひらを出して」

と言ったので、

僕が両方の手のひらを出すと、

胸ポケットから、小さな物を取り出して、

僕の手のひらに置いて、

指でつまんで、引き伸ばし始めた。

小さな物は、僕の両手から、はみ出るくらいの大きさの宝箱のような形になった。

「うわぁ」

突然、目が現れたので、

驚いて叫んでしまった。

「な、何ですか、これ? もしかして、シクですか?」

僕が聞くと、

「そう。これはね……シクがついたパンドラの箱だよ」

サミュエルさんは、周りを見渡してから、

僕の耳元でこっそり言った。

「え? パンドラ? 開けてはいけない箱、ということですか?」

「そうそう。いつか、エルザの体の『代わりの何か』を取り除けて、スカイとエルザが地球でもいいし、どこか定住したいと思った天体に出会ったら、開けてみて」

サミュエルさんが言ったので、

「それまでは、開けては駄目ですか? 中身がすごく気になります」

僕が開けるしぐさをすると、

「うわぁ。シク、怖いよ」

箱の全面にシクが現れて、すべての瞳が

いっせいに僕を見つめてきた。

「シクは、見張りだよ。それは、中にいるシクの映像だから、出られないのだけど」

サミュエルさんが言ったので、

「見張りですか? でも、出られないのなら、目を閉じればシクは見えないので、開けられますよ」

僕が言うと、

「駄目だよ!」

サミュエルさんが、慌てて箱を、

僕から奪った。

「言われた条件が揃うまで、絶対に開けないので、中身を教えてください」

何度かお願いをすると、

「仕方ない……僕が地球に行ってから、すぐに開けられても困るから、教えてあげるよ。中身は、『極秘移住計画』に欠かせない必需品のBNとシクつきの保存庫、僕、ルーカス、リアム、レオ、エド、ステファン、エマ、リリア、サムのジッタとDNA情報と細胞、培養セット一式とエリザの遺骨の半分だよ」

サミュエルさんが言った。

「え? どういうことですか? 意味が……」

僕が困惑していると、

「だから……最高司令官を引き継いでくれたお礼、僕からのスカイへの贈り物。その箱は、超高性能な冷凍庫だよ。スカイが条件を揃える遥か前に、地球人の僕達は寿命が短いから、確実に死んでいる。だから、これを使って生き返らせて欲しい。エルザに父親だって名乗りたいし、せっかくだから、みんなで暮らしたいと思って。どう? すごくいい考えだと、思わない?」

サミュエルさんが、満面の笑みで言った。

「あ、なるほど……そういう意味ですか。いつの間にリアム達の分も……ちょっと待ってください……この中に保存してあるジッタは、オリジナルとコピーどちらですか? 」

僕が聞くと、

「気になるの?」

サミュエルさんが、不思議そうに僕を

見つめてきた。

「気になりますよ、どちらですか? 教えてください。箱を開けますよ?」

僕が言うと、

「しかたない、そんなに気になっているのなら、教えてあげよう。もちろん、オリジナルだよ。今の僕とルーカス、リアム達のジッタは、コピーだよ。誰も気づいていないと思うけど」

サミュエルさんが、ニヤリとした。

「コピーだったのですか……」


先ほど、涙、涙で僕がお別れしたのは、

コピーのジッタのリアム達だったのか……

と思うと、コピーの元はリアムだから、

リアムはリアムに変わりはないのだけど、

コピーだったのか……と思うと、

なんだか偽物感があって、

複雑な気持ちになった。

いつの間に、培養をするのに必要な材料を

集めていたのか、と驚きもあったけど、

リアム達とまた一緒に過ごせるのは、

すごく嬉しいと僕は思った。

サミュエルさんの思考、考えに理解が追い

つかないというか、その発想はなかったな、

この人はすごいな、と素直に思った。


「そういうことだから、条件が揃うまでは、絶対に、絶対に、開けては駄目だからね。分かった?」

サミュエルさんが、僕をじっと見つめた。

「はい、絶対に開けません!」

僕は力強く宣言した。

「うん、よかった。これで、安心だ。、さぁルーカス、そろそろ行こうか」

サミュエルさんが言うと、

「サミュエルって考えが、ぶっ飛んでいるだろ?」

ルーカス室長が、笑いながら言った。

それを聞いたサミュエルさんが、

「条件が揃っても、ルーカスは培養しなくていいからね」

と言うと、

「それは酷いな、信じられない……俺のオリジナルのジッタは、どうするつもりだよ」

ルーカス室長が言った。


ふたりがふざけ合っているのを見ていると、

雰囲気が僕達に似ている、そう感じて、

涙が込み上げてきた。


「安心してください。ルーカス室長も、必ず培養します」

僕が言うと、

「さすが、スカイ。どこかの意地悪なやつとは違うね。あはは」

ルーカス室長が笑うと、

「それって、誰のことだろう? あはは」

サミュエルさんも笑った。

「スカイさん、地球へ戻る最後の人、スピキュールも中へ入って、出入口の施錠も確認しました」

アストロングが、報告をしてくれた。

「うん、分かった」

僕は、うなずいた。

「サミュエルさん、ルーカス、地球へ行っても、お元気で。長生きしてくださいよ」

涙を流しながら、アストロングが言った。

「もちろん、ルーカスと一緒に長生きするよ。世話になったね、これからは、スカイのことを頼むよ。君も元気でね」

サミュエルさんが、

アストロングを抱きしめた。

「元気でね」

ルーカス室長も、

アストロングを抱きしめた。

別れの挨拶が終わると、アストロングは、

アムズの本体にある、指令室へ向かった。

「そうだ、サミュエルさんに聞きたいことがあったのですが」

僕が言うと、

「なに?」


「地球へ向けて、出発準備に入ります。係の者は、配置についてください」


アムズの中に、電子音声が響いた。

「そろそろ、行かないと」

サミュエルさんが慌てた様子で言った。

「機械の体を作ったのは、どうしてですか?

もしかして、ヒューマンレベルを高めるために、生体ヒューマンに、レベルを5にしたい、という目標にするためですか? 」

僕は、早口で言った。

「……どうして分かったの? さすが、僕が見込んだ人だね、その通りだよ。ご褒美があると頑張ろうって思えるでしょう?」

サミュエルさんが、ニコッとした。


「別の、本当の理由を伝えた方がいいのでは……」

「引き継いだ人が、地球人でなければ伝えたけど、スカイは地球人だ。裏側の事情は、話せないよ。酷だと思う」

「そうだとしても、最高司令官になったわけだし、伝えておいたほうがいいと思う。スカイが知れば、何か変わるかもしれない」

「でもそれは、地球人の問題で、アムズは関係ないよ」

「地球に着く頃には僕達も忘れてしまうから、どうして『地球』にしかない条件があるのか、永遠に理由が分からなくなるよ」

「そうだけど……スカイが最高司令官の間にもし、4回目の地球再生化計画が行われたら、その時に、何かを感じるだろう。地球人は賢いから」


ルーカス室長とサミュエルさんが、

暗い表情をして何かを話していたので、

「どうかしましたか?」

僕が聞くと、

「なんでもないよ。長くアムズにいたから、いざ離れるとなると……名残惜しいというか、寂しさがね」

ルーカス室長が、慌てた様子で言った。

「サミュエルさん、ルーカス、宇宙船に乗ってください。スカイさん、至急、指令室へ来てください」

アムズ内に、アストロングの声が響いた。

「アストロングのやつ、指令室のカメラで、僕達を監視しているみたいだ。もう行かないと」

サミュエルさんが、ニコッとした。


僕とサミュエルさん、ルーカス室長、

3人で抱きしめ合った。

「ありがとう、元気でね。また会う日まで、さようなら」

ふたりが、みんなとは別の宇宙船の中に

入るのを見送って、

宇宙船の扉に、外側から鍵をかけた。


僕は、サミュエルさんに貰った物を、

自分の部屋の中に出現させていた、棚の何も入っていない引き戸の中に入れてから、

指令室へ向かった。


指令室は、中枢機関塔の一番上にある僕の

部屋のひとつ下のフロアにあって、

僕の部屋から指令室へ往き来できる、

らせん階段があった。


指令室の扉の前に立つと、自動で左右に扉が開いた。

「あそこの壁のリイフェネストロに、みんなが映っていますよ」

僕に気づいたアストロングが教えてくれた。

指令室には、地球環境モニター室にあった

リイフェネストロよりも

大きなリイフェネストロがあって、たくさん

のヴィディが収蔵されていた。

リアム達が乗り込んだ宇宙船の船内、

サミュエルさんとルーカス室長、エリザさん

の遺骨を乗せた宇宙船の船内の他にも、

数百? 数千? とにかく数えきれないくらい

宇宙船があるようだった。

みんな、ぐっすり眠っていた。

学校や地下シェルター、アムズでみんなで

過ごした日々が、よみがえってきた。

感傷に浸っていると、あることに気づいた。

地球に適した体は、頭部以外をエメラルド

グリーン色の布で覆われていたのに、

いつの間にか、

民族衣装のような装いになっていた。

近くにいたグルーオンに、

「服装がみんなバラバラだけど、どうして?」

と聞くと、

「それぞれの配置先で、服装が異なります。サミュエルさん達は、日本だった場所なので、『縄文人スタイル』にしてあります」

と言った。

「なるほど。なんだか、古代のファションショーを見ているみたいで、おもしろいな」

たくさんのヴィディに映っている人々の、

個性豊かなデザインの服装を眺めていたら、

「スカイさん、準備、完了しました」

アストロングが言ったので、

僕は、うなずいた。

コントロールパネルの前に移動して、

「みんなを、2万年ぶりの地球へ連れて行こう!」

僕は、みんなが乗っている宇宙船の

発射ボタンを押した。


サミュエルさん、ルーカス室長、

エリザさんの遺骨を、サミュエルさんの

指示通り、エリザさんが暮らしていた町が

あった場所へ運んだ。

リアム、レオ、エド、ステファン、エマ、

リリアさん、サムさんは、

僕の家があった場所に運んだ。

リアム達が、思い描いていた地球へ戻った

あとの暮らしとは、もしかしたら違う、

原始的な暮らし、縄文時代のような雰囲気

からのスタートだけど、大丈夫かな?

少し心配にもなったけど、みんなならきっと

楽しくやっていくだろうな、と僕は思った。

その中に、その場に、自分がいないのが、

悲しいけど……涙がでてきた。

「スカイさん、地球に到着した宇宙船の中にいた人々を、所定の配置にAIキュープで運び終えました」

グルーオンが声をかけてきたので、

僕は急いで、涙を袖で拭いた。

「分かった。設備の撤去はどう?」

と聞くと、

「月と火星は8割がた終わって、土星の環リンクと海王星のダイヤモンド狩り広場、木星の流れるプール、天王星のジェットコースターは、これから撤去作業に入ります。ラーヴィドチャム置き場の確認もこれからです」

と言った。

「そうか、分かったよ」

まだ出発までには時間がありそうだから、

本当は経過観察の時に、ついでにやろうと

思っていた「あるミッション」を、

みんなの眠り薬が切れて、目が覚める前に、実行することにした。


僕はこっそり、指令室を抜け出して、倉庫

から縮小されていたAIキュープ数台と、

プログラムを自由に設定することができる

機器を持ち出して、自分の部屋へ行った。

AIキュープを大きくして、機器を使って、

プログラムを施して、事前に用意した物を

持たせて、部屋の天井にあった6角形の窓を

開けて、数台、地球に向けて飛ばした。

それらはのちに、誰かが発見したら、

「この素材は、何でできているのか分からないけど、高度な技術で作られているのは、確かだ……なのになぜ、2万年前や3万年前の地層から出てきての?」

「一体、誰が、どうやって作ったの!?」

オーパーツになるような物を、イタズラで、

リアム達が住む場所の近くにあった山に、

ヒント付きで木を植えて、その下に、

AIキュープに2種類のものを埋めてきて

もらった。


何を埋めたのかというと、

ひとつは『地図』で、

これを数万年後の人類が見つけたら、

南極大陸が2つに分かれて描いてあるけど、地球上の氷がすべて解けて海面が上昇しないとこの状態にはならないし、

上空や宇宙空間から見ないと描けない陸地をなぜ昔の人々が知っていたのか? と僕が

地球上にいた時にオーパーツが掲載されて

いる本を読んで驚いた時のように、

どうしてだろう? 不思議だな……と思って欲しくて、

ステファンが地球環境モニター室で描いて

いた地球の地図を数枚、拝借した。

もうひとつは、

土星の環リンクと木星の流れるプールに

行った時に貰った、リサのぬいぐるみを

3体ずつ、本物のリサ達と同じ素材で製作

してもらった物を、6体。

もちろん動かない、ただのハリボテだけど。

本物のリサのぬいぐるみは、

リアム達が貰った分も一緒に、土星のリサの

ぬいぐるみの手に写真を1枚ずつ持たせて、

僕の部屋に出現させた、飾り棚にずらりと

15体、並べて飾っている。


ヒントはどんなものかと言うと、

木がある場所へたどり着けるように、

それぞれ別の模様を彫った石碑を5つ、

等間隔で、一直線になるように配置した。

模様は5つ合わせると、

幹にイイイイスターの模様がある、

僕オリジナルの「リンゴの木」の絵になる

ようになっている。

リンゴの木は、この山の、人が侵入しにくい

場所に植えた。

植物管理室で、何種類かの木を遺伝子操作を

して組み合わせて、赤色、黄緑色、薄い赤色

黄色、オレンジ色、5色のリンゴの果実が

実る、厳しい自然環境でも枯れたりしない、

丈夫なリンゴの木を作った。

しかも、見た目はリンゴの実に見えるけど、

味は、薄い赤色の実は、正真正銘のリンゴで

他は違う。

赤色はイチゴの味、黄緑色は枝豆の味、

黄色はバナナの味、オレンジ色は、

グレープフルーツの味になっている。

誰が、いつ発見してくれるかな?

一番初めに見つける人が、リアム達だと、

すごく嬉しいな。



ミッションを達成したAIキュープが、

天井の窓から次々に入って来た。

AIキュープを縮小して、

倉庫に機器とAIキュープを戻してから、

こっそり、指令室の中へ入った。



○次回の予告○

『ブラックホールからの救出作戦』














































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