第26話 サミュエルは住みたいから、譲りたい

地球に戻るのか、戻らないのか、

考えるのを忘れていた、そんなある日、

サミュエルさんから、テレパが入って、

どうするのか考えるのを忘れていたことを、思いだした。

部屋に来て欲しい、と言われたので、

ルーカス室長に伝えて、

またこっそり、中枢機関塔の一番上の階に

あるサミュエルさんの部屋に向かった。



エンヴィルを出て、部屋の扉をたたくと、

「どうぞ」

サミュエルさんの声がした。

「失礼します」

中へ入ると、

「忙しいところ悪いね。そろそろ答えを聞かせて欲しいと思って」

サミュエルさんが言った。

僕は、考えるのを忘れていたので、

急いで戻るか、戻らないかを考えた。


「座って。この前と同じ飲み物でいい?」

僕は、うなずいて、ソファーに座った。

すぐに、ローテーブルの上に、

牛乳で割った抹茶が、出現した。

「それで……どうすることにするか、決めた?」

「それが……忙しくて、考えるのをすっかり忘れていて……でも、どちらかと言うと、『戻らない』気持ちの方が大きいです。だけど、リアムが戻ると決めていて、悩んでいます」

僕は、苦笑いをしながら言った。

「戻りたい理由はリアムで、戻りたくない理由は?」

「それは……簡単に言うと、家族がいないから……ですかね。もし、2人の亡骸を見てしまったら? 自分だけが生き延びて、温かいご飯を食べて安全な場所で眠っている、という罪悪感に押し潰されそうになることが、ここにいる時よりも多くなりそうで正直、怖くて。臆病ですけど、ここにいる方が、気持ちは楽かなって」

僕が、うつむきかげんで言うと、

「スカイもまだ、覚えているのか……僕と一緒だ。普通、亡くなった人のことや避難所の外に置いてきた人のことは、記憶から一切なくなるのに、覚えている……そうなると、辛いね、分かるよ。でも、消したくない……」

サミュエルさんは、とても悲しそうな表情をした。

エリザさんのことを言っているのが、

分かるから、僕は、切なくなった。


亡くなった人や外に置いてきた人のことは、

忘れる……そうか、サミュエルさんの話から推測すると、

地下シェルターで過ごす最後の日、

ステファンが、お母さんのことを忘れて

しまったのは、僕と話をしている時に、

外においてきたお母さんのことが、

ステファンの記憶から消えた、もしくは、

お母さんが亡くなったから、だったのか。

どうしてだろう、と思っていた謎がひとつ、解けた。


「もしよかったら、記憶をBNで操作して、消去しようか?」

サミュエルさんに言われて、僕は一瞬、

そうしてもらおうかな、と思ってしまった

けど、普通は忘れてしまうことを、

覚えているということに、何か意味があるのでは? と思ったりもしたので、

消去したくないと思った。

「覚えてはいるけど、正直なところ、忘れている時間の方が長くて……思いだした時は、辛くなりますけど、消去はしたくありません。お気遣い、ありがとうございます」

「そうか……まぁ、そうだよね。現に僕も、いつでも消去できるのに、していないし。僕はともかく、ヒューマンレベルに6以上があったら、スカイはレベル7とか8クラスだね、きっと。他の人を想いやる気持ちを持っている人だ」

サミュエルさんが言った。

「買い被りすぎですよ」

「そんなこと、ないと思うけど? もし、戻らないと決めたら頼みたいことが、いくつかある」

サミュエルさんが、

僕の目を、じっと見つめてきた。

「な、なんですか!?」

見つめてくる大きな瞳が、エルザに似ていて

変に、ドキドキしてしまった。

「実は、この最高司令官の役職を、スカイに譲りたい。アムズのルールをいくつも破った僕に、アムズのトップでいる資格がないと思っていたら偶然、この役職を譲れそうな地球に戻るか迷っている人と愛する人の故郷の惑星の近くにいたんだ。ロアンダンの言う通りですごく悔しいけど、偶然ではなくて、必然的に感じる」

サミュエルさんは、ローテーブルに置いて

あった写真立ての中にいるエリザさんを

見つめた。

そして、

「エルザも一緒に行きたいけど、これから文明が起こる、発展途上の地球では、血液への衝動を抑える薬が作れないし、電気も器具もコンピューターもないから、『代わりの何か』を探ることもできない。だから、アムズにいた方がいい。そこで、2つ目のお願いは、エルザのことだよ。どうかな……荷が重いかな、やはり……」

サミュエルさんは、苦笑いをした。

「えっと、その……」

僕は、突然のお願いの内容に驚いて、

言葉につまった。

最高司令官の役職を譲るとか、

エルザを頼むと言われても……そもそも、

エルザの気持ちは、どうなのかな?

無理ですよ、そんな重責……と思ったけど、

地球に必ず戻りたい、というわけでもないし

サミュエルさんのエリザさんに対する想いを聞いてしまったし、

「偶然ではなくて、必然的」という言葉も

気になるし……すぐに返事をすることは、

できない、考える時間が欲しい、

と思った僕は、

「決めたら、テレパします」

と言って、部屋を出た。


地球再生化計画が、あと20年くらいで

完了する予定で、

6日後には、地球に戻る人が決まって、

地球に適した体の培養を始めるから、

返事は必ず、4日以内に、

とサミュエルさんに強く言われた。


エルザのことは、

本人の気持ちが分からないので、

一旦おいておいて、

4日間で、

地球に戻るのか、

戻らずに最高司令官の役職を引き継ぐのかを決めなくてはいけなくなった。



○次回の予告○

『火星の大規模農園でお米を作ろう』







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