第24話 2人の気持ちと「第3回 地球再生化計画」

サミュエルさんが、ココアを一口飲んだあと話を始めた。



――クロードロップの再生化のあと、

次は、どこへ行くのかな、と思って、

ガイドブルーのところへ行くと、

どこかをさしていた。

「どこに行くのか、分かる?」

指令室にいたランダに聞くと、

「ちょっと、待ってくださいね……コンルを確認します」

机の上にあった少し縦に細長い8角形の物を手に取った。

「コンルって何?」

僕が聞くと、

「これは、ガイドブルーが行くと決めている天体が載っているリストです。今から行くのは、天の川銀河にある太陽系のハビタブルゾーンにある、『地球』という惑星ですね」

コンルを見ながらランダが言った。

「え!? どこって?」

「えっと、天の川銀河のハビタ……」

「惑星の名前だよ、惑星の名前!」

僕は、取り乱して、

きつめに言ってしまった。

「惑星の名前は、地球ですけど……」

ランダが少し、驚いた様子で言った。

「ご、ごめんね。大きな声を出して……」

僕は、すぐに謝った。

「いえ……大丈夫ですけど、地球に何か?」

ランダに聞かれた僕は、

「何でもないよ」

とごまかした。

皮肉だな……。

最高司令官になって、初の任務が、

地球の手助けだなんて。

僕の心を傷つけた人がいる惑星を、破壊しに

行くのではなくて、それどころか、救いに

行く? なんてマヌケな話だろう。

地球が滅びようが、どうなろうと興味はない

けど、アムズの最高司令官という立場だし、

ガイドブルーが行けと、指図してくるし、

ガイドブルーの意思を無視はできないけど、

もしできたとして、どうしてやめるの?

と理由を聞かれて、

まさか、恋人に別れを告げられて……なんて

とても言えない。

どうせガイドブルーには、逆らえないし、

僕は仕方なく、私情を隠して、

地球再生化計画に、

着手するしかない……と思った。


「クロードロップの再生化計画に伴う設備の撤去が、終わりました。地球へ向けて、出発していいですか?」

ランダが言ったので、

「そうだね……行こう」

僕は、覚悟を決めた。

「了解しました。出発準備に入ります」

ランダは、機器の操作を始めた。

ランダの隣にいたバルジが、

「準備ができたので、ワープします」

と言った。

「ここから地球まで、どれくらいの距離があるの?」

ランダに聞くと、

「そうですね……」

機器を操作して、

「312パーセクくらいですね」と教えて

くれた。

「それって……どれくらいの距離なの?」

僕が、キョトンとすると、

「確か、1パーセクは、3.26光年なので……すいません、計算は苦手なので、自分で計算をしてください」

ランダが丸投げしてきた。

僕も計算は、苦手だよ……遠そうだ……

ということは、なんとなく感じるけど、

正直、距離感がまったくつかめなかった。

でも、僕は、

「そ、そうか」

分かったフリをした。


「到着しました」

機器のスピーカーから、電子音声が流れた。

「え? もう着いたの?」

驚いて、少し声が裏返った。

「アムズの最高速度は、なんと、光の速さの数百万倍で、一度行った場所は記憶されているので、この画面のメニューの『天体位置情報』を押して、行きたい天体を指定すると、ワープができるので、すぐに着きますよ」

ランダが言った。

「そう、ワープ……天体位置情報か、地球にあった住所録だね。ランダは、色々と詳しく知っているね」

僕が言うと、

「ただ、ここに長くいるだけですよ」

と言った。

「どれくらい?」

「そうですね……30万年くらいですかね。サミュエルさんも、ここにいれば、色々と分かってきますよ」

ランダが笑ったので、

「そうだね」

僕も笑った。


司令室の前方には、大きな窓があって、

そこから見えた地球は、相変わらず青と緑の色合いが美しい惑星で、ここから見ている

限りでは、手助けがいるようには、

まったく見えなかった。

地球に来るのは、久しぶりだな。

まさか、また来ることになるとは、

思っても見なかったよ……。



地球再生化計画はまず、

地球にいる人を避難させる場所の準備と、

ヒューマンレベル4以上と18歳未満の

人々の避難が終わったあと、

撤去作業を始めるスペースデブリ ( 宇宙空間を漂うゴミのことで、多くは、寿命を終えた人工衛星やロケットの部品など) の把握、

地球にいる、ある、すべての種類の植物、

動物、魚介類、昆虫類、鳥類、微生物、

などの生命体のDNA情報と細胞の採取と、

どんな姿かを残すために写真を撮ることから始まった。


そのあと少しから、人々への準備として、

地下のシェルターやアムズで、長い年月、

ひとつの目標の達成に向けて、

集団生活をするにあたり、

自分とその他の人、周りのことを

大切に想う気持ちが、とても大切だったので

ひとりひとりが、どれくらい、その気持ちを持っているのかを知る必要があった。

だから、世界中の国が集まる会議に潜入して

「ヒューマンナンバー制度」の導入を

提案して、採択をしてもらった。

これは、強制的な制度ではないので、

不参加を表明した国もあった。

公にはしていないけど、

「不参加」は、つまり、

アムズへの移住のチャンスを放棄する、

という意味になる。

だから、その国の一部の人の判断で、

全国民が、移住のチャンスを失うのは、

どうかな? と疑問を抱いた僕は、

アムズ内での話し合いの場で、

これに関してはとくに、

「アムズの呪い」のような、絶対的な規則がなかったから、制度に柔軟性が欲しいと

提案をして、国としては不参加でも、

個人で参加ができるようにしてもらった。


避難してもらう場所には、

月と火星が採用されて、

ここにアムズの中枢機関塔や医療塔、

図書塔に広場、浮遊コロニーに居住塔、

畑などを設置して、地球上に、

ヒューマンレベルを判定するために、

スーパー人工知能、「ミューロル」と、

監視や管理、教育や誘導をしてもらうために

AIヒューマンとAIキュープも配置した。


僕は時々、アムズの幹部たちと共に、

進捗状況の確認をしに、

秘密裏に、地球上に行っていた。

そんな日々の中、

ふと、エリザは元気かな?

幸せにしているだろうか?

気になっている自分に、気がついた。

心を傷つけられたけど、

「別れて欲しい」と言われるまでの日々は、

楽しくて幸せだったから……だからって、

僕にも一応、プライドがあるし、

エリザを探す、ということは、

一度もしなかった。


地球再生化計画の下準備が終わって、

アムズが、意図的に天変地異を起こす日、

僕とルーカスと複数の人達で、

最終確認をしに、地球上へ向かった。

この時、僕が担当になった区域に、偶然、

エリザの住んでいる国が含まれていた。

担当区域内の地下シェルターの外側、室内、

食料や薬、備品や保存庫の中身、

AI達の配置などの、最終チェックを終え、

アムズ帰ろうとした時、

ふと、僕が過ごした町を、

最後に見てみたくなった。


適当に町の中を、

「懐かしいな。知らせてないけど、このあとに起こることも知らないで、みんな、のんきだな。ヒューマンレベルは高めているかな? まぁ、僕には関係ないけど」

心の中で、他人事を言いながら、

心の赴くままに歩いていた。

そろそろ、3回目の地球の歴史が終わる

時間が近づいてきたから、アムズに戻ろうと

最寄りの地下シェルターへ向かおうと思った瞬間、

偶然、エリザの妹のサムに会った。

最初にすれ違った時は、気づかなかったけど

あれ?

サム……かな?

通りすぎてから思った瞬間、無意識に、

来た道を戻っていた。

サムも、もしかして? と思ったらしく、

こちらに向かって歩いて来ていた。


サムを見たら、聞きたくなった。

僕を捨てて、一緒になりたいと言った男と、

その子供と幸せに暮らしているのか?

もし、幸せだとしても、その日々は、

あと少しで終わるけどね……だからこそ、

どうしているのか、知りたくなった。


「サミュエルさん?」

「うん。もしかして……サム?」

お互いのことを、確認しあった。

「あの……」

サムが言いかけてやめたので、

「何?」

と聞くと、

何も答えてくれなかった。

時間もないし、知りたいことを聞いて、

さっさと地球を去ろうと思った。

「エリザは元気? 例の男とは、幸せに暮らしている?」

と聞くと、

「えっと、実は……あの、なんでもない」

サムが急に走り出したので、

「え? サム!」

僕は、とっさに追いかけてしまった。

「はぁ……はぁ……」

もう走れない……僕の体は、一時的に地球に適応しているだけだったから、

無理はできなかった。

サムは、足が速いな……見失ったから、

もういいや、と思っていたら、

「待って!」

人混みの中から、声がした。

「待って、サミュエルさん! 話があるの……実はね」

人混みの中からサムが、

僕の目の前に突如、現れた。

「話って?」

僕とサムは、歩道のはしに移動した。

「……ごめんなさい」

サムが突然、謝ってきた。

「何? 急に……」

と言うと、

うつむいたサムから、

ポタッ、ポタッ、と水滴が落ちてきた。

「サム、泣いているの? なんで?」

僕は、急にサムが涙を流しだしたので、

あたふたした。

「ごめんなさい」の言葉を繰り返すサムに、

「もしかして、エリザの代わりに謝っているの?」

と聞くと、

サムは、静かにうなずいた。

「エリザ本人ならまだしも、サムが謝るのは、変でしょう? それに、もう過去のことだし、平気だから、幸せにしているのか、聞いたのに」

僕が言うと、

「本当にもう、過去のことなの?」

サムが顔を上げた。

「そうだよ。だから、気にしないで」

「姉さんのこと、過去のことだとしても、憎いでしょう?」

とサムが聞くので、

「ずっと一緒にいようって約束をしたのに、突然、別れて欲しいと言われて、正直、なんて酷い人だろう、と思ったこともあったけど、自分の気持ちを、バッサリ切ることができなくて、会いたいな、恋しいなって……僕、バカだよね? 別れを告げられたのに」

自分の想いを話すと、

「サミュエルさんは、本当にいい人ね……傷つけたのに、ごめんなさい……そう思ってくれているなら、図々しいけど、お願いしたいことが、あるかもしれない」

サムが言った。

「サム、もういいよ。謝罪は受け取るから、お願いって何? 僕、急いでいるから、早く言って」

何回も、しつこく謝ってくるし、

泣くし、面倒くさくなってきた。


しかも今、ルーカスとテレパ中で、

「何しているの? 早く、戻ってきて」

と頭の中で、言われている最中だった。


「そうだったのね、ひきとめてごめんなさい。大丈夫、何もなかったわ」

サムが、足早に立ち去ろうとしたので、

「話が終わっていないよ。急いでいるけど、話を聞く時間くらいは、あるから」

僕は、サムの腕をつかんだ。

「なら……すぐそこだから、ついてきて欲しい場所がある……いい?」

とサムが言うので、

僕は、うなずいた。


どこへ行くのかな?

サムの後ろをついて行くと、

すぐに立ち止まったので、

「ここ?」

僕が聞くと、

「……ごめんなさい。姉さんが、あなたを傷つけたのは重々、承知しているけど、ごめんなさい……」

サムがまた、泣き出した。

「また? これでは僕が、泣かせているみたいだよ」

周りの視線が気になるので、

サムと歩道のはしへ移動して、

落ち着くのを待った。

しばらくして、

「ごめんなさい……」

サムがまた言った。

「だから、なんでサムが謝るの? なんだ?」

あまりにもサムがしつこいので、

イライラしてきた。

「それは……」

言いたいけど、言っていいのか……と迷って

いるように感じたので、

「サム、早く言ってよ!」

と言うと、

「実は、誤解があって……姉さんは……」

サムは、何かを決意したのか、

真っ直ぐ僕を、見つめた。

「実は、ふたりが別れた日から、ずっと悩んでいました。きっと今日、ここで会えたのは、神様の思し召し、そういうことだと思うから、打ち明けようと思います」

サムが、よく分からないことを言い出した。

「それで、結局、どういうこと?」

と聞くと、

「姉さんに例の男なんていません、最初から」

と言ったので、

「え? どういうこと?」

よけい意味が分からなくなった。

「姉さんは、サミュエルさんとの未来を夢見ていました。ずっと一緒にいたいと……でもある日、それが不可能なことだと分かって、悩んだ末、別れを切り出しました。だから、まだ……」

サムがまた泣き出した。

「まだって……まさか、まだ僕のことが、好きとか? 別れを切り出したくせに?」

冗談で言ったのに、

「はい」

とサムが言ったので、

「え!?」

僕は驚いて、叫んでしまった。


一緒にいると言いながら、

別の男のところへ行ったくせに、

まだ僕のことが好き?

ますます意味が、分からない。


「一体、どういうことなの?」

僕が聞くと、

「姉さんは……病気です。死に向かって日々、弱っていく自分の姿を見せるのも、看病をしてもらう負担もかけたくなくて、断腸の思いで『別れたい』、と言ったのです」

サムが、声を絞り出すようにして言った。

「え? 病気? なんの!?」

「かんです……見つかった時には、転移もしていて……」

泣きながらサムが言った。

「そんな……そうとは知らずに、僕は……」

ショックで、

放心状態になった。

「よかったら、会ってくれませんか? 今日が無理なら、別の日でもいいので。早めに……長く持って、あと1、2か月ほどらしいので……」

「会うよ、もちろん! すぐに行こう!」

僕は、悩む間もなく、即答した。

「本当に? 本当に会ってくれるの?」

「もちろん! 時間がないから、早く行こう。どこ?」

「この病院の7階の病室です」

僕は、サムの手を取って、走った。


病室の出入り口を入って、

サムに方向を確認しながら、

エレベーターの前に着くと、ちょうど、

エレベーターの扉が、開いたところだった。

それに乗って、7階へ昇った。


エレベーターを出ると、

すぐに7階のフロアの受付があって、

その近くにエリザの病室があった。

サムが、病室の扉をスライドさせて開けると

エリザが、ベッドに横になっている姿が

見えた。

「サム、忘れ物?」

エリザが、か細い声で力なく言った。

「姉さん……偶然、会って。それで、ごめんなさい……病気のこと、話しちゃった」

僕は、ゆっくりとサムの背後から出て、

姿を見せて、

「久しぶり、エリザ」

手を振って、挨拶をした。

「え? サミュ……なんで?」

エリザは布団を頭までかぶって、隠れた。

「帰って……お願い」

か細い声で言った。

僕とサムは、ゆっくりとエリザに近づいた。

「どうして、言ってくれなかったの? 言って欲しかったな……そばにいたかった」

僕が言うと、

エリザは、布団から顔を出して、

「負担をかけたくなかったし、私の苦しむ姿も見せたくなくて……死ぬのを待たれるのも嫌だった。だからこの際、恨まれてもいいから、どうにかして別れようと……あなたのことが大切だったから……」

目に涙を浮かべた。

「やっぱり、心の優しい人だ。おかしいなって、思っていたよ。急に新しい男ができて、しかも子供もって……でも、泣きながら別れて欲しい、と頼むから……僕は、別れを受け入れた。とても辛くて、心が苦しかった。だから正直、憎んだこともあったけど、好きって気持ちが断ち切れなくて……傷心の旅に出たよ。壮大なね」

僕が言うと、

「ごめんなさい……辛い思いをさせて、傷つけて、それなのに、図々しく、死ぬ前に会いたい、と思ってしまった」

エリザの目から、涙があふれてきた。

「もういいよ。過去のことは、忘れよう」

僕は、エリザを優しく抱きしめた。


その時また、

ルーカスからテレパが入った。

「サミュエル以外、もうとっくに戻っているよ。あと60分だから、早く戻って。何をしているの?」

「何をしているのかは、戻ってから話すよ。すぐに戻るから、もう少しだけ、待って」

時間がない……でも、

どう伝えればいいのか……僕は、悩んだ。


「サム、ここから役所って近い?」

「近いよ。この病院の裏の道路を渡ったらあるけど」

「そうか。それは、何よりだ」

僕が、ニコッとすると、

サムは、何が? という表情をした。

これから起こる惨劇から、逃げて欲しい!

と言ったところで、

惨劇って何?

となるだろうし……あ、そうだ!

僕は、いいことを思いついた。

「えっと……実は、役所の近くに僕の研究所があって、新薬の開発をしていて、ここには療養室があるから、よかったら、急だけど転院して、薬を試してみない?」

エリザとサムに、提案をしてみた。

「役所の近くに、研究所? 薬って……姉さんに効くの?」

サムが言った。

「絶対に効くよ。がん細胞を死滅させる薬で、治験も終わって、これから申請する段階だから、安心して。僕は、エリザの病気のことを知らなかったのに、がんの治療薬の研究をしていて、それが完成したとたんに、エリザと再会するなんて。これは運命、必然だよ」

僕が、ニコッとして言うと、

「姉さん……どうする? サミュエルさんの言う通り、こんな偶然……私も運命だと思う」

「そうなのかな……そんな都合のいいように考えて、いいのかな……私はあなたを傷つけたのに……会えただけで、もう十分……」

僕への引け目を感じているのが、伝わって

きたから、ここはひとつ、時間もないし、

押しきってみようと思った。

「僕は先に行って、薬と入院の準備をするから、サムはエリザを連れてきてくれる? いや、僕が運んだ方がいいね。転院の手続きをしてくるから、先に病院から出て、役所の方へ向かってくれる? すぐに追いつくよ」

僕は、エリザの目をしっかりと見つめて、

「それで、いいよね?」

と聞くと、

エリザは、僕の熱意に負けてくれて、

うなずいてくれた。

エリザの意思を確認したサムは、

「姉さん、車椅子に乗りましょう」

ベッドの横にたたんで置いてあった、

車椅子をひろげた。

「手続きが終わったら、すぐに行くからね!」

エリザの手をにぎって言うと、

「うん。サミュ……ありがとう」

エリザが、力なく笑った。


サムにエリザを任せて、

僕は、「転院の手続き」という名の、

記憶操作を、院内の医師や看護師の人に

施して、サムとエリザが、スムーズに病院を出られるようにして、すぐにふたりを追い

かけた。

「手続き、終わったよ」

ふたりに声をかけて、

3人で役所の方向へ向かって、

歩きだそうとした、その時、


また、ルーカスからテレパが入った。

「あと30分だよ。一体、何をしているの?

もう、強制送還するよ 」

「待って! あと5分、5分でいいから、時間をちょうだい! そのあと、強制送還していいから。あと5分、時間をちょうだい!」

僕が必死に頼むと、

「何をしているのか、知らないけど……絶対に、5分後に戻って来なかったら、強制送還だからね。約束だよ」

「うん、ありがとう」

ルーカスとのテレパは終了した。


いよいよタイムリミットが、迫ってきた。

本当に、時間がない……。


「サム、聞いて! 僕はもう、戻らないといけなくて、一緒には行けないから、エリザのことは、サムに託すよ。必ず、役所の近くにある……」

研究所なんて嘘だから、存在しない。

どうしよう……。

でも、あれこれ考えている余地、

そんな悠長なことを言っている時間はない。

僕は、真実を話す決心をした。

「『避難所』という建築物があるから、ここに連れてきて欲しい。お願い!」

僕は、目をガッと見開いて、

サムの両肩を力強くつかんだ。

「わ、分かった」

僕の気迫に押されたサムは、うなずいた。

「サミュ、避難所って? 研究所じゃないの?」

エリザが言った。

「えっと、だから……その……よく聞いて、これから、20分ほどしたら、天変地異が起きるから、ふたりには逃げて欲しい。嘘みたいな話だよね、でも、現実に起こることなんだ。もし……僕が、ふたりの目の前から消えたら、信じて逃げるって約束してくれる!?」


頭の中では、ルーカスが、

「強制送還まで、10、9、8……」

カウントダウンを始めていた。


「避難所の中に薬があって、それでエリザのことは必ず助けられるから。先に行って、待っているから、必ず、何があっても来てね!

分かった!?」

頭の中のルーカスの声に、

イラ立っていたのと、焦りから僕はつい、

大きな声を出してしまい、半ば強制的に、

「分かった」と返事をしたという感じに、

ふたりをしてしまった。

「ごめん! 大声を出して驚かせて。エリザのことは、僕が絶対に助けるから! だから、必ず来てね! 約束だ……」

話の途中で僕は、ルーカスによって、

強制送還されてしまった。

きっと、ふたりは驚いたと思う。

でも、そのおかげで、もしかしたら、

このあとに、何かが起こる、と僕が言った

ことを、信じる材料になったかもしれない。



強制的にアムズに戻された僕は、

ルーカス含め仲間から、

少し、小言を言われていた。

その間に、

地球上では、天変地異が始まっていた。

みんなに平謝りをして、

その場を収めて、

僕はこっそり、アムズの自分の部屋にある

テレポート・トラヴェトゥロから、

地球の地下シェルターにある

テレポート・トラヴェトゥロへ移動した。


「テレポート・トラヴェトゥロ」とは、

地球に点在する、すべての地下シェルターとアムズを行き来することができる設備で、

イイイイスターのマークがある、3人並んで立てる大きさの楕円形をしていて、地面から

少し浮いている。

これに乗ると、アムズと地下シェルターを

つないでいる、透明の線路を通って、瞬時に

移動ができる。

カプカのように、何かに入って移動するの

ではなくて、身一つで移動するから、

アムズの幹部 以上の人でないと使えないし

存在も秘密になっている。

なぜなら、幹部以上になると、

「アムズの呪い」のせいで、

すさまじい不老不死の体になっているから、何をしてもどんな状況下でも、

体は問題なく存在できる、無傷でいられる、ということだから、

身一つでも移動ができるけど、

生体ヒューマンやそれよりは丈夫な

ヒューマンボウルの体でも、

テレポート・トラヴェトゥロで移動したと

すると、すさまじい速さで移動するため、

体にかかる圧力、大気との摩擦熱が

すさまじくて、一瞬で、体がバラバラになる

どころか、そうなる前に摩擦熱で、なんの

痕跡も残らない、という恐ろしいことが

起こってしまう。



エリザとサムの顔写真がなかったので、僕の

記憶の中のふたりの顔を、AIキュープに

教えるために、一瞬、アムズへ行き、BNを

こっそり借りて、また地下シェルターに

戻って来た。

僕の首のうしろにある差し込み口に、

BNからのびている線をさして、

1台のAIキュープの差し込み口にも、

BNからのびている線をさしこんで、BNの

画面にある、「具現化」と「転送」という

項目を選択した。

「具現化したいものを、頭の中に思い浮かべてください」

BNから電子音声が流れた。

僕は、エリザとサムの顔を、

頭の中で思い浮かべると、BNの上部に、

ふたりの顔が出現し、すぐに消えた。

「具現化したものを転送しました」

BNから電子音声が流れた。

差し込んでいた線を抜いて、

1台のAIキュープに転送した、エリザと

サムの顔のデーターを、

数台のAIキュープに共有させて、探して

連れてくるようにプログラムを施して、外へ

飛ばした。

病院の裏が役所だって言っていたし、

天変地異が起きる前に、逃げて欲しいと

伝えたし、避難所の近くにいるだろうから、

すぐにエリザ発見の知らせがあると

思っていた。


だけど、実際に知らせがあったのは、

AIキュープを飛ばした、数週間後だった。

僕は、AIキュープ越しに、

エリザに声をかけた。

「エリザ、聞こえる? サミュエルだよ!」

「どこにいるの?」

僕の声に答えてくれたのは、

エリザではなくて、サムだった。

AIキュープに、サムを映すように指示を

出した。

「サム、大丈夫? エリザは大丈夫?」

「私は、大丈夫。でも、姉さんが……」

サムは、再会した時とはまったく違って、

疲れきった表情をしていた。

「サム、誰? エリザを背負っているのは」

「私の息子……レオよ」

「サムには息子がいたのか。エリザを連れてきてくれて、ありがとう」

僕が言うと、

レオがうなずいた。

「このAIキュープに、エリザを連れてきてもらうね。今、追加で2台、AIキュープを向かわせたから、サムとレオは、ちょっと待っていてね」

サム達のそばにいたAIキュープに、

サムとレオの顔写真を撮ってもらって、

2台のAIキュープに転送して、

外へ飛ばした。


AIキュープのアームが、レオの背中に

乗っていたエリザの体をつかんで、

上昇した。

レオは、エリザの体が完全に持ち上がった

のを確認して、

「よかった……これで、大丈夫だね」

その場に、かがんでから、地面に寝転んだ。


エリザをつかんで、移動を始めた

AIキュープは、避難所の柵の上で、

ヒューマンレベルの確認をせずに、通過して

裏口へと向かった。

そこから直接、つながっている医務室に、

エリザを運び入れて、僕が用意していた

ベッドの上に、そっと寝かせた。

僕はすぐに、エリザのDNA情報と

がん細胞がまったくない細胞を採取器で

採取して、アムズに持ち帰る準備と、

がん細胞の成分を分析して、がん細胞の

死滅もしくは、増殖するスピードを、

遅くする成分を探した。

BNで、エリザのジッタを体から取り出して

保管しようと思ったけど、BNの画面と

つながっている、シクが管理するジッタの

保存庫に入れてしまうと、シクに、

「誰のジッタ?」

「ヒューマンレベルゼロだよ?」

「なんで保存するの?」

などと言われて、ルーカスや他の人に僕が

こっそりやっていることが露呈する恐れを

感じたので、アムズへ行き、持ち運びが

できるジッタの保存庫とジッタの檻を

こっそり持ち出して、地下シェルターへ

戻って来た。

BNの上部に、ジッタの檻を置いて、BNの

帽子型の機器をエリザの頭にかぶせて、

BNの画面の「保存」を選択した。

BNの上部に置いたジッタの檻の中に、

エリザのジッタが出現したので、持ち運びが

できるジッタの保存庫のフタをあけて、

近づけると、ジッタが入った檻が保存庫の

中へ入るはずだったのに、保存庫の表面に

シクが現れて、

「どうして、保存するの? このジッタは、保存できない」と言った。


僕は、忘れていた……BNの画面とつな

がったジッタの保存庫以外にも、持ち運べる

ジッタの保存庫にもシクがいることを。


「どうしてって……それは……」

おおっぴらにできたら、どの手順も簡単に

できるけど、

秘密裏にしなくてはいけなかったので、

ひとつひとつの作業に、時間がかかっている

うえに、シクに問い詰められ、さらに、

ルーカスからまたテレパが入った。

僕は、エリザのジッタを一旦、体の中へ

戻して、「どうして? 保存できないよ」と

しつこく言ってくるシクがいる保存庫を

扉つきの棚に入れた。


「避難完了後の演説の内容を確認しよう。どこにいるの?」

「ちょっと、立て込んでいて……あとですべて説明するから、今は何も聞かないで。演説の時間の5分前には必ず、そっちに行くから」

僕が言うと、

「分かったけど……本当に、この前からずっと何をしているの? とにかく、時間だけは、守ってよ」

ルーカスが言った。

「分かっているよ」

テレパは終了した。


僕は、アムズの最高司令官で、

地球再生化計画の責任者だったから、

エリザのことだけに集中したいのに、

それができなかった。


とりあえず、もうすぐアムズに行かないと

行けないから、地下シェルターの中に入って

きたサムを、ロゼに頼んで医務室に連れて

来てもらった。

サムに、分析が終わったら、この機器が

自動で調合した薬が、取り出し口から出て

くるから、エリザに飲ませて欲しい、と

頼んで、さっき採取したDNA情報と細胞が

入った採取器を持って、地下シェルターに

ある、テレポート・トラヴェトゥロで、

アムズへ戻った。


ルーカスの待っている指令室に行く前に、

医療塔の培養室からチウルウオプや培養液

など、必要なものをこっそり借りて、

自分の部屋へ行き、チウルウオプに、

採取器をさしこんだ。

「早く、落ちろ! 早く」

ポタポタ……のんびりと採取器から

チウルウオプに落ちていくDNA情報と

細胞を、イラ立ちながら見守り、中身が

すべて移動した瞬間、フタを閉めて、培養が

始まったのを確認してから、見つからない

ように、奥の部屋のすみにとりあえず隠して

指令室へ向かった。


数時間後、

エリザが僕を呼んでいる、とロゼに言われて

テレポート・トラヴェトゥロを使って、

地下シェルターの医務室へ行くと、

サムしかいなくて、

監視カメラで、エリザはどこへ行ったのか、確認をすると、裏口を出て行った姿が映って

いたので、そこへ行くと、

エリザが倒れていた。

急いで医務室に運び込んで、

がんの薬や呼吸を楽にする薬などを点滴で、

投与した。

顔色が徐々によくなってきて、エリザが目を

覚ました。

「私が起きたら、いなかったから……心配したよ」

「エリザ、具合はどう? もうこの部屋を勝手に出ないでね」

サムと僕が、心配して言うと、

「ごめんなさい……ふたりに心配かけて。あの、ちょっと……久しぶりに体調が良くて、歩いてみたくなって」

とエリザが言った。

「さっきみたいに、ひとりで出て行って、倒れたら大変だから、散歩がしたくなった時は、僕かサムと行こう。そうだ、僕に話があるって、ロゼに聞いたよ。どうしたの?」

「えっと、何だっけ……忘れたから、思い出したら、また言うね」

「うん、分かった」

僕が、ニコッとすると、

エリザも、ニコッとした。

「エリザの体の培養を始めたから、完成次第、がん細胞がひとつもない健康な体にジッタを移せるよ。薬の効き目が、いつまで持つか分からないから、万が一に備えて、ジッタを今の体から出して、BNに保存して、コピーのジッタを今の体に入れよう。その前に、シクの説得をしないといけないのだけど……とにかく、何を言っているの? という感じだよね……あとで詳しく説明するよ」

僕は、エリザを抱きしめて、

「少し用事があるから、終わったらすぐに戻ってくるよ。待っていてね」

エリザの瞳を見つめながら言った。

僕は、エリザが呼んでいるとロゼに言われて

こっそりここに来ていたので、

長居ができなかったから、

足早に、今後の予定をざっくりと伝えて、

アムズへ戻った。



地下シェルターに、特殊な映像でできた

「僕」を使って、アムズから遠隔で演説を

して、ちょうど終わった時、ロゼが僕に、

テレパをしてきた。

「エリザがすぐに来て欲しい、と言っている」

知らせを受けた僕は、急いでアムズの

テレポート・トラヴェトゥロから、

医務室の下にある、地下シェルターの

テレポート・トラヴェトゥロへ移動した。


テレポート・トラヴェトゥロを出て、

階段をのぼっていた時、階段の途中で、

うずくまっているエリザを見つけた。

「ここで待っていたの? 部屋を出ないでって、ロゼが一緒にいたの……」

階段をのぼりながら、

エリザに話しかけていたけど、

様子がおかしい? と感じた僕は、

急いでかけよった。

「ゲホッ……」

エリザの口から、血がいきおいよく出て、

体が傾いて、倒れそうになった。

僕は、エリザの体を抱きしめて、支えた。

「ロゼ、医務室の棚の中にBNがあるから、ジッタの転送の用意を、急いで!」

「分かった」

ロゼは、ゆっくりと方向を変えて、

移動を始めたので、

「急いで!」

僕が言うと、

「分かった」

移動速度を上げた。


AIヒューマンやロボット達の駄目な

ところだ。

緊迫感が伝わらない!

僕は、一瞬、ロゼにイライラした。


「とりあえず、医務室へ行こう。そうだ! この薬を飲んで、すぐに効くから、体が楽になるよ」

僕は、エリザが散歩したいと言った時や

いつ薬が必要になってもいいようにと思って薬を持参していた。

エリザの口に薬を持って行くと、

手ではらわれた。

ボン、ボン、ボン。

薬は階段を飛び跳ねながら、落ちていった。

「大丈夫、もうひとつ持っているから」

胸ポケットから、薬を取り出して、

エリザの口へ持っていくと、

また手で、はらわれた。

とっさに、階段を落ちていきそうになった

薬をつかもうと、伸ばした僕の腕をエリザが

つかんで、

「サミュ、いいの。ここにいて」

と言ったので、

僕は、伸ばした腕をゆっくりとひっこめると

エリザが手を離した。

「具合がよくないから、医務室へ行こう。薬もあるし」

「サミュに話があるの……聞いてくれる?」

エリザが僕にもたれて、

僕の腕を、力いっぱい、にぎった。

「うん、もちろん、聞くよ。でも、ここではなくて、医務室で聞かせて欲しい」

僕が言うと、

エリザは真っ直ぐ僕を見つめながら、

首を横に、ゆっくりと2回ふった。

早く医務室に行きたい、と焦る気持ちを

抑えて、僕はその場に留まった。

「サミュに会った日……」

エリザは、息苦しそうに、話を始めた。



――天変地異が起こるから、逃げて欲しいと言われて、病院の外にいた時、

こんなに平和な雰囲気なのに?

正直、半信半疑な部分もあったけど、

サミュは、誠実な人だから、本当のことを

言っているのだろう、とは思っていた。

そしたら、

サミュが目の前で、消えてしまって、

「本当に、消えちゃった……」

サムと驚いて、

サミュがいた場所を見つめながらしばらく、

呆然としていると、

マナーモードにしていたサムの携帯電話が

鳴った。

「母さん、どこ? 病室に行ったらベッドが片付いていて、看護師のルテティアさんがいたから、聞いたら、『転院した』と言われたよ。急にどうして? どこの病院?」

「ごめんね、なんか突然のことが色々とあって、連絡するのを忘れていたわ。これから転院先に行くところで、今、病院の広場の『マヤポホホ』の像のところにいるから、来て」

「分かった、すぐに行くよ」

レオと通話を終えたサムが、

「姉さん、少し待っていてね。レオに、色鉛筆を買ってきて、と頼んだことを忘れていたわ」

と言ったので、

「そうだったの……ありがとう」

私は、ニコッとした。


私は、病院のベッドの上からあまり動けな

かったから、

元気だった頃に行った場所の風景を、

思い出しながら描いていた。

その風景にはいつも、

人の形をした空白があった。

サミュに会いたい、

サミュに酷い嘘をついてしまった、

どうして、病気になってしまったの?

こんな思いが込み上げてきて、

サミュと自分の姿を描きたいのに、

できなくて、

空白を埋めることができなかった。


「母さん、伯母さん!」

レオが、こちらに向かって走って来た。

「レオ、ごめんね」

サムが言うと、

「気にしないで。それより、転院ってどこへ?」

「うん、あの……すぐそこなの。だから、車椅子で行こうと思って」

サムが言うと、

「そうか、僕が押すよ」

レオは、サムに代わって、

車椅子のハンドルをにぎった。

私は、前を向いたまま、

「ありがとう」

と言った。

「どうってことないよ、行こう」


3人で移動をしようとしたその時、

ブォン、ブォン。

とても嫌な音が、

あちらこちらで聞こえた。

「何!?」

と思ったら、

その音は、携帯電話から、鳴っていた。

携帯電話の画面に、

災害メールと表示が出ていたので、

メールを開くと、

「役所の敷地に設置してある避難所に来てください」

という内容だった。

「母さん、なんだろう? 訓練かな?」

レオが言ったその時、

シュワンッ。

何かが一瞬、

体の中を通過した気がしたと思ったら、

キーンッ、と耳鳴りがして、

ピカッ、と辺り一面が一瞬、眩しく光った。

目がチカチカして、何も見えなくなった。

しばらくして、

目が見えるようになった時、

雲ひとつない晴天だった空に、

急に黒い雲がたちこめて、雨が降って、

雷が鳴り出したと思ったら、

次々に落ちて、火柱が上がった。

地震が起きて、

電信柱や建物が揺れて、崩れてきた。

地面がゆっくりと割れだして、

車椅子を押して進めない、道路状況に、

一瞬で変わってしまった。

「母さん、あのバス停の屋根の下へ、とりあえず行こう! 伯母さんは、僕につかまって」

レオは私を背負って、バス停まで、地面の

割れ目に気をつけながら、移動してくれた。


屋根のあるバス停の下で、

私は、レオの背中の上から、

ベンチへ降りた。

「急に、どうしたのかな? 母さん、怖いね」

レオが言うと、サムがうなずいて、

「本当ね……天変地異が、本当に来たみたい」

小さな声でつぶやいた。

「転院先の病院はどこ? すぐ近くなら、担架で迎えに来て欲しい、とお願いしよう」

レオは、ズボンのポケットから、

携帯電話を取り出して、

電話をかけようとした。

だけど、携帯電話の画面が真っ暗で、

電源ボタンを長押ししても、つかなかった。

「母さん、僕の携帯電話、バッテリー切れみたい。母さんの携帯電話を貸して」

レオに言われたサムは、

鞄から携帯電話を取り出した。

「あれ? 私のも……でも変ね、家を出る前に充電が完了して、満タンのはずなのに、数時間でなくなるなんて……壊れたのかな?」

とサムが言ったので、

私も携帯電話をポケットから取り出して、

確認すると、

私の携帯電話も画面が真っ暗で、

電源を長押ししても、変化がなかった。

「ここをどうやって進めばいいのかな……」

考え込むサムに、

「レオと先に行って、誰かを呼んできて。私は屋根があって、雨風がしのげるから、ここで待っている」

と言うと、

「こんな状況で、こんな場所に姉さんをおいてはいけない」

サムが言うと、

「そうだよ! 3人で行こう。僕が背負って行くから」

レオが言った。

「重たいし、足手まといになりたくない」

私が言うと、

「姉さんがここに残るなら、私も残る!」

サムが腕を胸の前で組んで、

どっしりと構えた。

「母さんと伯母さんが残るなら、僕も残る!」

レオは、サムと同じポーズをした。

そんなふたりを見て私は、

分かったよ、という表情をした。


レオは、私を背負って、木や建物の軒下など

雨に少しでも濡れないように、

崩れた建物などの鋭利な部分で、私がケガを

しないように、周りに気をつけながら進んで

くれた。

役所は、入院していた病院の裏の道路を

渡ったところにあったから、

すぐに着くと思っていたのに、

どこから集まってきたのか、

大量のプラスチックのゴミでできた丘が、

いくつもあって、崩れた建物、

地面の割れ目などを避けながら越えながら、進まなくては行けなかったから、

すごく遠回りになって、

なかなか、たどり着けなかった。


ついに、あとは、道路を渡るだけ、というところまで来たのに、

その道路が川のようになっていて、

道路を渡るだけ、という単純な状況では

なかった。

「深いかな? 私が先に行くから、レオはそのうしろを、ついてきて」

サムがゆっくり水の中に足を入れて、

水深がどれくらいかを探った。

「思ったより浅いみたい、よかった。レオ、気をつけて」

「分かった。伯母さん、少し足が水に浸かるかも、ごめんね」

レオが言ったので、

「平気だよ」

と答えた。

慎重に、川の底を捉えながら、進んで、

時間は、かかったけど、

どうにか対岸にたどり着いた。


「あー、よかった。なんか、ホッとした」

レオが言うと、

「同じく」

サムがうなずいた。

目線を役所に向けると、その右側に、

見たこともない、崖と門と柵があった。

「あんなの、あった?」

「役所にはめったに来ないし、病院に来た時もわざわざ見ないから分からないけど、数か月前に、用事で役所に来た時には、確実になかったよ」

「そうよね、あそこは確か……駐車場じゃなかった?」

サムが言うと、

「うん、そうだよ! 駐車場だった」

レオが言った。

研究所があると言っていたけど、

役所以外の建物が見あたらなくて、

どこへ向かへばいいのか、困っていると、

AIキュープが飛んできて、

「捜索対象、発見。捜索対象、発見」

電子音声が流れた。

そのあと、AIキュープのスピーカーから、

サミュの声がした。

これで、レオとサムは助かる、よかった……

安心した私は、気を失った。




ビー、ビー。

「完了しました」

電子音声が聞こえて、目が覚めた。

辺りを見渡すと、サムの姿はあったけど、

レオの姿が見えなかった。

「サム、レオは?」

か細い声で私が言うと、

「目が覚めたのね、ちょうどよかった。レオは他の人達と、この建物の中にいるから、大丈夫。私は、姉さんに薬を飲ませて欲しい、とサミュエルさんに頼まれた」

サムが私に薬をくれた。

薬は、直径2cmほどの淡いピンク色を

した球で、中に、水分が入っているように

感じた。

「このまま飲み込むの?」

「飲み方は聞いていなかった……破るのかな? この大きさは、そのまま飲み込むのは無理よね?」

「うん……液体が入っている雰囲気がするから、少し噛んで破って、飲んでみようかな?」

薬が唇にふれた瞬間、

まだ、噛んでもいないのに、

中身が出てきて、口の中へ入ってきた。

中身が全部、出たあと、

外側が、空気の抜けた風船のようなに、

平らになって、口の入ってきた。

「姉さん、大丈夫?」

「うん。なんかすごいね、これ」

私が笑うと、

サムが安心した表情をした。

「もう薬が効いてきたのかな? 姉さんの顔色、すごくいい」

「本当? 確かに……呼吸がしやすくなってきた気がする。深く呼吸しても、胸が痛くない」

私は、嬉しくなって、深呼吸を何度もした。

「サミュエルさんは、効き目が早い、素晴らしい薬を作ってくれたみたいね。姉さんの笑顔をみたら、ホッとして、また眠たくなってきた」

サムが、あくびをした。

「いつも、体のどこかが痛くて、ぐっすり眠れなかったけど、今ならぐっすり眠れそう」

サムが私の手をにぎって、

ベッドの横に置いてあった椅子に座った。

私は目を閉じた。

「サミュエルさんの言っていたことは、本当だったね。天変地異が起きたし、避難所も病院もあった。信じて大丈夫よね……姉さんを助けようとしてくれているのよね? ここは、暖かくて眠気を誘うわね……」

私もサムもウトウトして、

ふたりとも、眠ってしまった――



「ゲホッ……」

エリザがまた、血を吐いた。

「エリザ、医務室へ行こう。そのあと話を聞くよ」

僕が立ち上がろうとすると、

エリザがまた、腕をつかんだ。

「まだ……話しは終わっていない……私のことを、恨んだでしょうね……ゴホッ、ゴホッ」

「事情を知らなくて、その……恨んだというか、なんて酷い人だ、と思ったことも正直、あったけど、それにも増して愛しくて、僕が幸せにしたかった、と思っていたよ」

僕が言うと、

「サミュ、あなたって、おひとよし……」

笑ったあと、また血を吐いた。

「エリザ!」

もう、無理やり運ぶ!

といきおいよく立ち上がった僕に、

「いいの、このままで。話を聞いて」

エリザが力なく、僕の手を引っ張って、

座るように促してきた。



――しばらくして、私だけ、目が覚めた。

サムが、私の手をにぎって、ベッドに

もたれて眠っていたから、自分にかかって

いた毛布をサムにかけて、ベッドから

そうっと降りた。

室内を見渡すと、

扉があったので、のぞいてみようかな、

と思って、開けてみた。

「通路みたい。誰もいないのかな? レオもここにいるって、言っていたけど……」

右側を見てから、左側を見たら、

AIヒューマンがいて、驚いてしまって、

「わぁ! あ、あなたは誰?」

おもわず私が聞くと、

「私は、AIヒューマンのロゼ。あなたは、『エリザ』だから、ここから出てはいけません。サミュエルに言われています」

ロゼが言ったので、

「なんで?」

と聞くと

「理由は、述べていなかったので不明です」

と言った。


サミュが、私をこの部屋から出さないようにロゼに、プログラムを施しているのが

分かったから、この場所からどいてもらう

ために、適当な嘘をついた。


「サミュエルに、話したいことがあるから、連れて来てくれる?」

と言うと、

「分かった」

ロゼは、思惑通り、この場を離れてくれた。

ロゼの移動していった方向と逆の方向へ

行ってみると、

出入り口が、アーチ状になっているところを見つけたので、入ってみた。

中は、円柱状の空間で、

上まで続いている長いはしごが壁面に、

取り付けてあった。

「どこへ、つながっているのかな?」

気になったので、登ってみることにした。

梯子の一番上まで来ると、

行き止まりではなくて、六角形のフタの

ような切れ目が、天井にあった。

「重いかな……ん? 矢印だ」

フタには、矢印が書いてあったので、

その方向へ、持ち手を引っ張ると、

少しの力で簡単に動いた。

押し上げて開閉するのかと思ったけど、

スライドするタイプだった。

ここを出ると、

四方を柵で囲まれている、狭い場所に出た。


辺りを見渡すと、

柵の向こう側には、たくさんの人がいて、

悪天候に見舞われていた。

頭上と私の背後の柵の向こう側は、

晴天とまではいかないけど、

晴れていた。

「なんで天気が、こんなにも違うの?」

不思議に思っていると、

「エリザ?」

声をかけられた。

以前、同じ病室にいて、

「あの日」の数日前に退院した人だった。

「ボーアー?」

私が言うと、うなずいた。

柵越しに、私とボーアは、久しぶりの再会を

喜んだ。

「元気だった?」

「うん。エリザも元気そう、顔色がすごくいい。いつ退院したの?」

「顔色、そんなにいい? あの……まだ、入院中よ」

「そうだったのね……エリザも早く退院できる日が来るといいね。そうだ、避難所のどこかにいるはずだから、これを渡して欲しいの」

ボーアが、柵の間から何かを入れてきた

ので、私は、受け取った。

「写真? あ、もしかして、妹さんと弟さん? 見覚えがある」

「覚えていてくれたのね。そう、弟のエドと妹のエマよ。見かけたら、渡してくれる?」

「ボーアが、中へ入って渡した方が……」

私が言うと、

「無理なの……ヒューマンレベル1だから……」

ボーアは、大粒の涙を流した。

「自分の病気を治すことしか、考えていなかったからかな? 退院した時、レベルは、ゼロだったけど、スクエアにアドバイスをもらって、それを参考にしながら、過ごしていたら、すぐにレベル1になったから、この調子でレベルを上げて、エドとエマと外食や遊園地に行こうと思っていたのに……」

私は、ボーアにかける言葉が、

思い浮かばなかった。

ガンガン、ガンガン。

突然、

泣いていたボーアが、両手で柵をつかんで、

揺らしながら、私を、じっと見つめた。

「エリザは、どうして柵の中にいるの? 私よりもずっと長く、今も入院している、と言ったよね? なのに、どうして!?」

ボーアの目は、血走っていて、

とても怖かった。

「えっと……それは……」

私はまた、何も言えなくて、

ボーアの嘆きを、ただただ聞くことしか、

できなかった。

AIキュープが、ボーアの近くを通った。

ボーアが、足元にあったガレキを投げると

AIキュープにあたって、フラフラしながら

私のいる柵の中へ落下してきた。

「ねぇ! そいつにナノスタンプを読ませて。まだ入院しているなら、レベルは私と同じゼロでしょう? 違う!? どんな手を使って柵の中にいるの? ねぇ! わぁ」

ボーアは、足元に積まれていたガレキを

ひとつ取って投げたので、バランスが悪く

なって、積まれていたガレキが崩れて、

落ちてしまった。

「大丈夫!?」

ボーアが、ケガをしていないか気になって

叫ぶと、

「エリザは中にいるのに、なんで私は外なの!? ねぇ、なんで? 理由を教えてよ!

どうして!? 」

ボーアは、群衆のざわめきに負けないくらい

大声で、何度も同じことを叫んだ。

私は、すごく動揺した。

そのせいか、薬の効き目が切れたのか、

心臓の鼓動が速くなった。

「う……あぁ……く、苦しい……」

私は、その場に倒れてしまった。

その時、

先ほど落下してきたAIキュープの

ヒューマンレベルのスキャン画面に、

たまたま、私の右手首に埋め込まれていた、

ナノスタンプが映った。

「確実します。手首を見せて」

電子音声が流れて、

勝手に、ナノスタンプを読み込んだ。

「あたなのヒューマンレベルは、ゼロで……」

言い終える前に、完全に壊れてしまった。

「やつぱり、そうよね……」

私は、気を失った。


目が覚めた時、

目の前に、サミュとサムの顔があって、

体が痛かった。


まだ、死んでいない……素直に、生きていることが、嬉しかった。

でも、体の奥底から、嫌な気配がしていた。

それは、得体の知れないもので、

ドンドン、迫って来た。


私が目覚めたので、

サミュとサムが安堵していた。

そしてサミュは、よく分からないことを

言って、私を優しく抱きしめて、

「少し用事があるから、終わったらすぐに戻ってくるよ。待っていてね」

と言って、

どこかへ行ってしまった。

「ねえ、サム。今の話……分かった? サミュは、何をするって言っていたのかな?」

「説明は不明だったけど、姉さんを助けたい、ということだけは、分かった。そうでしょう?」

サムが、ニコッとした。

「うん……サミュに突然、別れを告げた私を、助けようとしてくれている……ルールを無視してまでも……」

最後の方だけ、小さな声で私は言った。

「別れを告げたのは、悩みに悩んで、サミュエルさんにとって、その方がいいと思ったからでしょう?」

「それは、そうだけど……」

「それなら、罪滅ぼしだと思って、サミュエルさんのやりたいように、やってもらえば?

私も姉さんには、生きていて欲しいから。レオだって、そう思っているから、ここまで背負って来たのよ。助けたい一心で 」

サムが、私の手をにぎった。

「……少し、眠たくなってきた」

私がサムの目を見て、うなずくと、

サムは私の手を、毛布の中へ入れた。


しばらくすると、

サムが、ウトウトし始めたので、

完全に眠るのを待って、こっそり起きて、

かかっていた毛布をサムにかけて、ベッドを

降りた。


先ほど出た扉を開けると、ロゼがまたいた。

「ここから出ないで」

と言ったので、

「今度は、本当に話があるの。サミュはどこ? 連れていって欲しい」

と頼むと、

「分かった。来て」

ロゼが、動き出した。


通路を少し進むと、階段があって、

「下に行くよ」

ロゼが言った。

階段を降りている途中で、薬が切れたのか、

動いたからなのか、心臓が苦しくなって、

その場に座り込むと、私の動きが止まった

ことに気づいたロゼが、

「何しているの? 行くよ」

と言った。

「サミュを、ここに……すぐに、呼んで」

私は苦しくて、

声を絞り出すように言った。

「分かった。すぐに呼ぶ」

ロゼは、4本の長い指を真っ直ぐ立てて、

交信を始めた――



「ゲホッ……」

またエリザが、血を吐いた。

「もう、話さないで。移動しよう」

エリザを抱きかかえて、

立ち上がった僕の目を、じっと見つめて、

「サミュ、このままでいいの。話を最後まで聞いて。私は……ここには、いられない。私のレベルは『ゼロ』なの……ルールに反する」

僕の胸元あたりを、両手でつかんで、

服を下に引っ張った。

僕は座って、

エリザの手を片手で、優しくにぎった。

「ルールなんて、関係ない。僕は、ここの責任者だから、ルールは僕が決めるべきだ!」

僕が叫ぶと、

エリザは、涙を浮かべながら、

「気持ちは、すごく嬉しい。でも、ここに来るまでに、レベルの違いで離ればなれになる人々の姿をたくさん見た。レベルが1で、弟と妹と離れてしまったボーアもいた。なんで柵の中にいるのか、と聞かれた時、何も答えられなかった……これを渡して」

エリザが、ボーアから預かった写真を、

ゆっくりとポケットから出して、

僕の体に押しあてた。

「他人に優しさを見せなくていい、そんなこと思わなくていい。あの人達は、ヒューマンレベルを高めることを怠った、それだけのこと。自業自得だ」

僕が叫ぶと、

「そんなの、私も一緒よ。病院のベッドの上にいただけで、何の努力もしていない。だから私は、ここにいられない。いては駄目なの……申し訳ないわ、ボーアにも他の人にも……」

エリザが、涙を流した。

「エリザは、他の人とは違う。僕の大切な人だから、ヒューマンレベルなんて関係ない。何の努力もしていない? それは、違うよ。病気と一生懸命、戦っていたし、サムとレオのために生きようと、努力していたでしょう!? 判定をしているミューロルがおかしい! 壊れている! プログラムをやり直さないと駄目だ」

僕は、泣きながら言った。

「ふたりは気づいていなかったけど、聞いたの。レベル4以上か18歳未満の人しか、ここには入れないって。レベルはゼロで、足手まといになるし、本当はここへ来るつもりはなかったけど、サムとレオが、私が残ると言ったら、残ると言うから、ふたりが避難所に入るのを見届けよう、と思った……ゴホッ……」

エリザが、また血を吐いた。

「医務室に移動しよう、お願いだから」

僕は、泣きながらエリザに訴えた。

でもエリザは、頑なに、

医務室へ行くのを拒んだ。

「ふたりがここにいるから、私の役目は終わったわ。余命宣告を受けて、いよいよ死が迫ってきていると分かった時、図々しくも、一目でいいから、会いたいと思っていたら、サミュが現れた。神様っているのかな? 感謝しかけたけど、やめ……ゴホッ」

「もう話さないで。エリザのこと、今の僕なら助けられるから、大丈夫だよ」

と言うと、

エリザが僕の腕を力なくにぎって、

じっと僕を見つめた。

「そうかもしれない、でも違うの。そういう問題ではないの……だから、このままでいい。サム、レオ……今までありがとう。サミュ……愛しているわ。ごめんな……ゲホッ…」

今度は、大量の血を吐いて、

僕の手をにぎっていたエリザの手が、

ゆるんだ。

「エリザ! 大丈夫!? エリザ!」

僕が、何度も何度も名前を呼んでも、

反応がなかった。

「そんな……エリザ……嘘だよね? せっかく再会したのに……これからは一緒に、そばにいることができるのに……目を開けてよ!

エリザ…… 」

僕は、血まみれのエリザを抱きしめて、

「エリザ!」

大声で何度も叫んだ。



サムが目を覚ますと、

また毛布が自分にかかっていて、

エリザがいなかった。

「サミュエルさんが来て、散歩にでも行ったのかな?」

開いていた扉の向こうから、

声が聞こえてきた。

部屋には、ロゼがいて、

「BNの準備をしたのに、サミュエル、来ないな」

と言った。

「あの、姉さんとサミュエルさんは、どこですか?」

サムが聞くと、

「その扉を出て、右にある階段にいるけど、ここに来るって言ったのに、来ない」

ロゼが言った。

「そうですか。呼んできますね」


サムが、扉を開けて部屋を出ると、

さっき聞こえてきた声は、

男の人のようだった。

ロゼに言われた通り、右へ行ってみると、

声の主がいるようで、

声が大きくなっていき、

「エリザ!」と叫んでいることが分かった。

「姉さん!?」

サムは、走って声のする方向へ向かった。

声は、階段室からだった。


中へ入ったサムの視界に飛び込んできたのは

エリザを抱きかかえていた、

僕の後ろ姿だった。

「サミュエルさん?」

僕はゆっくりとふり向いて、

「エリザが!」

と叫んだ。

「姉さんに、何があったの? 血がすごいわ! 早く医務室に運ばないと!」

サムは、僕とエリザにかけよった。

「姉さん……まさか」

サムが不安と絶望感に満ちた表情をした。

「エリザが死んじゃった……」

大泣きして、僕は叫んだ。

「そんな……」

サムはその場にかがんで、

エリザに向かって、

「姉さん!」

何度も叫んだ。


ふたりで、エリザの名前を叫びながら

泣いていた時、

僕は、あることを思いついた。

「サム、極秘に頼みたいことがある!」

「え……何?」

「アムズに行ったら、詳しく話すから、とにかく、僕の頼みを聞いてくれる?」

僕は真剣な眼差しをした。

「もちろん、私にできることなら、なんでもするわ。ところで、頼みって? アムズって、何?」

「ありがとう! アムズついてはまたあとで説明するよ。とにかく、確認をしよう」

僕は、首にかけていたイスタを服の中から

取り出して、エリザの額にかざした。

「サミュエルさん、それは、何? 何をする気なの?」

「やっぱり、もう駄目か……くそっ! 悲しんでいないで、先に移すべきだった……」

悔しそうに言った僕に、

「どういう意味? 何をしているの?」

サムが困惑した表情をした。

「これは、ジッタがまだ、体の中に留まっているのかを確認できる機器なのだけど……もう、消滅していたよ……そうだ、今から薬を投与してみよう。細胞が変化して、ジッタが戻って来るかもしれない。消滅したジッタを復活させたことはないし、できると聞いたこともないから、どうなるか分からないけど……とりあえず、エリザを冷凍保存して、研究を始めよう!」

僕が、今できる、思いつくことを考えて

いると、

「サミュエルさん、諦めないでいてくれて、ありがとう。でも……もう十分よ」

サムが、目に涙を浮かべながら、

ニコッとした。

「諦めないよ! だって、助けるって約束したから。サムは、なんでもするって言ったよね!?」

僕が怒って言うと、

「もちろん、なんでもするわよ、姉さんのためなら。でも……姉さんは、死んだの……見て、すごく幸せそうな顔をしている。いつも、体のどこかが痛いと言っていたけど、今はどこも痛くないって言っているわ」

サムが、エリザの頬にそっと手のひらで

ふれた。

「僕は、嫌だ!」

「このまま、安らかに眠らせてあげましょう。姉さん、よかったね……最後は……最後にサミュエルさんと一緒にいられて」

サムは、エリザの体を優しくなでながら、

涙を流して、笑った。

僕は、泣きながら、

「嫌だ! 冷凍する! 薬を投与する!」

と言い続けたけど、

「もう、大丈夫だから。ありがとう」

サムは、取り乱している僕とは反対で、

冷静だった。

サムがじっと、僕を見つめてきた。

なんとなく、エリザの面影を感じて、

僕の思考は、停止した。

僕はサムに諭されて、

エリザの体を手放す決心をした。


僕は、エリザを抱きかかえて、

サムと一緒に地上へ出て、

こっそり火葬した。

エリザが燃えている、

その煙を呆然と眺めながら、

無理やりにでも医務室に運べばよかった……僕は、後悔をしていた。


エリザが別れて欲しいと言うから、

別れたあの時と同じだ。

僕は、エリザにじっと見つめられると、

思考が停止する。

別れなければよかった、

拒まれても、運べばよかった……同じ過ちを

繰り返してしまった。

僕は、なんて愚かなのだろう。


「サミュエルさん、それ何? 落ちそうよ」

サムに言われて見ると、

胸ポケットから、何かが出ていた。

取り出すと、

エリザが渡して欲しいと言った写真だった。

エリザが、僕の服の胸ポケットに

入れていたようだ。

僕は、手のひらに写真を置いて、思いっきり

グシャッ、グシャッ、にぎりつぶして、

「なんでもない。捨て忘れた、ただのゴミだよ」

柵の向こうへ、放り投げた。


柵の外にいる人のことを覚えている方が、

辛くなる……それに、

もうすっかり忘れている頃だろうし、

だとしたら、

わざわざ蒸し返す必要は、なおさらない。


エリザの遺骨を、特殊な映像でできた箱に

拾って入れている時、

「これも一緒に入れて。あっちで空白の部分を描きあげて、絵を完成させて欲しいの」

サムが、ズボンのポケットから、

折りたたまれた紙を出した。

「これは、何?」

「姉さんが描いていた、最後の絵なの」

紙を優しく、ちぎれないように広げた。

「濁流の中に入ったりしていたから、ドロドロになってしまった……」

ポタッ……ポタッ。

絵の上に、サムの涙が落ちて、

その部分だけ、泥がなくなって、

ほんの少しだけ鮮やかな色が見えた。

「大丈夫、泥を落として乾かせば、キレイになるよ。そのあと、一緒に箱に入れるね」

僕が言うと、

「本当に、キレイになる?」

サムが、うつむいたまま言った。

「なるよ、任せて。アムズの技術は、サムが思っている以上にすごいから」

自信満々に言うと、

「アムズって何か分からないけど、サミュエルさんのことは、信じてる。任せるね」

サムが、顔を上げて、

絵を僕に、渡してくれた。

受け取った僕は、

サムの瞳をじっと見つめながら、

「任せて」

とうなずいた。

そして、

「やることがあるから、先に行くね」

僕は、エリザの遺骨と絵と一緒に、

テレポート・トラヴェトゥロで、

アムズへ向かった。


○次回の予告○

『2人の秘密とアムズの呪いとエルザの誕生』
































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