第23話 2人の出会いと「アムズの呪い」

僕は、エンヴィルの中へ入って、

「一番上」

と言った。

体がゆっくりと上昇を始めた。

初めて行くな……この塔の一番上。

それにしても、アムズの最高司令官の

サミュエルさんからの内密な話って、

何か、大失態でもやらかした?

自分の行動を思い返してみたけど、

何も、思いあたる節はなかった。

なんの話かな? と不安に思っていたら、

体がフワッと止まった。


着いてしまった……エンヴィルを出ると

すぐに扉があった。

僕は、ドキドキしながら、扉をたたいて、

「スカイ・ウィンスティーです。ルーカス室長に言われて来ました」

と言うと、

「どうぞ、入って」

と声がした。

「失礼します」

扉をゆっくり開けて、中へ入った。

なぜか、見覚えのある光景が、

目に入ってきた。

初めて来るのに……どうしてだろう?

部屋の中を見渡していたら、

奥の方から、サミュエルさんが出てきて、

「スカイ、待っていたよ。もしかして、この部屋に見覚えが?」

と言ったので、

サミュエルさんは、心の中が読めるの!?

「えっと、あるような、ないような」

僕は、驚いて、あたふたした。

「そんなことは、どうでもいいか。さっそく本題に入ろう。このソファーに座って」

サミュエルさんの手の先を見ると、

ソファーなんて、ひとつもなかった。

もしかして、

僕には見えないだけなのかな?

それとも、透明なエアボウルのように、

実はソファーとか家具も、透明に作れるの

かな? と考えながら、目を凝らしても、

あるようには見えなかったから、

「えっと……どこにですか?」

と聞くと、

「あはは。ごめん、忘れていたよ」

サミュエルさんは、ズボンのポケットから、

何かを取り出して、対角線上の角をつまんで引っ張って、B5の用紙くらいの大きさに

して、操作を始めた。

それは、ネオオに似ていたけど、

形や色が微妙に違った。

座り心地のよさそうな一人用のソファーが

2脚と、楕円形のローテーブルが出現した。

家具を出現させるのは、

アムズでは、あたりまえの技術だったから、

驚きはなかったけど、サミュエルさんが、

次に出現させた物には、驚いた。

「何、飲む? 色々あるよ」

と言ったので、

アムズでは、飲み物は水の一択なのに、

と思って、

「色々ってなんですか? 冷たいか、温かいですか?」

と聞くと、

「あはは。そうだね、ここでは水だからね。色々あるから、自分で見て決めて」

持っていたネオオのような物を、

僕に渡してくれた。

画面には、コーヒー、紅茶、麦茶、ココア、抹茶、豆乳、チャイ、ラッシー、牛乳など、

地球にいた頃に飲んでいた、目にしていた

種類の飲み物が、たくさん表示してあった。

「これ……アムズで飲めるのですか?」

不思議そうに僕が聞くと、

「うん、飲めるよ」

サミュエルさんが、即答した。

そうなの?

だったら、なんで「水」しかないことに、

なっているのかな、と思いつつ、

僕は、抹茶の表示を押してみた。

すると、

冷たいのか温かいのか、

牛乳で割るのか豆乳で割るのか、

アーモンドミルクで割るのか、そのままか、トッピングは必要か不要かを、

選択する表示が出てきた。

どうしようかな?

選ぶのが、楽しくなってきた。

悩んだ結果、

僕は、冷たい牛乳で割った抹茶にした。

「決定」の表示を押すと、

ローテーブルの上に、

そっと注文した飲み物が出現した。

サミュエルさんの前には、

温かい牛乳で割ったココアが出現した。

「すごいですね! 家具やタオルなどが出現するのには慣れていますけど、飲み物は、初めてです!」

僕は、驚きと感動に包まれた。

「みんなには、内緒だよ。実は、食べ物も出現させられるよ」

サミュエルさんは、得意気に言った。

「そうなのですか!? 食べ物も? 内緒ですか……分かりました」

僕が言うと、

「なんか、納得していない感じ?」

僕の顔をのぞきこんで、

サミュエルさんが、言った。

「そういう訳では……」

と言うと、

「言いたいことは、分かるよ。当てて見ようか? 飲み物が出せるなら、なぜアムズでは出現させないで、『水』しかないことにしているのか? 食べ物を出せるなら、なぜ火星の大地に大きな畑を作って、わざわざ作物を育てて、瞬培フィッシュや瞬培加工肉を作っているのか、こんな感じ? 」

見事に、思っていたことが、

言い当てられてしまった。

「なぜですか?」

ズバリ、聞いてみると、

「そうだね……火星の畑で作物を育てているのは、再生化が終わったあと、地球に戻った時に、大いに役立つ、分かりやすく言うと、『本能』かな。教えられていないのに、知っていることってあるよね?」

サミュエルさんが言ったので、

「それで、部門ごとに交代で『火星で畑作業の日』があるのですね。でも、技術的に言えば、アムズでは未経験、未取得なことでも、ジッタにアップロードすれば事実上、誰もがなんでもできるように、なりますよね? なぜ、わざわざ実際に体験する必要があるのですか?」

僕が、疑問に思ったことを聞いてみると、

ルーカス室長と、同じようなことを

言い出した。

「アップロードは、表面にシールを貼るようなもので、簡単に剥がして消すことができてしまうから、実際に自分で体験することが、重要になる。『体験』がジッタの奥底、DNAに刻まれて、忘れることのできない知識、『本能』になる。それに、何もしなくてもいいなら人間としての生きる意味、なんのために人間は存在するのか、というところに最終的には、行き着くと思う。面倒なことをして『生きている』と実感する。この手の質問は、説明が難しい」

サミュエルさんは、

ココアをひとくち飲んだ。

「そうですか……すいません、難しい質問をしてしまって」

僕も、牛乳で割った抹茶を飲んだ。

「別に構わないよ。いつか、この説明の難しいことの意味が、きっと分かる日が来るよ」

「そうだと、いいですけど……」

納得はできていなかったけど、

とりあえず、返事をした。


「では、本題に入ろう。少し、横道にそれたね」

サミュエルさんは、さっきまでの柔らかい

雰囲気から、180度変わって、

真剣な表情になった。

ついに僕が、何をしでかしたのか、

告げられるのか……本当に、身に覚えは

ないけど。

一瞬、飲み物の件で忘れていた不安が

よみがえってきて、冷や汗が出てきた。

「地球再生化計画が始まって、一万数千年たって、みんなの協力のおかげで、計画もそろそろ最終段階に入ったね」

「はい!」

僕は、元気よくあいづちを打った。

「僕は、いつもここでアムズの住人、全員を見ていた。もちろん、スカイ、君のこともね」

やはり、見られていたのか……僕の胸の

ドキドキは、半端なかった。

「スカイは、地球に戻る意思はある? それともない? これが聞きたくて」

え?

それだけ?

身に覚えはないけど、何か大失態をして、

咎められるのかと思っていたから、

僕は、拍子抜けして、目が点になった。

そんな僕を見て、サミュエルさんが、

「あはは。何を急に聞くの、と思っている?

ルーカスと同じ反応。スカイも何か、咎められると思った? 」

と笑ったので、

僕は、なにもしていなかった、と安堵した。

「で、どうするつもりなの?」

「表向きは、みんなの手前、戻るぞ! という感じでいますけど、悩んでいます。ヒューマンレベルが6になったとしても、必ず戻りたい、と思えるか断言はできません。戻らないという選択やレベルが6にならなかった人は、どうなるのですか?」

僕が、正直な気持ちと疑問を言うと、

「スカイやルーカスのように、僕が見込んだ人に関しては、このアムズの宇宙船で、太陽系を出て、次の惑星の観察とか、手助けをしに行ってもらう感じかな」

と言った。

「え? ここを、太陽系を離れる!? どこへ行くのですか?」

困惑している僕を見て、

サミュエルさんが、笑っていたので、

「笑っていないで、ちゃんと説明してくださいよ」

少し不機嫌な感じで言うと、

「実は、宇宙には他にも太陽系のような環境や天体があって、次に行くペガススアリス銀河にある惑星アイスには、大規模な再生化計画をしに行って、その合間に、ニセウティカル銀河の13万年前に再生化が完了した惑星に、経過観察をしに行くことになっている。そこで進化や進歩が停滞していたら、何かヒントを授けるかもしれないね」

サミュエルさんが言った。

「他にも生命体は、存在していたのですね!

経過観察ということは、地球にも来るということですか? 」

僕は、少し、興奮気味に言った。

「そうだね、いつかは」

「だったら、レベルが6になれなかった人は、経過観察で地球に戻ってくるまでに、レベルが6になれば、地球へ戻れるということですか?」

僕が聞くと、

「それは……考えない方がいいよ」

サミュエルさんが、そのことについては、

これ以上は聞くな、と言わんばかりに

少し怖い顔をした。

僕が、サミュエルさんの気迫に押されて、

「か、考えません」

と言うと、

顔が変わって、柔らかい表情になった。


そして、

意外な人の名前を口にした。

「実は、話したいことが、もうひとつあって……エルザのことなのだけど」

「エルザ……ですか?」

僕が、首をかしげると、

「エルザが、スカイの腕を噛んで、血を吸ったみたいで、その節は迷惑をかけたね、ごめんね」

サミュエルさんが、申し訳なさそうに

言った。

「なんで、サミュエルさんが謝るのですか?」

と尋ねると、

「実は……エルザの父親が、僕だからだよ」

と言ったので、

「えー! 父親!?」

驚き過ぎて、大声を出してしまった。


ルーカス室長も、地下シェルターでも

AIヒューマンの親戚だと言っていたと

思うけど……どういうこと!?

僕の頭の中が一瞬、混乱した。

よく見ると、部屋に入ってから今まで、

気づかなかったけど、

AIヒューマンには絶対にないもの、

「2本の足」が、

サミュエルさんにはあった。


頭の中が、パニックになって、

「えっと、あの、それで……馴れ初めは?」

思わず、変なことを口走ってしまった。

「あ、すいません。間違えました」

と僕が訂正したけど、

サミュエルさんは、まんざらでもない様子で

「馴れ初めね……」

と言って、

ソファーに座ったまま、人差し指を曲げて、

右から左へ動かして、下へ曲げた。

トンッ。

ローテーブルの上に、写真立てがひとつ、

降りて来た。

サミュエルさんは、指をさして、

「この人がエリザ。エルザの母親だよ」

と言った。

この人が、エルザの本当のお母さんなのか、と思ったけど、レオと内緒にする約束をして

いたから、知らないふりをして、

「え? レオの妹ではないのですか?」

と僕は言った。

「うん、実はね。この美しくて心の優しい人が、エルザの母親で、僕は運良く生き延びた、選ばれなかった培養ベビーだよ」

サミュエルさんが、ニコッとした。

「え? サミュエルさんは、アムズ生まれですか?」

僕が、驚いて聞くと、

「それは……違う気がする。だって、僕がアムズに来た時に、僕はいなかったから」

と言った。


どういうことかと言うと、

このアムズに、選ばれた培養容器の中にいた

サミュエルさんがいたら、

最高司令官のサミュエルさんが、

このアムズ生まれの証拠になるけど、

ここには、「サミュエル」という人物は、

ひとりしかいないから、サミュエルさんは、このアムズ生まれではない、ということに

なる。


「そう言えば、ロアンダンが、アムズは複数、この宇宙に存在しているって言っていた気がするな……そうなると、僕はもしかしたら、別のアムズ生まれかもしれないな。あはは、そうだったのか」

自分で勝手に納得して、笑っていた。

「サミュエルさん、まったく意味が分かりませんよ?」

僕が首をかしげながら言うと、

「あはは。スカイにも分かるように、説明しようね」

サミュエルさんが、ニコッとした。

「お願いします!」

僕が言うと、サミュエルさんは、うなずいた

あと、一呼吸おいてから、話を始めた。



――僕は、3つあった第2段階の培養容器の

中にいたカタマリで、そろそろ第3段階の

大きら培養容器に移すカタマリを決めると

いう頃、

通常は、大きな培養容器に移してから、

14年ほどたたないと、新たな子供の体に

ジッタは生まれないらしいけど、

僕には、第2段階の培養容器の中にいる

時点で、ジッタなのか、それに似たもの

なのか、はっきりとは分からないけど、

そういうものがあったらしく、

僕達の培養を担当していた人が、

「生きたい」という生命力を感じたそうだ。

だけど、僕より培養状態のよかった

カタマリがあったので、もうひとつの培養が

まったく上手くいかなかったカタマリと共に

僕は、破棄される運命にあった。


なぜ、破棄しなくてはいけないのかというと

培養が上手くいかなかったカタマリに

関しては、その後、どんな変化が起きるか

分からない、という理由もあるけど、

僕のように、培養はそれなりに問題なく

上手くいっていたのに、選ばれなかったからと破棄されるのは、似たような体でまったく

別のジッタを持つ、双子や三つ子とは違って

同じ体で同じジッタを持つ人が、同時に2人

以上も存在することになってしまうからだ。

これは、不都合なことだから、

破棄することが決まったカタマリの培養を

続けるのは、禁忌、規則に反する行為だった

のに、僕達の培養を担当していた人は、

僕をこっそり、第3段階の大きな培養容器へ

移して、助けてくれた。

僕には、ジッタのようなものがあったから、

この人の声だけは、記憶している。


僕が20歳の肉体になった時、

大きな培養容器から、小型の宇宙船に僕を

移動させた。

「私にできるのは、ここまでよ。どこかに、あなたが安心して暮らせる場所があるはずだから、探しなさい。定住できる場所を見つけたら、渡したカプセルを飲み込んで。その場所に瞬時に体が適応できるように変化して、言語も習得できるから。元気でね、サミュエル!」

宇宙空間に、僕を逃がしてくれた。

宇宙船の窓にへばりついて、

「ありがとう。さようなら」

僕は、名前も知らない、僕を培養してくれた


人に言った。



時折、ブラックホールや惑星、恒星などの

強い引力、時空の歪みに、引き寄せられたり

くぼみに落ちかけながら、あてもなく、

広大な宇宙空間を漂っていた。

そんなある日、生まれた場所を出てから、

どのくらいの月日がたって、どのくらいの

距離を進んだのかは、分からないけど、

メラメラ燃えている大きな恒星や、赤色や

茶色と白色が混じった変な惑星がある中に、

別格で、青色と緑色をした美しい惑星を

見つけた。

「すごくキレイだ。ここには、降りられるかな?」

僕は、その中に入ってみることにした。


これまで、いいかも!と思って入ってみても

真っ暗で風が強い、寒い、暑い、地面がない

小さくて着陸ができない、

コミュニケーションが取れない雰囲気の

巨大な生物しかいないとか、誰もいない、

と言った感じだったので、期待はしていな

かったけど、近づけば、近づくほど、今まで

見たことのなかった景色が、目の前に

広がっていた。

そして、僕は、通り抜けることなく、

地面に着陸した。


さっそく、宇宙船を出て、

散策してみることにした。

「なんだろう? これは? 」

見るものすべてが初めてで、

辺りを赴くままに散策していたら、

エリザに出会った。

エリザは、僕に近づいて来て、

「大丈夫ですか? 血が……出ていますよ。あの、待ってください」

何かを言っているのは分かるけど、

理解ができなくて、ぼうっとしていたら、

何かを見せてきた。

「あの、よかったら……これ、どうぞ」

何かを僕に、近づけてきた。

なんだろう?

僕は首をかしげた。

「これは、軽傷の傷に貼るものです。よかったら、貼りましょうか?」

何をされているのか、分からなかったけど、

なんとなく耳馴染みがあるというか、

研究員さんの声に似ている気がしたからか、

怖いとか嫌な感じは、まったくなくて、

むしろ、何を言っているのか、

知りたくなった。

ここに、定住するかどうかは、まだ決めて

いなかったけど、研究員さんがくれた、

たったひとつしかないカプセルを、

僕は、躊躇なく飲み込んだ。

すると、

さっきまで何を言っているのか、

まったく分からなかったのに、

瞬時に、言語を理解できるようになった。

僕は、歩いているうちに気づかなかったけど

何かに引っかけていたらしく、顔や手から、

血が出ていて、エリザが、鞄から絆創膏を

出して、擦り傷に貼ってくれた、

ということが分かった。


エリザが僕から、去って行った。

なぜか、おいて行かないで……と悲しい

気持ちになって、

「あの、僕……迷子です。助けてください!」

エリザの後ろ姿に、僕は叫んだ。

すると、エリザがふりかえって、

僕のもとへ戻って来てくれた。

「どこへ行きたいのですか?」

エリザに聞かれたけど、

行きたい場所なんて、ないから、

どう答えれば……と黙っていたら、

「もしかして、山で遭難したのですか?」

と言った。

遭難……そうだ、それだ。

記憶がないことにしよう、と思いついた。

「家が、分からなくなりました。気がついたら、ここにいて……」

僕は、うつむいた。

「もしかして、記憶喪失ですか?」

エリザが言ったので、

僕は、静かにうなずいた。

「名前は、分かりますか?」

名前……僕に名前なんて、あったかな?

と考えていた時、研究員さんが、

僕に話かけてくれる時に、別れる時にも

言っていた、言葉を思い出した。

「サ……サミュエル」

と言うと、

「よかった、名前は覚えていたのね。警察で、探してもらえるわ」


僕は、エリザに連れられて、

山のふもとにあった警察署に行った。

エリザは、捜索願が出ていないか、身元が

調べられないかを警察の人に聞いてくれた。

もちろん、

誰も僕のことを探していないし、

身元も判明しなかった。

記憶喪失ということになっている僕のことを

エリザは、不憫に思ったのかもしれない。

「よかったら、狭いですけど、私の家に来ますか? 記憶が戻るまで」

と言ってくれたので、

僕は、うなずいた。



エリザは、妹のサムと2人で暮らしていた。

時々、単身赴任先から、

サムの彼氏が泊まりに来ていた。

エリザもサムも、サムの彼氏も、

僕にとても親切にしてくれた。

エリザの家の近くには大きな図書館があって

初めてここに連れてきてもらった時に、

1冊の本に目がとまった。

あの青くて美しい惑星の写真が表紙に載って

いるの本を、僕が、じっと眺めていると、

「それ、借りる?」

とエリザが言ったので、

僕は、うなずいた。

エリザは、この表紙に載っているのは、

今、私達が住んでいる惑星「地球」で、

天の川銀河の中に、地球が所属している

太陽系があることなど色々と教えてくれた。

サムの彼氏がいる時は、

車で遠くへでかけて、海や川で泳いで、

キャンプをして、公園や映画館、美術館に

科学館、水族館と遊園地にも連れて行って

くれた。

時には、バルコニーで、日なたぼっこを

しながら、エリザと本を読んだ。

それは、それは、とても楽しい日々だった。

そうして過ごしているうちに、

僕とエリザは、いつの間にか、お互い、

惹かれ合っていた。

そして、

この先も、ずっと一緒にいよう、と約束を

した。

だけど、ある日、突然、

「他に好きな人がいて、その人との子供も授かったから、別れて欲しい」

とエリザが言ってきた。

意味が分からない! と思った僕が、

「どうしたの、突然!?」

と言うと、

「別れて欲しい……」

エリザは、僕をまっすぐ見つめながら、

同じ言葉を、何度も繰り返した。

その眼差しを見ていたら、

僕の思考は、停止してしまった。

理由を聞くのを、別れたくないとすがるのをやめて、別れを受け入れた。

僕の心は、どこへ行ってしまったのかな?

ぽっかり、穴があいたみたいだった。

傷心の僕は、隠してあった宇宙船に乗って、

地球を去った。



また、あてもなく広大な宇宙空間を

漂う生活が始まった。

あの惑星、いいかも、と思ったところは、

いくつかあったけど、

食べられそうな植物がない、

生命体がいない、地面がない、

逆に地面しかないとか……地球のような

地面も大気も海も淡水もあって、

生命体もいる、すべてが揃っている惑星には出会えなかった。



そんなある日、

僕は、アムズに出会った。

アムズは、宇宙に存在するすべての天体の

環境を守る活動をしている、定住する特定の惑星を持っていない、宇宙浮遊している、

宇宙船の国だった。

突然、外からやって来た僕を、

快く受け入れてくれた。

この時は、キュピトハート銀河の中にある、

クロードロップという惑星の、3回目の

再生化計画を行っているところだったので、滞在する代わりに、再生化計画の作業を

手伝うように、と言われた。

最高司令官は、ロアンダンという青年で、

歳が近そうだと思ったら、

すごく年上だった。

アムズで、50万年以上過ごしている、

と言っていた。

クロードロップの問題点は突然変異による、

一部の生命体の巨大化だった。

地球でいうところの恐竜のような巨大な

生き物がたくさんいて、小さな生命体が、

とても住みにくい環境だった。

巨大な生命体が土を踏み固めて、

水を飲み干して植物は枯れて、ロアンダンが来た当初は、酷い状況だったらしい。


アムズには、天体からのSOS、

「助けて」の声をキャッチする、

不思議な石があって、この石が手助けする

べき天体へ、アムズを導いていた。

石を構成している成分や本当の名前、

どこから、誰が持ってきたのかは不明だけど

見た目から、導くターコイズブルーの石、

ということで、

「ガイドブルー」と呼ばれていた。

形は、丸みのある三角形で、

頂点の一角だけ、金色に輝く部分がある。

ガイドブルーは、常にどこかを指していて、

この金色の部分が向いている方向が、

アムズの進行方向になっている。


クロードロップの再生化計画の内容は、

小さな生命体を、クロードロップの近くに

ある、小惑星2つに、

「アムズ」と言う名の避難所を設置して、

ここへ移動させて、

惑星の大気や惑星を照らしている恒星から

降り注ぐ放射線、

コミュニケーションが取れない巨大化した

生命体のDNA情報と細胞を採取して、

一部の生命体が巨大化した原因を調べつつ、

小さく培養ができないかを試みることと、

失われた自然環境の再生を行っていた。


クロードロップの再生化計画が、

もう少しで完了しそうだ、というある日、

僕は、ロアンダンの部屋に来るように

言われた。

そして、突然、

アムズの最高司令官の座を譲りたい、

と言われて、驚いた。

だって、アムズに来てまだ、

数十年だったから。


アムズは、宇宙空間を漂いながら、

ガイドブルーの導くままに進み、すべての

天体の環境を守るために再生化や経過観察、

ブラックホールに飲み込まれそうな天体を

救うなど、ありとあらゆる天体の手助けを

する任務を担っている、課せられている

宇宙船の国だから、

辞めたい! と思った時に、

好きなタイミングで辞められるわけでは

なくて、誰かに必ず引き継いでもらわないと

その地位を、立場を辞めることが

できなかった。

最高司令官や室長など、アムズの幹部の

立場になると、アムズを離れようとしても、

すさまじい引力に引っ張られて、

絶対に、アムズの引力の及ぶ範囲の外には

出られないし、

すさまじい不老不死の体になるので、

自らも自然にも、死ぬことすらできなくて、

もちろん、「あの権利」、抹消滅の権利の

行使もできない。

アムズの始まりや、創設者については、

不明だけど、誰かに引き継げれば、

すさまじい引力や不老不死の体から

解放される、ということだけは確かで、

これらのことを、

「アムズの呪い」

と表現する人もいるそうだ。


ロアンダンに、最高司令官の座を、

なぜ僕に譲ると言ったのか、

理由を尋ねると、


宇宙空間をガイドブルーの導くままに漂う、根無し草な生活が嫌になった時に、

自分の体を培養して、

ジッタのコピーを入れた偽物を作って、

引き継ぐことができれば、

アムズの呪いから逃れられるのでは?

と考えて、体を培養しようとしたけど、

何度、試しても、体の培養は、一切できな

かったので、ヒューマンボウルの体に、

ジッタのコピーを入れようと考えた。

でも、そもそも培養が上手くいっても、

ジッタのコピーを、

生体ヒューマンかヒューマンボウルの体に

入れていては、オリジナルのジッタは、

BNの中から出られないので、

この作戦は、本末転倒だった、

と数百年たった頃に、気づいたそうだ。

それに、なかなか定住したいと思える惑星が見つからなかったので、

アムズから逃れることはできないのか……

と半ば諦めかけていたそんな時に、

クロードロップと僕に出会って、

定住先と後継者になる人を見つけた!

と思ったと、ロアンダンが言った。

ロアンダンいわく、

本当は、得たいのしれない僕を、アムズに

引き入れるのは、駄目だったのに、

背後から神々しい光が見えて、運命だ!

と思ったので、外から来た僕を受け入れて、

引き継いでくれるかどうかは、

分からないけど、その時のために、

アムズのイロハを僕に教えていたそうだ。

実は、ロアンダンがつきっきりで、

色々とやらされるな、と思っていたので、

理由が分かって、なんだかスッキリした。


再生化が終わったクロードロップに

住みたいと、ロアンダンは言ったけど、

僕は、ここの暮らしが気に入っていたし、

そもそも、他に行くあてがなかったので、

この場所を離れることができない、

「アムズの呪い」は、好都合だと思った。

せっかく見つけた居場所を、

また失う時が来たら嫌だから、僕は即答で、ロアンダンの申し出を快諾した。


そして、再生化計画が完了した、

クロードロップへ向かう直前、

「いつか、サミュエルにも定住したいと思う場所に、出会う日が来るだろうね……もしくは、そんな場所が欲しくなるはずだ。不思議なもので、ふとした時に、定住先と後継者が同時に現れる。もしくは、一緒にいたいと思える人にもね。これは、偶然ではなくて、必然だ」

ロアンダンは、嬉しそうに笑いながら、

アムズで出会った人と一緒に、

アムズを去って、

クロードロップへ向かった。


そんな日は、来ないよ。

だって僕には、

ここにしか、居場所がないのだから……。

一緒にいたいと思える人も……今はいない。

去って行くロアンダンの後ろ姿に、

僕は言った――



「だけど今なら、ロアンダンが言ったことが、そうかもしれないって思う。エリザのいた地球に住みたいと思うから……どうかな? このままアムズに残らない? そう言えば、エルザはスカイのことが、好きらしいね、気づいていた?」

僕は、色々と質問したいことがあったのに、

頭の中が、真っ白になってしまった。

そんな、急に好きとか……あんなかわいい

エルザに好きとか言われても……この前も、

こんなシチュエーションあったな、

と僕は思い出した。

サムさんに聞かれた時、同様に、

答えに困ったので、話をそらそうと、

何でもいいから、質問しようと考えて、

「地球再生化計画が、今回で3回目って本当ですか? サミュエルさんの名前は、誰がつけたのですか?」

思いついたことを聞くと、

「え!? 話がズレ過ぎだよ。照れちゃってかわいいな、スカイは」

サミュエルさんが笑った。

僕の顔は、真っ赤になった。

そんな僕を見てさらに、サミュエルさんが

笑っていた。

「もう、笑いすぎですよ!」

僕が、泣きそうな顔で言うと、

「ごめん、ごめん。質問にちゃんと答えるから、許して」

サミュエルさんは、自分の頬を、両手の

ひらで軽くたたいて、込み上げてくる笑いを抑えようとしていた。


落ち着きを取り戻してきたサミュエルさんは

「まず、再生化計画については、本当だよ。ルーカスに聞いたの?」

と言った。

真っ赤な顔をしながら、平静を装って、

「はい。遺跡が、植物の成長を妨げていたので、遺跡がないほうが、緑化しやすいのでは? という議論の流れで、たまたま聞きました」

僕が答えると、

「なるほどね。次に、僕の名前についてだけど元々、培養容器についていたか、助けてくれた研究員の人が考えてくれたかの、どちらかだと思う」

と教えてくれた。

「そうですか。あの、確認ですが、シェルターで、AIヒューマンの親戚的なことを言っていたと思うのですが……違いますよね? だから、エルザの父親なのですよね? なぜ、嘘を?」

僕が聞くと、

「その通り。僕は正真正銘、『人』だよ。AIは、プログラムに忠実だから、非情にもなれるけど、人だと融通がきくかもしれない、という希望を持ってしまう。それを排除するために、人だということを隠した。そんな意図には、誰も気づいていないと思うけど。こんなことを言っておいて、一番、情に流されてルールをいくつも破って、自己中心的な行動をしたのは、この最高司令官の僕だけどね」

サミュエルさんは、苦笑いをした。

「そんな意図があったのですね、まったく気づきませんでした。ところで……」

ふと、気になったことがあったけど、

聞いてもいいのか迷った。

「ところで……何?」

「あの……エルザのお母さんとは別れたと言っていましたけど、エルザが生まれたと言うことは、復縁したということですよね? エリザさんは、今どこにいるのですか? ちょっと気になって……」

僕が、様子を伺いながら言うと、

「他に、聞きたいことはある?」

サミュエルさんが、ニコッとして言った。

この話はやはり、深堀するな……という

ことか、怒っているかな? と思ったけど、

サミュエルさんは、ニコッとした表情のままで、感情が読み取れなくて、

なんだか恐ろしかった。

「冗談だよ、驚いた?」

突然、笑いだしたので、

「冗談がきついですよ、怒られると思いました」

僕は、苦笑いをした。

サミュエルさんは、突然、真顔になった。

「そうだね、エリザは……スカイにエルザのことを任せるかもしれないし、話しておいた方がいいね……」

ボソッとつぶやいて、

机の上に置いてあった写真立ての中の

エリザさんの顔を、そっとさわった。




○次回の予告○

『2人の気持ちと第3回地球再生化計画』








































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