第6話(絵あり) 違和感

# 近日ノートに挿し絵があります。

本文と合わせてご覧ください。

近日ノートの☆20☆です。



次の日、同じようなタイミングで、

僕達は、目が覚めた。

部屋の時計を見ると、午前7時だった。


「今日は、グループA1 から順番に、医務室Bで、1回目の薬の服用があります。8時から開始するので、朝食を済ませて、部屋で待機をして、リサの指示に従ってください」


ベゾラスのスピーカーから、電子音声が

流れてきた。

「リサの指示だって」

リアムが笑って言った。

うちのリサは、爆睡中だった。

「絵に描いたように、スヤスヤ眠っているから、起こすのは何だか、気が引けるね」

リアムとレオが話していると、

「ベゾラスに、ボイスレコーダーの機能があるよ。伝言を残すのはどう?」

ステファンが、提案をしてくれた。

「ナイス・アイディア、ステファン!」

僕達は、リサに、

「食堂へ行ってきます!」と伝言を残して、部屋を出た。


食事をして戻った時、

リサはまだ眠っていた。

「開始時間になりました」

ベゾラスのスピーカーから、音声が流れると

その声に反応したのか、リサがやっと目を

覚まして、ベッドから出てきた。

「リサ、おはよう」

レオが笑顔で声をかけると、

「行くよ」

一言だけ言って、部屋を出て行った。

「え? 今、リサに無視された? ねっ、ね!」

レオが悲しそうに、僕に言ってきたので、

「僕も、何回も無視されたことあるよ。そこで学んだのは、あーゆうやつだ、と思うこと。その方が、心が楽になるよ」

背中をなでて、慰めた。



薬を服用する医務室Bは、

ひとつ下の階にあった。

リサの後ろに続いて、階段を下りて、

階段室を出た時、薬の服用が終わった

グループが、医務室Bから出てきているところで、その人達が、

「薬、不思議だったね」とか

「飲みやすかった」と話をしているのが、

すれ違う時に聞こえた。

何が不思議なのかな?

それにしても、

「薬を飲む」が、前提になっている。

飲まないという選択もできるのかな?

もし、その選択をしたら、

ここから追い出されるのかな?

なんてことを考えたりもしたけど、

宇宙へ行くための訓練は、テレビや本で見たままなら過酷そうだし、グルグル回転する

訓練は、特に絶対にやりたくない。

今の地球に住めないなら、

薬を飲んでお手軽に宇宙へ行きたいな、

という結論に僕はいたった。


リサと共に、医務室Bの中へ入ると、

そこにはAIヒューマンが、何体かいた。

カーテンが閉められていて、

奥がどうなっているのかは、

見えなかったけど、隙間から扉が見えた。

机の上に、1mくらいの長さの白いトレーが置いてあって、

そこに、手のひらのサイズのシャボン玉の

ようなものが、何個も入っていた。

あれが薬なのかな?

前に庭園風の場所で見た薬とは、何か違うなと思っていたら、そのシャボン玉のような

球の中心に、前に見た薬が入っていた。

僕達は、机の前に、一列に並んで、

ひとり、ひとつ、球を貰った。

「これは、調理ボウルに薬と水を入れたものです。口をつけて、飲んでください」

AIヒューマンが言った。

「調理ボウル?」

レオが聞くと、

「単に、気体を圧縮した入れものだと思えばいいです。それは、重要ではありません。とにかく、飲むことが大切です」

AIヒューマンは、僕達の手をつかんで、

手のひらに調理ボウルをのせてきた。

強制的に受け取った僕達は、顔を見合わせて

「飲んでみる?」

「まさか、毒じゃないよね?」

手に持ったまま、口をつけることを躊躇して

いると、

「ねぇ、みんな……AIヒューマンの視線が怖い」

リアムがこわばった表情をした。

不安な気持ちよりも、AIヒューマンからの

「四の五の言わずに、飲め!」という圧力に

負けてしまった。

恐る恐る、口をつけてみた瞬間、

破れた感覚はなかったのに、

口の中に、水が入ってきて、

いつの間にか、手に持っていた調理ボウルは

跡形もなく、消えていった。

僕達が、薬を飲んだことを確認したリサが、「行くよ」と言った。

入ってきた扉とは別の扉から出て、

階段室へ向かった。

その途中、

今から薬を服用するグループとすれ違った。「薬、不思議だったね」

リアムが、薬の服用前にすれ違った人と、

まったく同じことを言ったので、

面白かった。

今、すれ違った人も、医務室Bの中へ入って出てきた時には、同じ感想を持って、

何が不思議なのだろう? と思った謎が、

解ける瞬間になる。


薬の服用とか、予防接種をしたあとには、

多かれ少なかれ、副反応というものが、

ついてまわると思っていたけど、

この薬に関して言えば、

それがまったくなかった。

2週間後の2回目の薬の服用の日まで、

自由に過ごしていいと言われたので、

僕達は、ご飯を食べて、運動広場で遊んで、図書室で本を読んで、部屋でトランプを

して……と、毎日楽しく過ごしていた。


そんな中、リアムが僕に、何か言いたげな

様子だなと気づいたのは、1回目の薬を服用した、1週間後くらいからだった。

レオ、エド、ステファンと一緒の時は、

いつも通りのリアムに見えるのに、

僕と2人になった時のリアムは、

落ち着きがなく見えた。

「あのさ、スカイ……」

と言いかけて、

誰かが近くに来たりすると、

「何でもない」とごまかし、

また2人になると、

「あのね……」と言って、言葉をつまらせて

結局、何も言ってくれない。

言いたいことがあるのなら、早く言って欲しいと思う。

中々言えないとうことは、よくない話なの

かな? 聞くのが怖いなと思いつつ、

気になっていた。

話してくれるのを待っていたら、僕が忘れている時もあって、何事もないまま、1回目の薬の服用から、2週間がたっていた。



また朝の8時から、2回目の薬の服用が、

グループごとに始まった。

そこで、リアムの異変に気づいて、話を打ち明けてもらっていないことを、思い出した。

飲みたくないな……という空気を、

リアムから感じたので、

医務室Bに入る順番を通路で待っている時に

「何か、心配事でもあるの?」

と聞いてみた。

「飲みたくない」

小さな声で、リアムが言った。

「どうして?」

僕が聞くと、

口をキュッとつむって、

目が泳いでいたリアムを見て、言いたいけど言いにくい、という雰囲気を感じた。

「どうしたの?」

僕が改めて聞くと、

「それがね……」

リアムが話そうとした時に、

タイミング悪く、僕達の順番が来て、

何も聞けなかった。


医務室Bの中へ入って、

机の前に一列に並んで、薬を受け取って、

僕とレオ、エドとステファンは、

当たり前のように薬を服用したけど、

調理ボウルが口に、ふれるか、ふれないか、

という微妙な距離感で、

服用するのをリアムだけが、躊躇していた。そんなリアムにリサが、

「早く、飲んで」

しっぽで、リアムの後頭部を押して、調理

ボウルに無理やり近づけようとしていた。

僕的には、薬の服用に対して、

抵抗はなかったけど、リサとリアムのやり取りを見たからか、強制的で、何となく嫌な

感じがした。

リアムが薬を飲み終えたのを確認したリサは移動を始めた。

「大丈夫?」

僕が声をかけると、

リアムはうなずいたけど、

その表情や様子から、大丈夫ではないことは明らかだった。


医務室Bを出て、階段を上っている時に、

「このまま、図書室へ行かない?」

エドが言った。

「いいね、行こう!」

レオが言うと、

ステファンがうなずいた。

「図書室に行ってから、部屋へ戻るよ」

リサに言うと、

「ゆっくり、してこい」

と言われた。

「リサって時々、言い方がワイルドだよね」

レオが言うと、

「リサワイルド」

エドが言って、

「なんか、名前みたい」

リアムが笑った。

さっきまでの様子とは、真逆のリアム。


楽しく話をしているうちに、

図書室に到着した。

「僕は、あちらの棚で本を探してくるよ」

「この前の続きを借りてくるね」

バラバラになったので、

チャンスだと思って、リアムを追った。

図書室の本棚を使って、「壁ドン」ならぬ、

「本棚ドン」をすると、

リアムがわざとらしく、

「キュン」と言って、

瞳をキラキラさせながら、見つめてきた。

「ここで、恋は生まれないな」

僕が静かに言うと、

「その通り」

本棚に押しあてていた僕の手を、

リアムがはらいのけた。

「何か、話があるよね?」

僕が言うと、

リアムが本を選びながら、

「そうだ! トイレに行こう」

ウィンクをしてきた。

「トイレに行きたかったの? すぐそこだから、行ってくれば」

やっと話してくれるのかと思ったら、ふざけてきたので、少しイラッとしてしまった。

リアムは手を合わせて、

「お願い!」

何回も小さな声で言ってきたので、仕方ないなと思い、2人で、図書室の端にあるトイレへ移動した。


トイレの中へ入ると、

リアムが、個室の扉を順番に開けて、

誰も入っていないのを確認して、手を洗うところの蛇口をひねって水を出した。

手を洗うのかと思ったら、

蛇口を全開にして、勢いよく出ている水を

眺めているだけだった。

「水が、もったいないよ」

蛇口を閉めようと手を伸ばしたら、

その手をリアムがつかんで、

「止めないで、このままで」

と言った。

「どうして? 水の無駄使いだよ」

「ここには、いたるところにAIロボットがいるし、監視カメラもあるから、スカイ以外には、聞かれたくない」

稀に見る、真剣な眼差しで言うので、

「分かった。それで、どんな話?」

と聞くと、

話したいと言ったくせに、

話そうかどうか迷っている様子だった。

水がもったいないし、早く言ってくれ、

とイラ立つ気持ちを抑えて、

「どうしたの? 困っていることがあるなら、親友の僕に話してみて」

僕が、必死に笑顔を作って言うと、

「……」

リアムは、少し黙ったあと、

決心がついたのか、ついに話し出した。


「1回目の薬を服用した数日後に見た夢に、スカイと母さんが出てきて、母さんの……」

「リリアさんが、どうしたの?」

言葉をつまらせたリアムに尋ねると、

「母さんの……腕が、なかった」

リアムが言った。

「腕がないって……リリアさんには、『腕』あるよ。カッコイイ、シータを守ってくれている腕が」

「そうだけど……その腕は、人間ではなくて、サイボーグ、機械でしょう? 何の違和感もなかったよね? 産まれた時から右腕と右手だけ、サイボーグだった、くらいの感覚でしょう?」

「そう言われれば、確かに……何で、右腕と手だけ、サイボーグなの? 違和感を今、覚えたよ」

リアムに言われて、僕は不思議に思った。

「そうだよね!? 何でそうなったのかは、分からなかったけど、夢にその答えがあって……」


僕は、ドキドキしながら、

その答えを聞いた。


「母さんは、事故にあって、右腕を失ったけど、ヒューマンレベルが5になった時に、手紙が届いて、『先進的な肉体改造が、受けられる権利が発生しました。腕をプレゼントします』と書いてあった。数日後、学校から帰ると、母さんにはサイボーグの腕がついていて、すごく喜んでいた。そういえば、こんな出来事があった気がするな、と思って」


リアムの話を聞いて、

確かにそんなことがあった気がする、と僕も思った。


「それよりも、違和感というか、不思議なことがあって、実は、こっちの話が本題で……」

リアムが言った。

「リリアさんの腕のことよりもって……どんなこと?」

「スカイは、『あの日』の少し前の町の様子とか、覚えている?」

リアムが言ったので、

「何となくなら……それが、どうしたの?」

僕が言うと、

「他の人が話しているのが聞こえてきて、その通りだって、気づいたことが……」

リアムがまた、言葉をつまらせた。

言うのをやめておこうかな、と迷いだした

感じに見えたので、

今さらやめるとか、なしだよ!

水がもったいないし、とまたイラッとして

しまって、

「気づいたことって、何!?」

不機嫌な感じで言うと、

「言うから、イライラしないでー」

リアムがあたふたした。

「ごめん、ごめん。つい」

僕は、平謝りした。


リアムは、深呼吸をして、

「人間以外の哺乳類というか、人間以外の生き物が、一切いなかった気がする……動物、魚、虫とか……」

と言った。


「まさか、そんなこと、ありえないよ。冗談は、やめ……」ろよ、と言おうとして、

僕は、ハッとした。

リアムの言う通りだったからだ。

「あの日」の、数か月前に、リアムの隣の家の犬2匹が、同時刻に亡くなって、

その次の日には、

2軒隣の家の猫とオウムが、同時刻に亡く

なった。

さらにその次の日には、

リアムの飼っていたリスのリッキーと、

向かいの家のウサギが2羽、金魚が3匹、

同時刻に亡くなった。

同時に亡くなったことを不審に思った、

リアムの隣の家の人が、動物病院で、死因が知りたいと、解剖をしてもらったけど、

死因不明の突然死だと言われたらしい。


「スカイ、可愛がってくれていたよね、リッキーのこと。飼われていた動物以外だと、牛や鶏、豚の肉とかが、いつの間にか、大豆ミートと瞬培加工肉に代わっていなかった?」

リアムに言われて、

僕は、記憶を巡らせた。

大豆ミート……瞬培加工肉……兄さんと

よく行っていた喫茶店の好きなメニューの

材料だ。

「そうだ、思い出した! いつも食べていたのは牛肉、100%の粗挽きハンバーグだったのに、いつの間にか大豆ミートと瞬培加工肉の粗挽きハンバーグになっていた」

僕が言うと、

「やっぱり!? 僕の記憶がおかしいのかな、聞いてみようか、どうしようか、悩んでいたのは、このことだよ」

リアムが言った。

「そうだったのか……あ!」

僕は、さらに思い出した。

「すごく、大切な人のことを、忘れていたみたい……」

目に涙が、あふれてきた。

「大切な人って、誰?」

「兄さんだよ、兄さん」

僕が言うと、

「兄さん……えっと、誰の?」

リアムがまったく分からないという雰囲気で言うので、

「茶化すなよ! 僕の兄さんの『クレイ』だよ」

ふざけるな! という勢いで言うと、

「クレイ? ちょっと待って……もうすぐ何かを思い出しそうだ」

リアムは両手で頭を抱えながら、

うなっていた。

しばらくすると、

「そうだ、クレイ兄さん! 僕を弟のように可愛がってくれた兄さんだ! どうして、忘れていたのかな……ごめんね」

リアムの目にも、涙があふれてきた。


僕とリアムは、他にも何か、大切なことを

忘れているような気がしたので、

学校の帰りに寄り道をしていた商店街にあるお店で、お互いの記憶を、探ってみることにした。

「まずは、商店街の南の入り口を入って、すぐにある、お店でいこう」

リアムが言った。

「せーの、魚屋フィン!」

2人とも、同じ答えだった。

その中にあった、

「魚屋フィン」という看板が徐々に変化して

「フィンの瞬培フィッシュ」という看板に

変わってしまった。



「瞬培フィッシュ」とは、

瞬間培養という特殊な技術を利用して作った

魚介類のことで、

ここには、生きた魚介類は、一切いない。

ちょっとポップな魚の形やクラゲの形をした機器が何個か店先に置いてあって、

機器の画面の中には、スクエアがいる。

どうやって魚介類を買うのかというと、

機器の取り出し口に、持参した容器を置くと

機器の画面にスクエアが現れて、

「いらっしゃい」と出迎えてくれる。

画面に、赤身の魚、白身の魚、エビカニ類、貝類、海藻類の表示が出てくるから、

欲しいものを選択する。

例えば、赤身の魚を選んだ場合、

赤身の魚の画像と名前の一覧が表示される。欲しい魚と、調理するのか生食なのか、

何人分必要なのかを入力すると、

スクエアが出てきて、

「培養を開始します」と言って、

機器が動き始める。

ちなみに、調理を選ぶと、

「煮る」「焼く」「蒸す」の3つから

調理方法が選べて、味付きで培養してくれるので、家に持って帰ってから調理する必要が

ないので、とても便利。

待ち時間は、スクエアが一緒にいてくれて、「あと1分」、

「今、このくらいできている」などと、

注文した魚介類の形に変形して、

状況を教えてくれる。

完成すると、取り出し口に置いた容器に

入れて、「また、どうぞ」と言って、

消えてしまう。

もし、持ち帰るための容器を忘れると、

「取りに帰って」とスクエアに言われるので容器は必ず持参しないと、

販売してもらえない。

以前の世の中なら、忘れたのなら近くの

雑貨店などで買えばいいという発想になると思うけど、購入用の食品を入れる容器は、

すべて国からの支給品なので、年に四回の

交換時期か、「破損しました」と国に申請をした時にしか新たには貰えない。

もし、紛失した場合は、

その証明をすれば貰えるけど、その証明が中々難しいので、年に四回ある交換時期が

来るのを、待つしかない。



どういうこと!?

何で!? と考えていたら、

「スカイ、大変だ!」

リアムが青い顔をして言ったので、

「だ、大丈夫? どうしたの?」

不安気に聞くと、

「記憶がやばい……」

「どう、やばいの?」

「ペットショップの看板、覚えている? いつの間にか、『ロボットパートナーショップ』という看板に変わっている!」

「ペットショップ……僕達が、リッキーに出会った場所だね……」

僕が記憶を巡らせていると、驚きの光景を

思いだして、

「だあぁ」

変な声が出てしまった。

「大変だ、リアム! 犬が好きなのにアレルギーが酷くて、飼えないって言っていた近所のおばさんが、犬を5匹も連れていたから、あれ? と思ってよく見たら、4匹はロボットの犬で、もう1匹は、透け感のある変なロボット? の犬だった! それに、商店街の『肉屋のマイク』の看板が、『大豆ミートと瞬培加工肉のマイク』という看板になっている!」

僕が言うと、

「あぁ、本当だ! 肉屋さんなのに、お肉が冷蔵のショウケースにひとつも並んでいなくて、むしろ、ショウケースもないし、魚屋さん同様、おかしな形の機械しかない」

リアムが興奮気味に言った。



「瞬培加工肉」とは、

瞬培フィッシュ同様、瞬間培養という、

特殊な技術を利用して作った肉類のことで、

「材料の状態に培養したもの」と、

「調理済みでそのままの状態で食べられるように培養したもの」の2種類がある。

魚屋さん同様、スクエアのいるポップな形をした機器があって、

容器をセットして、材料の状態で欲しいのか

調理済みで、どの料理が、いくつ欲しいのか

などを選択していく。

「材料の状態」とは、

例えば、培養した肉と大豆ミートや野菜と

混ぜたいとか、他の材料と一緒に何かを

作りたい時に、重宝する培養の完成形態で

「調理済みでそのまま食べられる状態」とは

培養した肉だけのハンバーグやステーキ、

とりの照り焼きなど、他の何かと混ぜたり

しない料理が欲しい時に重宝する培養の完成形態のこと。



今、思えば、いつの間にこんな仕組みの

世の中になったのか、すごく不思議に思う。

気づいたら、あの日常が、

当たり前の世の中になっていたから。


僕は、魚屋さんを思い出したことで、ある人の顔が、頭の中に浮かんできた。

「もうひとり、大切な人がいたのを思い出したよ」

僕の目にまた、涙があふれてきた。

「それって、誰? クレイ兄さん以外に誰かいた?」

リアムが、まったく思いつかない、という

感じで言った。


「僕のおじいちゃんだよ……」


「おじいちゃん?」

リアムがまた、頭を抱えながら、

しばらく考え込んで、

「あ、思い出した! スカイのおじいちゃん、電気屋さんの!」

思い出してスッキリした、

という表情をした。

「フィンの魚がおいしいって……大切な二人のことを、忘れていたなんて……最低だ」

自分に腹が立ったし、悲しくなった。

そんな僕を見てリアムが、

「この現象は、薬のせいだよ。スカイは悪くない。だって、僕も忘れていたもの……」

リアムが、そんなに自分を責めないで、

と慰めてくれた。

僕とリアムは、次々と世の中の変化を思い出して、何だか、怖くなってきた。


どうして今まで、

あんなに大きな変化だったのに、

気づかなかったのか……突然、僕の知らないところで、同時に絶滅してしまったの?

魚介類や動物などの、人間以外の生き物は、一体どこへ行ってしまったの?

分からないことばかりだった。

それよりも、

兄さんとおじいちゃんのことを、

忘れていたことが、とてもショックだった。

リアムの言う通り、

あの薬が怪しく思えてきた。


でも、もう、2回も服用してしまった……。


今は思い出せたけど、

また忘れてしまう気がするから、

覚えているうちに、おじいちゃんと兄さんの安否確認や捜索を依頼しようと思った。


「あ!」

リアムが叫んだ。

「ど、どうしたの?」

僕は少し驚いた。

「前に、遠足でリニューアルした水族館と動物園が一緒になった『水族動物園』に行った時のことを思い出した……リニューアル前には、ワシントン条約かなんかで、輸入ができないと聞いていたゴリラがいたというか、魚やイルカ、ラッコなどの海の生き物も、サイやゾウ、ゴリラなどの動物たちもすべて、本物と思ってしまうほど巧妙にできたロボットだった」

リアムが、困惑した表情をした。

「水族動物園……あ、本当だ! 確かにロボットだった。爬虫類館の蛇もトカゲも、ウーパールーパーも……」

リアムに言われて、僕はまた思い出した。



「とりあえず、この話は、2人だけの秘密にしておこう」

リアムが言ったので、僕はうなずいた。

水道の蛇口を閉めて、トイレを出た。


レオ達と合流して、

「兄さんとおじいちゃんを探して欲しいと頼みに、管理室Aに行ってくる」

と伝えると、

ステファンが、

僕の方を見ている気がしたから、

「ステファンも行く?」と聞いてみると、

うなずいた。

「誰を、探したいの?」

レオが聞くと、

「……お母さん」

そう言ったステファンを、

エドが戸惑った表情で、見た気がしたので、

「どうしたの? エドも探したい人がいるの?」

僕が聞くと、

「僕? なんで? エマは、ここにいるけど」

少し慌てた様子で、エドが言った。

「そ、そうだね。探す人はいないか」

僕は、苦笑いをした。

何かあるような気がしたけど、

ふれてはいけない気がしたので、

「行こう」

僕は、ステファンに声をかけて、

図書室を出た。



歩いている時に、気になったので、

「エドと何かあった? というか、エドって何かあった?」

と聞いてみると、

「何もないよ。なんで?」

ステファンに、逆に質問をされた。

「いや、なんでもない。お母さんとは、どこまで一緒だったの?」

僕は、話題を変えた。

「お母さんとは……学校に行く時に別れた」

静かなトーンで、ステファンが言った。

「僕と同じだね。学校にいる時に、災害にあったのか。その後、お母さんとは会ってないの?」

ステファンは、うつむいたまま、

何も答えてくれなかった。

言葉にするのが難しい時もあるし、と考えて「お互い、早く再会できたらいいね」

と言って、会話を終えた。

そのあとは、

お互いずっと無言で、気まずくて、この感じは長くは耐えられない、と思っていたら、

管理室Aが見えたので、ホッとした。


管理室Aの扉をたたくと、

その横に設置されていた画面が起動して、

スクエアが現れた。

「何の用?」

「シェルターの管理者に、お願いしたいことが……」

僕が言うと、

「どんな?」

スクエアが言った。

「僕の兄さんとおじいちゃん、ステファンのお母さんを探して欲しいと頼みたくて」

「ふーん! 聞いてくるから、待っていて」

スクエアが、画面からいなくなった。

「話……聞いてもらえるかな?」

僕が、つぶやくと、

「聞いてもらいたいね」

ステファンが言った。

画面にスクエアが、戻ってきて、

「入って、いいよ」

扉を開けてくれた。


中に入ると、

何も映っていない画面がたくさんあって、

宇宙船のコントロール室のような雰囲気

だった。

AIヒューマンのロゼが、

フワフワ浮きながら何も言わずにこちらへ

近づいて来て、四本の指を広げて、

僕の頭の上にそっと手をのせた。

「探したい人を、思い浮かべて」

と言ったので、

兄さんとおじいちゃんのことを、

思い浮かべた。

すると、ロゼの目が、テレビの砂嵐のように

なって、頭が回転した。

しばらくすると、

頭の回転が止まって、目も正常になった。「おじいさんのレベル5、お兄さんのレベル、マイナスだから、ここには、いない」

と言った。

やっぱり、マイナスなのか……レベルは5のはずなのに、どうしてだろう?

僕の心の中は、絶望感でいっぱいになった。

「なんで、マイナスなの? 今、2人はどこにいるの?」

僕が言うと、

聞こえなかったのか、無視をしているのか、

何も言わずに、僕の頭の上にあった手を、

ステファンの頭の上にのせて、

僕と同じことを聞いて、頭を回転させた。

しばらくすると、

回転が止まって、

「お母さんのレベルは、ゼロだから、忘れなさい」

ステファンの頭から、手を離した。

「生きていますよね!? 今はどこにいますか?」

ステファンが、大きな声を出したので、

少し、驚いた。

「会いたいです」

ステファンが、涙を流した。

「お母さんは、忘れなさい。もういな……」

ロゼが言い終える前に、

「どこにいるの!?」

ステファンが話を遮った。

いつもと様子の違うステファンに、僕は

自分のことよりも、気になってしまった。

「会いたいです、たったひとりの母親だから……探してください」

ステファンが泣きながら言うと、

訴えが通じたのか、

「仕方ない、AIキュープの回収があるから、3人の確認をする。だけど、ヒューマンレベル、マイナスもゼロも覆らない」

僕達の方を見て言った。

なんだ、僕の話をちゃんと、聞いてくれて

いたのか……なら、無視しないでよ、

心の中で思った。

「マイナスの理由を教えてよ、ロゼ」

僕が聞くと、

「マイナスは覆らない」

先ほどと同じことを言った。

そして、もう一度聞くと、何も答えてくれ

なかった。

しつこく聞いて、ロゼが怒って、探さない!

と言われても困るし、

兄さんとおじいちゃんに会えれば話せるから

その時に色々聞こうと僕は思った。

僕とステファンは、

「よろしくお願いします!」

ロゼに言って、管理室Aを出た。

その時、扉の横に設置してあった画面に、

スクエアが現れて、

「期待するなよ、すぐに忘れるよ」

と言ったので、

「スクエア、黙って」

僕はちょっと睨んで、言ってやった。

「僕達の望む知らせが、早く届くといいね」

「うん」

僕とステファンは、図書室へ戻った。


さっき、みんながいた場所に行くと、

そこには、他の人が座っていたので、

どこかな? 見渡していると、

入口から少し離れた場所にあるソファーに

座っていた。

僕とステファンに気づいたレオが、

こっちだよ! と手を振った。

「どうだった?」

リアムが言った。

「AIキュープで、探す的なことを言ってくれたけど、帰り際、スクエアに期待するなって言われて、ちょっとイラッとしちゃった」

僕が笑って言うと、

「その気持ち、分かるよ」

リアムが、うなずいた。

「ステファンのお母さんも探すって言ったの?」

エドが僕に言った。

「うん。探すとは言っていたけど……」

「けど……何?」

エドが前のめりで、聞いてきた。

「探すと言ったくせに、忘れなさいって、ロゼが」

僕が言うと、

「やっぱり、そうか……」

エドが小さな声で、つぶやいた。

「やっぱりって?」

エドの横にいた、レオが聞くと、

「え? 何が?」

慌てた様子で、エドが答えた。

エドとレオのやり取りを見ていた

ステファンが、

「間違っている」

エドに向かって、小さな声で言った。

「少し疲れたから、部屋で休むね」

エドは、図書室を出ていった。

「エド、どうしたのかな?」

僕とレオは、顔を見合わせた。

エドが読んでいた本を、見つけたリアムが、

「本、置きっぱなしだ」

本を、取ろうとした時、

「戻るついでに、僕が片付けるよ」

ステファンは、

本を手に取って、本棚へ戻したあと、

図書室の出入り口へ向かって、

歩いて行った。


「何?」

残された僕達、3人の頭の上には、

ハテナマークが出現していた。

「あの2人って、元々、知り合いだっけ?」

レオが言った。

「うん、確か……初日の自己紹介で、幼馴染みって言っていたような……」

僕達は、そのままソファーに座って、

少し、話をしてから戻ることにした。

「エドとステファンの様子、変だったよね?」

リアムが、首をかしげながら言った。

「うん、変だった! 何か、ありそうな雰囲気?」とレオ。

「さっき、2人だった時に、何か話した?」

「これと言って、特には……」

僕が言うと、

「ヒントはなしか……何か秘密がありそうな雰囲気だったけど、あえて聞かない方がいいのかな?」

リアムが言った。

「そうだね、誰にでも秘密にしたいことの、1つや2つあるしね」

レオがウィンクした。

「レオの秘密か……たいしたことなさそうだし、知りたくない」

リアムが笑いながら言うと、

「なんだと!」

レオとリアムが、

ふざけ合いを始めた。

「ちょっと、2人とも、声が大きいよ。静かにしないと」

と言っていたら、

キラが近づいてきて、

「うるさいよ。出ていくか、黙るかどっち?」

案の定、注意を受けてしまった。


キラは、図書室担当のアニマルタイプの

浮遊AIロボットで、いつも薄汚れた本を

持っている。

どんな内容の本なのかすごく気になるけど、

「見せて」と頼んでも、

「宝物だから、駄目」と必ず断られて

しまう。

見た目は、ウサギに似ていて、メルヘンな

感じで可愛いのに、言い方にトゲがある時が

多々ある。


口が悪いと言うか、口調に難があるAIが、

多い気がする。

誰? AI達に、言語のプログラムをした人!

思いやりのある話し方をするプログラムを、

完全に忘れていますよ!

タイムマシンがあったら、過去に戻って、

プログラムの作業をしている現場に行って、伝えてあげたい、と僕は思った。


3人で部屋へ戻ると、エドとステファンが

穏やかな雰囲気で、話をしていた。

リアムとレオは、図書室からずっと、

「リアムのせいで、キラに追い出された」

「違うよ、レオのせいだよ」

醜い争いをしていたので、

「どっちもだよ」

僕は、冷ややかな目をしつつ、

笑顔で言った。

エドもステファンも、何事もない雰囲気に

見えたけど、何かある気がして、

何だか煮え切らないモヤモヤが残ったまま、この日は、眠りについた。



○次回の予告○

『誕生日』












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