第28話 監視された天子と命の血判状

 曹操は禰衡せいで頭痛が止まなくなってしまった。


「頭痛薬を………」


 曹操は頭痛薬を飲みながら命令する。


「天子の動きになにかあったか?」


 曹操が兵士に尋ねると、兵士はなにもないと伝えた。


「なら、私はゆっくり寝ることにする。」


 曹操が静養に務めると、董承は天子に報告する。


「献帝、曹操は頭痛で余裕がなくなっております。今ならなんとかなるでしょう。」


 それを聞いた天子は即座に命ずる。


「よし、劉備を呼んでまいれ………」


 劉備は皇叔の立場になりながらも野を耕し、作物を育てていた。


 そんな時、『ドンドンドン』を慌てながら門を叩く者が現れる。


 曹操の兵士かと思った劉備だが、開けてみると董承であった。


 董承は中に入るなり、即座に門を自分で閉めた。


 誰かの目を避けるためにやったのだ。


 驚いた劉備は何が起こったか理解が追いつかなかった。


 そして、疑問を投げかける。


「董国舅(董承のこと)、あなたのようなお方がなぜ、こんなところに?」


 董承は慌てて言う。


「ここでは危険です。奥で話しましょう………」


 劉備は何事か、理解できず、言われた通り、奥へと案内する。


 すると、今夜、天子に拝謁するようにと求められる。


 そう言われて劉備は従い、董承の言われた時間に謁見へと参るのである。


 しかし、そこには曹操の監視役が居た。


 劉備は天子に拝謁を求められていることを伝えるとなぜか、断られた。


 異様な何かを感じ取った劉備は天子の命のために監視役を脅迫することにした。


「私は丞相(曹操)に、ここの出入りを特別に許されている。私を通さなければ丞相に貴様の罪を問うぞ!!」


 そう言うと、監視の男は曹操を恐れて劉備を通すことにした。


 劉備はやっとの思いで入ることができた。


 そこには董貴妃がいた。


 劉備が尋ねる。


「天子はどちらに?」


 そう尋ねると、董貴妃が答える。


「厠に居られます。どうか、劉皇叔も済ませられるように………」


 劉備は疑問に思い、訪ねた。


「天子に厠で拝謁せよと?」


 董貴妃はなにも言わず、劉備に目で訴える。


 訳も分からず厠へ向かうと献帝がそこに座っていたために、劉備は驚いて頭を深く下げるのであった。


「劉皇叔、驚くでない。今ではここが朕の玉座なのだ………他では曹操の目が光っておる。こんな屈辱的な朕を見て何を思う?」


 劉備は床に頭を打ち付けて言う。


「曹操の野心は明白です。ですが、これほどまでに苦しんでおられるとは………」


 献帝が笑っていう。


「いや、朕の人生を振り返れば、まだマシな方だ。董卓の時は、女を無理やり抱いたりしていたし、李傕らの時は、日々、争いばかりだ。しかし、曹操は何れ帝位を狙ってくるだろう。」


 劉備は頭を打ち付けて言う。


「この劉備、天子が望むのなら命も差し上げましょう!!」


 それを聞いた天子は劉備の体を起こして逆に頭を下げる。


「なりません!! 天子が皇叔に頭を下げるなどと………!!?」


 劉備がやめさせようとすると天子は静かにであるが声を強く張った。


「これは天子として頭を下げているのではない!! 甥が叔父に頼んでいるのだ!!」


 劉備はその言葉だけで胸を打たれてしまった。


「朕は必ず、詔を近々送るであろう。その時、朕の力になってくれるか!!」


 献帝は涙を流しながら厠で劉備に懇願した。


 劉備は承知して涙を拭き、戻ろうとしたが、監視役に全身を検査するよう強要されてしまう。


 その行為に、劉備は激怒して言う。


「天子の前で無礼だぞ!!」


 そういうと、兵士たちは泣きながら言うのであった。


「検査しないと私達が曹操に殺されてしまいます!! どうか、お察しください!! 皇叔様!!」


 劉備は、溜息を付いて検査を許可した。


 しかし、天子から何も貰っていないために劉備はすぐに開放された。


「なるほど、だから、日を改めて詔を出すというわけか………」


 すべてを悟った劉備は畑を耕しながら詔を待った。


 そんな中で、天子に動きがあった。


 霊帝の墓参りである。


 天子は董承に玉帯を渡した。


 天子が先に戻ると、董承は時間を置いてから出ようとした。


 その時であった。


 曹操が兵士を連れて霊帝の墓へとどかどか足を踏み入れてくるのである。


 董承は何事かと思い、曹操の顔を見た。


「こんなところで何をして居られたのかな?」


 董承は答える。


「天子様と墓参りをしておりました。」


 そう答えると、曹操が玉帯に目を向ける。


「これは見事な玉帯だ。どれ、ちょっと見せてくれぬか?」


 董承は曹操に天子から貰った玉帯を差し出した。


 天子が送るものを監視するとは無礼な行為である。


 しかも、霊帝(ご先祖様)の前だというのに、曹操は玉帯をくまなくチェックした。


 なにもなさそうなので自分の腰に巻いてみたのである。


「どうだ? 似合うか?」


 曹操が勝手に天子の贈り物を身に着けたので董承は戸惑っていう。


「え!!? に、似合っております。」


 そう答えると、曹操がこんな事を言う。


「この玉帯はそなたが身につけるよりも儂の方が相応しいとは思わんか?」


 その言葉に董承は驚いた。


「この玉帯………儂が貰っても?」


 そういうと、董承は『差し上げます』と言った。


「惜しくないのか?」


 曹操が念を押すも董承は『惜しくありません』と答えた。


 曹操は笑って玉帯を外して董承に渡した。


「はっはっは、天子様の贈り物をどうしてこの曹操が奪えようか、これは董国舅のものだ。」


 董承は玉帯が戻ってきたので大いに礼を言った。


 そして、再び劉備の元へと辿り着く。


「劉皇叔!! 開けてくだされ!!」


 劉備は素早く門を開けてすぐに閉じた。


 その後でこういう。


「どうぞ、奥へ………お持て成しの準備もできてございます………」


 劉備が董承を中に入れると、董承は身につけていた玉帯を破いて、その中に隠された密書を取り出したのである。


「劉皇叔、こちらをどうぞ!!」


 中を見ると血判状であった。


 天子は曹操に監視されているために、目を盗んで紙も筆も無いところで隠れて書いていたのである。


 しかも、己の血を使って………


 その血判状を見ただけで劉備は涙を流してしまった。


「天子様はこれほどまでにお辛い目に遭っているとは………この劉備、全くの無知でございました!!」


 血判状には、以下のように血塗られていた。


『人倫、尊卑、大いに異なり、逆賊曹操、大いに権力を弄ぶ、朕は侮辱され、圧迫され、牢獄に囚われたも同然、哭泣しても孤立無援、故に、自らの血をもって血書する。忠臣を集め、曹賊を滅ぼし、漢王朝を復興せよ。』


 劉備は天子の血書内容よりも血で書かれた行為に心身を痛めた。


「なんと、おいたわしい限りだ………」


 劉備は天子の詔を受け、董承を裏から逃した。


 天子を助けるために途方にくれる劉備、そんな時、門も叩かずに二人の兵士が入り込んできた。


「劉備、丞相がお呼びだ。直ぐに参れ!!」


 劉備は吃驚して内申、天子の密書が露見したのかと思った。


「では、即座に着替えてきます。」


 そう言うと、将軍らが劉備の着替えを拒否した。


「そのまま来いとのことだ!!」


 劉備はそれに従うと曹操の前まで連れてこられた。


「よく来てくれた。劉皇叔………さぁ、宴会の準備ができている。今宵は一緒に飲みましょう。」


 劉備は宴会と知り、一安心した。


「思うに、劉備、我々の縁は深いと見える。徐州襲撃の際、君は100万の兵士に対して3000でも援軍に駆けつけた。また、袁術討伐の勅命にも、50万の袁術軍に対して1万で攻撃を仕掛け、袁術が皇帝を名乗った時、偽帝討伐には誰も来てくれなかった。それなのに、劉備だけは来てくれた。今日は遠慮しないでくだされ。」


 劉備は遠慮するも曹操の好意を受け取ることにした。


「ところで劉備よ。天下の英雄とは、誰だろうか? 私は少なくとも二人は知っている。」


 劉備はこれに対して、以下の方に返答した。


「滅相もない。私には英雄を見抜く力などございません。」


 勿体ぶる劉備に曹操は強要した。


「ええぃ、勿体ぶらずに言ってみるが良い!!」


 劉備はから笑いしながら一人ひとり述べてみた。


「では、袁術はどうであろうか?」


 曹操は答える。


「なんな白骨など、英雄ではない。ただの骨だ。」


 続いて、袁紹の名を言うと曹操は袁紹など、『肩書と数だけだ』と答える。


 次に、劉表を挙げると『奴は何もしない無能だ』と答えた。


 孫策はどうかと聞くと、曹操は少し悩んでから『父親の意思を受け継いでいるだけ、英雄の真似事だ』と答えた。


 その後も諸侯らの名を挙げたが、皆、曹操は英雄と思っては居なかった。


「丞相の言う一人の英雄は丞相ですが、もう一人はどうもわかりませんな~。」


 そう言うと、曹操は答えた。


「私の前に、どれだけの不利を背負っていても漢室のために命を掛けた。その英雄は『劉備 玄徳』だ!!」


 この言葉に劉備の顔から笑いが消えた。


 曹操は続ける。


「劉備という英雄はわしに監視されていても天下のために立ち上がる英雄だろう………」


 これを聞いた劉備は恐れ慄いた。


 曹操は『この劉備をここまで恐れている』と、天子の血判状は露見していない。


 しかし、曹操の目は常に光っているということである。


「劉備よ。なぜ、他人のために命を賭けられる? 劉備の命は一つではないのかな?」


 曹操には、分からなかった。


 己の命を犠牲にしてまで、義のために戦える劉備を何度も殺そうとしたが、心底尊敬もしていた。


 曹操の圧迫に、劉備は耐えられなくなり、箸を落としてしまった。


 『動揺』


 曹操はそれを見逃さなかった。

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三国志~龍虎演舞~ 飛翔鳳凰 @remon0602

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