第26話 関羽の怒りと天才禰衡の毒舌

 関羽は曹操の傲慢な態度に苛立っていた。


「兄上、なぜ私を止めたのですか? 曹操は天子に対して無礼を働きました。我慢なりません。」


 これに対して張飛はよくわかっていない様子である。


「あの時は曹操の周りを腹心で固めていた。天子の身に何かあっては困る。」


 関羽は激怒して曹操を恨んだ。


 その恨みは関羽だけにとどまわず、皆が曹操を恨んでいた。


 しかし、曹操が政権を牛耳っているために、誰も逆らうことができなかったという。


 そんなときである。


 青州に孔融という者が居られた。


 彼は若年期より英明の誉れ高く、学問好きで博識、あらゆる書物を読みあさった。


 10歳あまりの時、当時非常に名声の高かった李膺に面会しようとした。


 李膺は当代の優れた人物か、先祖代々からの交際のある家柄の人間としか合わなかった。


 そこで、孔融は一計を考えて門番にこういうのである。


 「私の先祖は李君の先祖と親しかった間柄です」


 これを伝えられた門番は平伏して孔融を通すことになる。


 孔融が李膺に面会すると子供が急に入ってきてびっくりした。


 訳を聞いた後で、李膺は尋ねる。


「お客人のご先祖様は、いつ私の先祖と付き合ったのですかな?」


 孔融は答えた。


「私の先祖の孔子はあなたの先祖の李老君(老子)と徳を同じくし、師友の間柄でした」


 李膺は思わず感心してしまう。


  こうして面会することができたが、同席していた陳煒という高官に嫉妬されてしまう。


「フン、たかが10のガキが………大人になってから更に頭が良よくなるとは限んからな!!」


 皮肉を言われた孔融は平然として無垢にも言う。


「では貴方は子供の時はとても頭がよかったのですね!」


 これには李膺も大笑いして言う。


「成長されたらきっと立派な人物となられるでしょう」


 孔融はたちまち世間から高評価された。


 しかし、そんな孔融が大いに評価する人物が存在した。


 其の物を、禰衡 正平と言う。


 孔融は禰衡の文才に驚き、太鼓にも感動させられた。


 そして、禰衡が世を語ると孔融も正しくその通りだと思わされた。


『丞相に最も優れた人物を孔融が推薦します。彼の才能を存分にお使いください。』


 曹操はこの推薦状を手に取り、禰衡を迎えることにした。


「あの孔融が言うには禰衡ほどの天才を見たことがないという。一体どのような人物なのか、楽しみだ。」


 禰衡が曹操の下に参れば禰衡はなぜか溜息を付いた。


 曹操の隣りにいた荀彧が聞く。


「丞相の前だというのに何故溜息を付くのか?」


 禰衡は言う。


「曹操は才能を好むと聞きましたが、本質は無能、政権を牛耳る逆賊なのでしょうか? 無能に下げる頭などどこにありましょう?」


 曹操はこれを聞いて、大いに笑ったという。


「はっはっはっはっは、これは手厳しい。では、禰衡殿から見て、許都で一番優れているものは誰かな?」


 禰衡はこう答えた。


「当然、民です。無能は税金がなければ生きていられません。詰まり、許都の役人や武将は民の税金が必用ですが、民からすれば、お前たちのような無能は不要というものです。」


 それを聞いた曹操は試しに荀彧や趙融のことを評価させてみた。


 禰衡は二人を以下のように評価する。


「荀彧は見てくれと少し者を知っただけの人形、趙融は税金だけを食っているただのデブです。」


 荀彧はこれに腹を立てた。


 しかし、曹操は手を叩いて笑った。


「はっはっは、私も趙融は給料泥棒の脂身だと思っていたところだ!!」


 曹操が大笑いする中で禰衡はお構いなしに一言言う。


「まぁ、趙融と曹操は同じですがね………荀彧がまだマシな部類だ。」


 これを聞いた曹操は表情が一変、一気に不機嫌となる。


「では、禰衡殿よ。早速で悪いのだが、太鼓を叩いてみてくれないだろうか?」


 これを聞いた禰衡は溜息を突きながら引き受けてくれた。


 曹操は禰衡の太鼓が下手くそなら罵倒して恥をかかせるつもりでいた。


 例え、上手くても難癖を付けてやろうと考えていた。


 無能というものは己よりも才能を持ったものに対して上から難癖をつけなければ生きていけないゴミなのだ。


 税金にしがみつことしかできないゴミのプライドはよくわからん。


 ゴミたちは現実を見てもらいたい。


 お前らは税金食ってるだけの無能だという現実を………


 困ったものである。


 しかし、禰衡の太鼓打ちは漁陽參撾という技の持ち主であり、余りにも見事であったために民衆は大感激、禰衡の太鼓はたちまち皆に広まったという。


 皆が感動している中で曹操は『面白くない』と思い、嫌がらせをする。


「はっはっはっは!! おい、禰衡、正装が終わってないぞ?」


 曹操は正装を手に持ったまま大いに笑ってやった。


 太鼓では文句がつけれなかったので、小学生のような嫌がらせをしたのである。


 詰まり、禰衡の服装を笑い者にしたのだ。


 しかし、禰衡はそれを受け取ってこういう。


「曹操という男は天子を盾にして自分よりも有能を恐れ、呂布を殺しました。董卓に負けた人間は董卓よりもやることが汚いのですね。私の潔白な体を皆に見せてあげましょう。女遊びの曹操よりも汚れなき体ですよ。」


 曹操は禰衡の肉体美を見せつけられた上に男性のシンボルも禰衡のものは大きかった。


 これ故に曹操は異常な嫉妬心を覚えてしまう。


「下品だぞ!! 早くしまわないか!!」


 曹操がいうと禰衡は挑発する。


「おや、もしや、曹操の一物は小指程しかないのでしょうか? それに、私のものは立派なのですが、見せることもできないようでは、曹操も雛氏にも逃げられて雛氏の尻を追いかけたために妻にも逃げられてしまうとは、よくそれで丞相というお立場に居られますね。流石恥知らず!!」


 民衆でも、曹操の悪行には怒りを覚えるものが居た。


 これに対して、皆が禰衡を称え上げる。


 曹操が牛耳る中で禰衡だけが曹操本人の前で曹操を誹謗中傷するため、一躍有名人となってしまった。


 禰衡が帰ると曹操は孔融に手紙を送った。


『禰衡は正しく天才である。故に、いただくには忍びないので、お返しいたします。』


 これを見た孔融は勘違いしてしまう。


「はっはっは、これはこれは、では、お返事を書かなくてはならないな………これでよし………」


 孔融は禰衡のことを気に入ってくれたのだと勘違いした。


 次の日、孔融からまた手紙が届いたという。


 曹操は憂鬱な思いをしつつも手紙を空けて読み上げた。


『名酒が手に入りました。美酒の良いとともに禰衡を送ります。丞相の宴会も最高のものになりましょう。』


 曹操はこの手紙を見て頭痛が激しくなり、手紙を投げ捨てては踏みつけて引きちぎった。


「何が美酒だ!! 禰衡の毒舌には酔うどころか反吐が出るわ!!」


 郭嘉がいう。


「丞相、今は禰衡よりも袁紹ではないでしょうか?」


 しかし、曹操の怒りは天を突かん勢いであった。


「私の頭痛の種は禰衡だ!! あいつがいるだけで袁紹に対する備えも頭が回らんわ!!」


 郭嘉は謝罪して下がっていった。


 翌日、曹操は上機嫌のふりをして門番に命じた。


「客が来たら上機嫌で通すのだぞ?」


 曹操は立ち去った跡で大きなため息を付いた。


 しかし、門番の前に現れたのは質素な服を着た男であり、とても客には見えなかった。


「曹操はただのデブで女に飢えた豚、何故、天子を盾にして己の功を讃えているのか? 豚は大人しく豚小屋にでも入っておれ!! その方が世のため人のためである!! 蝦蟇みたいな顔をしているから溝の中にでも入れておけばいいものを!! 何故、天子の宮殿に蝦蟇がいるのか!!?」


 門番はわけがわからなくなり、曹操の元へと報告しに言った。


「丞相、気狂いな者が一人、門前で不届きなことを申し上げておりますが………」


 曹操はそれを聞いて禰衡だとわかってしまった。


 曹操のストレスは限界を迎えた。


 頭痛も激しくなり、剣に手を掛けたという。


 しかし、ここで禰衡を殺せば客人を招いて殺したことになる。


 荀彧が曹操を宥める。


「丞相、禰衡を迎え入れるのです。」


 曹操は荀彧に正気を疑った。


「ふざけるな!!」


 しかし、荀彧は続けて言う。


「どうか冷静に………禰衡を正式に迎え入れて、その才能を高く評価し、劉表のところに送りつけるのです。」


 それを聞いた曹操の頭痛はピタリと止み、笑って言った。


「荀彧、お前は私の命の恩人だ!!」


 これに従った曹操は早速禰衡を迎え入れて劉表のところへと厄介払いした。


 劉表は禰衡を迎え入れると禰衡は劉表の前で文才を披露した。


 禰衡の見事な詩に劉表は感心してしまい、禰衡を高く評価したのである。


 一方、禰衡は劉表の小役人共に対して毒舌を漏らし、沢山の小人共から恨みを買った。


「税金食ってるだけの豚どもが大勢居ますな~。ここは豚小屋でしょうか?」


 これには劉表も大いに笑ったが、部下共はますます怒りを募らせた。


 そんな禰衡を一人気に入るものが居た。


 それが黃射である。


 黃射は禰衡と友達になり、家に招待した。


 しかし、禰衡は黃射の父親である黃祖に対して酒の場でこんなことを言う。


「君は民から税金を奪い取っておきながら、なぜ民には何も与えない無能なのですかな? よくそんな無能が女を騙して結婚していますね。」


 役人というものは腐っていれば給料を高くすると賄賂を持ちかけてつまらん男どもに金をばらまき、真面目な者からは金を奪うだけである。


 まるで、今の日本の役人共であった。


 これには黃祖も激怒し、暗殺を依頼、禰衡を恨んでいたものは多く、即死刑にしてしまった。


 禰衡は最後の最後まで黃祖を罵った。


 禰衡が殺されたことで劉表は激怒した。


「貴様は無能か!! 曹操から送られてきた者を殺すとは!! 曹操がここを狙ってくるぞ!!」


 これを聞かされた黃祖は己の浅はかさに深く後悔した。


 曹操は禰衡が死んだことで、大いにそれを喜んで返答する。


 劉表に謝罪を求めるだけでなく、多大な物資を要求してきた。


 劉表は黃祖の隠し財産や民から奪い取ったものを曹操に送りつけたという。


 禰衡の死を聞いて、税金で苦しめられている民たちは大いに彼の死を悲しんだという。

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