第25話 陳宮の最後、劉備、徐州に封じられるも民の陳情に曹操激怒する

 呼び出された陳宮は曹操を睨んでいた。


 しかし、曹操は部下に命じる。


「何をしている!!? 早く縄を解いてやらんか!!」


 部下は慌てて陳宮の縄を解いてやると曹操が陳宮に言う。


「陳宮殿が居なければ儂は董卓の手によって殺されていただろう。陳宮よ。儂はお主を殺すことなどできん。」


 それに対して陳宮はこう返したのである。


「ふん、あの時、貴様を殺していれば良かったと後悔している。天子を盾にする逆賊め!!」


 陳宮の怒号に曹操の将軍各位が刀を引き抜くと曹操が静止させる。


「やめんか!! 陳宮は私の命の恩人だぞ!! 恩人に罵られても痛くもないわ!! 剣を収めよ!!」


 将軍各位は剣を収めた。


「陳宮よ。どうか降伏してくれないか?」


 陳宮は笑って答える。


「降伏? 貴様にか? するわけがないだろう!! 曹操は『例え、天が我に背いても、天子が我に背くことは許さん!』………そういう男だ!!」


 これを聞いた荀彧は曹操という男に対して疑惑が確信に切り替わる。


 曹操が天子を袁紹よりも逸早く助けた理由、それは、天子を人質にすることであると、荀彧の心は曹操から離れていったのである。


「気にするな。私が心の内を話したのは陳宮だけだ。陳宮の言葉は真実だ。命の恩人にすべてを答えて何が悪い。それに、天子の言葉に従えば董卓に言い包められているのだ。董卓討伐は敵わん。董卓討伐の御蔭で陳宮に巡り会えたのだ。だが、天は儂と陳宮が交わることを拒んでいる。儂は永遠に交友を深めていきたいのだが………だめなのか?」


 この問に陳宮の答えは決まっていた。


「ここで逃されたとしても貴様の妨害をやめたりはしない。」


 曹操は陳宮にもう一つ聞いた。


「ならば、呂布と儂を比べてどう思うのか………儂にはお主ほどの男が呂布に扱えたとはとても思えん。」


 この問に対して、陳宮は即座に答える。


「呂布は武力では貴様に勝るが、純粋で騙されやすい性格であった。奸雄に騙され続ける被害者を助けられなかった私が無力なだけ、真剣勝負なら貴様に負けはせん!!」


 それを聞いた曹操は大いに笑った。


「死に行く者を笑い者にするとは、流石は奸賊だ!! もう、良い。さっさと斬れ!!」


 陳宮は自分から死刑台に登って座り込んだ。


 これを見ていた劉備が曹操を宥める。


「曹公よ!! どうか、陳宮を助けてやってください!! 陳宮は敵ではありましたが、呂布に騙されただけです!! どうかお助けを………!!」


 しかし、陳宮はそれを静止する。


「劉備殿、使える君子は選べずとも徐州では我々を受け入れてくださり感謝しております。しかし、私はあなたから徐州を奪った賊です。この陳宮、例え、また救われてもお主から領土を奪うだけですぞ!! さぁ!! 早く殺せ!! 殺さぬなら私がやる!!」


 そう言うと陳宮は首切りから剣を奪い取って己の首を刎ねたのである。


 曹操は大声を挙げた。


「なぜ剣を渡した!!」


 陳宮は己の忠義のためにこの世を去った。


 曹操と出会わなければ彼の運命は変わっていたかもしれない。


 女癖の悪い曹操が言う。


「陳宮の母や娘には絶対に手をだすでないぞ!! 私は絶対に手を出さないからな!!」


 曹操の言葉に皆が従った。


 道理としては酷いものだが、この一言で下品な連中も曹操を恐れて心に誓ったという。


 曹操は念願の徐州攻略を果たして大いに宴を開いた。


 しかし、曹操の心は晴れることなど無かった。


 それは、袁紹と公孫瓚のことである。


 天下は袁紹と袁術で二分されていた。


 しかし、袁術は統治することができず、分裂、気がつけば劉表と孫策が勢力化していた。


 袁紹が公孫瓚を吸収するのも時間の問題、しかし、長引いている。


 この隙きに背後から攻撃したくても、今の曹操には兵力が無い。


 それだけではない。


 秤量も無い。


 更に、疫病が流行り始めている。


 寧ろ、下手に戦を仕掛けて戦えば、矛先が変わる可能性がある。


 何といっても洛陽復興が終わらない。


 曹操は宴会の後で許都に帰り、袁紹との戦に備えると皆に申した。


 そして、劉備には徐州牧を約束させたが、それは名ばかり、劉備は監視される身となってしまった。


「曹操様、劉備もこれでおしまいですね。」


 郭嘉が喜んで言う。


 それを聞いた曹操も笑っていう。


「はっはっはっは、あぁ………呂布がしっかりしていれば劉備も天下の英雄になれたろうに………いや~、愉快愉快!!」


 そんな時、一人の兵士が慌てて参上した。


「申し上げます!! 名士達が拝謁を願い出ております!!」


 これを聞いた曹操は驚いて聞き返す。


「何事だ?」


 兵士はこれに対して報告をする。


「主君が許都へお戻りと聞き、徐州50万の民を代表して陳情したいとのこと!!」


 これを聞いた曹操は大いに喜んだという。


「おぉ、そうかそうか………民が願うのなら聞いてやるのが主君の務めというもの………通すが良い。」


 曹操はご機嫌であった。


 徐州の名士立ちが続々と入り込んできては曹操の前で深々と頭を下げる。


「はっはっは、こんなことが起ころうとは思いもよらなかった。徐州に入って日も浅いというのに………して、皆の願いはどのようなものであろうか?」


 曹操はにっこりと微笑んでいた。


「我々、盧義祖らが曹大将軍に拝謁します!!」


 曹操は笑っていった。


「はっはっは、よいよい。さぁ、どうぞお立ちください。」


 盧義祖らが喜んで言う。


「大将軍が許都に戻られると聞き、徐州6つの民を代表とし、陳情書をお持ちしました!! どうか、劉公 玄徳(劉備 玄徳のこと)をお留めください!! そして、徐州牧に任じてください!!」


 曹操はこれを聞いて顔から笑顔が消えた。


「誰だと?」


 盧義祖らは曹操の表情が変わることも気にせず、再度申し上げた。


「劉備 玄徳でございます。」


 盧義祖らは劉備を思うあまり、曹操の表情など目にもくれていなかった。


 曹操は盧義祖らが儂の顔色を全く気にしてないことに、苛立ちながらも全て悟った。


「何故だ?」


 曹操が尋ねると盧義祖らは大喜びして申し上げる。


「申し上げます。劉備殿は民を愛し、劉備殿が徐州を収めていた9ヶ月、民は誰一人と飢えることもなく、民のために3つの橋を建設し、未開の地に畑を作り、悪人を方で捌き、腐敗した役人を追放し、税金も殆ど取らず、徐州が最も太平の時を過ごさせてくれました。今では民の数も増えて70万にまで登ります!! 大将軍!! 我々、徐州の民が70万に増えたのも、劉備殿による仁政の賜なのです!! どうか劉備殿をお留めください!!」


 他の者達も続く。


「大将軍、どうか劉備殿をお留めください!!」


 曹操は大いに笑って言う。


「なるほど、劉備がそれほど賢明なら、当然、朝廷の柱人となれるだろう。そのような優れたものを徐州に留めるのは勿体ないと思わぬか? では、こうしてはいかがかな? 儂がこの陳情書を朝廷に献上し民意を天子に上奏する。そして、天子に自ら劉備を徐州に封じてもらうかを決めてもらおう。」


 そう言うと盧義祖らは大いにお礼を言って退出していった。


 皆が退出してしばらくした後で曹操の表情から笑顔が消えた。


 そして、盧義祖らの陳情書を地面に叩きつけながら怒号を挙げる。


「断じて劉備に徐州を差し出すわけにはいかん!!」


 投げつけられた陳情書を見て皆が愕然とした。


 郭嘉もこれには驚いたという。


 荀彧が言う。


「されど、曹操様は劉備を名ばかりの徐州牧に任ずると先程ーーー」


 荀彧が途中まで言いかけると曹操はそれを遮って言う。


「今の話を聞いていなかったのか!!」


 荀彧は徐州の民を思って言ったが、曹操の考えは違った。


「劉備は徐州の民心を掴んでいる!! このままでは、民は呂布を討伐した我々のことを忘れ、劉備に従うことになるだろう!! 数年後には、我々のことなど誰も覚えていないのだぞ!!」


 小人とは、己を忘れることに恐怖する。


 大物はそんなことを気にしなくても人の心に刻み込むもの、曹操は女癖も悪く、道理も己の都合で曲げてしまう男だ。


 これまでの劉備とは正反対の男である。


「劉備は………儂と一緒に許都へと連れて帰るのだ!!」


 荀彧は深く頷いた。


「流石は我が主君でございます………」


 こうして、曹操は劉備を人質にすることを決意するのであった。

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