第4話 ファーストミッション
あれから少し時間が経過した。
俺は研究所の屋上に上がって、街の風景を眺めていた。
この場所は川沿いに面しており、対岸にはビル群が立ち並んでおり、すっかり空の色はオレンジに染まっている。
俺は今日あった出来事を振り返ってみた。
e-SPADAとして初の全国大会進出を賭けた大会で掴んだ勝利。
虚実混交とも言える人とアバターが混在したイベント会場。
そこで過ごした夢のような時間。
そして、そんな日常を破壊してきたデウスと名乗る謎のキャラクター。
召喚されたゲームキャラが尽くした暴虐。
そして、烈と共に着進体となった俺。
これだけ濃い一日を人生で過ごしたことがあっただろうか。
いや、ないだろう。
「まさか、即決即断のお前が少し考える。なんてこともあるんだな」
「だってヒロ。あんな状況下だったら誰だってそうなるよ?」
いつも聞き慣れた声が俺の後ろから聞こえる。将大と芽以だ。
その半歩後ろには立華もいた。恐らくさっきの行動を引きずっているのだろう。
「いきなり世界の命運を託される。なんてことされちゃ当然と言えば当然か」
「まぁ、ね。着進体になった時は無我夢中にだったから、そんなの考えてもいなかったんだけど、いざ冷静に考えてみると。重圧がとんでもなくてね……まるでテレビのヒーローみたいだ……」
俺は苦笑いしながら、小さい頃に見ていた特撮ヒーローを思い出す。
彼らも、地球の平和といったような大きな命題を背負って戦っていた。
そんな重圧を俺に背負えるのか?
俺はそう思うたびに不安になってしまう。
「でもさ、ヒーローって世界の平和とかのために戦っているとか当たり前なんだろうけど、それだけで戦っているわけとは限らないじゃん?例えば、『みんなの笑顔を守るために戦う』とかそういうの」
「そうだな、俺の小さい頃見たのだと『夢を守るために戦う』とか『運命に打ち勝つために戦う』ってのもあったな」
2人の言葉ではっとなった。
確かに、世界の平和を守るために戦うのはヒーローとして当たり前。
でも、その理由だけでヒーローは戦っていない。
いつだって、もう1つの理由のために戦ってきた。
じゃぁ、俺の戦う理由はなんだろう……。
その時、様々な光景が頭をよぎった。
新作ゲームの発表で盛り上がる時間。
来るべき大会のために、練習を繰り返す日々
そして、今日のイベント会場でのそれぞれ思い思いの時を過ごす俺たちやアバター。
そう。なんでもない平和な日常そのものだ。
だが、デウスが突然その日常を壊しはじめようとしている。
その時、俺にはある思いが湧き上がってきた。
「許せない」という怒りの感情だ。
身勝手で日常が壊されようってなら、戦う。
「決めたよ。俺、『この日常を取り戻すために』戦う!」
「おっ、いいじゃんその理由!」
「ま、いかにも俊佑らしい理由。なのかもな」
将大と芽以は俺が戦う理由に肯定気味な意見をくれた。
「俊佑がそれでいいなら、僕もそれでいい……」
ようやく口を開いた立華も遅れてそう答える。
「でも、これだけは言わせて。もうあんな無茶なことしないで」
「立華……」
「だって、僕たちは友達以上の『見捨てたくない大切な仲間』でしょ?」
「仲間……そうだよな」
さっき部屋で立華に行った言葉をそのまま返されてしまった。
そんな仲間たちの言葉を受けて、俺はある場所へと向かった。
土御門さんの研究室だ。
「その表情を見る限り、答えは出たようだね」
「はい。俺、戦います。みんなのこの日常を取り戻すために。人間とアバターが、笑い合う未来のために」
「思いの外真っ直ぐな理由だけど、悪くないね」
土御門さんは俺の答えにサムズアップで答える。
真っ直ぐな理由。
そうかもしれない。でもこれが俺なんだ。
「さて、そんな君にファーストミッションだ。スタジアム付近でゲームエネミーの出現のお知らせだ」
土御門さんは目の前のモニターには、スタジアムで暴れている足軽の映像が映し出される。
そうと決まれば、俺は駆け出そうとするが、土御門さんに引き止められる。
「ちょいちょい。君のウォッチにインストールしたのは、着進体への変身機能だけではない。ゲームエネミーの出現地にテレポートできるような機能も入れておいた」
「至れり尽くせりですね」
「開発者ってのは、用意周到な人間だからね。さ、行ってきなさい」
ウォッチを起動すると、変身のアプリの横に、「
迷わずにアプリを起動すると、円筒状のエフェクトが俺の周りに展開される。
「じゃぁ、行ってきます」
■■■
土御門さんに挨拶をしたのも束の間、気がつけば俺の体はゲームエネミーが出現したスタジアムにあった。
あたり一面はすっかり夜だったが、ところどころ、炎が上がっている。
眼前では15体ほどの足軽が暴れていた。
俺が、いや、『俺たち』がやることはただ一つ!
「行けるよね。烈」
「いつでも準備万全だ!行こうぜ、相棒!!」
「あぁ!」
「「コネクション!」」
変身アプリを起動し、俺は着進体となった。
身体に走る赤いラインと、バイザーの奥に光るツインアイが発光し、夜の戦場を照らす。
敵と認知した足軽たちが向かってくるが、俺は臆せずに腰に提げた刀を抜き、攻撃アップスキル「着火」を発動し、近づく。
眼前に迫った5体の足軽を右薙、左薙に切り倒す。
刀を左手に持ち、右拳に力を込め、地面を叩く。すると、炎が地面を伝い、遠距離にいた足軽の足元で炎の衝撃波となり、残りの足軽を撃破した。
「我がしもべを容易く斬り落とすとは、なかなかの猛者と見た」
その言葉と共に、眼前に燃え上がる炎を紫の斬撃かかき消した。
俺の視線の先には、先ほどの足軽とは異なる、紫の鎧を身にまとった武者が立っていた。
「コイツまさか、『戦国絢爛記』の中ボスの『
「いかにも、拙者は
戦国絢爛記。それは、プレイヤーが戦乱を駆ける武者となり、悪魔となり蘇った剣豪たちを討ち倒していくゲームだ。
それにしても、ゲームの兵士だけでなく、まさか中ボス級キャラまで出てくるとは…
デウス、本当に何者なんだ……?
そう思っているのも束の間、雅影の斬撃が飛び出してきた。
俺はすかさず刀で受け反撃にかかるも、容易くかわされ、一撃をもらってしまう。
「どうした?生半可な太刀筋では拙者に勝てんぞ?」
「姿形だけ似せたものかと思ってたが、まさかゲームそのままのスペックを持ってくるとはな……。どうするんだ?俊佑」
烈の言うとおりだ。
先ほどの足軽たちはまだ雑魚キャラなのでそう感じなかったが、雅影は別。
もはやゲームキャラがそのまま飛び出てきたような気迫を感じる。
待てよ?ゲームキャラがそのままなら…
「だったら、俺たちも正々堂々真剣勝負してやるだけだ!」
「どう言うことだ、俊佑?」
「アイツの性格知ってりゃわかるだろ?」
「あぁ、そう言うことか!」
そう、戦国絢爛記における雅影はボス級キャラである斬酷剣豪の中でも、正々堂々とした戦いを好む武人キャラ。
ゲームキャラがそのまま飛び出てきたなら、性格もそのままのはずだ!
「ほぉう。ならば、こちらも正々堂々と答えねばならまいな。改めて名乗らせてもらおう。斬酷剣士が1人、紫電雅影。参る!」
「e-SPADA所属、東郷俊佑。出陣!」
こうして真剣勝負が始まった。
刃と刃がぶつかり合い、火花が散る。
相手はゲームキャラだが、百戦錬磨の剣豪。そしてこっちは戦闘経験が全くない素人。
喰らいつくのがやっとではあるが、それでも対等に戦えていた。
これが着進体の力なのだろう。
改めて土御門さんの技術力に感服しながらも、俺は刀を振るう。
「まさか拙者と対等に戦える者がここにいたとはな」
「伊達に、お前が出ているゲームをやり込んだプレイヤーだからな!」
「ほほう、ならば見せてみろ。お前の剣士の、いや『プレイヤー』としての実力を!」
「あぁ、見せてやる!」
俺は自信ありげに刀の鋒を雅影に向ける。
…が、何も起きない。
あれやこれや動いて見たものの、必殺技を発動すらしない。
「どうした?先程までの威厳はどこへ行った?」
と、雅影に呆れられる始末。
あれ?詰んだ?
「全く、説明書を読まないお前の悪癖はどうにかしてほしいぜ……」
「烈?」
「こんなこともあろうかと着進体のあれこれは、お前が寝込んでいる間に土御門から教わったからな。ウォッチの必殺アプリを起動して俺たちの心を合わせた必殺の一撃を叩き込ませろ!技名は、『
「技名……?」
「1、2の3!とかだとちょっと味気ないだろ?だったらここは潔く技名で勝負を決めようってわけだ」
技名呼称……。
なるほど、確かに2人の呼吸を合わせるにはもってこいと言えばもってこいか。
「分かった…ここで一気に決めよう!」
「応!」
ウォッチの「FINISH」アプリを起動すると、力が沸々と湧き上がってくるのを感じた。
バイザーのツインアイが輝き、右手の刀に力を込めると、刃の炎がより一層燃え上がる。
「ほほう、ならば……!」
雅影も刀を天に翳すと、天から紫の雷が落ちて刀に収束する。
体からも紫のオーラが噴き出し、周囲には刀のようなエネルギーが浮遊している。
今度こそ、決着の準備は整った。
雅影は刀の鋒を俺に向けると、浮遊していた刀型のエネルギーが飛んでくる。
それと同時に俺は歩み出し、そのエネルギーを刀で弾き飛ばし、駆け出した。
雅影も刀を構え、必殺の体制を整えている。
「奥義!
雅影は必殺の一撃を逆袈裟から振り下ろす。
ならばと俺は、右切上に刀を振り上げる。
刃がぶつかり合い、雅影の刀を弾き飛ばした。
よし、今だ!
「「剣技・業火剣乱!!」」
俺と烈の心を合わせる切っ掛けとなる「技名」を叫ぶ。
振り上げた刀を再び袈裟に降ろし、そのままがら空きとなった胴に一閃。
俺達の必殺の一撃を喰らった雅影はゆっくりと後ろに倒れる。
「み、見事……!」
そんな言葉を残し、雅影の肉体はポリゴンの欠片になっていく。
勝った……。
先程まで、剣と剣がぶつかり合っていた戦場だったスタジアム前は、静寂に包まれていた。
■■■
激闘を終えた俺は、土御門さんの研究所へと戻ってきた。
「戻りました」
「おっかえりぃー!!」
戻って早々、芽以のいつものやかましボイスが耳に入ってきた。
一周回って安心感すら覚える。
「戦闘は付近の監視カメラをハッキングしてモニタリングしておいたよ。ゲームキャラの特性を分かった上でゲーム上と同じ戦い方をするとは、初めてにしては天晴れだ」
「あぁ、雅影の性格を汲んであの手の真剣勝負を挑ませるのも、さすがってところだな」
と、土御門さんとヒロが初戦闘を誉めてくれた。
しれっと土御門さんハッキングを使っていたのはどうかとは思うが、黙っておこう。
気のせいだ。うん、多分……。
「おかえり。映像で見たけど、かっこよかったよ……」
立華が少し不器用な言葉で迎えてくれた。
かっこよかった。か……。
なんか少し照れてしまう。
「これで君も立派なヒーローだね!」
と、芽以が笑顔で言う。
そう言われると、素直に嬉しい。
「ま、これからも頑張れよ!」
ヒロがそう言って背中を叩く。
正直痛いが、今は悪い気がしない。
「それで、この後はどうするんですか?」
「そうだな……。まずは、今日はこの辺にしておこう。詳しい話は、明日センチュリーの本社で説明しようか」
「分かりました。では、失礼します」
ひとまず俺たちは土御門さんの研究所を後にする。
「ねぇ俊佑」
帰り道、芽以が不意に話しかけてきた。
「どうした?」
「この際だからさ、祝勝会を兼ねてファミレスで食事しない?ヒロの驕りで!」
「おい!さっき会場でフィギュア買ったんだから割り勘にしてくれよ!」
「それは悪魔の囁きに乗ったヒロが悪い」
「くっ、なにも言い返せねぇ……」
そんなやりとりをしながら、俺たちは歩いていく。
俺はふと、何かの気配を感じ取り、後ろを振り向く。
が、誰も何もいない。
気のせいか。
そう思い、俺は再び歩き出す。
■■■
「へぇ。創造種もなかなかやるもんだね。ボクらに対抗する手段をまだ残していたとは」
ボクは屋根の上から街並みを見下ろす。
見下ろした先には4人の人間の男女が仲睦まじく歩いていた。
東郷俊佑とその仲間達だ。
「そして、カレがその適合者となった男か。これでまた遊び相手が増える……。ハハハハハハ!!」
キミたちが、どこまでボクらを満足させてくれるか、楽しみにしているよ。
ここからが、ゲームスタートだ。
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