第3話 戦う理由って何だろう?

「一体俺たち、どうなっているんだ……?」

「分かんない。だが、俺と俊佑が一心同体となっていることだけはわかるな……」


 さっきのウォッチの音声が確かなら、着進体バトリンカーと呼ばれる姿になった俺は自分の身体を見渡す。

 身体に走る赤い幾何学模様の袴のようなアンダースーツ。烈の羽織のようなファイアーパターンが描かれた鎧。

 そして、自分の頭部を覆う兜のようなヘッドギアには敵の情報やゲージなどが表示されている。

 まるでテレビの中のヒーローみたいだ。


 その時、敵の足軽の軍団が俊佑めがけて駆け出してきた。

 その数はざっと数えて30体。


「どうやら、ぼやっと突っ立っていることは許されないようだな」

「そうみたい。だったら……!」


 俺は迷わずに軍勢に向かって駆け出した。

 真っ向から一体の足軽の槍が飛び出す。すかさず刀で弾き返し、横薙ぎに斬る。

 斬られた足軽は倒れ伏し、ポリゴンの破片となり消滅した。

 この瞬間を見届けた俺は確信する。

 これなら、いける!!


 右の視界にいる足軽の槍を下がって回避し、腕ごと叩き切り、さらに横薙ぎに斬り伏せた。

 迫ってきた足軽を横蹴りで蹴飛ばし、背後に回った足軽を水面蹴りで払う。

 立ち上がると同時に、眼前の足軽を右切り上げで斬り倒した。


「くっ、このままじゃキリがないぞ。俊佑」

「そんなの問題ないって」

「問題ない?」

「ゲームってなるなら、お馴染みの『アレ』があるはずだろ?」

「『アレ』…?あぁ、そうか!『スキル』か!」

「そういうことだ!」


 ゲームといえば欠かせないのが『スキル』。

 俺は加速スキル「焔車」を発動し、今度は敵陣に向かって突撃。駆け抜けた轍がレールのような炎を描いた。

 円を描くように駆け、足軽の軍勢を一気に斬り倒していく。


 ■■■


「なんだよアレ。ってか何が起きてるんだよこれ……」

「理解が全くもって追いつかないよこんなの……」

「俊佑……」


 立華ら3人は、天草の避難誘導もあって少し離れた場所に逃げていた。

 将大、芽以は自らの視界に見える非日常的な戦場を呆然としながら見ている。

 立華だけは、戦っている俊佑の姿を目で追っていた。


 ■■■


 俺と足軽軍団の戦いもいよいよ佳境へと差し掛かっていた。

 まるで無双ゲームのように襲いかかる足軽を次々斬り捨てていく。

 これで20体目。

 残り9体。


「気を引き締めろよ、俊佑!」

「あぁ!」


 すかさず今度は攻撃アップスキル「着火」を発動。刀に手を翳すと刀身が燃え盛る炎となった。

 刀を握る手に力を込め、俺は一気に駆け出す。

 視界に入った足軽を1体、また1体と切り倒し、足を止める。そして最後の1体をじっと見据えた。


「ラスト1体!」

「あぁ!一気に決める!!」


 俺は最後に1体に狙いを定め、再び駆け出す。

 刀の鋒を額に目掛ける。その刃は足軽の頭を貫通するのも容易い。

 それどころか、足軽の上半身をも消し飛ばすのに十分すぎる威力だった。

 貫いた刀を戻し、鞘に納める。

 遺された足軽の下半身は、ポリゴンの欠片へと還っていく。


「やった……のか?」

「あぁ、恐らくな」


 敵を完全に撃破したのか、着進体の姿が解け、人間としての俺に戻る。

 が、身体がふらつき、地面に倒れた。


「俊佑!?おい、俊佑!」


 烈の焦る声を最後に、俺の意識が途絶えた。


 ■■■

「……ん」


 重たい瞼を開いたが、やけに眩しい気がした。

 それから目を細めると、見知らぬ天井が広がっていた。


「俊佑っ!」


 そういう声が聞こえたと思ったら、立華がいきなり俺に強く抱きついてきた。

 一瞬で意識を戻すレベルの痛みが俺を襲った。


「ヒロ、土御門さん呼んできて!」

「へいへい」

「んじゃ、私は飲み物取ってくるから!」


 部屋には俺と立華が残された。


「馬鹿……こっちは心配したんだから…」

「ごめん……」

「ごめんじゃないって。あの時どうして僕を庇って囮になったの?」

「それは……」

「僕を放って置いて逃げてもよかったのに……どうして?」


 立華の言葉には嗚咽が混じっていた。

 確かに立華を放っておいて逃げ出しても良かったのかもしれない。

 でも、俺の心がそれを許せなかった。

 気がついたら、立華を助けるために動いていた。


「放っておけるわけないって。だって俺、大切な仲間を見捨てたくないから」

「俊佑……」

「俺たちは友達でもあり、e-SPADAの仲間だから。ただそれだけのことをやったまでだって」

「馬鹿、ほんっと馬鹿……!」

「馬鹿で上等だよ」


 俺は泣きじゃくる立華を強く抱きしめ直す。


「ひゅーひゅー!お熱いねぇ」


 と、2人しかいないはず部屋に、別の声が響く。

 俺たちが声のした出入り口の方向を向くと、土御門さんと将大、芽以がそこにいた。

 将大と芽以に至ってはニヤニヤしていた。

 我に返った芽以は俺を突き飛ばし、俺はベッドから転げ落ちる。

 俺もそうだが、立華も顔が真っ赤になっていた。


「と、ところでここって一体全体どこなんですか!?」

「ここか?ここは俺の個人ラボ。と言ったところかな?」


 苦し紛れに俺は話題を変える。

 どうやらここは土御門さんの自宅兼研究所で、窓の奥には無数のデータスクリーンやモニターの光が見えることからそうなんだろうと実感した。


「コホン。とりあえずは、意識が目覚めたようなので、君たちにあるものを見せようか」


 そういうと土御門さんはタブレット端末を取り出し、ある映像を壁面に映し出した。

 その映像は、先ほどのイベント会場でのデウスと名乗った赤黒い少年の演説だった。


「単刀直入に言おう。コイツの名は『デウス』。5年前、コイツが突然現れた」

「5年前に……まさか?」

「あぁ、『アキハバラ電脳事変』。あの時、あの場所でコイツにな」

「でも、アレってイベント会場内でハッカーの被害に遭って爆発事故とか発生した事件なんじゃ…」


 芽以の言うとおりだ。

 アキハバラ電脳事変。それは5年前に、アキハバラで開催されたセンチュリーコーポレーションのイベント会場で、謎のクラッキング攻撃により、アキハバラ一帯が爆発事故による大打撃を受けた事件だ。

 この事件により、アキハバラの街としての機能が回復するのに1ヶ月半をも要した。


「あくまでも『表向き』はそうだ。要約すれば、今日起きた事件と似たようなのが起きた」

「じゃぁ、5年前も俊佑がなったあのヒーローみたいなのが戦って…?」

「いや、5年前はそんな技術なんてなかった。だから、当時の社長がお手製で作ったワクチンプログラムで消去した」

「当時の社長って、芦屋三輝社長が?」

「あぁ。だが、消え側にデウスが厄介な遺言を残していてな『これはほんの前哨戦。本当の遊戯はここから』ってな。んで、甚大な被害を出した責任をとって三輝社長は逮捕と辞任ってわけだ。これが、アキハバラ電脳事変の事実だ」


 唐突に告げられたアキハバラ電脳事変の真相に、俺たちは言葉を失う。

 まさか、今日の事件が5年前にも起きていたなんて思ってもいなかった。


「ってことは、もしかすると俺と烈が変身したあのヒーローみたいなのは…」

「そういうことだ。5年前のあの日から俺はあいつに対抗するためのシステムを構築した。その最終到達点がアバターと人間共に戦うBattleーinkーGEAR、別名 着進体と呼ばれる戦闘システムだ」

「着進体……」


 土御門さんにとって、5年前から戦いが始まっていたんだ。

 俺はそう思いながら、スマートウォッチをかけている右手をじっと見つめる。


「そういや、あの時現れた足軽って『戦国絢爛記』のモブ兵じゃなかったか?なんでアイツはセンチュリーのゲームキャラを召喚なんて…」

「そもそもデウスの言っていた命を賭したゲームってのもちゃんちゃら分かんないし…」


 将大の指摘で俺はハッと気づいた。

 あの時は無我夢中で戦っていて、そんな事に気づけなかったが、心の中にあった既視感の正体がわかった気がした。

 確かに戦国絢爛記の兵士だった。

 それに、立華の言っているとおり、デウスの言っていた「命を賭したゲーム」というのもよく分からない。


「それはこちらも全く分かりはしなかった。だが、これ以上ヤツを野放しにしておいても犠牲者が出ることは確かではある。俊佑くん、これは酷な使命であることは重々承知だろうが、戦ってくれないだろうか」


 土御門さんは俺に向き直り、深々と一礼した。

 あの時は勢いで使ってはみたが、いざ冷静に思い返す。

 本当に俺でいいのだろうか?

 俺以外にもこの力を使いこなせるのだろうか?

 そんな重荷を俺は背負えるのだろうか?

 一気に不安が込み上げてくる。


「すいません。少し考える時間をください」

「そうか。そうだよな……こっちもいきなりこんなことを言い出して失礼した。じゃぁ、答えが出るまでこっちは待つとするよ」


 土御門さんは、そういうと部屋を出ていった。

 部屋がしん、と静かになる。

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