第2話 バトリンカー、起動

「ゲーム・スタート」


 電子音声が会場内に鳴り響く。

 その瞬間、棒立ちしていた足軽が動き出した。


「…マズイ!」


 土御門は咄嗟にスマートフォンを起動し、会場内のシステムにアクセス。

 全方位実体化システムをシャットダウンした。

 会場内のアバターのホログラムは解かれた。

 しかし、足軽のホログラムは解かれなかった。


 足軽の1人が客の1人の身体を無惨に貫く。

 それが呼水となり、悲鳴の大合唱が起き、鮮血が飛び散る。

 その光景は土御門と天草にとってはアキハバラ電脳事変を思い起こさせた。


「何がどうなってるんだよ!こんなのゲームじゃねぇって!」

「新手のデスゲーム!?多分アレ?ちょっと前に流行っていたタコゲームとかいうの!?」

「芽以、そういう冗談こういう場だと笑えないよ!」

 鎧の擦れる音と共に、背後から迫る足軽たちから必死の形相で逃げる。

 そうしている間にも、足軽たちは会場の人間を標的に定め。無情にもその心臓を貫いていった。

「ねぇ。もしかすると、やられている人も仕込み…って訳ない?」


「見たろ!ありゃ確実に命止まってるだろ!」

「そうだよね…。じゃあこれ現実!?」

「とにかく会場の外まで逃げるぞ!」

 アーチ状のゲートを抜け、ブースの外へと出る。それでも足軽たちは追いかけてきていた。


 周りはもうパニック状態だ。蜘蛛の子を散らすように逃げる人、人、人。


 足軽はそれを、口角を吊り上げた顔で追いかける。

 まるで、おにごっこでもしているかのように。

「きゃっ!?」


「立華!?」

 すぐ隣から聞こえてきた悲鳴に、反射的に振り向くと、立華が転んでいた。


 俺は立華のそばに駆け寄り、しゃがみ込んだ。

「大丈夫?」


「平気へっちゃら…。な訳ないっぽい」

 強がる立華の膝には擦り傷ができ、血が流れている。出血量を見る限り、かろうじて走れる程度であろう。

 俺はポケットからハンカチを取り出し、急いで止血した。

「ごめん、こんな状況でも…」

「気にしない!いつものことでしょ?」


 そうこうしている間にも、足軽たちはジリジリと近づいてくる。

 でも、このまま立華を放っておくわけにはいかない。


 今から走って逃げ切れるか……?

 いや、追いつかれる。もしこれがゲームなら、動きの鈍い敵から優先して狙うのがセオリーだ。


 クソッ……どうする、考えろ……。

 この状況で、あの足軽から立華を逃がす方法は……。


 ふと、視界の端に赤い何かが映った。

 それは倒れたのぼり旗だった。イベント会場の各所に立てられたのぼり旗の一本だ。


 同時に、ひとつの作戦が思い浮かぶ。

『俺が囮になって、逃げる時間を稼ぐ』


 選択肢はただ一つだ。


 それが最も過酷にして最適な打開策だと信じて、俺は旗を手に取った。

「こっちだ!付いてこい!!」


「俊佑!」


 俺は旗を振り回し、大声で叫びながら走り出す。

 想定した通り、足軽は俺に狙いを定めた。


「こっちだ!来るなら来てみろ!」

 こんな大声で、こんなに目立つもん持って走ってるんだ。嫌でも注目を浴びるだろう。


 その甲斐あって足軽はどんどん俺の方へと集まってきている。


 だけど……流石にキツすぎる……!

 相手は疲れ知らずのゲームキャラで、俺はただの人間だ。気づけば一瞬のうちに距離を詰められ、背後に迫られていた。


「ぐぅっ!?」

 背後から首を掴まれ、持ち上げられる。


 息が出来ない……苦しい……!


 俺が苦しむ様子を見て、足軽はニタリと嗤った。

 次の瞬間、俺は投げ飛ばされ、地面を転がる。


 身体がアスファルトに叩き付けられ、頬が思いっきり擦れた。クッソ痛ぇ……。


「俊佑!」

「全くあのお節介バカ…!」


 視界がだんだんぼやけ始める。

 離れたところから、仲間たちの声が聞こえるけど、その声もだんだん遠くなっている気がした。


 逆に、足軽たちの足音が、地面から頬を伝って迫ってくる。

 俺の人生、ここで終わりか……。

 でも、大会……最後の最後に勝ててよかったな……。


 振り上げられた長槍を見て、俺は瞼を閉じた。

 その刹那だった。


 一発の銃声と、短い断末魔。そして何かがカラカラと崩れていく音。


 目を開けると、足軽たちの背後から細いレーザーが飛び出し、次々に倒れていく。


 レーザーが飛んできた方向に視線を向けると……そこには、まるでSF映画に出てくるような形の拳銃を手にした土御門さんが立っていた。

「全く。自己犠牲もほどほどにな?」


「土御門さん……?」


 土御門さんはそう言うと、俺の前に歩き寄る。

「大丈夫か?」


「はい……なんとか」


 差し伸べられた手を取ると、土御門さんは俺を立ち上がらせてくれた。

「君のやりたいことは概ね分かった。大切な人を守りたいんだろう?東郷俊佑くん」


「えっ……?まぁ、そう……ですけど……」


「なぁに、恥じることはないさ。誰しも皆、そういう理由で戦いたいって気持ちは持っている。けど、それを行動に移せる勇敢さを持つ人間は、ほんの一握りしかいない」

 土御門さんはタブレットを取り出すと、それをケーブルで俺のスマートウォッチに接続した。

 双方の画面には『BattleーinkーGEAR Install』と表示されている。


「土御門さん、一体なにを……?」

「君の持つその勇敢さと、ゲーマーとしての素質を見込んでの頼み事……かな」


「頼み事……?」

 言っている言葉の意味が分からず困惑する。

 ただでさえゲームのキャラが襲ってきている、なんてよくわからない状況なのに、もうどういう表情をしていいかさえ分からなくなってきた。


『Install complete』

 スマートウォッチから何やら電子音声が鳴り響く。


 その直後、俺の目の前に烈のホログラムが姿を現した。


「俊佑!?」

「烈!?なんで?こっちは何も操作してもないのに?俺のコレに何したんですか!?」


「ちょっとしたプレゼントだよ、アイツらに立ち向かうための力を解放するためのね」

「立ち向かうための力……?」

「あぁ、それを使えば、君の大切な人たちを守ることができる!」

「大切な人……」

 思わず視線を、立華の方に移す。

 立華は将大と芽以に介抱されて、土御門さんと同じ形の銃を構えた天草さんに守られていた。


 皆の無事を確認すると、俺は改めて足軽たちに目を向けた。

 許せない……。楽しいイベントをメチャクチャにしたあいつらを!立華に怪我を負わせたあいつらを!


 こんな奴らに、これ以上立華を傷つけさせたりしない!


 立華を、皆を、俺が守る……絶対に守ってみせる!

 嗤う足軽たちを睨みつけ、俺は固く拳を握る。

 大切な人たちを、守り抜くために……俺は戦う!


「土御門さん、この力の使い方を教えてください」

「俊佑!?お前一体何を……?」


「使い方はシンプル。君たち2人の心の波形を合わせ、ウォッチにボイスコードを入力することだ」

「ボイスコード?」

「スバリ、『着進コネクション』だ」

「着進……ありがとうございます!」

 土御門さんに感謝を伝え、俺は敵陣に向かって駆け出す。

「準備はいいか?烈!」


「あぁ、こうなったら死なば諸共!付き合ってやらぁ!!」


 俺と烈は目を閉じた。

 深く沈んだ意識の中で烈と……相棒と、心がより一層深く繋がっていくのを感じる。


 そして、心が完全にシンクロしたその瞬間、俺たちは叫んだ。

「「着進コネクション!!」」

 叫んだ直後、円筒状のフィールドが俺の周りを覆う。


 烈のホログラムが俺の身体と一体化し、右目は烈と同じ赤に染まった。


 全身に炎の模様が描かれた鎧が装着され、兜を模したヘッドギアが装着されるとバイザーが展開。

 最後に、手にした刀を天に掲げると、フィールドが弾け飛んだ。

着進体バトリンカー・アップロード』

 この力の名を告げる電子音声が、静かに、高らかに読み上げられた。


 ■■■


「ついに始まったか。虚実混交の戦いが…」


 時を同じくして、センチュリーコーポレーション本社の社長室。 現在のCEOである芦屋斗真は、眼下に広がる光景を見て呟く。


 彼のデスクのパソコンには『BattleーinkーGEAR 01 Boot up』という表示と、会場周辺の映像が映し出されていた。

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