第1話 ようこそ、虚実混交の世界へ。

「さぁ、ROBOT WARS関東予選3本勝負もいよいよ大詰め!日本大会の切符を掴み取るのは、新時代を貫くe-SPADAエスパーダか、止まらない無限砲台のSGTショット・ガン・トリガーか?」


 オダイバのとあるイベント会場。

 ROBOT WARSの関東大会の決勝戦が行われていた。


 勢いを伸ばしてきている若きe-sportsチーム・e-SPADA

 百戦錬磨の王者であるSGT。

 2つのチームによる1対1の先鋒・中堅・大将による3本勝負。


 ここまでの結果は

 先鋒戦でSGTが王者の風格を見せ勝利。

 中堅戦では、e-SPADAが大番狂せで勝利。

 そして迎えた大将戦。

 この戦いを制したチームが全国大会への切符を掴むことができる。


 e-SPADAの大将の機体のレーザー剣が空を切る。

 その剣を、SGTの機体がシールドを展開して防ぎ、小銃で近距離射撃を試みようとするが、レーザー剣により弾き落とされる。

 お互いのHPゲージが20%以下を示す。

 両者一歩も引けない状況。試合は白熱していた。


 もうこの手しかないと思ったのか、SGTの機体はスレッジハンマーを手にし、e-SPADAの機体の頭上目掛けて跳ぶ。

 ハンマーのブースターが点火し、推進力を利用して自らの機体ごと振り下ろす。


 この瞬間。会場内では勝負がついた。というムードが漂った。


 しかしこの一瞬を突いて、e-SPADAの機体はバックステップで素早く攻撃を翻す。

 SGTの機体の攻撃は虚しく外れ、会場内にどよめきが走った。

 さらにe-SPADAの機体は、背面のブースターを展開し大きく隙を見せたSGTの機体に急接近、渾身の剣を振り下ろす。

 防ぐ余裕すらなかったSGTの機体はその剣を受け、戦闘不能となった。

 勝負はついたのだった。


「ショット・ガン・トリガー敗れたり!優勝は…e-SPADAに決まったぁぁぁぁ!!!!」


 ■■■


 その熱戦からおよそ30分ほど経過したイベント会場の控え室。

 4人の若き男女が談笑している。


「『ROBOT WARS関東地区予選優勝!次は全国でも天下とっちゃうぞー!』っと」

「芽以殿!えすえぬえすだと我らの一団のことで話題が持ちきりでござるぞ!」

「やりぃ!」


 茶髪のショートヘアーの少女の望月芽以もちづき めいは自前のタブレットでSNSを更新している。

 その横で空中投影でSNSをサーチしているシアンの少年忍者のような姿をしたホログラムは雷也という芽以のアバターだ。


「ゴメン。僕が不甲斐ないばかりに初戦で出鼻挫いて…」

「お気になさることはございません立華様。あなたは全力で闘い抜いたことを私はよく知っております。この悔いは次の糧になりますよ」

「あ、ありがとう。グリム」


 黒髪のツインテールに眼鏡にオレンジの式部立華しきべ りつかが申し訳なさそうに話すが、黒いタキシードと中性的な見た目をしたアバター・グリムがそれを宥めた。


「まぁ、その敗北があったからこそオレの相棒の勝利への火をつけたと言っても過言じゃないしな」

「まぁ正直いうと俺もジリ貧だったことは確かだったのは事実なんだけどな。あそこで相手が隙を見せてくれたから勝てたようなもんだからな…」


 黒髪に緑のメッシュの那須野将大なすの まさひろは緑の外套を羽織った狩人のアバター・ロビンと共にスマホで先ほどの試合のアーカイブ配信を見ながら、これまでの戦いを分析している。


「俊佑!俺は猛烈に感動したぞ!!相手も自分も極限状態。やるしかないと思った相手の一撃を容易く翻し、間髪入れずにズバっと一撃!ほんっとうに最高だったぞ!」

「そんな言われるほど凄くないよ。あの緊急回避もヒロから教わった回避テクをひたすら練習した賜物でもあるし、みんながいなきゃあの場に立てていなかったから、みんなのおかげでもあると思うんだ」


 焔模様の白羽織の若武者の姿をしたアバター・烈は熱心に先ほどの試合を語る。そんな烈の褒め言葉に驕らず、教わったテクによる勝利だと諭す茶髪の青年の名は東堂俊佑とうどう しゅんすけ

 そう、何を隠そう先ほどの赤い機体のプレイヤーはこの俊佑なのだ。


「謙遜しすぎー!自覚を持ちなよエースプレイヤー!」

「でも、その謙遜さがいいところみたいなもんじゃない?」

「俊佑らしいと言えばそうなのかもしれないな」

「そう、なのかな?ここまで言われるとなんか照れちゃうな…」


 天真爛漫のSNS担当。芽以。

 冷静沈着な参謀役の立華。

 逆境お構いなしのチームリーダー・将大。

 そして、エースプレイヤーの俊佑。

 そんな4人のチーム。それこそがe-SPADAである。


 そんな4人の控室にノックの音が響く。


「失礼するよ。優勝者くん達」


 部屋に入ってきたのは土御門だ。

 後ろには天草もいる。


「ほえっ!?REAL WORLDの開発員の土御門さんと天草さん!?」

「ヤベェまじかよ!?ペンとサイン帳…」

「ヴァ…」


 突然の来訪者に芽以と将大は声を上げ驚き、立華と俊佑は言葉を失う。

 もちろん俊佑らもREAL WORLDをプレイしている身。伝説の英雄のような存在であるのは確かである。


「うん、真っ当なリアクションありがとう。優勝の瞬間も見させてもらったけど、あのプレイングは天晴れだ。多分e-sportsの歴史に名を残すような名プレイを…」

「主任、やりすぎです」

「あぁ、すまないね。ついあの手の神プレイを見てしまうとね…。ま、単刀直入に言うと。よろしければ君たちもイベントスペースに来てみないか?というお誘いだ。どうかな?」



 土御門の誘いを受けて、4人と土御門、天草はイベント会場へとやってきた。

 様々なキャラクターの巨大バルーン型のホログラム。新作ゲームやステージ上の映像を映し出すスクリーン。周囲から人々の歓声やざわめきが耳に入り、視界には人とアバターが行き交う虚実が入り混じった不思議な世界が広がっていた。

 目の前に広がる光景に4人は思わず息を呑む。


「どうだい?驚いた?」

「知ってはいたけど、まさかここまでリアルだとは思っていなくて…。スゲェ…」

「うん。想像以上すぎて語彙力が消し飛ぶかも」

「あれ?この全方位実体化って前インタビューで言ってませんでした?」

「今回のイベントはこの実証実験も兼ねての開催です。多少の不具合は残っていますが、早ければ来年の初頭には実装化を目指しています」


 プレイヤーの荷物を持つロボット型のアバターや、我先にと駆け出そうとする猫のアバターを止めようとするプレイヤー、プレイヤーと一緒にフードコートで買ったチュロスと飲み物を片手に食べ歩きしている獣人型のアバターなどがすれ違う。

 行き交う人らにはちらほら外国人の姿も見受けられる。


「でも、まさかこうしてアバターと一緒に日常生活を送れるなんて子供の頃の俺らからしたら考えられないよなぁ」

「ま、それだけゲームの技術が進歩しているって証でしょ?だって今じゃ日本はゲーム大国だよ?」

「芽以、それ5年くらい前から言われてることじゃん」

「あっりゃ〜。そうだった」


 そう会話しながら歩いているうちに、一行は会場の中心エリアまでやってきた。

 中心部なだけに、様々な人やアバターが行き交っている。


「じゃぁ、俺たちはこの辺で。みんなもちょっと現実離れしたこの世界を楽しんでね」

「それでは、失礼します」


 そう手を振りながら土御門と天草は人とアバターの波に消えていった。


「さぁて、これからどうする?」

「どうするって、そりゃお言葉に甘えて楽しむっきゃないでしょ?折角のイベントなんだし!」

「そうだね」


 郷に入っては郷に従え。

 4人はそれぞれに分かれ、この虚実混交の世界を楽しむことにした。

 

 ■■■


「『MAGICAL SYMPHONIA』のソフィアの限定フィギュア!?こんなの売ってるって聞いてねぇぞ!?こんな時のためにアンテナ張っておくべきだったぁ〜!」

「税込12,000円か…。どうすんだ相棒?」

「あぁぁぁぁ…。そういや今月、新しいヘッドセット来るんだった…」

「ほほぉ、『原品限り、お早めに!』だとさ?」

「ぐぬぬぬぬぬ…。買うしかねぇ!今、買うしかねぇのか…!」


 物販ブースでは、大会に専念しすぎて情報を入れてなかった将大が限定フィギュアの箱を前に、相棒であるはずのロビンという名の悪魔の囁きに乗せられていた。

 最終的に将大は、囁きに耐えきれずにフィギュアを買ったのだった。


「よーし、ここでもハイスコア狙っちゃうぞー!」

「芽以殿、ふぁいとでござる!!」

「応援サンキュ雷也!さぁ、振り切っちゃうぜっ!!」


 ゲームブースの体験コーナーでは、芽以が猛威をふるい、次々とハイスコアを打ち立てていく。

 そう、彼女もe-SPADAのプレイヤー。ゲームはめっぽう強いのだ。

 だが、この光景を見て各ゲームブースの係員が頭を抱えたの言うまでもない。


「J・P DATAの新製品はキーボードとマウスかぁ」

「こちらの会社のは立華達様がよく使っている物で?」

「そうだね。あ、今度のは左利き用のマウスも発売するんだ」

「ずっと右利き用で我慢してましたからね、立華様は」

「やっと右利きマウスの呪縛から解放される…」


 チームきっての機器オタクの立華は協賛企業のブースで各企業のゲーミングデバイスを眺めていた。

 チームの中で唯一の左利きである彼女にとって、この会社から左利き用のデバイスが発売されるのは、彼女にとっての悲願と言っても過言ではない。


「俊佑、お前はブースを巡らないのか?」

「さっきの大会でちょっと体力使っちゃったからね。休んだら巡ることにするよ」


 他の3人とは異なり、俊佑はチュロスを手に休憩スペースのベンチに腰掛けて休んでいた。


「やっぱりすごいな、この光景…。本当に現実とは思えないや」

「本当にな。俺たちアバターから見ても、こんなにアバターと人が行き交う光景は見たことがないな」

「これも土御門さんの技術の賜物なのかもなぁ」

「そうか、俺たちの実体化もあの人のおかげなのか…」


 烈は自分の腕をまじまじと見つめる。

 アバターの実体化システムも、土御門の「日常をアバターと共に」という構想を基にしたシステムとして、半年ほど前の超大型アップデートにて実装された。

 もちろん、このアップデートによりREAL WORLDの可能性は広がり、「過去最高のアップデート」とまで評されている。


「でも、まさか俺のアバターがこんなに熱血なアホの子だとは思いもしなかったなぁ…」

「なっ、俊佑!?いきなり何を!?」

「冗談だって。でも、こんな日常が来るなんて思いもしなかったなぁ。こういう日常が、俺は好きだからね」


 そう言いながら俊佑はチュロスを齧りながら会場内をあらためて見渡す。

 談笑する、ゲームキャラのコスプレイヤーと一緒に写真を撮る、会場の様子をスマートフォンで撮影する。

 それぞれ思い思いの行動をしている。

 皆、笑顔を浮かべている。それはアバターも人間も同じだ。


「それは俺たちアバターにとっても同じだな。俺たちもゲームキャラとはいえ、こんな日常が来るなんて思ってもいなかったし、こうやって俊佑達人間と一緒に日常を過ごせるのは嬉しいな」


 烈はそう言いながら微笑む。

 彼らにとっても、現実世界という外の世界の人間という種族と触れ合い、日常を過ごすということなんて考えてもみなかったのだろう。


「人間もアバターも友達、それが当たり前の日々になるといいね」

「もう既に当たり前になっているのがこの世界だぜ?」

「ふふっ、そうだったね」


 俊佑と烈は顔を見合わせて笑う。

 人とアバターが笑い合う日常が好きなのは、俊佑と烈の共通点なのだ。



 バチッ…ザーザー…



 その時、会場のモニター全てがカラーバーの表示になった。


「おかしいな?配線エラーか?」

「だとしたら全部のモニターがこうなるはずなくね?」

「どこかのハッカーにハッキングでもされたんか?」

「まさかぁ〜」

「土御門さんと天草さんに連絡!急いで!」

「は、はい!」


 モニターを見ていた者、ゲームをプレイしていた者はそれぞれ声を上げる。

 係員の連絡を受け、土御門と天草も会場に再び入ってきた。


「何がどうなってる。状況は?」

「全てのモニターが突然こんな表示になって、こちら側の操作を受け付けません」

「受け付けない?モニターのマスターシステムで操作は?」

「マスター側の操作もです…」


 何か嫌な予感がする。

 土御門にも焦りの表情が現れる。

 まさか、アイツが…?


 その時だった。


「やぁ、初めまして。そして『一部の者』にとっては久しぶり。かな?」


 土御門と天草にとっては5年半前に聞き覚えのある声が耳を通った。

 2人はモニターに目をやると、見慣れたあの姿が映る。

 そう、アキハバラ電脳事変の首謀者・デウスだった。


「改めて自己紹介しておこうか。ボクの名はデウス。君たち創造種の遊び相手さ!」


 デウスは腕を大きく広げ、名乗る。

 観衆たちは、なんだこれは?という表情や、新しいゲームの宣伝?という声が聞こえる。


「さて、創造種の皆に素晴らしいゲームの提案をしよう。それも、ただのゲームじゃない。命を賭したゲームさ!」

「命を賭したゲーム…?」


 命を賭したゲームという不安を煽るようなキャッチコピーを機に、不穏の声が一層大きくなる。


「その名も、『東京電脳戦記』!バトルフィールドはここトウキョウ全域。プレイヤーは人間。そして相手は…ボクらゲームの住人だ」


 デウスは指を鳴らす。

 すると、会場内には足軽のような兵隊のホログラムが現れる。

 会場にいた人らにはどよめきの声が聞こえる。


「スゲェな。これ新作の予告か?」

「こういう超大掛かりなこと、センチュリーはやらない気がする」

「そう?だってそのためのこのイベントの全方位実体化システムじゃない?」

「じゃぁデウスってのは誰なんだろう?」


 俊佑と合流した3人は、三者三様にこの状況を考察している。

 無論、彼らの周囲にも足軽が配置されている。


「今回はそれの体験版を君たちにプレイさせてあげよう。キミたちの検討を祈るよ。バイバイ♪」


 デウスはそう別れの挨拶を告げると、画面が真っ暗になった。



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