序章 アキハバラ電脳事変~後編~

「待っていた?それってどう言う事…?」

「どう言う事かって?決まっているだろう。遊ぶ時間だよ!」

「あ、紹介が遅れたね。ボクらを創りし創造種・人間。ボクの名は『デウス』君たちの遊び相手さ」

「デウス?遊び相手…?」


 コジロー、いや、デウスと名乗ったソイツはそう宣言する。

 コジローの体が剥がれ落ち、その姿は赤黒く発光する少年のような姿となった。

 デウスが指を鳴らす。

 すると会場内には、先ほどの兵士キャラが数体召喚された。

 ただ先ほどとは違い目が赤く発光し、赤黒いオーラを発している。


「自己紹介はこれくらいにして、さぁ、始めようか!命を賭した遊戯ゲームを!!」


 デウスがそう高らかに宣告すると、兵士キャラが動き始めた。

 兵士たちは会場内の人間たちに標的を定めた。


「これマジかよ。イベの予告クオリティ高すぎんだろ」


 これも演出の1つと思っている観客の男が会場内は撮影禁止だというのにも構わず、スマートフォンのカメラを起動し、兵士を写そうとする。

 その瞬間、男はホログラムのはずの兵士の槍に貫かれた。

 当たりに血が散乱し、観客の1人から悲鳴が飛び出す。

 その光景を目の当たりにした観客たちは我先にと逃げ出す。

 しかし、兵士はその観客たちを逃しはしない。

 ある兵士は剣を手に、ある兵士は弓を手に、そしてある兵士の軍勢は大砲で、観客たちに襲いかかり、目に映った展示品や物品など、破壊の限りを尽くす。

 この会場が悲鳴と鮮血が飛び交う惨劇となるのは、1分も満たなかった。


「おい!お前ら止まれ!」

「これ以上の無駄な抵抗は止せ!」


 会場内の警備を担っていた警備員たち、そして騒ぎを聞いて駆けつけた警察官らが兵士を止めようとする。

 警察官はすでに腰のホルスターから拳銃を抜いて、射撃の体制をとっている。

 それだけでも、ことの重大さがよくわかる。


 だが、兵士はそんなことでは動じなかった。

 それどころか、兵士たちは標的を警備員たちに向ける。

 警備員の片手で首を掴み、その首をへし折る兵士もいれば剣で滅多刺しにする兵士もいる。

 拳銃や警棒で応戦する警官もいるが、相手はホログラム。そのため攻撃は通用するどころか、当たらない。

 こちらからの攻撃は一切通用せず、あっち側の攻撃が一方的に飛んでくるという圧倒的な理不尽な状況により、警備員と警官ももはや壊滅状態となった。



 人で賑わっていたアキハバラの歩行者広場は一転、血と煙の匂いが交わり、炎と瓦礫、人間であったモノが転がる惨劇と化す。

 土御門はその光景を見て立ちすくむ。


「土御門くん!」

「主任!無事でしたか!」


 立ちすくむ土御門の元に芦屋と天草が駆け寄る。

 2人の衣服が少し煤が付いているのを見ると、どうやら命からがら逃げてきたようだ。

 芦屋も天草もなんだこれは、という表情を浮かべている。


「これは一体どういう状況なんです?」

「わかりません、VIRTURIZEのデモンストレーションの最中に突然俺のアバターが乗っ取られて、このような惨状に…」

「もしかしてクラッキングを?」

「いや、土御門くんのVIRTURIZE自体本日初出のゲームのハズです。別班からデジタルウォールを監視してもらっていますが、侵入も流出の痕跡は確認されていません」


 今日のイベントスペースである歩行者天国は、データ防護壁・デジタルウォールにより、外部からのクラッキングやウイルスによる不正操作やデータの流出を塞がれている。

 土御門もタブレットでデータウォールを確認するがクラッキングどころか、ウイルスの反応すらない。


「なぁんだ。創造種っていうからには強いの想像していたんだけど、案外脆い種族なんだね。人間って」


 土御門にとって記憶に新しい声が聞こえる。

 振り返ると、そこにはデウスの姿があった。

 自らを想像したとされている人間の想定外の弱さ、デウスはそれに失望の意を唱えていた。その言葉は煽っているようにも聞こえる。


「なぁ、あんた何もんなんだよ?勝手に人のアバター乗っ取って、こんな惨状にして、何がしたいんだよ!」


 土御門はデウスに向き直り、デウスに怒鳴りつける。

 デウスに殴りかかろうとするが、ホログラムのため、その拳はすり抜け、転倒した。

 すかさず芦屋と天草は土御門の元に駆けつける。


「だから、さっきも言ったでしょ?ボクらは命がけの遊び相手が欲しいんだよ。ボクはある人から教わったんだ。『人間は命を賭す時にこそ一番面白い』って」

「ある人…?おい、それって一体…」

「教えてほしいかい?だったら、コイツらを倒すことだね??」


 デウスが指差したコイツら、つまりは先ほどの兵士たちだ。

 ざっと数えて100体。

 無論、自分の攻撃は当たらないが、向こうの攻撃は当たるし、ゲームのキャラとはいえ、戦闘能力も不明。

 圧倒的無理ゲー。

 死ぬのか?

 こんなところで



 その時だった。

 芦屋が土御門に1個のUSBメモリを投げ渡した。


「社長、これは?」

「非常時用のワクチンプログラムです。と言っても、データ削除プログラムを強力にしたお手製のものですが」

「全く、どこまで用意周到なんですか。社長は」

「『こんなこともあろうかと』私の格言にですからね」

「でも、これで効果というか、確証はあるんですか?」

「えぇ、先程土御門くんがデウスに殴りかかった時に、確証が。デウスたちの状態は未だにARとして存在しているということは、根幹を司っているプログラムが存在していることになります」

「つまりは消去ができるということですね?」

「そういうことです」


 芦屋の言葉ですべて確信した土御門は立ち上がる。


「こそこそボソボソと何しているんだい?」

「遊んでやるぜ、デウス!創造種クリエイターなりでな!!」


 飽きたような感情のデウスに向き合った土御門はタブレットにUSBメモリを挿入した。

 それと同時に周囲には青い直線の閃光が迸り、タブレットの画面には「プログラム起動中」という文字とソースコードが流れていく。

 光は地面を沿うように流れ、デウスと周囲の兵隊を捕縛した。


「なにそれ。そんなのが効くような連中に見えるっての?」

「あの時お前をぶん殴ってるのを見て、うちの社長が確信したんだよ」

「じゃぁ見せてみなよ?どうボクたちと遊んでくれるのか」

「見せてやるよ、人間の本気っての!」


 先ほどの意趣返しか、土御門が指を鳴らすと同時に、デウスと兵隊を凄まじい電撃が襲った。その威力は周囲のモニターや電子機器も火花を上げるほど。

 電撃を受けた兵士たちは、みるみるうちにデータの塊へと還っていく。

 それは、デウスも同じであった。


「ハハハ…。そういうことか…。そういうことなんだね、人間」

「だてにお前らみたいなの生み出してる『創造種』だからな。舐めてもらっちゃ困るんだよ」

「面白い。面白いねぇ…!でも1つだけネタバレしておくよ。これはほんの前哨戦。本当の遊戯ゲームはここからってことをね…!!!ハハハハハハハハ!!!!」


 ほんの前哨戦。そして遊戯はここから。

 そう言い残してデウスは消滅した。

 こうして、幾多の犠牲者を生み出した「アキハバラ電脳事変」と呼ばれる事件は幕を閉じた。

 数日後、社長である芦屋は発言通り全責任を負って社長職から退き、逮捕。

 土御門は1年に及ぶ減棒と主任降格処分を受けることとなった。

 降格してからも土御門の脳裏にはいつも、デウスの「ほんの前哨戦。本当の遊戯はここから」という単語が脳裏を掠めていた。

 まだ、戦いは終わっていない。

 土御門はそう確信していた。



 そこから5年が経った冬の日。

 土御門は30歳を迎えていた。


「ついに完成した。『奴ら』に対抗する戦闘システムが!」


 土御門は自室にて喜びの声を上げる。

 彼は5年もの間、センチュリーコーポレーションの開発者としてだけではなく、デウスたちが再び活動を開始してもいいような対抗システムを開発し続けていた。


「実体化できない敵に立ち向かうには、やっぱりアバターと人間の協力というのは必然だったか。やっぱりVIRTURIZEのアレ、無駄じゃなかったか!」


 VIRTURIZEのアバターと人間の同調というシステムを利用して、ついにここまで漕ぎ着けた。

 デウス、いつでもかかってきやがれ。

 土御門は意を決してそう誓った。



 そしてそこから6ヶ月後。

 命を賭した究極の遊戯が始まるのだった。

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