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「シュルヴィが美人じゃなくなれば、執着もしてこなくなるんじゃないか」


 カイの放言に、世界竜マーイルマが賛同する。


「美人を醜女しこめにする竜か。おもしろそうだな」

「……例えば、わたしの顔が変わったとして。あなた、ちゃんとわたしのこと好きでいてくれるの?」

「……」

「そこ、すぐに頷かないわけ」


 カイは「もちろん、好きだよ」とぎこちなくほほえんだ後、シュルヴィの案に話を戻した。


「だって心を変えるなんて、無理な話だろ。どんな説得したって、もう三十四の男だぞ? 考え方なんて凝り固まってて、他人の意見聞くわけないって」

「人の心に作用できる竜なら、もういるから創らんぞ」

「いるって言っても、どれも効果は半日ほどじゃない。意味ないわ。……わたしたちの言葉じゃ、きっと殿下の心に響かないと思うの。もっと、殿下がひねくれてしまった、根本的な理由が……」


 シュルヴィは、下げていた視線を上げた。


「ねえ。殿下を、お母さまに……亡くなった皇后陛下に、会わせてあげることはできないかしら」


 シュルヴィが挙げた内容について、三人でやりとりを交わす。世界竜はほくそ笑んだ。


「――いいだろう、おもしろい。では、なんじが望む竜を与えようか」


 突如、シュルヴィの前に淡い光が輝いた。光の中からべに水晶が嵌め込まれた金輪が現れる。竜晶だった。シュルヴィは金輪を受け取り、そして身に着ける場所に悩んだ。


「首輪……にしては、大きいわよね。どこに身に着けるものかしら」

「太ももにつけるやつだろ」


 カイの答えに、シュルヴィはほんのりと頬を染めた。仕方なく、短くなったドレスの裾をさらにめくり、ももに装着する。


「竜晶って、一頭一頭で形が違うけど、いったいどういう基準で決まるの?」


 せっかく世界竜がそばにいるので、訊いてみた。


「その竜の性格による。自分が好きな宝飾の形になる場合が多い。あとは、主人につけて欲しい場所の飾りになる竜もいる」


 捉え方に悩む回答だ。シュルヴィが考え授けられた竜は、主人に腿飾りを着けて欲しいということか。世界竜が、「さて、と」と腕を伸ばす。


「わしも、見物に行くかな。暇じゃし」


 世界竜がふんする男の子の体が、蜃気楼のように揺らいだ。思わず瞬きをした後、同じ位置に立っていたのは、見上げるほどの大きさの、見事な黒竜だった。


   ×××


 中心部の街並みは、すでに半分以上が燃え尽くされていた。流星竜リンドブルムの背から、炎に包まれるリーンノール村を目にしたシュルヴィは、惨状に胸が引き裂かれる思いだった。自分たちのせいで、取り返しのつかないことになってしまった。


「ここが、お前たちの村か」


 ともに流星竜に乗る世界竜マーイルマが訊いた。また人の形に戻っている。不可思議な洞窟から、世界竜はシュルヴィとカイを一瞬で出してくれた。しかし外へ出るなりまた人の形に戻った。自分で飛ぶのが面倒なのか、カイの流星竜に勝手に乗る図々しさだ。


 村のみんなが集められた丘を、すぐに見つける。帝国騎士団もいて、ヴィルヘルムとマルコ、アードルフの姿もあった。みなに注目される中、シュルヴィとカイは丘に着地した。世界竜もぴょんっと背から降りる。傍観するため離れていく世界竜の姿を見て、ヴィルヘルムが「マーイルマ殿?」と小さく反応した。


 マルコは、シュルヴィたちが現れたことに目を丸くしていた。すぐに口の端を、挑むように吊り上げる。


「ははっ。わざわざ、自分たちから殺されに来たんだ」


 シュルヴィはマルコと対峙したまま、腿にある竜晶を発光させた。間に円陣が現れ、一頭の中型歩竜が召喚される。首が長く、薄紅色の鱗を持ち、眠そうな目をした竜だ。大陸中で、まだシュルヴィしか所持していない新種の竜だ。


 竜の召喚に、身構えたマルコとヴィルヘルムへ向けて、シュルヴィは薄紅色の歩竜に近づきながら声をかけた。


「安心してください。攻撃はしません」


 シュルヴィは、歩竜の首を撫でてからささやいた。


「お願い」


 直後、歩竜がとった行動は、首を伸ばしてマルコの頭をくわえるというものだった。見ていた全員が、シュルヴィでさえも、驚いた。


「マルコーっ!!」


 ヴィルヘルムがマルコへ駆け寄る。歩竜はすぐにマルコの頭を開放したが、腰を抜かしたマルコは、頭も顔も首も竜の唾液まみれだ。シュルヴィはどういうことだと世界竜のほうを向いた。のんびりと返される。


「相手を知るための作業は必須だ。でも、方法の指定はなかったから」


 そうだとしても、もっとまともなやり方はなかったのか。ヴィルヘルムが「マルコ! しっかりしろ!」と呼びかける。そして気づけば、歩竜の周囲が霧に包まれていた。


 何もない雪の丘に突如現れた濃い霧の中から、一人の女性が現れる。長い黒髪で、ドレスをまとい、優雅な立ち姿だ。ヴィルヘルムが目を疑う。マルコも、呆然と女性を見た。


「母上……?」


 それは、二十年ぶりに見る先帝の妃――マルコとヴィルヘルムの亡き母の姿だった。彼女が答える。


「竜の力ですよ、マルコ。でも、長くはいられません」


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