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 カイがいよいよだと気を取り直し、強く頷いた。


「その通りだ。俺の願いを叶えてくれ、マーイルマ」

「叶えよう。……ただし、一つ条件がある。これまで生きてきた中で、自分が最も隠したい、恥ずかしい出来事や行動を、わしに教えるのだ」


 カイはとっさには言葉を返せなかった。


「……は? 何それ」

「ただ一方的に望みを叶えてやるなど、わしに何の面白味がある? 太古の昔から、わしが決めている条件だ。わしは、もう一千近い人間の恥ずかしい思い出を抱えている」


 シュルヴィもカイも、愕然とした。同時に合点もいく。


「もしかしてそれでか。白竜騎士のみんなが、俺になかなかマーイルマのこと話したがらなかったの」

「ど、どうするの?」


 シュルヴィが問うと、カイは悩むように唇を引き結んだ。ちらりとシュルヴィを見てから、また世界竜マーイルマへ視線を戻す。


「ここまで来たんだ。もう言う以外ないだろ。……俺が、一番隠したい、恥ずかしいことを」

「そうこなくてはな」


 世界竜はにやにやとして、手拍子まで始める。カイは舌打ちをしてやりたくなりながら、シュルヴィへ頼んだ。


「ちょっと、俺から離れて、耳ふさいでて」


 恥ずかしい思い出を聞かれたくないらしい。シュルヴィは「わかったわ」と頷いた。けれどカイの恥ずかしい思い出は気になった。十歩ほど花畑を後退した後、塞ぐふりをする。カイは深呼吸した後、目元を染めて、小声で世界竜へ明かした。


「シュルヴィの部屋の衣装戸棚を開けて、下着を見たことがあります。……三十回くらい」

「信じられない! こ、この、変質者!」


 叫んだシュルヴィに、カイは赤面して怒った。


「耳ふさげって言っただろ!」

「あなた、いつからわたしを、そんな目で見てたわけ!?」

「い、いつからって……そりゃあ、会った時から、ある程度は意識してたよ」


 赤くなる二人に構わず、世界竜は花畑に腰を落ち着ける。つまらなそうに手に顎を乗せた。


「うーん。いまいち」

「……言うだけじゃなくて、お前に及第点を貰わなきゃなんねーのかよ……」

「そっちのおなごはどうだ? 恥ずかしい思い出、言ってみろ」

「へ? わたし、ですか?」


 自分まで訊かれると思わず、シュルヴィは困った。カイが期待溢れる眼差しで見つめてくるのが憎らしい。しかし自分が聞いてしまった手前、言わずに済ますこともできまい。シュルヴィは咳払いをしてから明かした。


「わたしの、一番恥ずかしい思い出は……――八歳の時の、夏至げし祭でのことよ。村の広場で、みんなが歌を披露する機会があったの。そこで、わたしも歌ったんだけど……その歌が、竜とサウナへの愛を歌った、自作曲だったのよ。翌日、わたしは男の子たちに歌のことをからかわれたわ。それでものすごく恥ずかしくなって……半年くらいは、村の人たちと目が合わせられなかった。その年以降、夏至祭にも参加しなくなったわ」


 カイは不憫そうにシュルヴィを気遣った。


「それは笑った奴らが悪いよ。八歳のシュルヴィは、可愛かったと思うよ。……ふっ」

「あなたも笑ってるじゃない!」


 世界竜マーイルマのほうもお気に召したらしく、腹を抱えて笑い転げている。カイが思い出すように、「そっかー。だからシュルヴィは毎年、夏至祭の日に邸にこもってたのかー」と昔日に思いをせる。ひとしきり笑った世界竜は、腰を上げた。


「いいだろう。満足した。それで、お前たちは、どんな竜をつくって欲しいんだ?」


 世界竜の問いかけを、シュルヴィもカイもすぐには理解し切れなかった。


「竜を、つくる?」

「そうだ。望む竜を創ってやるぞ」


 もう一度繰り返す世界竜に、カイは背中に冷や汗が流れていくのを感じた。


「願いを、何でも叶えてくれるんじゃなくて……?」

「そんなことはできん。わしができるのは、竜の創造だけだ。人間たちの望みを叶え、わしはこれまで、一千種類近い竜を創った。種が絶えたものも多いがな。あとは近い種類同士で交配こうはいし、種族が統合したり」


 つまり世界竜は、願いを何でも叶えてくれるわけではなく、好みの竜を創ってくれるだけだったということのようだ。おとぎ話はおとぎ話でしかなかった。衝撃で言葉もないカイに、シュルヴィは追い打ちをかける。


「ちょっと。話が違うじゃない」

「みな、こやつのような反応をする。おとぎ話による流言のせいだな。誰か訂正すればよいものを。落胆を味わうところまでが冒険、ということなのかもしれんな。はっはっは」


 つられて笑うことなどできるはずもなく、カイは打ちひしがれた。しかし思いついて顔を上げる。


「そうだ! だったら、最強の竜をつくってくれ! 竜も人間も、全部追い払えるような、ものすごく強いやつを!」

「却下だ。そういう竜は、創れない。均衡が崩れる」

「えぇ……」


 好きな竜を作ってくれるとは言っても、世界竜の基準にのっとった竜だけらしい。いよいよありがたみが薄らいでくる。世界竜は屈辱そうだ。


「失礼な奴ばかりだ。それなりでも、自分好みの竜を創ってもらえるだけで、じゅうぶんだろうに」


 カイはついに膝を崩し、花畑に手をついた。


「……処刑、か」


 瞳から活力が失われていく。


「俺、何やってんだろ。アードルフさまにも、村のみんなにも、すっげえ迷惑かけて……最悪だな」


 シュルヴィは呆れ果てた。


「あなたねえ! 本当に、マーイルマ一本頼りだったわけ!?」

「……すみません」

「もうっ! ばかなんじゃないの、本当!」


 シュルヴィは深々と息を吐き出した。それから腰に手を当て、頭の上からカイを叱咤しったする。


「しゃんとしなさい。いま、後ろ向きなこと言わないで。……わたしは、断固として拒否よ。あなたが処刑されるのも、お父さまが処刑されるのも、リーンノールのみんなが、不幸せになるのも」


 カイは情けなく瞳を潤ませ、シュルヴィを見上げる。


「でも、もう、どうしようもないだろ」


 シュルヴィは、考えながら呟いた。


「殿下の心を変えることって、できないかしら」


 カイが花畑に座り直しながら、案を聞く。


「そもそも、こんなにこじれているのは、殿下がわたしに執着しているからだと思うの。殿下の心を、広くすることができたら……」

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