41
「ん?」
「あなた、わたしと一緒に、サウナに入りたいの?」
カイは一瞬静止した後、聞き返した。
「え? な、何? なんて?」
「捕まってた時、牢の中でマティアスくんと話してたんでしょ。わたしと二人でサウナに入りたいって」
「してねえ! そんな話!」
シュルヴィは小首を傾げた。
「でも、ニーナがそう教えてくれたわ」
カイは思い当たる節があるようだった。「あー」と洞窟の天井を仰ぐ。
「……シュルヴィと入りたいとは、言ってないよ」
伝聞誤りだろうか。シュルヴィはしかし、眉を吊り上げる。
「わたしとはってことは、ほかの女の子とは、二人でサウナに入りたいってこと?」
「そういう意味じゃなくて」
「なら、そもそもサウナに二人で入ることに、興味がないってこと?」
「そういう意味でも、ないけど……」
カイは何故いまこんな話になっているのかという顔だ。シュルヴィが不満顔で黙りこくると、カイは機嫌をとるように言った。
「そりゃ、シュルヴィとは、入りたいよ。でも、そういうのは結婚してからだろ。アードルフさまに顔向けできない」
「……あなたって、律儀よね。見た目によらず」
「別に、普通だろ。見た目によらずってなんだよ」
「一緒に暮らしてた頃から、ずっとわたしを好きだったなら、キスの一つくらいしてもよかったのに。そうしたらわたしだって、もっと早く、あなたを意識してたかもしれないわ」
なんてことを言い出すのかと、カイが言葉を失う。シュルヴィは拗ねるように足元を見ながら歩き続けた。
どうしても考えてしまう。もっと早くカイの気持ちに気づいていたら、自分の気持ちも変化して、いまとは違う未来があったかもしれない。もしくはカイとの限られた時間を、もっと大切にして過ごしていたかもしれない。
泣き出したい気持ちで顔を上げた。そうして洞窟の先に微かに光があることに気づく。
「見て……先が、明るくなってるわ」
この地下深くに陽の光が届くはずはない。シュルヴィとカイはどちらからともなく駆け出した。手を繋いだまま、引き寄せられるように洞窟の先を目指す。
行き着いた場所は水晶の洞窟だった。部屋のような空間に、透明な水晶が四角かったり針のように尖ったりして、地面にも壁にも天井にも形成されている。不思議なのは、水晶たちが内側から光を宿し虹色に輝いていることだ。シュルヴィは幻想的な光景に放心する。
「ここは、何……?」
見渡していると、最奥に、ひと際巨大で美しい水晶があることに気づいた。傾いた墓碑のような形の水晶で、やはり中で、光が七色に乱反射している。カイが灯り役に疲れた
「たぶん……これだ」
「何が?」
「出口。いや、入り口か」
「……出入り口?」
間の抜けた会話をしていると、墓碑の形の水晶が急に砕け散った。砕け散った、ように見えただけかもしれない。破片が一つも飛んでこなかったからだ。
水晶の光がすべて失われ、シュルヴィたちは闇に放り出された。次の瞬間二人が立っていた場所は、真っ白な花畑の中だった。
空は夜になっている。
白い花畑の奥には小さな廃教会堂がある。壊れた木の扉から、人間の子どもが出てきた。十歳にも満たないような男の子だ。
男の子は、シュルヴィたちの突然の来訪を心得ていた様子だった。教会堂の外壁に手を添えると、自慢する。
「いいだろう。この朽ち具合が、良い居心地なのだ」
男の子は擦り切れた木綿の服を着ていて、足は裸足だ。ぼさぼさの黒髪に、ぎょろりとした金色の瞳をしている。カイが不意に、考えるように顔を険しくした。
「……お前……」
「我はマーイルマ。三千年も生きていれば、人間の姿に変わることなど造作もない。言語を発することもな。ただ、日々退屈でな。人に装い人里でよく暇を潰しているのだ。お前たち、ちょうどわしが家に帰っている時に来られて、よかったな」
ようやくカイが思い出して大声を上げた。
「お前! あの時、帝都にいた子どもだろ! 兄貴と妹と、一緒にいた!」
シュルヴィも言われて気づいた。世界竜と名乗るその男の子は、課外授業で帝都の街へ行った日、カイが孤児院へ連れていった子どもたちの一人だった。世界竜もカイの顔を思い出す。
「おおっ。お前は、この間みなしごたちを助けてやっていた、世話焼き」
「どういうことだ? お前がマーイルマだって言うんなら、なんであの子どもたちと一緒に」
「だから、わしは人里でよく遊んでいるのだ。わしが路地でうたた寝していたら、男の
どうやら
「――さて」
世界竜はうっすらと笑った。まるで人間のように表情を操る。
「ここまで来て、しかも、運良くわしに出会えた人間には、わしは望みを一つ叶えてやることにしてるわけだが。お前たちも、さしずめ望みがあってここまで来たのだろう?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。