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 ヴィルヘルムは村を見据えたまま答えた。


「やれ」


 村の中心部の建物すべてに、油をまき、火を放つ。雪原に囲まれた小さな村に、赤々と炎が燃え立った。


「ああっ! 私の、店が!」


 ティモが身を乗り出すが、騎士団員に阻まれる。家も、店も、広場も、すべてが燃えていく様を見せつけられ、村人たちは理不尽を雄叫び嘆き哀しんだ。縄に捕らえられたアードルフが、地面に額を擦りつけながら頼み込む。


「皇帝陛下、どうかご慈悲を! 私ならば、どんな罰でも受けましょう! ですからどうか、村だけは、お救いいただけませんか……!」


 無言でいるヴィルヘルムとの間に、マルコが入り込む。


「だめだだめだ! 燃えろー! 全部、燃えろーっ!」


 顔面に狂気を湛え、マルコは村人たちへ声高らかに言い放った。


「哀れな村の者ども! すべては、このばかな領主と、その娘のせいだ! 僕をこけにしたからこうなったんだ! そして原因を作ったのは、あの薄汚い泥棒男……カイとかいう奴が、リーンノール卿とシュルヴィちゃんをそそのかした! みんな、あいつを大いに恨むんだな!」


 村人と一緒に捕らえられたマティアスは、狂喜乱舞するマルコに冷や汗を浮かべていた。一緒にいる村人たちも、マルコに異様な目を向けている。


「お前たち全員、一人ずつ処刑してやる! ……ああ、でも。僕の手伝いをしてくれるって奴は、助けてやるよ。シュルヴィちゃんにつきまとう、あの身の程をわきまえないこそ泥だけは、絶対に許してやらないって決めてるんだ。帝都の中央広場に裸でさらして、石を投げつけて、最後に斬首してやる!」


 マティアスは想像し、「カ、カイ……」とおののく。


「あいつに石を投げる手伝いをする奴は、命を助けてやる。……みんなで、石を投げるんだ。こうして村が焼かれたのは、全部あいつのせいなんだから、憎いだろ? みんなで石を投げつけて、見世物にしてやろうよ!」


 マルコは笑顔でヴィルヘルムを振り向いた。


「兄上も、良い案だと思うだろ? ここへ来るまでに思いついたんだ。皇族をばかにしたらどうなるか、見せつけてやろうよ!」


 ヴィルヘルムは思わず、普段のようにすぐに頷くことを忘れた。大戦終結後、十年間、公開処刑など行っていない。皇族の気まぐれで押し通すには、市民の批判があまりに大きいことが目に見えた。


 村人たちも、命惜しさに賛同の声を上げる者は一人もいない。取り囲む騎士団員たちも、無言でマルコを見ている。顔に嫌悪を浮かべている者さえいた。


 マルコは急激に意気消沈した。一歩、後ずさる。


「な……なんだよ」


 ヴィルヘルムは我に返り慌てた。


「マルコ。お前がそうしたいのならば、叶えよう。手筈を整えるまで、半月ほどもらうかもしれないが、必ず――」

「兄上まで……なんだよ、その顔!」


 表情を上手く取りつくろえていないヴィルヘルムに、マルコは顔をしかめた。ヴィルヘルムはより一層口角を上げる。


「よく思いついたな、マルコ。良い案だ」

「嘘つくなよ!!」


 絶叫とも言える声だった。赤い炎が風に踊り、激しく燃えゆく村を背に、マルコはすべてに反抗するように目を血走らせていた。


「なんなんだよ兄上! 僕の望み通りにしたくないっていうなら、はっきりそう言えばいいだろ! 本当のこと言えよ! いまだって本当は、僕がしてることなんて全部、ばかみたいだって思ってるんだろ!?」


 叫ぶマルコに、村人たちも騎士団員たちも呆気にとられた。


「離縁を三回もして、四回目の結婚も相手に逃げられて! みっともない弟だって、手を焼いてるんだろ!? だからこうして、少しでもまともになるよう、大げさに手を貸してくるんだろ!?」


 ヴィルヘルムは目を瞠り、マルコの叫びを真正面で聞いていた。


「はっきりそう言えよ! 僕のこと、小さい頃から本当はずっと、ばかにしてるんだって――そう、言えよっ!」


 マルコはすべてを吐き出し肩で息をする。ヴィルヘルムは瞳に涙を滲ませていた。声を震わせる。


「違うよ、マルコ……そうでは、ない。私は心から……お前が幸せになることを、願って……」


 もはや偽りで繕い過ぎて、真の言葉など、どう話せば届くのかわからない。長過ぎる期間の過ちを償おうとして、さらに間違ってしまったのか。


 ヴィルヘルムは頬にひと筋、涙を流した。


「マルコ……お前は、どうやったら、幸せになれるのであろうな……」


 マルコは、憑き物が落ちたかのように、兄が泣く姿を見ていた。


   ×××


 岩漿マグマの湖を抜けたら、また暗くて細い洞窟が続いていた。シュルヴィとカイは手を繋いだまま、徐々に戻る涼しさに汗を冷やしていく。呼び出した竜は、小火竜コッコ以外は戻した。


 道は闇に包まれている。この洞窟はあとどれくらい続くのか。竜の力がなくては通れない道が、また出てくるのか。


 ふと、カイが立ち止まる。


「どうしたの?」

「……村にかけてた、キルピィの盾が解かれた」


 シュルヴィが疑問を顔に浮かべると、カイは説明を足した。


「村にキルピィを置いてきたんだ。マティアスに補助してもらって、防壁を張ってもらってた。騎士団が来るだろうと思って……。十匹置いてきたから、そこそこつかと思ったんだけどな」


 シュルヴィは、カイが先程も盾竜キルピィを召喚していたことを思い出す。


「カイ。キルピィ、何匹いるの?」

「え? 十二匹。キルピィ、すごく役立つ子。――キルピィには、盾を解かれたら勝手に戻るよう命じてあるから、竜の祈りの心配はないけど……弱ったな。村、どうなってるかな」

「……いまから戻る?」

「戻っても捕まるだけだしなー。……村のみんなを守る力、悔しいけど、いまの俺にはない。……シュルヴィの意見は、正しかったよな」


 無理を通したくなるカイの気持ちは理解できた。シュルヴィは俯いた。


 未来は闇だ。この洞窟の果てに、本当に世界竜マーイルマがいるかもわからない。成果もなく、ただリーンノール村に戻るだけになるかもしれない。捕らえられれば、こうして二人で話せることももうないだろう。


 いまが最後だ。繋がれた手の感触が、愛おしかった。


「……ねえ、カイ」

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