39

「うん、たぶん」

「たぶん?」


 可能性ではなく確定でなくては困る。


「運が良ければってしか教えられなかったんだよ。『マーイルマは、気まぐれだから』って」


 激しい不安が胸を占める中、しばらくして空洞の底に流星竜リンドブルムが到着した。空洞の底は、一本の地下洞窟に繋がっていた。カイとシュルヴィは流星竜から下り、小火竜コッコの灯りを頼りに歩き始める。後ろを流星竜が警戒しながらついてくる。


 シュルヴィも周囲に気を張りながら、カイに寄り添うように歩いた。無音の中を進んでいくうち、やがて洞窟内に音が響いてきた。水が落ちる音だ。歩を進めるごとに、音は大きくなっていく。


 そうして目の前に出現したのは巨大な滝だった。広く開けた空間は、天井も遥か上だ。勢いよく落下する滝の水音が岩壁にぶつかり、洞窟内で反響し合っている。


「地下深くに、こんなに大きな滝があるなんて……」


 自然の驚異に、シュルヴィは驚くばかりだ。カイが呟く。


「この滝の奥に、道が続いてるって聞いたんだけど」


 滝は侵入者を阻むように、端を石壁に接しながら、半円形に降りてきている。流星竜で側面から入ることはできそうにない。滝を突っ切ろうにも水量も勢いもあり過ぎる。入った瞬間首がもげそうだ。


「どうするの? キルピィはこの水圧には堪えられないわ」


 盾竜キルピィは、毒や炎などに堪えるのは得意だが、物理的な圧力が苦手だ。強い力を加え続けられると防壁が解けてしまう。


「そうなんだよなぁ」


 どうするか悩んでいたカイは、氷河竜ヤーティッコを召喚させた。薄青色の極大型歩竜で、水を一瞬にして凍らせる冷気を吐き出す竜だった。


 大きな円陣から出現した、山のような体躯の氷河竜が滝壺に着水する。上がった大飛沫しぶきで、シュルヴィとカイはびしょ濡れになった。つい非難の目を向けるシュルヴィに、カイは「ごめん」と半笑いする。氷河竜は、体よりも大きな滝壺に満足なのか、伸び伸びと水面に浮いている。


「ヤーティッコ。この滝を止めてくれ」


 氷河竜は命令通り、巨大な滝をあっという間に凍らせた。上部へ冷気を吐き出し続け、落ちてくる水もき止めている。


「長くはもたないな。――リエッキ」


 今度はカイは、炎竜リエッキを召喚させた。炎竜が吐き出した炎で、滝に通り抜けられる程度の穴が空いた。カイとシュルヴィはまた流星竜リンドブルムに乗り、穴を通って滝の裏側へ出た。滝の裏側には本当に、また細く洞窟の道が続いている。


「ほんと、大道芸みたいに、どんどん竜を出すわねあなたって」

「大道芸と一緒にされるのか、俺」


 洞窟の天井は低く、流星竜に乗ったままでは頭をぶつけそうだ。カイとシュルヴィは再び歩いて先へ進んだ。進んでいるうちに、今度は徐々に暑くなってくる。気温が上昇しているのだ。シュルヴィは、挙式用の純白ドレスが暑くて仕方なくなっていた。


「……ドレス、脱げば?」


 カイが制服の襟元を緩めながら言った。


「下着姿になれっていうの? い、嫌よ」


 礼装用下着のため、胸元からももまで隠れる作りにはなっている。しかしそれでも、人前でする恰好ではない。


「そんな重いの着たままだと、暑さで倒れるぞ。歩くのにだって邪魔だろ」


 シュルヴィはじゅうぶんに悩んだ末に、広がるドレスの裾を膝の上まで裂いた。絹でできた上質なドレスが無惨な有様になる。


「はぁ……もったいない」

「情を寄せてる皇弟殿下が、選んでくれたドレスだから?」

「そうじゃなくて」


 こんな状況でくだらない嫉妬しっとを交えてくるカイに、シュルヴィは鋭い声で言い返した。


「仕立屋さんが、一生懸命作ってくれた、素敵なドレスだからよ」


 だいたい、情を寄せているとはなんて言い方だ。恋慕とは違うと言ったはずだ。同情していると言い合ったことを持ち出し、からかっているのだ。シュルヴィの複雑な心を何だと思っているのか。


 苛々いらいらとするが、カイはそんなシュルヴィの反応すら楽しんでいる顔だ。


「いいじゃん。いまの姿も、似合ってると思うよ」


 大胆に出る足を、ふざけるように流し目で見られる。シュルヴィは頬を紅潮させ、カイの首を思いっ切り絞めてやった。カイはすぐに降参して謝った。


 ドレスの裾を破っても、暑さはさらに堪えがたくなった。天井はさらに低くなり、頭が届きそうなほどになる。カイは流星竜を戻してやり、代わりに雪玉竜ルミウッコ粉雪竜プーテリを召喚した。丸っこい体が雪のように冷たい小型歩竜と、それから小さな空間に雪を降らせる小型飛竜だ。どちらも氷雪系の竜で、そばにいると暑さが和らいだ。


 シュルヴィは、雪玉竜を腕に抱きながら歩いた。そうして先に現れたのは、赤く燃えたぎる岩漿マグマの湖だった。カイが、顎から落ちた汗をまた手で拭う。


「どうりで、死ぬほど暑いわけだ」


 道の先は、岩漿の湖の中央を横切るように続いている。天井の高さがないままなので、飛竜に乗って飛ぶことは適さない。歩いて先に進むしかないようだ。


 カイは盾竜キルピィを召喚した。隣で雪を降らせながら飛んでくれている粉雪竜ごと、球形の陣で囲む。


「これで、マグマが飛び跳ねてきても平気だろ。……暑さも、少しはましになるといいんだけど」


 不安で、シュルヴィはカイの手を触った。カイはしっかりと握り返してくれた。そうしてまた、二人は先へ進んだ。


   ×××


 抵抗空しく、盾竜キルピィ十匹による防壁は、帝国騎士団により破られてしまった。村人たちは全員捕らえられ、村外れの丘の上へ集められた。前方に村を見下ろしながら、マルコが目を爛々らんらんとさせて叫ぶ。


「よーし! 燃やせぇーっ!」


 「燃やせぇーっ!」と繰り返すマルコを見ながら、騎士団長が、控えめにヴィルヘルムへ最終確認した。


「本当に、よろしいのですか?」


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