38
×××
耳の横で、風が悲鳴のように鳴っていた。全速力で飛んでいた
「ああ、やっちゃったわ。どうしよう……お父さまも、リーンノールも、もうすべてがおしまいだわ」
勢いで、ついやらかしてしまった。もはや宣言通り戻って謝っても済むわけはないだろう。後悔するがどうにもならない。
「だいたいあなたが、『最後にする』だとか、言うから……!」
後方を警戒していたカイが、シュルヴィへ目を落とす。恐怖と不安、自分の愚かさへの怒りやらで、シュルヴィは涙目になってカイの目を睨んでいた。すると、いきなり唇を
「キスなんて、してる場合じゃないっ!」
「ははっ、ごめん」
カイは弱々しくほほえんだ。
「シュルヴィが、俺と来てくれたことが、うれしくてさ」
自信など、まったくなかったという顔だ。シュルヴィは胸に迫り、何も言えなくなってしまう。しばしの無言の後、状況を再確認した。
「……それで? 『マーイルマを見つけた』って、どういうこと? おとぎ話のことなんて言い出して」
「それが、おとぎ話じゃないんだよ」
カイはふざけたふうもなく言う。
「白竜騎士の間では、実は、常識みたいなもんなんだけどさ。……マーイルマは、実在するんだよ」
シュルヴィは眉をひそめることしかできなかった。
「実在する?」
「お前と別れてから十日間、俺、白竜騎士の知り合いたちに、マーイルマのこと訊いて回ってたんだ。ただ、なぜかみんな、なかなか教えたがらなくてさ。それでちょっと、時間かかって――」
「ファーブニル!」
剣が発光する。後方に出現した巨大な円陣から、紫色の極大型飛竜、
×××
「わあっ! この季節でも、まだ雪が残ってる!」
マティアスにとって、リーンノール村を訪れるのは初めてのことだ。ほかの都市の街に比べ、リーンノール村は、時が止まっているのかと感じるほどに
村によそ者が訪れることは珍しいのか、歩いていると、マティアスは村人たちによく見られていた。その度に、「こんにちはー」と普段通りの愛想の良さで挨拶をする。
やがてマティアスは、噴水のある広場で足を止めた。春の訪れに氷が解けた噴水は、心地良い水音を響かせている。
「よし。この辺でいいかな。――おおーい!」
マティアスは上空を旋回していた
「じゃあ、頼むよ!」
盾竜たちは、村の中心部を囲むように散り
「おい、お前さん。村に何をしてるんだ?」
マティアスは礼儀正しくお辞儀をした。
「おじいさん、初めまして。この村の、カイって奴に頼まれて、ちょっと防壁を張らせてもらってます。もしかしたらこの村が襲われるかもしれなくて……あ、僕、カイの友達のマティアスっていいます」
「カイ、って、領主さまの家の、あのカイか?」
「はい。シュルヴィちゃんとも友達で、俺、あの二人を助ける手伝いをしてて」
老人ティモは話が見えず、首を傾ぐばかりだ。そこへ、村の誰かが声を上げた。
「おい! 竜がたくさん近づいてくるぞ!」
多数の飛竜と、それに騎竜する帝国騎士団たちの姿が空に見えた。帝国の国旗も風になびいている。
「カイ、シュルヴィちゃんを
マティアスは村人たちへ向き直って叫んだ。
「みなさん! 家の中に隠れて! たぶん、この村を攻撃してくる気です!」
ティモがびっくりして狼狽える。
「攻撃? なんで村が、攻撃なんて」
「それは、カイがシュルヴィちゃんを、皇弟殿下から略奪したからです!」
ティモは大口を開けて驚いた。しかし次の瞬間には破顔した。
「そりゃやりおる! カイの奴め!」
「そういうわけで、おじいさん! 村の人たちに協力してもらって、この防壁の外にいる人たちも、ここへ呼び戻してもらえますか?」
「わかったぞい!」
ティモは、「おおーい!」と足が軽そうな村の若者たちへ呼びかけた。そうこうしているうちに、到着した帝国の竜たちが、防壁を壊そうと攻撃を開始した。盾竜の数が多いため、持ち堪えられそうではあるが、相手側の竜も数がある。マティアスは歯を食いしばった。
「早く戻ってきてくれ、カイ……!」
×××
どうにか追っ手を振り切ったシュルヴィたちは、しばらく飛行を続けた。行き先はカイしか知らない。真っ白で冷たい雲の中を抜けると、眼下に広大な森が現れた。人の手が入っていない、原生林が鬱蒼と生い茂る森だ。
森を蛇行するように、緑色の川が流れている。そのうちの川に挟まれた小さな島に、カイは
小さな島にも樹木が密生していたが、中央に、ぽっかりと大きな空洞ができていた。空洞は底が深く、上空から地面は見えない。カイは、その暗い空洞へ流星竜を下降させていった。
やがて空洞の中は、わずかさえも陽の光が届かなくなった。すべてが闇に呑まれる寸前、カイは極小型の赤い飛竜、
シュルヴィは周囲を見つつ、カイへ尋ねた。
「この下に、マーイルマがいるの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。