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「でも、やめたほうがいいと思うよ。竜なんて、危ないし、怖いし。竜騎士なんて、野生の竜を相手にしなきゃいけない時だってあるだろう? それにやっぱり――」


 マルコは、もじもじと指の先を合わせつつ、シュルヴィの反応を窺いながら発言した。


「シュルヴィちゃんには、僕のそばに、常にいて欲しいっていうか……。竜に触ったり、乗ったりしたい時は、兄上に頼めばいいよ。兄上は、たくさん竜を持ってるから」

「はい。そうですね」


 心を占めるのは諦念だ。万事が上手くいく大団円など、現実にはありはしない。だから多数が満足できる選択肢で良い。初めからこれが正解で、これ以外の選択などシュルヴィには存在しなかった。少し、遠回りをしてしまっただけだ。


 瞼を伏せ、茶器を口へ運んだ時だった。開いた窓から、突如、白くて素早い物体が飛び込んできた。それは翼を所持しており、シュルヴィとマルコの間に降り立つ。


 カイに預けているはずの癒竜パランター――シュルヴィの契約竜だった。マルコが椅子から跳び上がる。


「うわあっ! りゅ、竜だっ!」


 マルコは大慌てで、転げるように部屋の書棚の陰に隠れた。控えていた数名の使用人たちも、びっくりしてとっさに動けないでいる。


 シュルヴィも呆気にとられていた。カイの竜の祈りの期間が終わり、役目を終えたために主の元へ戻ってきたようだ。


 カイはもう大丈夫なのかと、シュルヴィは口を開こうとした。それと同時に、邸の表門の方角から派手な破壊音が響いてきた。


「な、なんだ!?」


 連続の不測の事態に、マルコは激しく狼狽する。部屋の扉が開き、焦った使用人が報告に現れた。


「旦那さま! 邸の門に、二匹の竜が侵入し、暴れております!」

「侵入!?」


 状況を確認するために、マルコが表門の見える部屋へ移動していった。残る女性使用人たちが、シュルヴィへ避難を促す。


「お嬢さま。念のため、地下室へ避難を」

「え、ええ」


 シュルヴィが癒竜を抱きかかえると、使用人は仰天した。


「お嬢さま!?」

「あ、このは、実は……」


 竜と契約していることを、マルコにはまだ伝えていなかった。竜を恐れ、契約の解除を望まれたら困る。説明に困っていると、後方の窓から突風が吹き込んできた。使用人たちが「きゃあっ!」と悲鳴を上げる。


 風にあおられた金髪を押さえながら、シュルヴィは振り向いた。そこには碧い中型飛竜、流星竜リンドブルムがいた。テラスの欄干に着地しようとする翼の羽ばたきで、また突風が起こる。書棚の本がばらばらと床に落ちた。


 襲撃だと、使用人たちは廊下へ逃げていく。唖然とするシュルヴィの前で、流星竜からカイが飛び下りた。


「シュルヴィ! 逃げるぞ!」

「……カイ……」


   ×××


 水竜ヴェシーは、手足が水泳ぎに適したひれのような形になっている。そのため地上では、擦るようにして鈍足に歩くことしかできない。ゆえに、門から侵入したはいいが、マティアスはいまだ邸と門の間の庭園で立ち往生していた。それでも水竜の背の上で、水を撒き散らす指示を出し続ける。


「そこだ、マリアンナ! あっちの花壇に、水をかけるんだ!」


 水竜の口から吐き出された水は、花壇の土に次々と穴を空けていく。剣を持つ衛兵たちは、しかし、その攻撃とまでは言えない嫌がらせ行為に顔を見合わせる。各人の剣を鞘に収め、声かけでの説得を試み始めた。


「こら、君、やめなさい。その制服、竜騎士学園の生徒だろう。何をしたいのかわからないが、とにかく、迷惑だからやめなさい」

「ややや、やめるもんかぁーっ!」


 マティアスは、普段なら絶対にしないような悪行に、体の震えが止まらなくなっている。それでも気力で声を張り上げる。


「邸中の衛兵を集めて、早く俺を止めないと、に、庭中の花壇が、ああ穴だらけになるぞぉーっ!!」


 救出作戦は、単純明快、マティアスとニーナが門で騒ぎを起こしている隙に、カイがシュルヴィを連れ去るというものだ。衛兵は困り顔で肩を下げる。


「お嬢さまのご友人たちかなぁー。どうしたもんかなぁー」

「もう一人の、先に行ったクッカの女の子はどうしますか? いま、玄関入っちゃいましたが」

「とりあえず、後ろからクッカに上るとかなんとかして、女の子を捕まえるか。クッカだから、動きも遅いし大丈夫だとは思うけど、くれぐれも、旦那さまがお怪我をされる前に」


 「はっ」と返事をし、衛兵の一人が邸へ入っていく。玄関広間では、ニーナが花竜クッカの背にある花を抜いては投げ、抜いては投げては広間に撒き散らしていた。


「このクッカの花には、わたしのまじないで、死の呪いをかけてあります。触れたら命はありませんよぉー。さあ。死を恐れるならば、わたしに道を開けなさい!」


 死の呪いのまじないなど、到底虚言だとしか思えなかったが、集まった衛兵たちは思わず後ずさってしまう。マルコは衛兵たちの後方に守られながら、奇怪な侵入者たちに、ただただ困惑していた。


「な、なんだって言うんだ、こいつら」


   ×××


「逃げよう、シュルヴィ!」


 流星竜リンドブルムから飛び下りたカイは、瞬きすら忘れているシュルヴィの手を掴んだ。我に返ったシュルヴィは、その手を振り払った。戸惑うカイを真っ直ぐ見据えて告げる。


「わたしは、行かない。学園で言った通りよ、カイ。わたしは、殿下と結婚する」


 悪い冗談でも聞いたように、カイはぎこちなく笑んだ。


「何言ってんだよ。いま、無理する必要なんて」

「無理なんてしてない。……ねえ。いい加減、わかるでしょう?」


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