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「最近は、恋人同士になる前に、キスをしちゃうこともあるらしいですよ」

「え……」

「キスどころか、さらにその先も、しでかす場合があるとかないとか」


 先、と、何となく互いに顔が熱くなる。シュルヴィとて十七歳だ。その手の話題について、まったく無知なわけではない。口が言えなくなるシュルヴィに、ニーナが小声で教える。


「これは、偶然盗み聞いた話なんですが。わたしたちと同じ組の、ヘルマンニくんとヘンナちゃんが、去年の夏至祭の夜にですね――」


 都は、田舎とは違うのだというのが、感想だった。


   ×××


 カイへの気持ちを確かめていたせいか、あるいは刺激的な話を聞いてしまったせいか、シュルヴィは感情がたかぶり夜なかなか寝つけなかった。燭台の火が消え、月明かりだけが満ちる部屋の中、ニーナの寝息だけが小さく聞こえる。シュルヴィは眠るのを一旦諦めた。


 窓辺に立ち、音を立てないように片開き窓を開ける。それからシュルヴィは癒竜パランターを召喚させた。白銀色の極小型飛竜は、『お呼びですか、ご主人さま』とでも言っているように、行儀良く窓枠に足を下ろした。シュルヴィは頬を緩めてから、潜めた声で頼んだ。


「あのね。カイがちゃんと帰ってきてるか、部屋を覗いて確認してきて欲しいの。部屋は、三階みたいなんだけど」


 男女で厳格に分けられた寮生活は、塀を隔てた隣に男子寮の塔がある。癒竜は窓から飛び立ち、男子寮との間の高い塀を越えていった。


 シュルヴィは窓辺に立ったまま癒竜の帰りを待った。それほど時間はかからないはずだ。しかし、癒竜は待てども帰ってこない。部屋を探すことに手間取っているのだろうかと、さらに待つが戻る気配がない。


 シュルヴィは待ちかねて、指示を取り止めようともう一度召喚を望んだ。しかし、癒竜は召喚に応じなかった。睡眠中など、竜がどうしても応じたくない場合は召喚されない。まさか部屋を探している途中で寝たわけはないだろう。何かあったのだろうか。


 捜しに行こうと、シュルヴィは寝衣から制服に着替えた。寮の玄関口は、管理人の見張りがあるため、窓から抜け出す。庭で警備をしている歩竜の死角を上手く通りながら、女子寮を出た。そして男子寮の庭に侵入する。月に照らされた木立の間をシュルヴィは歩いた。


「男子寮の庭も、女子と変わらないのね」


 異なるのは、見張りの竜がいないため、侵入が容易いということだ。本来、互いの寮に侵入したら停学だが、男子寮から女子寮に侵入するのに比べて、逆はわけないという。恋人との逢い引きは、女子が男子の部屋へ行くのが常套じょうとうだと、ニーナが先程言っていた。


 癒竜パランターは、少し歩いただけで見つかった。木のこずえで、熟れた木の実を食べていた。地面には食い散らかした実の種が落ちている。シュルヴィは腰に手を当てた。


「わたしのお願いを聞かないで、何をしてるの?」


 癒竜はシュルヴィの声に仰天し、食べかけの木の実を落っことした。癒竜はシュルヴィの顔の前へ飛んできた。言い訳をするように目の前を忙しなく飛ぶ。竜晶のおかげで言いたいことがぼんやりとだが伝わってくる。


「……なるほど。三階の部屋の窓を見て回ったけど、どの部屋にもカイはいなかった。報告しようと戻る途中で、おいしそうな木の実を見つけた、と」


 癒竜が目を細めて三度頷いた。可愛い。シュルヴィは軽く息を吐き出し、腰に当てていた手を解いた。


「まあいいわ。確かめてくれて、ありがとう。ゆっくり食べていてね」


 また枝に戻っていく癒竜を置いて、シュルヴィは来た道を戻った。しかしカイがまだ帰っていないとは、何かあったのだろうか。


 男子寮の庭を出たところで、上空の暗い空を何かが横切った。流星竜リンドブルムだった。背に乗る人影がカイだと、すぐに気づいた。シュルヴィは反射的に、カイが高度を下げた方角へ、寮前の長い石階段を下りていった。


 石階段の左右と中央には、水が流れ落ちている。水音とシュルヴィの軽い足音とが混ざり合う。シュルヴィは階段の下で足を止めた。カイが流星竜を戻し、こちらへ向かってくる。


 空にカイの姿を見つけた瞬間、自分でも驚くくらい胸が高鳴った。シュルヴィに気づいたカイは、目を瞬かせる。シュルヴィはいたずらっぽく微笑した。


「おかえり」

「シュルヴィ? なんでここに?」

「うーん。夜の、お散歩?」


 カイは「はあ?」と片眉を跳ね上げた。


「夜中に寮抜け出して、一人で出歩くなんて、感心しないな。早く寝ろよ」

「何よ。自分はこんなに遅くに帰っておいて」

「近隣の孤児院が、定員いっぱいのところばっかりだったんだよ。遠いところ何軒か回ってて、時間かかったんだ。あーあ、疲れた」


 疲れたとは言いながらも、実際にはそれほど気にしていなさそうだ。階段を上ろうとするカイの背へ呼びかける。


「困っている子どもを助けて、孤児院を探してあげて……もしかしていつも、ああいうことしてたの?」


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