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館内には酒場もあり、竜騎士たちが食事をとれるようになっていた。受付台の横の壁には依頼用の掲示板が五つある。雑多に貼られた紙を見ながら、マティアスが説明してくれた。
「竜騎士の色ごとに、掲示板が分けられてるんだ。右から順に、緑、青、赤、色なし。そして一番左端の小さな掲示板が、俺ら向けの依頼。下位の竜騎士は、上位の依頼を受けることはできない。危険が伴う可能性が高いからね。緑竜騎士は、ここにあるすべての依頼を受けることが許可されてるということ」
緑竜騎士の掲示板を見ると、依頼内容は、『村の畑を荒らす竜の退治』、『街道に居座る竜の移動』、『開拓したい土地から竜を追い出して欲しい』など、戦闘が発生しそうなものが多い。対して赤竜騎士の掲示板を見てみると、『引っ越しの手伝い』、『建物の取り壊し作業補助』、『治水工事の石材運搬』などだった。
「白竜騎士向けの掲示板はないのね」
シュルヴィが零すと、カイが肩をすくめた。
「機密に関わるものが多いからな。だいたいは、直に依頼が届く」
なんだそれ、ちょっとかっこいいじゃないかと、シュルヴィは思ったが、言葉にはしなかった。こういう可愛げのないところが、良くないのだと思う。にこにこと素直に褒めないから、ニーナで言う、第一印象がきつそうな美人になるのだ。しかしどうにも性格が言うことを聞いてくれない。カイに素直になることは、難しい。
マティアスが、学生向けの掲示板前まで移動した。
「じゃあ、どの依頼にしよっか。全部、帝都の街中の依頼ばかりだから、好きなの選ぼう」
「あ、わたし、報酬が高いのがいいです」
ニーナが勢いよく挙手した。
「お金を稼ぎたいので。今日のお昼代がなくて、困ってるんです」
マティアスはきょとんとした。
「体験みたいなものだから、報酬なんてもらえないよ」
ニーナは「えっ!」と大声を上げた。
「無銭労働!? そんなの、ゆ、許されませんよ……!」
「ええっ、普通だよ? 学生向けの依頼なんだし」
「ていうか、お前はなんで知らないの?」
カイも疲れた視線を向ける。
「いままで学生向けの依頼、一個も受けたことないの?」
「課外授業の日は、いつも、街で日雇い仕事をしていますから。露店の番とか、宣伝の声かけとか……一日働けば、十日分くらいのお昼代にはなるので」
三人揃って何とも言えない思いでニーナを見つめる。シュルヴィは空咳をして、話の軸を戻した。
「なるほど。無報酬という事情だから、ここに、学園の生徒がわたしたち以外にいないのね」
入った時から気づいていたが、本部だというのに、制服姿の若者はシュルヴィたちだけだった。マティアスが苦笑いで頬を掻いた。
「課外授業の日は、だいたいみんな、街で遊んで帰るだけなんだよね。先生に言われて、たまに依頼受けるくらいで」
学生向け掲示板にある貼り紙の内容は、『空瓶の回収』、『家の花壇の水やり』、『塀のいたずら描き消し』、『老人集会所での話し相手』、『広場の
「竜騎士らしさが、欠片もありませんが!」
「こんなもんだよ」
マティアスが
「竜をまともに持ってないような、学生にできることなんて、知れてるし。あ、ほら。これなんかは依頼っぽいかも。『迷い猫捜し』」
シュルヴィは明るく頷いた。
「依頼があるからには、困ってる人がいるってことだものね。猫捜しをしましょう」
「うん。あ、この、『家の花壇の水やり』も、俺のマリアンナに持ってこいの仕事かも」
「いいな。一番疲れなさそうだし」
カイも賛同したことで、まず先に、すぐに済みそうな花壇の水やりから手伝うことにした。ギルドの受付で確認した依頼主の住所へ行く。
着いた邸には、品の良い老婦人が一人で暮らしていた。一人暮らしには庭は広く、水やりは大変そうだ。
「助かるわぁ。歳をとると、足腰が悪くなってねぇ。竜騎士学園の学生さんたちには、いつもお世話になっているのよ」
「おまかせください!」
マティアスが持ち前の社交性で胸を張る。花壇を前にして、マティアスは
「できるところは、竜を使ったほうが、竜騎士らしいもんな。――頼んだ、マリアンナ!」
承知した水竜が、口から元気よく吐き出した水鉄砲で、花壇の花の茎は折れた。花びらは散り、土に穴も空いた。
できあがった水溜まりを見て、マティアスは額からだらだらと汗を流した。老婦人が、「あらぁ」と頬に手を当てる。
「……サデクーロとかのほうが、良かったわね」
シュルヴィの呟きに、ニーナが訊いた。
「サデクーロ? って、何の竜でしたっけ」
マティアスが、現実を受け入れがたいように、遠くを見やりながら答えた。
「雨を降らせる能力を持つ飛竜だよ。カイ、確か持ってるよな」
「持ってるけど……花壇の水やりなんて、みんなで手でやればいいだろ。みんなで受けてる依頼なんだから」
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