19

 友人たちと歩いていたカイが、立ち止まり、振り返る。「先に行ってるぞー」と声をかけられ、カイだけが残った。一日の密度が濃いせいか、随分久しぶりに会話をした気がした。


「何?」

「あの……。マティアスくんから、昨日カイが、手紙を受け取ってたって聞いて」


 カイは、隠していたことを知られたというように、あからさまに苦い顔をした。


「あいつ……」

「もしかして、お父さまから?」


 カイは何も答えない。肯定を意味していた。


「なんて、書いてあったの?」


 不自然な間があった。


「シュルヴィは、元気にしてるか、って」

「あとは?」


 カイが口をつぐんでしまったため、シュルヴィは核心を突いた。


「殿下との話し合い、上手くいってないんでしょう?」


 カイは、頷く代わりに言った。


「そうだとしても、シュルヴィが心配する必要はない。俺とアードルフさまで、お前のことは、守るから」


 カイの瞳は、強がりなどではなく、強い決意を抱いていた。シュルヴィはそれ以上不安を訴えられなくなり、小さく頷いた。


 帝都は、湖に浮かぶ大小二つの島からなる。大きいほうの島が市街地となっていて、小さいほうの島は、すべてが宮殿の敷地だ。帝国の宮殿がそびえ建つ。二つの島は、幅の広い石橋で繋がれていた。


 市街地がある島の湖畔の、木が茂る離着陸場には、学園の生徒たちが降りた極大型飛竜のほかに、帝都の来訪者の飛竜も多く休んでいた。湖岸には、竜が引く船がいくつも停まっている。


 乗ってきた極大型飛竜の契約主であるプルックが、「迷惑行為はするなよー」とみなを見送った。学園の教師たちは、当然ながらみな竜騎士だ。


 課外授業として、生徒たちは学生向けの竜騎士依頼の実習をこなす。みな、街にいくつかある竜騎士ギルドの館に向けて、好きに班を組んで散り散りになっていった。


「さて。ギルドの館は、中央、南、西、東と四つあるけど、どこ行く?」


 マティアスが元気に訊いた。シュルヴィのそばには、ニーナと、それからカイが立っていた。


「シュルヴィちゃんは初めてだし、ここは、一番大きな中央本部がいいと思うんだけど」


 異論もないため、四人で大通りを進んだ。竜騎士ギルドは大陸各地の町に存在しており、市民はギルドを通して竜が必要な依頼をする。帝都の中央本部には、大陸全土から大きな依頼が数多く集まる。依頼内容を見学するだけでも、竜騎士としての前準備になるだろう。


 街路を進みながら、隣を歩くカイへ、シュルヴィは話しかけた。


「今日は、一緒にいるのね」


 カイはむっとしたように返した。


「なんだよ」

「だってあなた、ここ数日、ぜんぜんわたしに話しかけてこないから」


 カイは目をぱちくりとさせた。


「それは、シュルヴィのほうだろ。俺のことなんて、すっかり忘れてるみたいに、楽しそうに過ごして」

「だって、話す時がないわ。たまにあなたを見かけるけど、ずっとお友達とお喋りしてるじゃない。……女の子も、一緒だったりして」

「はあ? なんだそれ。別に、俺が誰と話してたって、普通に声かけてくればいいだろ」


 マティアスと後方を歩くニーナが、顔を険しくした。


「この会話、聞いていると、背中がかゆくてたまらなくなってくるのはわたしだけでしょうか」

「ん? 何が?」


 マティアスが、何も考えていない顔で応じる。


「背中、痒いの?」


 ニーナが地面を見ながら舌打ちすると、マティアスは「ひぃっ」とおびえた。


 竜騎士ギルド本部へ通じる目抜き通りは人で賑わいでいる。通りの店舗の外装も華やかで、リーンノール村のひっそりとした街並みに比べたら、祭りでもしているようだ。


 本部へ着く前、目の前に宮殿が見えた。ニーナが感嘆の吐息とともに、足を止めた。石橋の先にある宮殿を仰ぐ。


「学園からも見えますけど、近くで見ると、やっぱり立派ですねぇ」


 石橋の終点に巨大な城門があった。高い城壁の向こうには、広大な面積の庭園と、美しい宮殿が存在する。壁の向こう側は雅やかな空間だ。


「宮殿……死ぬまでに、一回くらいは入ってみたいものです。中を探検したいです」


 マティアスは、「探検なんだ」と笑ってから、話題を出した。


「宮殿と言えばさ。皇帝陛下に、弟殿下がいるじゃん?」


 ニーナが「ああ」と思い出す。


「はい。確か、三回離縁している」

「そうそう、その殿下。この前、宮殿で四回目の結婚式をする予定だったらしいんだけど、急に延期になったんだよ。また結婚相手に逃げられたんじゃないかって噂」

「そういえば、また婚約したんでしたよね。何年か前に。お相手は、帝都から遠く離れた田舎のほうのご令嬢だった気が」

「貴族の知り合いに聞いたんだけどさ。社交界では、殿下は陰で笑われてるらしいよ。結婚も、四回目なんて、って。陛下が甘いのをいいことに、調子に乗って、なんでも叶えてもらってるって。それでも陛下が甘々だからさ。社交界では、殿下はれ物扱いらしいよ」

「太ってて、すごく醜いらしいですよね。でも財産があれば、結婚は一考の価値ありです」

「ええー? お金よりも、大事なことあるでしょ!」

「それはマティアスくんがお金で苦労したことないから言えるんです。愛はお金で買えますし、お金がなければ、愛は消えていきます」

「ええー。そうかなぁ。ねえ。シュルヴィちゃんは、どう思う?」


 マティアスとニーナが同時にシュルヴィを振り向いた。シュルヴィは顔面蒼白で、冷や汗を流していた。マティアスが戸惑う。


「シュ、シュルヴィちゃん? 顔色、悪いけど……」

「……いえ。……大丈夫」


 カイは平然としていた。竜騎士ギルド本部には、まもなく到着した。


「――ここが、竜騎士ギルドの本部……」


 円形の屋根を頂く大きな外観を、シュルヴィは見上げた。中に入ると、憧れの竜騎士たちの姿があった。体は鍛えられ、溌溂はつらつとした雰囲気の竜騎士の理想らしい人や、はたまた悪人ではないかという思うくらい強面の竜騎士もいる。竜の姿ももちろんあった。


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