18
男子生徒はカイのところへ向かった。平静さを欠き、大声で説明する声がシュルヴィの耳へも届く。
「木登りして遊んでたら、イソプーの枝を間違って折っちゃって。それで、暴れて抑えられなくて。そのうちニイロが怪我して――」
「仕事しろよな、あのくそ教師」
カイは悪態をつきながら、手首の細い腕輪を発光させた。銀の腕輪の
シュルヴィは、ニーナの元へ駆け寄った。肩を揺らす。
「起きて、ニーナ! 事故があったみたいなの!」
「うーん、事故? 珍しいことでもないので、こんなに柔らかいお肉が目の前にいっぱいで、幸せもいっぱいです」
目が覚めたかと思ったニーナだが、後半はまた夢の中だった。仕方がないので、ニーナは置いて、シュルヴィは一人で森へ入った。
騒ぎの方角はすぐにわかった。木が開けた場所に生徒たちが集まっている。事はすでに片付いていた。
このような事故も多々あるため、学園を自主退学する者は少なくない。監督の講師は一応置いているが、怪我はあくまで自己責任だ。命を落とした場合も自己責任だと、入学時の免責事項書類に署名させられる。若い生徒たちが多いため勘違いしそうになるが、竜騎士学園はやはり普通の学校とは異なる。国の力となり得る竜騎士を育成するための場所だ。
「あ、あのっ」
シュルヴィは、野次馬の間へ入っていった。応急処置をする生徒へ声をかける。そばで処置を見ていたカイが、顔を向けた。
「……シュルヴィ……」
「あの、わたし、パランターと契約してるの。その怪我、治せると思うわ」
片側の耳にある、雫形の耳飾りが発光する。小さな円陣が出現し、白い体躯に青色の瞳の極小型飛竜、
「急に呼び出して、ごめんね。いま、大丈夫だった?」
癒竜は呼び出されたことが嬉しいように宙返りをした。シュルヴィの頬に鼻を押し当てる。
「ふふっ。――あのね。この人のことを、治して欲しくて」
ニイロの腕の裂き傷は、癒竜の力でたちまちに完治した。滅多に見られない光景を目の当たりにし、生徒たちは興奮気味にシュルヴィに群がった。
「俺も、治して! ここ、さっき転んで!」
「俺も! ここ!」
シュルヴィは、目を白黒させながら頷いた。
×××
美しい少女だと思う。アードルフに紹介されて、初めて出会った時のことは忘れない。カイは思わず見惚れてしまったものだった。大好きな竜で、人の役に立てているシュルヴィは、幸せそうだ。誰かを助ける竜騎士ならば、シュルヴィは向いているかもしれない。竜を斬り、争ったりする血生臭い仕事とは無縁の、笑顔しか溢れないような手助けならば、合っている。
「すごいなぁ、シュルヴィちゃん」
マティアスがそばに来て話しかけてきた。
「パランターと、契約してたんだね」
カイはわずかに眉間にしわを寄せた。
「お前、さっき、シュルヴィと二人で何話してたんだよ」
「あれ? 見てたんだ」
「ずっと見えてた」
マティアスは軽快に笑った。
「大したことは話してないよ。ははっ。妬いてるんだ」
「うるさいな。だいたい、こんな野郎だらけの学園入ってさぁ」
実に面白くない。三年経って、ようやくリーンノール村で静かに、ずっとシュルヴィのそばにいられると思った。だがこれだ。鬱陶しい視線が多過ぎる。シュルヴィもシュルヴィで、勝手に学園生活を満喫しているようだ。話しかけても来ない。結婚を申し込み、いきなり両想いになれると楽観していたわけではない。けれど虚しさが込み上げてくる。
ふと、頭上から一匹の小型飛竜が現れた。全身が橙色で、
「何の手紙うぎゃあーっ!」
内容を覗こうとしたマティアスが、まだそばにいた
手紙に差出名はなかったが、この友竜を預けた相手は一人しかいないため、誰からのものかはわかった。文字は、人目を避けて急いで書いたような走り書きだ。短い手紙を読み終えたカイは、また
「戻って、アードルフさまが危なくないよう、守ってくれ」
友竜が了承したと言うように鼻頭を下げた。カイは顎を撫でてやった。それから友竜は、空へ飛んでいった。
×××
「カイが、手紙を隠してた?」
翌朝、シュルヴィが教室に入り、自席まで来ると、マティアスが声をかけてきた。
「うん。シュルヴィちゃんになら、教えてくれるんじゃないかと思って。真剣に読んでたからさ。何の手紙なのか、ちょっと気になって」
今日は、月に一度ある、丸一日課外授業の日だ。みなで極大型飛竜に乗って、帝都の街へ行く。極大型ともなれば、大人二十名は乗れる。大部分が寮生の竜騎士学園では、街で買い物ができるありがたい機会でもある。みなが、課外授業の日を楽しみにしていた。
竜の離着陸場へ移動する際、シュルヴィは廊下でカイを
「カイ」
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