15

 シュルヴィは疑問に思った。カイから好意を抱かれていることを、ニーナへ明かしただろうか。


「どうして知ってるの?」

「マティアスくんが、訊いてくる全員に言いふらしてましたから。少し耳はそばだてるだけで、わたしの耳にも入ってきます。人から人へ、瞬く間に広がり、今日だけでもう学園中の噂ですよ」


 知らなかった。食堂で注目されていたのはそのためだったのか。呆然とするシュルヴィを、ニーナは不憫そうにする。


「マティアスくんには、大事なことは話さないほうがいいです。本人にまったく悪気がなく、良かれと思ってしているから、本当にたちが悪いんです。わたし、あの人大嫌いです」


 『大嫌い』とは、苛烈だ。マティアスの、きらりと歯が光る邪気のない笑顔を思い出す。友人も多いらしい彼は、ニーナとは真逆の人間と言えるかもしれない。だから嫌悪感も強いのだろうか。


 再びサウナ小屋に入り、体を温めた。サウナは小屋と湖を何度か往復する。呼吸も苦しいくらいの熱気の中、シュルヴィは、ニーナに訊きたいと思っていたことを質問してみた。


「ニーナは、その……カイとは、仲良いのね?」


 眼鏡がないことで視界が不鮮明なのか、ニーナは眉根を寄せた細目で正面を向いている。


「仲良いのかと訊かれたら……どうなんでしょうね。よく話すのは、確かです。入学した時から、ずっと同じ組でしたから。そんな女子はほかにもいますが、でもカイくんは確かに、どうしてかわたしにだけはよく話しかけてくれるんですよね」

「そ、そうなの」

「カイくんが女子から話しかけられることは、そりゃあいくらでもありますけど、カイくんって、意外と女子が苦手ですよね。会話が弾んでる様子、あまりありませんし。自分から女子に話しかけることなんて、用事がある時以外絶対にしませんし」


 サウナ小屋を出て、再び湖へ入った。最後はまたシャワーを浴びればサウナ終了だ。シュルヴィはニーナの話を聞きながら、内心穏やかではなかった。


「でもわたしにだけは、カイくん、よく声をかけてくれるんですよね。わたしにお金がなくて、食堂で昼食を買えない時なんかは、パンをくれたりするんです」

「……パン……」

「だからわたし、カイくんはもしかして、わたしのことが好きなんじゃないかと思ってました。今日、無惨に散りましたが。告白されたらどうしようとか、妄想したこともあって」

「カイのこと好きだったの?」


 我慢できず食い気味に訊いてしまった。ニーナはシュルヴィの必死さに瞬きをした後、にへらと気の抜けた笑みを浮かべた。


「いえいえ、そこまで本気には。でもほら。よくするものじゃないですか。平凡な自分を、学園の有名人が好きになってくれる、みたいな妄想」

「有名人?」


 首を傾げるシュルヴィに、ニーナは何を聞き返しているのかと目をぱちくりとさせる。


「ええ、有名人ですよ。何たってカイくんは、帝国最年少の白竜騎士ですから。学園でカイくんを知らない人なんて、いません。卒業生は、赤色になれる人はそれなりにいますが、青色の人は年に一人か二人、白色なんて、学園史上初ですよ。この前、帝都の一番大きな新聞社が、カイくんを取材しに来てましたし」


 シュルヴィは信じられずに目を大きくした。


「取材? カイが?」

「その時の新聞、図書室にありますよ。明日、見に行きますか?」


 翌日の昼休憩時、シュルヴィはニーナと学園の図書室に行った。二階吹き抜けの図書室には、背高い本棚が整然と並んでいた。奥には閲覧机もあり、生徒が本を読んでいる。


 定期新聞の記事は、貸出受付台のすぐ横にまとめてあった。月ごとに整理された記事がしまってある棚の、さらにその上部にカイの記事はあった。額縁に収められて飾られている。


「いずれは、学園長室とかに移動されると思いますが、いまは記事が出たばかりなので」


 最近の新聞のため、田舎であるリーンノール村にはまだ入ってきていないのだろう。シュルヴィは記事を見つめた。流星竜リンドブルムに乗るカイの横顔が、取材文の横に描かれている。


「かっこいいですよね、このカイくん。よく描けてます」


 ニーナも見上げて言った。確かに、よく描けていた。


 図書室を出た後は、ニーナが昨日契約を交わした花竜クッカに会いに行きたいと言った。召喚することも可能ではあるが、大した用事もないのに呼び出すのは申し訳ないという。


 竜は、自身の日常生活を中断して契約主の呼び出しに応じる。ニーナのもさもさとした癖毛頭には、手に入れたばかりの竜晶である花形の髪飾りが、今日もしっかりとついていた。大切にしているらしい。


「こんな感じで、カイくんは、学園内ではとても有名なわけです。だからシュルヴィちゃんへも、自然と注意が集まってしまうというわけですね」

「……よく、納得したわ」


 有名で、しかも日頃女子と親しくしないようなカイが、いきなり新入生の女子生徒であるシュルヴィと二人きりで食堂に来ていれば、注目もされるわけだ。


「あ、噂をすれば、カイくんで――」


 二人で校舎を出て話していた途中で、ニーナが言葉を途切れさせた。視線の先に、カイがいた。人気ひとけのない校舎裏だ。カイの前には女子生徒が一人いる。瞬きを忘れるシュルヴィの体は、ニーナによってそばのたきぎ置き場の陰に引っ張られた。


 女子生徒は、頬を染め、カイへ何やら懸命に話している。ニーナとシュルヴィは顔だけを出して様子を窺った。


「噂をすれば、早速ですね。告白されてます」

「こく、はく」

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