14
「神さまは、本当に必要な人に、手を差し伸べてくれるんですよ。わたしと違って、カイくんは結局、後ろ盾があって入学できてるじゃありませんか」
「俺にも俺なりの、奨学金欲しかった事情があるんだよ」
「わたしにだって」
二人の慣れたやりとりに、シュルヴィは面食らっていた。カイがシュルヴィ以外の異性と親しく話すところを、初めて見た。
「だいたいお前は、せっかく奨学金受けてるんだから、もうちょっとちゃんとしろよ。クッカなんて、金にならないだろ。借りた金返す上に、食べてもいかなきゃなんないんだぞ? もっと稼げる竜を狙わないと。竜の弱点ちゃんと勉強すれば、できなくはないんだから」
「そうでしょうか。飛竜とかは、頭だけでなく、やはり腕っぷしもないと」
シュルヴィは、どうにか二人の間に入ろうと話題に加わった。
「でも、病気があるなら、勉強も大変だものね」
すると会話が途切れた。二人同時に振り向かれる。シュルヴィはきょとんとした。
「何……?」
おかしなことを言っただろうか。カイが気の抜けた息を吐いた。ニーナはほほえましいというように、にんまりとする。シュルヴィが
「あ。昼休み、終わりですね」
「そうだな。行こうぜシュルヴィ」
校舎へ歩き出す二人に、シュルヴィは彼らの反応の理由に気づいた。少し恥ずかしくなる。
ニーナとは、良い友達になれるかもしれない。
×××
一日の講義を終えた後、寮の部屋で、ニーナと改めて自己紹介し合った。
「なんだかきつそうな美人が入学してきたなーと思いましたが、シュルヴィちゃんって、優しくてお茶目な方だったんですね」
「き、きつそう? わたしの第一印象って、そんな感じ……」
リーンノール村の娘たちにあまり話しかけられなかったのは、きつい性格に見られていたためだろうか。愛想の良いほうでは確かにない。もう少し、笑顔を意識するべきだったか。
学生寮は円筒形の七階建てで、シュルヴィにあてがわれた部屋は一階だった。一つある硝子窓のすぐ外に、森がある。二段となった寝台の上段をニーナが使っていた。あと部屋に備えられているのは、木棚と、引き出し付きの書き物机、それから白樺の樹皮で編まれた衣類入れの
夕食の時刻まで時間があったので、ニーナが寮内を案内してくれることになった。
「――ここが、食堂です。食べられるのは朝と夜だけで、七日に一度の休講日だけは、昼食が出ます。学園の食堂は、定食で量がだいたい決まってますが、寮の食堂は食べたいものを食べたいだけ取って食べられるという、すばらしい形式です。ただし、取った物を残すと寮母のおばさんにものすごく怒られます。食べられる分だけ取ることをおすすめします」
説明の仕方から、ニーナは食い意地が張っているほうなのかしら、とシュルヴィは想像した。
食堂内にいくつも並ぶ正方形の卓で、何人かの女子生徒がお喋りに席を利用していた。ニーナは、次に学習室や洗濯室なども教えてくれる。どの部屋でも、廊下でも、見かけるのは女子ばかりだ。不思議な感覚だった。最後にニーナは、湖方面へ伸びる渡り廊下を指し示す。
「この先が、サウナ小屋です」
「サウナ……!」
「……シュルヴィちゃん、サウナがお好きなんですか?」
「もちろん!」
シュルヴィが、寮生活で一番気になっていたことだった。帝国の人間ならば、三日に一度は入る、それがサウナだ。
サウナ小屋は、大きな邸ならば必ず所持しているものだ。労働者階級でも、共同住宅の棟ごとにあったりする。小さな一軒家でも、部屋の一室がサウナ室だったりする。
リーンノール邸には、残念ながらサウナはなかった。けれど村内には大衆サウナを五ヶ所ほど整えていたので、よく通っていた。サウナは大好きだ。
「入れる時間は決まってるの?」
「特には。朝でも昼でも夜でも、お好きな時間に。ただあまり遅い時間だと、ロウリュが眠ってしまうので」
「いまも、サウナに入れるってことよね?」
「はい。夕食前に入ってしまう人も多いですね」
「なら入っていきましょうよ」
ニーナは「うっ」と顔をひきつらせた。
「どうしたの?」
「わ、わたしは……七日に一度くらい入れれば、じゅうぶんなので」
「……それ、体が
「部屋で毎日、拭いてはいますから……!」
「ニーナは、サウナが嫌いなの?」
「そ、そういうわけでは……。ただ、えっと……」
ニーナは俯きがちに、もごもごと答えた。
「わたし、仲の良い友達とか、いませんから。入るなら、いつも一人なんです。……シュルヴィちゃんも、たぶん気づきましたよね。教室でわたしにお喋りしてくる人、いませんし、部屋割りだって、いつもすぐ一人になっちゃうんです。部屋割りは意志が効きますから、仲良い人同士で申請し直しちゃうので。だからシュルヴィちゃんが、空いていたわたしの部屋に入ってきたわけで……」
このままシュルヴィも、別の仲良くなった相手の部屋へ移動するというような意味が含まれている気がした。決まり悪そうなニーナへ、シュルヴィは間を置いた後、簡潔に訊いた。
「つまり、サウナに入りたくないのは、一人だからってこと? ならいまはわたしが一緒だし、いいじゃない」
シュルヴィはニーナの手を引いて、渡り廊下を進んだ。
木造のサウナ小屋は、入ってすぐが脱衣場になっていた。脱衣場の棚に脱いだ制服を置いたシュルヴィは、片耳の竜晶だけはつけたまま、長い金髪を結い上げる。
ニーナを振り返ると、ニーナは渋々ながら服を脱いでいた。前を布で隠し、周囲の他の女子生徒やシュルヴィを気にする。眼鏡を外した顔は、自信なさげだ。
「ううっ……裸になるのも、嫌いなんです。シュルヴィちゃんは、うらやましいです……」
どうやらニーナは、体の成長具合のことを気にしているようだった。女性らしく肉付いているシュルヴィに比べたら、ニーナは全体的に薄く、手足もか細い。シュルヴィは布を腕に掛けながら、びっくりして励ました。
「人それぞれだわ、ニーナ。あなたは、細身で小さくて、とてもかわいらしいと思うけど」
「……前向きに、受け取っておきます……」
脱衣場の奥には外へ通じる扉がある。出ると、高い木柵で囲われた湖の一部がある。サウナを楽しんだ後にすぐに体を冷やせるよう、小屋は湖にかかる造りとなっている。
水が鉄管で引かれたシャワーで体を濡らした後、実際にサウナを楽しむために、そばのサウナ小屋へ入った。小屋は広く、白木を用いた温かみのある雰囲気だ。すでに数組の女子生徒たちがいて、
そのうちの一匹にシュルヴィが近づき、撫でてやると、蒸気竜は嬉しそうに背の孔から蒸気を噴き出した。じっとりとした高温の蒸気が空間に満ちていく。体の芯に届く熱さに、汗が顎から首を伝った。さらに肩から胸へ、腹部へと流れ落ちていく汗は、最後には腰掛けに敷いた布へ染み渡っていく。
暑さを楽しんだ後は、小屋を出て湖に入った。その爽快さに思わず吐息が漏れる。二人で湖の気持ち良さを感じていると、ニーナがしみじみと話し出した。
「それにしても、カイくんに、シュルヴィちゃんという意中の相手がいたとは」
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