二章「パンをくれたりするんです」

11

「初めまして。シュルヴィ・エデルフェルトです。大陸北部にある、リーンノールという村から来ました。……よ、よろしくお願いします」


 緊張で頬を紅潮させながら、教室にいる三十名弱の生徒を前に、シュルヴィは自己紹介をした。指定された後方の席に座り、竜生態地理学の講義を受ける。


 学校に通うことは、シュルヴィにとって初めてのことだった。同年代の少年少女たちと勉強するのは新鮮で、楽しいと感じている間に、校舎中央棟の大きな真鍮しんちゅうの鐘が鳴る。午前の講義終了の知らせだ。


 昼休憩のために、生徒たちが席を立ち始める。食堂へと教室を出ていったり、友人同士集まり机で昼食を広げたりする中、シュルヴィは一人、席に着いたまま周囲の動きを観察していた。


 竜騎士学園は女子生徒の割合が低い。生徒数の三分の一以下だ。この組も、シュルヴィを含めて女子生徒は七名だけだった。


 彼女たちは、すでに友人同士で集まっていた。仲間に入れて欲しいが、声をかけるには勇気が必要だ。躊躇ためらっているうちに、教室の出入り口からカイが入ってきた。


「シュルヴィ!」


 入ってきたカイの姿に、教室の生徒たちがざわめく。口々に「あれ? カイだ」「カイくんだー。なんでいるの?」などと話し出す。カイは構わずシュルヴィのそばへ来た。


「午前、大丈夫だったか?」


 気心が知れたカイの登場に、シュルヴィは安堵を感じた。こくりと頷くと、カイは「そっか」と表情を和らげる。なんとなく落ち着かず視線を逸らすと、教室内にいた男子生徒が一人、こちらへ向かってくるのが見えた。焦げ茶色の髪の、感じの良さそうな青年だ。青年はカイへ話しかけた。


「どうしたんだよ、カイ。卒業したんじゃなかったの?」


 知り合いのようだ。カイは不機嫌に答える。


「ちょっと、事情があってさ」

「『結婚準備で忙しくなるから、次会うのはお前を結婚式に招待した時だ』――とか何とか、よくわかんないこと言ってたのに」


 カイは返答に詰まって目元を染めた。シュルヴィも恥ずかしさに思わず眉間のしわを寄せる。見栄か早合点か知らないが、いったい何を言っているのか。


「よ、予想外の事態になったんだよ。俺だって、まさか、たった五日でまた学園に戻ってくるとは……」


 雪山から邸に戻った後のことだ。シュルヴィとカイは、アードルフに、マルコたちとの話がつくまでリーンノール村を離れているよう指示された。そこで、カイの飛竜で大陸をひと息に縦断し、南方の帝都までやってきた。そしてそのまま竜騎士学園への入学を申し込んだ。


 十四歳以上であれば、やや高い入学金と授業料さえ支払えば、いつでも誰でも入学可能なのが竜騎士学園だ。学園の制服や教材などを購入し、学園寮の入寮手続きも済ませ、今日からシュルヴィは、晴れて竜騎士学園の生徒となった。


「よろしくね、エデルフェルトさん。マティアスだよ」


 青年が笑顔で手を差し伸べてきた。シュルヴィは握手を返した。


「よろしく。シュルヴィでいいわ」


 マティアスは、人好きする笑顔を見せる。


「じゃあ、シュルヴィちゃんだね。それで、さっそくだけど、カイとはどういう関係なの?」


 シュルヴィは思わず瞬いた。マティアスは周囲を振り返りながら続ける。


「みんな、朝からすごく気にしてるからさ。きれいな子が入学してきて、しかも、カイが気にかけてるもんだから」


 教室中の生徒が、シュルヴィたち三人のやりとりを気にしていた。出入り口を振り向けば、覗きに来た他組の生徒たちまでいる。どうやらマティアスは、みなの代表で質問しに来たようだった。


 マティアスは腕を組み、悩ましげに難しい顔をする。


「カイは、自分の話ほとんどしないから。いまのところ、シュルヴィちゃんは謎だらけだよ」

「……えっと……」


 どう説明するか迷っていると、カイが簡潔に答えた。


「シュルヴィは、俺を引き取ってくれた家の娘」


 マティアスは、ゆっくりと理解していき、そして目を見開いた。


「えっ! そんな関係!? つまり、同じ屋根の下で暮らしてた間柄ってこと!?」

「屋根は違うよ。俺は、邸の離れで寝てたから。つーかそれより、いまの大問題は、俺とシュルヴィの組が違うってことだ!」


 組分けは、一つの組の生徒の数が均等になるよう行われる。現在の学園の生徒総数は四百名ほどだ。組には異なる年齢の者同士が混在しているが、九割が十代だ。休み時間になる度に、校内は若い賑わいで満ちる。


 教卓前で、まだ生徒の質問に応じている教師の元へ、カイは向かった。


「先生! 俺、なんでまたこの組じゃないんすか! 五日前まで、この組にいたのに!」


 竜生態地理学兼、シュルヴィの組担任の教師プルックは、水草のように波打つ前髪の向こうからカイを認めた。気怠げに返す。


「そりゃあお前は、一度卒業したからなぁ。新入生二人を同じ組に入れるわけないだろ。そもそもどうしてまた戻ってきてるんだ?」

「先生!」


 抗議を続けるカイを尻目に、マティアスがシュルヴィへ教えた。


「組の合同授業も多いから、影響するのは座学くらいだよ。頻繁にある野外授業も合同。――それにしても、女子が竜騎士になりたがるなんて珍しいけど、シュルヴィちゃんも何か特別な理由があるの?」

「……その質問も、誰かに訊くよう頼まれたの?」


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