09
「きれいね……」
「ああ。……山ほどの金貨が飛んでるようにも見えるけど」
「……やめて。情緒の欠片もない」
幻想的な光景を見上げていると、群れに合流したはずの癒竜が戻ってきた。
「あれ? どうしたの?」
忘れ物などないだろう。首を傾げていると、目の前で停止した癒竜とシュルヴィとの間に、片耳の耳飾りが現れた。雫の形に、淡青色の宝石がついている。
「……これ……」
「竜晶だ!」
カイが、癒竜の群れを見た時よりも激しく反応した。シュルヴィは、信じられないまま癒竜へ確認した。
「もしかして、わたしと、契約したいの?」
癒竜が小さな首を頷かせた。
「でもあなた、仲間とは、一緒にいなくていいの? 寂しくないの?」
癒竜は返事の代わりに、シュルヴィの肩にとまった。頬をぺろりと舐める。淡青色の丸い瞳は嬉しそうだ。
「シュルヴィに、懐いちゃったんだろうな。たぶん助けたのが良かったんだ。竜の契約方法は、強さを見せる以外の場合もあるって、噂で聞いたことある」
自分の認めた相手でなければ、竜は契約を許さない。それが通常は、力の上下となるのだが、癒竜の場合は優しさのようだ。彼らの性質ゆえだろう。
「パランターの発見例は、たまにあるのに、契約できてる奴が少ないわけだよ。でもシュルヴィ。契約受け入れる気なのか? やめたほうがいいと思うぞ。契約は、良いことばかりじゃない」
「竜の祈りのこと心配してるの?」
『竜の祈り』とは、主の命令により竜が命を落とした場合、その痛みや苦しみ、哀しみが主に返ってくる現象のことを指す。苦痛は三日三晩続き、その間は食事や睡眠もできないほど苦しめられる。この危険が伴うために、竜騎士を目指さない者は多い。
「竜に死の危険がともなう命令を、わたしがすると思う?」
「まあ……シュルヴィは、竜の前に立つほうだろうな」
「ええ。だから心配いらないわ」
シュルヴィは、耳飾りを受け取った。片側の耳につける。
「わたしを選んでくれて、ありがとう。これからよろしくね」
癒竜が猫のようにシュルヴィに頬ずりした。顎の下を撫でてやるシュルヴィに、カイは話しかける。
「なあ、シュルヴィ。さっきの質問の、答えだけどさ……。俺が、どうしてこんなにたくさん、竜と契約してるのかっていう」
カイの眼差しはどこか真剣だった。シュルヴィが瞬きをする前で、カイは首にかけていた黒い革紐を服の中から引き上げる。黒紐の先端には、方形の銀章が通されていた。帝国の国章と、カイの名が刻まれたものだ。竜騎士の公的証明書だった。
銀章には、さらに四つの宝石が埋め込まれていた。
そうして四種の貴石の色からとり、竜騎士は五つの区分――無色竜騎士、赤竜騎士、青竜騎士、緑竜騎士、白竜騎士に分けられている。契約数が百頭に達した時、金剛石とともに、白竜騎士の称号が与えられる。
つまりカイは、百頭以上の竜と契約していて、最高位の白竜騎士ということになる。
「さっきのファーブニルで、百と一頭。この大陸にいる竜騎士の数は三万人、そのうち白竜騎士は、たったの八人。ここに、いま、俺は含まれてる」
予想を遥かに超える答に、シュルヴィは驚きカイを見つめ返すことしかできない。
「なあ。戦争が終わった後、皇帝が新しく制定した法律、知ってるか? 白竜騎士になった者には、公爵の位を授けるって」
能力のある者には相応の立場を――皇帝ヴィルヘルムの柔軟な施策の一つだ。戦争前は、大陸はいくつかの国に分かれていた。貴族が領主となり、各地を治め王家に奉納する封建制度をとる国が多かった。婚姻も王侯貴族同士で行うのが自然で、身分差の風習はいまもなお残る。
そんな中での
「つまりさ。俺いま、公爵でもあるってこと。お前が明日結婚する予定の、肥えた殿下と、一応同じ爵位なのな。で、えっと……何が、言いたいかと言うと……」
カイは一度、深く息を吸った。緊張した様子で居住まいを正す。やけに力強く、シュルヴィは見つめられた。
「シュルヴィ。俺と結婚してくれ」
シュルヴィは、ばかみたいにぽかんとした。
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