08

 シュルヴィは癒竜パランターを反射的に抱きかかえていた。盾竜キルピィの姿が円陣の光に包まれ消えた。防壁も失われる。仕事を終えた竜は、元いた棲息地に再転移される。カイが盾竜を戻したのだ。


 三発目の毒液が焚き火を溶かし消したと同時に、流星竜リンドブルムは洞窟を飛び抜け真夜中の空へ飛翔した。無事に逃げ切れたと息をつけたのは一瞬、岩壁を削るごう音とともに、護宝竜ファーブニル紫黒しこくの翼を広げ追いかけてくる。極大型に部類されるその巨大な体躯に、シュルヴィの背には冷や汗が伝う。


「お、追いかけてくるけど!」

「そうだな。普通なら、速度はリンドブルムの勝ちなんだけど……いまはシュルヴィも乗ってるから。重くて本来の速度が出せない」

「わたしが重いみたいな言い方やめてくれる!」


 後方からまた毒液が飛んできた。上手く避けたが、外れた毒液は下方の樹木を三本まとめて溶かしている。シュルヴィは蒼白になった。竜の知識は豊富でも、竜に追いかけられることなど生まれて初めてだ。頭は混乱する。


「どうするの? わたし、やっぱり降りたほうがいい?」

「何ばかなこと言ってんだよ」


 対するカイは驚くほど冷静だ。次々飛んでくる毒液を、流星竜はくるりと宙で回転しながら避ける。カイが背中から抱き込んでくれているため落ちはしない。それでも回る視界に目を閉じずにはいられない。


「よし、決めた。あいつと契約する」

「へ?」

「ファーブニルは、まだ持ってないんだ。シュルヴィ。落ちないように、ちゃんと掴まってろよ」

「ちょ、ちょっと!」


 カイは流星竜から飛び降りた。目を剥いている間に、下方に翼竜ワイバーンが召喚される。空中で翼竜の背に乗り、カイは護宝竜を挑発し引きつけ始めた。シュルヴィが乗る流星竜は、戦いに巻き込まれないよう高度を上げた後、上空で停止する。


 カイはさらに、別の竜を四頭召喚した。すべて翼のある飛竜系だ。激しい炎を吐き出す中型竜の炎竜リエッキ、同じく中型竜で、木の幹など簡単に切り裂く稲妻を発する雷竜ウッコネン、そして、麻痺毒を持つ小型竜毒針竜ミュルッキュが二匹だ。


 契約の証に竜が授ける竜晶は、腕輪だったり首飾りだったりと様々で、契約主がどこにいても竜の召喚を可能とする。また、本来言葉が通じない竜と意思疎通ができるようになるため命令も可能となる。


「いったい、何頭の竜と契約してるの……?」


 竜騎士になる条件は二つ――竜騎士学園を卒業すること、そして、三頭以上の竜と契約することだ。資格が発行されなければ、竜を使役した商いをすることはできない。それなりの手間と費用がかかる分、最大需要の飛竜による送迎だけで食べて行くことも可能だ。中型飛竜一頭と契約できたら、残りは契約難易度の低い歩竜系の竜などを二頭手に入れ、竜騎士となってしまう者も少なくない。カイのように、契約するのが難しい飛竜を何頭も所持しているのは珍しいことだった。


 召喚により、全部で五頭になった竜は、護宝竜ファーブニルの周囲を飛び回りながら一斉に攻撃を開始した。カイは四頭の竜に援護してもらいながら、翼竜ワイバーンの鋭い爪で護宝竜の目や首、腹などの弱点を狙っていく。宙で毒液を吐き抵抗していた護宝竜だが、やがて勝算がないと判断したのか、徐々に高度を下げ始めた。切り立つ崖の上に、護宝竜が着地し、ひと晩かけて積もった雪が舞い上がる。カイは護宝竜の上方に翼竜をとどめた。


「お前の負けだな、ファーブニル」


 カイが護宝竜の鼻先に手をかざす。


「俺に下れ」


 護宝竜は、優雅に首を垂れた。カイの前に、黄金の剣が現れた。カイは剣を手に取った。


「装飾剣か……初めてだな」


 契約を終えた護宝竜は、もう襲ってくることもない。元いた洞窟に飛んで帰っていく。これからは、カイが大陸のどこにいても、呼べば護宝竜がこの棲み処から召喚されるのだ。


 ひと仕事を終えたカイは、雪の地面に飛び降りた。召喚した五頭の竜をすべて戻す。シュルヴィが乗る流星竜リンドブルムも地面まで下降した。気づけば空が明るくなり始めていた。


「どうだ、シュルヴィ! 俺の華麗な契約は!」


 手にしたばかりの装飾剣を見せながら、カイは自慢げにする。シュルヴィは、大人しく腕の中にいる癒竜パランターを抱いたまま感心した。


「見事だったわ……本当に」


 極大型飛竜との契約となれば、命を失うこともあるのが常識だ。それを短時間で、しかも無傷だ。それはやはり、五頭もの飛竜がいるゆえだろう。


「あなた、どうしてこんなに竜と契約してるの?」


 送迎よりも報酬が高い、竜退治の仕事でも請け負うつもりなのか。


「どうして、って……」


 顔を出した眩しい太陽に、カイが言葉を切って目を細くした。崖下に広がる雪の樹林を、朝陽が眩しく照らす。雪山に朝が訪れる。


 その時、シュルヴィの腕の中にいた癒竜がみじろぎをした。高くひと鳴きする。空へ響く鳴き声に、何かと思った瞬間、頭上を白い小さな竜が通り過ぎた。一匹ではない。何十匹もだ。大陸中の癒竜を集めたような群れが、大移動をして通り過ぎていく。


「み、見てるっ!? カイ! 見てる!?」

「見てるよ」


 光景に圧倒されていると、群れから一匹の癒竜が下りてきた。シュルヴィの前まで来ると、腕にいる癒竜へ光を与える。袖先を巻いていた翼の怪我が治る。癒竜はシュルヴィの腕から飛び立つと、嬉しそうに仲間とじゃれ合った。シュルヴィは優しく目元を緩めた。


「みんなと会えて良かったわね」


 不意に、短い冒険が終わるのだという思いが心を掠める。現実に戻される。またたく間の冒険だった。でも、会いたかった癒竜には会えた。夢のような自由だった。一日の思い出を心にとめて、これから先、シュルヴィは結婚生活を送っていく。


「さようなら。元気で」


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