隠し味(不思議な話)
映画館を出て時計を見ると午後九時。ラーメンでも食べて帰るか、と思いスマホで検索すると丁度近くに評判の良いラーメン屋があった。
混んでいないか心配だったが、並んでいるのは一組だけ。並びながら様子を見ると、続々と客が出て行くので回転も速そうだ。実際、間もなく店内に案内された。
この店の特徴は貝のだし汁をベースにしたスープである。選んだ理由も、最近こってりスープが胃にもたれるようになったから、というのがある。
やがて出された貝汁ラーメンは、透き通った茶色みのあるスープに雑穀でも入っていそうな中太の麺、チャーシューが三枚乗っている。
アサリかシジミか分からないが、貝の出汁が効いたスープは麺をすする度に口にしたくなった。
麺を八分目程食べた所で、どんぶりの底にコロンとした物が見えた。箸でつまむとそれは貝だった。大きさから察するにアサリであろうそれは、貝の蓋を半開きにして白濁した液体をダラダラと流し続けている。
その液体をレンゲで受けて口に入れると、非常に濃厚な貝の出汁が口いっぱいに広がった。
貝の蓋を押し開けると、そこには見慣れたアサリの剥き身がある。摘んで口に入れると、普通の貝の剥き身の味だ。
「お客さん」
店員に声をかけられ前を向くと、店員が申し訳なさそうな顔をしている。
「すみません、言い忘れてました。その貝は貝のだし汁の隠し味なんです、そいつによってスープが貝の濃厚さを増すので。その貝がエキスを出し終わるまでは身を食べない方が良いんですよ。」
店員は値段を安くしてくれた。次は貝がエキスを全て出し切るまで待ってみよう、と思い店を後にした。
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