稲荷(不思議な話)

山道を車で走っていたら、寂れた小さな神社のようなものを見つけて車を止めた。

高さ二メートル、幅一メートル程の小屋と呼んでも良いような本殿の屋根はおそらくプラスチック製、柱等は赤く塗られ、壁は漆喰ではなく木のままの壁に白ペンキが塗られている。

本殿の前には、本殿と高さが同じくらいで幅は一回り小さな赤い鳥居があった。


本殿と鳥居のすぐ横には小さな社がある。赤と白の生花が生けられており、枯れていないところを見るとまめに手入れされているらしい。

そして、やたら大きな鈴がぶら下がっている。


グーグルマップを見ると、この神社は「稲荷」と表示されている。しかし稲荷神社の神の眷属である狐の置物などはどこにも見当たらなかった。


人の気配を感じて振り向くと、そこには着物姿の女性が立っていた。

私は思わず後退った。その女は狐の面を被っていたからだ。


幽霊やあやかしの類とは考えなかった。むしろそうである方が安心できる。

恐怖を感じたのは、おかしくなった変質者かもしれないと思ったからだ。


それにしても月明かりに照らされ見える、狐面の女の姿は妖しげな美しさである。黒く長い髪が夜風に揺られてサラサラとなびいており、闇の中照らされた着物は血のように赤く見える。

私は恐怖を感じながらも、女に見とれていた。


女が片手を面にかけ、それを外して見せた。彼女の顔を見た私は驚きのあまり息を飲んだ。


次の瞬間、私は自室のベッドで布団を被り横たわっていた。

カーテンから灯りが漏れており、既に朝である事が分かる。私の服装は寝間着であった。

あの稲荷神社で女と会ってからの記憶がすっぽり抜け落ちている。あれからどうしたのか、どうやって帰り床についたのか全く思い出せない。

そして狐面を外した女の顔を思い出せないのだ。ただ、ものすごく驚いた事だけは覚えている。


私は再びあの稲荷神社へ行った。しかしどうした事か、そこには社も鳥居も本殿も無いただの空き地と化していた。

稲荷だけに狐につままれた気分になる。あの神社はただの夢であったのか?しかし夢にしては生々しい記憶である。

夢でないとしたら、自分は狐に化かされたのだろう。そしてあの女は狐であったのだ。


私は今でもたまに、夜にあの稲荷神社のあった場所へ車を走らせる。わざわざ車を止める事はせず通り過ぎるだけだが、そこには必ずあの時見たものと同じ神社があった。

たまに狐面の女が境内に立っている事もある。女は面を被っているが微笑んでいるように見えた。そして女の背後からはふさふさとした狐の尾が嬉しそうに揺れている。


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