第53話 火は昇る

「ジョウキョウをハアク。イマのラナはラナじゃない、そしてシカク、チョウカクがない……か」


 メテットはラナの体を注意深く観察する。

 ラナの体は今プツリと糸が切れたように動かない。

 両目から出ていた炎も今は瞼の裏に引っ込んでいる。


「ええ。メテット、ダイコクが言っていた『まずい状況』ってなにかわかる?」


 シズルは不安そうにメテットに聞く。メテットは少し考えて、ある可能性を話す。


「……ラナのカラダをアヤツってたホノオがミることもキくこともデキなかった。つまり、ラナのカラダにそのキノウがなかったんだ」


「……え? いやラナは片目だけだけど見えてたし、聞くことだって」


「シズルがラナとアうマエにラナはイママデにないくらいモえていたとイってたな?」


「まさか……ってこと?」


「……ああ。イマはモンダイないようにミえるが、もしかしたらかなりオいツめられているのかも」


「そんな……! 魔力! 急いで魔力を……!」


「オちツけシズル! アセるのはわかるがラナのクチにテをツっコむな!」


「じゃあどうしたらいいのよ!」


「え!? えっと……」


(イマとにかくヒツヨウなのはマリョク、それもタイリョウの。しかしラナはジブンでホキュウすることはムズカしい。なら、イマデキるサイゼンは——)


「——やっぱりテをツっコめシズル!」


「おっしゃぁ!」


 無遠慮にラナの口にシズルは自分の手を捻じ込んだ。


 

 一方、ラナの内部では、


わたしが、止まらない……! 燃えるな、燃えるな……!』


 意思を宿した火は必死に、ラナをこれ以上燃やさないようにと、自分を止めようとする。

 しかし、土台無理な話だった。は火でラナは薪。火とは燃えるものがあればそれがなくなるまで燃やそうとするものだ。

 火に意思が無かった時、ただラナを焼き尽くそうとしたように。


『止まらない、止まらないよ……! このままじゃ燃え尽きちゃう……起きて!』


 火はラナの魂に呼びかける。ラナが目覚めれば、火を抑えつける力が強くなり、自分を止めてくれるかもしれない。その望みをかけて呼びかけるもラナの魂はぴくりとも反応しない。


『駄目……覚めない。魔力が足りてない。が必要だ』


 いちいち魔力を変換していては間に合わない。別のところからラナ自身が持つ魔力を供給せねばならなかった。

 

『あの時感じた、ラナと同じ熱なら……でも、それでもラナがこの状態だとその熱源がラナの口の中に手とか突っ込まない限り吸収が出来ない。そんなこと起こるわけ……』


ズボッ


『!! そんなことが起こった!?』


 意識を失っている重傷者の口の中に手を突っ込むなんてしないだろうと火は考えていたがそんなことは無かった。しかも手を突っ込んだのはシズル。本人ラナ以外でラナの魔力を持っている魔物である。

 シズル達は意図せずに、最高のタイミングで最前の行動をしていたのだ。


『やった! これなら……これなら!』


 このままシズルからラナの魔力を回収すれば、ラナは覚醒する。そしてラナが目覚めれば、ラナは自分のような火なんて容易く呑み込んでしまうだろう。

 呑み込まれた結果、自分の意思は消えてしまうかもしれないが、そんなことは火にとってどうでもよかった。

 すぐに火は魔力の回収に取り掛かる。


 火はこの時に初めて希望という光を抱いた。

 そして、その直後に初めて、



「“昇れ”。太陽。」



『え』


 絶望という闇を抱いた。


————

「よし! だいぶ減ったな!」


 百鬼魔盗団の解体作業破壊活動は順調に進んでいた。

 巨大な蝋の塊の山は3分の1がダイコクによって、別の3分の1が仲間達によって削られていた。


「しかし張り合いがねぇなぁ? あんなでかい図体しといて特に何もしてこなかったし」


「ぬるぬる動くだけでしたよね! いかにも最後の手段って感じだったのに」


「……!? 気をつけるでゴニャル! 蝋の様子が変ニャル!」


ピキ、ピキ、ピキ!


 コルネの言う通り蝋は音を鳴らしながら形を変えていく。


「おっ第二形態か!?」


 ダイコクは口角を上げながらその様子を見守ったが、次第に蝋は巨大な一本の蝋燭に形を変えて完全に止まってしまった。


「……あ?」


「……どうやら、燃料切れみたいですよ?」


 アイナは訝しげに巨大な蝋燭を見上げる。下からでは頂上の様子が分からなかった。

 

「あーこりゃ上か」


 ゆえにダイコクは蝋燭の頂上に向かって跳躍した。


「ダイコク様!?」


 ダイコクはあっという間に頂上へと辿り着く。


 そこには、


「な!。 お前は。。。」


「よう初めましてだなクソ野郎!」


 頂上の中心に空間の歪みを作り出しているあの爛れた男がいた。

 ダイコクは一瞬で間合いを詰め、男の堕天した赤毛をごと蹴り飛ばした。


「があぁああ!!」


「こいつは俺様達を襲った分だ」


「ぐうぅうう!。。。 ダイコク。僕は知っているぞ!。悪魔をその身に宿しておきながら掃除屋に見逃されている巨悪!。 お前のようなものを裁くたまにも僕はこの星の浄化を!!。」


「掃除屋なぁ。あいつも呼ばれるようになったなぁ……言っとくが、俺様のこの力は魔王の悪魔から力だけをぶんどったんだ。だから悪魔そのものを宿してはいねぇよ」


「。。。“力には意思が宿る”。。。力だけでも持っているから度し難いんだ。」


「……はっ、だから悪魔になるかもしれない魔物という存在を全部焼こうってか」


 ダイコクは呆れて笑う。


「そんな奴が堕転したもん使っちゃいかんだろ。あれも悪魔の力だ」


「なんだって使うだけだ。この星を浄化する為なら。」


「なんでもやる、ってのはいいがそんな堂々と言うもんじゃないぜ。ご大層な使命が安っぽく見えちまう」


「お前。。。!」


「まぁ気づけて良かったぜ。危うく逃げられるところだった。これでラナ達との約束も果たせそうだな」


「。。。にげる?。 逃げはしない。」


「……何?」


 ダイコクは爛れた男に注目する。爛れた男の目は未だ、諦めていないことをダイコクに感じさせた。


「僕は決して逃げはしない。さっきのは空間を歪めて言葉を伝える為だ。あれはどこまでいこうと焼くだけの力。命令には逆らえない」


「おい、テメェ——」



 その時、ダイコクのいる位置から遠いところ、シズル達のいたところから太陽が昇った。


 夜中だと言うのに、真昼のように明るかった。



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