最終話 終わりと始まり

「あっつ!?」


 あまりの熱さにシズルは思わずラナの口から手を抜いた。手はよく見なくてもわかるくらい激しく燃えている。


「シズル!?」


「いきなり発火した!? やっぱりあの火は敵だったの!?」


 ラナの体がまた燃え始める。何やら様子がおかしいことはシズルとメテットにも分かりきっていた。

 火がシズル達を裏切ったのかとシズルは考えたが、


『にげて』


 どうやらそうではないらしい。

 次の瞬間、ラナの体は凄まじい熱波を放ちながら宙へと昇る。


「ヅァアアア!!」


「……! ア、ガッ!」


 熱波によってシズルは勿論、メテットにも甚大な被害が出てしまった。ラナの体はそのままどんどん上昇していく。


「……ッつ。メテット……無事? ……ラナが……!」


(……ネツタイセイには、ジシンがあったのだが)


 メテットもシズルもジリジリと焼け、メテットはいつの間にか倒れていた。


《※警告 危険な状態です。直ちに活動を停止して下さい※》


《※繰り返します。警告 危険な状態で——》


 メテットの頭の中をエラーメッセージが駆け巡る。


(ああ、またデた)


 ぼんやりとそんなことを考える。この警告音はメテットが魔物となる寸前の、もはや探査機としての性能が果たせない程破壊された時以来だ。


(これがナるということはメテットはもう……)


 メテットはふと、シズルの方を見る。シズルはずっと戦って、疲弊しているはずだ。そこへこの熱波の追い討ち、もしかしたら、もう——

 メテットはちらりとそんなことを思ったが、その姿を見て、くらりとするような、思わず笑ってしまいたくなるような気持ちになる。


(ダテンまでツカったじゃないか。ゲンカイなんてとっくにコえて、イマもシズルにとってジゴクのゴウカよりもずっとアツいネツをアびツヅけているじゃないか)


 シズルは両手を地面につけて片膝をついていた。だが次第に、シズルの両手は地から離れ、ゆっくりと地面と水平だった背中が、垂直になっていく。


(それでもタつんだ。タてるんだ。)


 そしてシズルは、しっかりと両足で地面を踏み締め、


「——まぁ、そうだよね。シズル、だからね」


 シズルは焼かれている目で、今は米粒程にしか見えないラナをしっかりと見つめていた。



 可能性、奇跡へと通じる道。暗い宇宙で衛星メテットは進み、ついにここまでやって来た。

 壊れながらも、帰るべき故郷ホシが無くなりながらも、それでも止まらず。


 そんな彼女が求める者の目を見てしまったのなら。

 道を開きたくなるのも必然である。


(ケイコクキキャク。セイゲンハカイ。ゲンカイをイマこそコえる)


「“イタれ”。シズル」


 シズルの目の前に黒い窓が展開される。目的地ゴールは勿論、空の彼方にいる太陽ラナ

 シズルはメテットの方を見る。

 メテットは何も言わず、黒い雫をこぼしながら、ただ空を指差していた。


 もはや互いに言葉はいらない。シズルは窓の中に入り、亜音速を超えて昇っていった。


ガチャン。ガラガラ……



————

『焼いて、しまった』


 悔悟の感情が溢れる。

 

『こんな、こんなことが、わたしのせいで……!』


 近くに二つの熱源があったのは感知していた。敵ではないこともなんとなくだが理解していた。むしろ、ラナにとってその二つの熱源は大切なものであったはずであろうことも。

 それを焼いてしまったのだ。


『あああ、ああ、ああああ』


 揺らめく。自分は果たして何をしているのだろうか。ラナの敵を焼くどころの話ではない。ラナの大事なものを悉く焼いておいて、ついにはラナをも焼こうとしている。


『消えろ……消えろ……! わたしなんか消えろ!』


 消せないのはわかっているのに言わずにはいられなかった。今自分が消えてしまえば、ラナも同時に消滅する。そもそも、意志を宿したばかりの火は命令に逆らう方法を知らなかった。

 もし、もっと早く、それこそ男に利用されるよりも早く意志があったなら抵抗位は出来たのか?

 ありえもしないもしもが湧き上がる。

 こんな事を考えても後の祭りでしかないというのに。


『こんな! こんな焼くだけでしかないわたしなんか!』


「……それでは駄目です。名無しの太陽ワタシ


『え……え!? ラナ……なの』


 火の中から黒いぼんやりとした何かが浮き出てくる。それは人型の崩れた炭の塊のように見える。


『……ラナ、ラナ……! ッごめんなさい』


「うーん、ワタシを薪にして出来た意志だからでしょうか。自分のことを卑下しすぎです」


『……だってわたしは』


「貴女は確かにワタシを焼いた。シズルやメテットも。ですがその時は、貴女に意志は無かった。そして今は、命令に逆らえないからこそ焼いている」


「でもね、焼かせたのは爛れた男あいつです。だから貴女がワタシに謝るのは駄目です」


『……駄目って?』


「だってそうでしょう? わたしはワタシなんです。だったら、あいつに対する復讐心を抱いているはずです」


 黒い塊は段々とその形を整えていく。


「許せないでしょう? こんなに辛い思いをさせたあいつが、そしてあいつにいいようにされている弱い自分が。その気持ちその怒りを全て薪にするのです」


  黒い塊はついにラナの形となり、火を掴む。


「そして追い詰める。貴女はその最後の一手。今のこの状態を乗り越えて、最後にぶつけるんです」


『全てを……ぶつける……』


「そう。これで復讐の旅を終わらせる。全ては」


 火はラナがこの後何を言うのかなんとなくわかった。だから、その言葉はラナと同時に言うことにした。


「『美しいものを見るために』」


「……さすがわたし。では、抗いましょう」


『どうやって?』


「大丈夫。やり方は教えます。ひとまずこの上昇を止めましょう。後は彼女が来てくれるはず」


『彼女?』


「ええ。実はワタシが起きたのも、彼女の中のワタシ成分が起きたからなのです。彼女はすごい速度でこっちに来ています」


 ラナは変わらず黒いままだったが、わたしにはなんとなく笑っているように思えた。


「だから待ちましょう。抵抗しましょう。貴女も知っているでしょう?」



「シズルは必ず助けてくれます」




————


「いやぁ火力凄かったな。まぁ俺様の仲間達は無事そうだ。念の為強度上げておいて良かったぜ」


 ふぅ、とダイコクはため息をつく。その全身はこんがりと焼けていた。


「なぜ。なぜ止まっている!?。なぜ熱がこない!?。あの小娘め!。」


「動くなよ? 勿論だが転移はさせねぇ。まぁ、もうできないだろうが」


「くっ。。。だがそれも時間の問題だ。いずれ耐えきれなくなる。あの高さではこの場にいる誰も助けることはできん。」


「……いや、そうじゃないみたいだぜ?」


バリン!


 窓の空間が割れる。その中から、シズルがとんでもない速さで飛び出していく。


「あれは!。」


「すげぇ勢いだ。あれならいけるんじゃねぇか?」


「。。。愚かなやつだ。燃え尽きるだけだというのに。それ以前に。」


 爛れた男はシズルを嘲笑う。


「あれでは届かない。」


 男の読みは正しく、シズルはラナを掴むのにあと体一つ分というところで、完全に勢いが死んでしまった。


 しかし、それで終わりというわけでもなかった。


 その光景を見て、男だけでなく、ダイコク、百鬼魔盗団の全員が驚愕する。



「蝙蝠の……翼!?」



—————

 宿るのは必然だった。

 ラナはエリオスの髪から生まれたのだから。

 ラナの体はエリオスの魔力で出来ているといっても良い。そして、悪魔の悪戯かラナは他者の魔力を自分の魔力へと変える魔法も持っていた。


 ゆえにこそ、


 少女には父の魔法が宿っていた。噛みついた相手に魔力を流し、自分の眷属に変える魔法が。


 シズルは黒い蝙蝠の羽を背中に生やす。

 1回、2回、3回と力強くはばたかせる。


「届けぇええええええ!!!」


 叫びながら限界まで手を伸ばす。

 そしてついに女の手は太陽に触れた。


「待て。やめろ。。。」


 爛れた男は絶望する。自分にとって何よりも大事なものが奪われようとしている。


 ラナはシズルの伸ばした手に噛みついた。シズルの中にあったラナの魔力が回収されて、シズルの翼はそれに応じて小さくなる。


「それは。。。僕の。」


 そして、シズルの翼が完全に無くなった時、


『僕の太陽がぁああ!!。』

 

 真昼のように明るかった夜は終わりをつげた。

————




「シズル、起きて下さい」


「……んぁ?」


 これまでずっと動いていたシズル。ラナにラナの魔力を返しきった瞬間に、プツリと意識を手放してしまった。

 今、シズルは空中でラナにお姫様抱っこされている状況である。


「ってえ!? お姫様抱っこされてる私!?」


「? はい。シズルはもう飛べないので、ワタシが抱えて運んでいます」


「あらやだ恥ずかしい」


「そ、そうですか……?」


「だってこんなお姫様みたいな……ねぇ?」


 そういいながらもシズルはラナを見つめる。ラナの翼は大きく、そして燃えていた。しかし、不思議とまったく熱さは感じない。


「……また飛べるようになれて良かったね」


「はい。といっても飛べてるのは彼女の力ですが」


「彼女?」


 ぴょこりとラナの背中から小さいデフォルト化した蝙蝠が出てきた。


「あら、可愛い……もしかして」


「はい。ワタシを焼いていた火です。今まであの男に縛られていましたが、その縛りを解きました」


「そんなことが出来たのラナ?」


「まぁ、偶々解けたというか……眷属にして名前をつけたら、こうなりました」


「おお……なんとかなったからよし、かしら?」


 シズルはラナの肩に乗った小さい蝙蝠に尋ねる。


「貴女、名前は? なんと言うの?」


「……カルミア」


「そう。気まずそうにしなくてもいいわよ」


「う、でも」


「ラナが許してそうだからね。メテットも許すは……」


 そこまで言って、シズルはメテットのことを思い出す。


「そうだわ。メテット! 確か結構まずい状態だった!」


「そうなんですか!? カルミア! 急いで!」


「うん。降りる」


 そうして、ラナ達は急いで地上へと降り、メテットの元へと急ぐ。


「いた! メテット!」


 シズルが見つけ、駆け寄る。メテットはピクリとも動かない。


「メテット。起きなさいメテット! ラナ無事だったわよ!」


 シズルは頭をわし掴み、揺さぶる。


「シズル! その揺さぶり方はちょっと!」


「メテット……わ、わたしのせいで……」


「カルミアも絶望しないで! メテットも魔物です。消えてないということは生きてます!」


 ラナ達が騒いだせいだろうか、メテットから小さく起動音が流れる。


「う……」


 メテットは少しだけ目を開き、


「メテット……!」


 ラナ達を見て、一言。


「ネ、かせ、て」


 そしてすぐにスリープした。

 疲れ知らずの筈の元機械の魔物メテットは死ぬ程疲れていた。


「……大丈夫そうね?」


「……そっとしておきましょう。そして後でお礼を。メテットがいなければ、ワタシ達は助からなかった」


「うん、わたしも、後で謝る」


 ひとまずメテットの無事に安堵していると、


「あ! いたいたいたいたいたぁー!」


 遠くからローザが元気に駆け寄ってくる。


「ローザ! あんた達も無事だったのね!」


「うん! というかびっくりだよ! シズル、翼生えてなかった!? あと、ラナも無事で良かったー! メテットは……膝枕されてるね! よし、全員いる!」


「「全員?」」


「ダイコク様からの伝言! 『仲間の合図で投げるからでっかい花火にしてやれ』だって!」


「——ああ、最後の〆ね」


 シズルは大釘をてから生やし構えた。


—————

 ラナ達が地面に着地する前、爛れた男は絶望のあまりドロドロと消滅していく最中だった。


「あ。ああ。太陽がっ。僕の。——!?」


 男はダイコクに掴まれ、ダイコクによって。それにより、一時的ではあるが、消滅の進行が止まる。


「死ぬには早いさ爛れ男。お前にはまだ出番がある」


「何を。している。。。!?」


「そりゃ〆の準備さ。あいつらが何のためにお前を追い詰めたか知らんわけでもあるまい?」


「なっ。。。!」


 男は察する。それと同時に、辺りがほんの少しだが明るくなって来た。


「おっと、流石に日も出るか。急がにゃな」


「は。離せ!。 離すんだ!。」


「いや離さん。それが約束なんでな。いいじゃねぇか


「!?。」


—————

 そして、今に至る。


「準備いいわよ。いつでもどうぞ」


 シズルとラナは合体技の構えをとる。先程抜き出した釘がシズル達の前で浮いている。

 メテットも『ラナのフクシュウがハたされる? ならミる』と、少し体を起こして見ている。


「じゃあ合図送るね!」


 そう言うと、ローザは体を大きくして手を振った。その姿をダイコクははっきりと捉えた。


「あっちか。じゃあ覚悟はいいかい?」


「待て!。 この。離せ!。おどろおどろしい化け物共がぁ!」


「はは! 出来てそうだなぁ!!」


「ま——ああああああああ!!!!」


 男はダイコクによって空高く放り投げられる。夜があけ初めて少し明るくなってきたのもあって、ラナ達からでもはっきりと見えた。


「あれね。じゃあやろうか。ラナ」


「……ええ」


(ついに……)


 ラナとシズルは手を重ねる。すると宙を浮いていた釘が発火しながら回転し、紅に輝く。


「「“紅釘よ”」」


「クソ。。。クソォ! お前ら。なんぞに。。。!」


「「“打ち上がれ————!!”」」


「所詮は我々のっ。。。!?」


 ラナに追いついた時のシズルよりも早く、紅い釘は怨敵に向かって飛んでいく。そのまま釘は、喚く男の腹部に刺さる。太陽を宿したその釘は、男の体をじっくり蒸発させていく。


「ぐ。あ。ガァぁぁぁああああ!!!!!!」


 男の断末魔が空に響いた後、シズルは指を鳴らして、



「“弾けろ”」



「あ。」



 それが爛れた男の最期の言葉。爛れた男の腹部が数百の小さな紅釘に変わり、男はそのままパーンと弾けたのだ。

 その様はダイコクが言っていたように一発の花火のようであった。


 男は影も形もなくなり、少女の復讐は果たされた。


「…………終わりました」


「復讐を終えた気分はどう?」


「……とても軽くなりました。スッとしたような」


 むしろ軽くなりすぎて空っぽになったような気分だった。

 

(心に風穴が空いたよう。)


 それを顔に出していた筈はないのだが、隣にいたシズルがラナに語りかける。


「大丈夫よ、ラナ」


「シズル?」



「すぐに埋まる」



 瞬間、日の光が差し込んでくる。もう朝になっていたらしい。ラナは振り向いて、


「————綺麗」


 美しい日の出を見た。

 赤く優しく輝くどんな宝石よりも美しい日の出を少女は見た。


 心の穴が埋まるのを感じる。

 胸が熱くなるのを感じる。


「これからよ。たくさん見ていきましょう? 綺麗なものをね」


「ええ……! もちろん、勿論ですシズル!」





 旅が終わりなど誰が言った? むしろこれから始まるのだ。


 これからが本当の



 吸血鬼ラナの旅だ。











「そういえばメテットとの約束も果たさないとね。起きなさいメテット寝てる場合じゃないわよ!」


「ああっシズル! メテットをそんなに振っちゃ……」


チラリ


「あっラナ、シズル、メテットが起き……」


「……ネ、かせ、て」


第0部 完























 

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