突然変異③

 訓練室の端に置かれている横長のベンチ。そこに腰かける女が二人。

 そして部屋のど真ん中、離れた位置から向かい合って立つ男が二人。距離にして10m。一方は不壊ふかいの刀を手に持ち、もう一方は未知の生物を身に纏う。


「お互い殺しちゃダメだよ〜、OK???」

「了解です。合図を」

「それじゃあよーーーい……──ドンッ!!」


 柊の掛け声と共に師人は能力を発動。相良は地面を思いっきり蹴り、距離を詰めながら刀を斜に構える。


「よっしゃぁ!! 行くでぇ!」

「『原初の種カオスゲノム』」──《鋸刺魚ピラニア

「んあッ? なんやこいつら!?」


 空中を泳ぐ無数の肉食魚が、相良に襲いかかる。

 血走った目つきに肉をえぐる鋭利な歯を持つ生物型追尾弾。その圧倒的な凶暴性は一目瞭然。しかし相良は怯むことなく、それらを一瞬で切り刻んだ。


「もうちょっと苦戦しろよお前」

「なんや手ぇ抜いて欲しいんけ?」

一昨日おととい言ってろ」


 師人は覆っていた霧の一部を手先に集め、その形を作り出す。持ち手のつか・小さなつば・本身である切っ先にかけてのやいば。日本刀よりも見た目はより単純シンプルに、色は赤黒く染められた長物の武器。


「そんなことも出来んのかいな」

「絶賛練習中。こういうのは嫌いか?」

「笑かすな、鍔迫つばぜいなら望むところや!」


 お互いの距離は気がつけば残り四歩分。得物を持った二人の制空権は重なり、文字通りその火蓋が切って落とされた。


「そのアホ面ぶっ飛ばしてやるよ相良!!」

「ヒャッハァ〜〜!! いてこますで師人!!!」


 皮一枚でその刃を避け、受け、流す。斬撃の軌道を予想し返す刀で攻撃する。偽物フェイントも折り混ぜて加速する。連撃はお互いの火花を散らし、その"瞬間"を狙い続ける。


「柊先輩はどっちが勝つと思うっすか?」

「う〜ん、師人はタフだしい線いってるけど……ひびきひびきで天才だからなぁ〜」


「よっしゃぁ! もろたで師人ッ!!」

 一瞬の隙をつき師人の黒刀を吹き飛ばした相良。そのガラ空きとなった胴へ、間髪入れず横薙ぎを払う。続く一閃、それは勝敗を決するに十分な一撃のハズ。だった────。


「なっ、切れへん!?」

「性能テストって言っただろ」


 天高く挙げられた師人の手には、既に新たな黒刀が握られている。上段からの振り下ろしは相良が体勢を整え"受ける"よりも圧倒的に速い。避けは不可能。だから、相良は敢えてその体を師人に預けた。


「は……?」


 塩梅あんばいは最悪。斬撃は皮膚に当たる前にあのもやみたいなもんで止められる。せやったら……。


「内部からの攻撃はどうや?」

 相良は数ミリの間隔を開け、体を寄せ、その手の平を腹部に当てる。そして────。


「『真動ドラム発勁はっけい

「ぐふぁッッッ!!!!?」


 内部打撃。力積を高め内蔵を直接揺らすその発勁は、衝撃によって師人の体をくの字に曲げる。攻撃は最大の防御。その打突は相良じしんを襲うはずだった袈裟斬りを大きく逸らした。

 

「師匠直伝の中国拳法、手応えありや」

「………ふぅーーー」

「あ?」


 吐血、おびただしい腹部の損傷。平気なハズは無い。しかし目の前で起きている事実。

 ものの数秒で再生していく身体を前に、相良は冷や汗と共に弱音を吐き出した。


「それはアカン! かんにんして!!」


 油断していた所に斜めからの一閃。直感的に上体を反らした相良は薄皮一枚切られるも、致命傷を避けて後方へ距離を取った。


「どうやらこの体……バラバラにされない限り問題なさそうだ」

「いやいやチートですやん。修正デバッグはまだですか?」

「俺が運営だ」

「それは最悪や」

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